第二十四話:清算

「……助かった。では、また……ブロガー。どこかで会おう」


 幾つか確認しなければならない事を確認し、慌ただしく身支度を終えると、その日の内にめてお君は王都を去っていった。


 どこかぼんやりとした目つきや蒼白の肌は命令を強制されていた時と変わらないが、もう大丈夫だろう。


 ロードに掛けられた命令強制の魔法はナナシノが指輪を作った時と同じように、対象の同意が不可欠らしい。

 存在を知らなければ簡単に引っかかるが、知っていればまず掛けられることはない、そういう魔法だ。


 めてお君は召喚直後、混乱の中で騙され引っかかったらしいが、二度と掛かることはないだろう。


 そもそも、もうめてお君を罠にかけようとする相手はいない。


 今はまだ生きているが……いなくなるだろう。


 めてお君は悪人ではないが、ナナシノのような善人でもない。



「その……ウォールさんは、これから、どうするんですか?」


「……帰るよ。ロードには、なんだかんだ、世話になった。これから、帰って、話し合う、つもりだ」


「少し、休んでから帰ったほうが――」


「いや……いい。早ければ、早い程、いいんだ」


 去り際に掛けられたナナシノの問いにめてお君が浮かべていた仄かな笑み。

 だが、その目にあったのは穏やかさとは真逆の感情だった。


 ナナシノはその言葉をどう捉えたのだろうか。

 ちょっとした知り合いを助けるために我が身を捧げるような人間だ。文章の通り、会話で解決するつもりだと捉えたかもしれない。


 僕はめてお君を理解出来る。僕とめてお君は同族だ。


 僕がめてお君だったなら、ロードを殺す。ナナシノだったら許したり改心させたりするかもしれないが、僕だったら殺す。


 動機は単純明快に、『復讐』だ。


 ロードの命令で力を使わされ、消失してしまった眷属の復讐。そうでなくても、自分についてよく知っている何をしでかすかわからない魔導師を、しかも世界征服を企むような性格の魔導師を生かしておく理由はない。


 めてお君が時間を空けずに魔都に戻るのも、きっとロードを逃がさないためだろう。『話し合う』の意味もきっとナナシノの想像しているものとは違う。


 めてお君との邂逅は予想外だったが、実りあるものだった。

 何よりも、ずっと脳の奥底でくすぶっていた現状に対する疑問、僕やナナシノの経緯を知ることができた。


 これでどうすべきかがわかる。



§




「プレイヤーの人って、変わった人ばかりなんですね」


「いや、あれはキワモノ中のキワモノだから」


「あるじさ、ひとのこといえないぞ」


 ナナシノが呆れたような感心したようなため息をつく。

 僕の相槌に、サイレントが即座にツッコミを入れた。


 シャロがお茶を入れ、ナナシノがひつじさまを撫でている。ここ最近の日常だった。


 世界征服を目論む魔導師なんて存在が明るみになってしまったが、そちらの問題は放っておいて大丈夫だろう。めてお君が速やかに処理してくれるはずだ。


「また会えたら……色々、話してみたいです」


 ナナシノは本当にもの好きだ。

 きっと彼女にとっては誰もが友達になりうる存在なのだろう。


 僕や、めてお君とは正反対の人間である。

 僕はどこか寂しげに微笑むナナシノを見て、ため息をついた。


 めてお君が去り際に残した言葉を思い出す。


 ナナシノから離れ、僕だけに残した言葉。

 どこか戸惑いを隠せない様子で出された言葉は、それまで僕が一度も思いつかなかったものだった。


『ロードは……最強の召喚士を呼ぶ際、保険をかけた。呼び出した最強の召喚士が……万が一に、制御できなかった時の、ために、最強を、止め得る存在、を』


 すんなりと納得できた。


 めてお君は、強さの欠片も見えない目立った能力を持っていないナナシノを仕切りに不思議がっていたが、半年間行動を共にした僕にはわかる。


 彼女は確かに僕を止め得る存在だった。


 僕は何度もナナシノの言葉を聞き入れ、行動を変えた。

 時にうざったく思いながら、時に下心ありきで。


 彼女がいなければ僕がギオルギと戦うことはなかった。エルダー・トレントと戦いシャロを助けることもなかったし、そもそも他のNPCと積極的に関わることもなかったはずだ。


 竜神祭では、放り出すつもりだった無意味な戦いに挑むことになった。多分これから似たような事があったとしても僕はナナシノの言葉を聞くことになるのだろう。


 なんでアビコルプレイヤーでもなんでもないナナシノが共にいたのか不思議だったが、わからなくて当然だ。



 七篠青葉は――僕に巻き込まれただけだったのだ。



 どういう判定をしたのかはわからないが、ロードが開発したご自慢の召喚術式が選んだ僕を止めるのに最適なおまけ。


 善良で可愛らしく、明るくどこにでも溶け込めて――。


 今の僕はそんな彼女にそれなりの情を抱いてしまっている。


 出会った当初のように、その辺に放り出すようなことはできない。人質に取られればなんとか助けようと思うだろう。

 使いようによっては確かに僕を制御できる。わかっていても止められない。


 ある意味でこれは、洗脳などよりも余程恐ろしいことなのではないだろうか。


 幸いなるかな、僕の力は大したことがないのであまり大事にはならないが、ロードもとんでもない事を考えてくれたものである。


 ため息をついていると、ナナシノが心配そうな表情で聞いてくる。


「ブロガーさん、どうしたんですか? 元気ないですけど」


「なんでもないよ」


「でも、顔色が……もしかして熱とか……」


 ナナシノがそっと手を差し出し、僕の額に触れる。ひんやりとした手の平の感触。


 僕は冷静だ。いつだって冷静だ。

 分析や物事を客観的に見ることは僕の得意分野だ。いつだって最適を選んできた。


 だが、僕に感情がないわけではないし、悩みがないわけでもない。


 僕はアビス・コーリングが好きだ。人生を捧げるくらいに好きだ。


 サービスが終了した時には茫然としたし、だからこの世界に来て、【始まりの遺跡】を見たその時には涙を流す程に感動した。


 半年間という短い時間だが、この世界に来てからの生活は夢のようだった。サービスが終了してからの現実での数年よりも遥かに輝いていた。


 まだまだやりたいことがある。


 召喚したい。タンジョンやフィールドを探索して眷属を育てたい。

 まだまだ参加していないイベントだってあるはずだし、会いたいNPCだって何人も残っている。


 いや、育てなくたっていい。この世界の眷属はデータではなく、生きている。

 サイレントやフラーなどを見ているとわかる。観察しているだけで楽しいに違いない。



「あの……ブロガーさん?」



 ナナシノがふと僕の瞳を覗き込んでくる。

 綺麗な黒の目が、めてお君に負けず劣らず死にそうな僕の顔を映していた。


 わかっている。僕は迷っているのだ。


 理屈と感情の鬩ぎ合い。

 きっとどちらが勝とうが、誰にも賞賛されないし――責められることもない。自分自身を除いては。


 僕は弱い。

 僕はあまり他人に興味を持たないが、逆に自分の事は良く知っている。

 誘惑に弱いし、気分屋でもある。だからこういう時は、言葉に出すようにしていた。


 自分自身を追い込むために。道を誤らないために。

 僕にだってプライドくらいあるのだ。


 唇を開く。喉がひどく乾いていた。手が震えている。自分の心臓の音が何故かひどく大きく聞こえた。


 掛けていた椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 ナナシノが目を丸くする。何度も見たはずのその表情が何故か今は無性におかしい。


 口調を整える。深く深呼吸をして緊張を和らげる。


 僕はナナシノを見上げ、何でもない事のように尋ねた。




「ナナシノ……まだ現実世界に帰りたい? もしも…………まだ帰りたいなら僕が――」



 帰してあげるよ。



「……え?」




 ナナシノが瞠目する。予想外の言葉だったのだろう。


 けじめをつけなければならない。

 ナナシノがこの世界に来た原因が僕なのだとしたら、僕には彼女を元の世界に返す義務がある。


 そして、その手段も――あった。多分成功するだろう。



 だが、それは僕の夢の終わりを意味していた。




§





 アビス・コーリングというゲームには僕が唯一、使わなかった機能がある。



 ログアウト機能。

 入っているゲームアカウントから退出する機能である。



 アビス・コーリングはスマフォ向けのソシャゲーだ。

 基本的にはゲームを起動すると自動でログインするし、そもそもメニューの下の方に小さく項目があっただけなのでゲーム時代に意識することはなかったが、アカウントを複数持っているユーザーが一台のスマフォでプレイする際などはそれを使ってアカウントを切り替えてプレイしていたらしい。


 いわば、ゲームから現実に戻るための機能である。


 この世界に来てから――そして、僕の能力がプレイヤーに近づいたその時から、頭の片隅にはずっとその機能があった。


 使うつもりはなかった。話すつもりもなかった。

 僕は帰りたくないし、帰りたいナナシノはプレイヤーとしての能力を持っていない。


 だが、状況が変わった。


 僕の能力はどうやら――他のプレイヤーに対しても適用可能のようだ。


 そうでなければめてお君を自由にすることはできないだろうし、実際に僕は一度……ナナシノに自分の能力を適用している。

 【トニトルス幻想王国】で、アイちゃんが奇襲を受けてHPが全損した時だ。

 アイちゃんの消失ロストを保留にしたのは僕だが、『再生コンティニュー』したのはナナシノだった。


 有効射程は恐らく狭い。あの時、僕はナナシノのすぐ近くにいたし、めてお君を解放する際にも触れる必要があった。だがそれは今回はハードルにはならない。


 ナナシノは少し考えると部屋から出ていき、シャロもそれに付きそう形で付いていき、部屋に残ったのは僕と眷属だけだった。


「あるじっていがいと律儀だよね」


「……そんなことはないよ」


 状況を理解しているのかしていないのか、サイレントが知った風な口で言う。

 膝の上によじ登ってきたフラーが、いつもと違う僕の雰囲気にきょとんとした目を向けてくる。


 律儀だとかそういう話ではない。


 あるべき状態に戻す。ただ、それだけの話だ。


 僕は自分以外の人間なんて生きようが死のうがどうでもいいが、今回の件は僕の責任範囲にある。

 いや、厳密に言えば僕が何かしたわけではないのだが、ナナシノにはそれに輪をかけて不備がない。


 もしも帰りたいと言うのならば、帰してあげなければ可哀想だ。


 僕の言葉に、サイレントはしばらく黙り込み、にへらと口元を歪めた。


「しょうじき、われはそのあたりはどうでもいいんだけど……あるじさ、以前、かえるときはわれをつれていってくれるって言ってたの、おぼえてるか?」


 覚えている。それほど前の話ではない。


 だが、正直、僕自身この力について、わかっていないところが多い。現実に無理やりゲームの設定を当てはめているのであやふやなところが出ているのだろう。シナリオスキップまわりとかは特にそうだ。


 連れていけるなら連れていきたいが、サイレントはゲームのキャラクターだ。正直どうなるのかは、やってみなければわからない。


 だがそのことを口にするとサイレントがうるさそうなので、僕は眉を顰めて言った。


「……うーん。うちのマンション、ペット禁止なんだよなぁ。植物は大丈夫なんだけど」


「!?」


「カブトムシのケージかなんか買えばいけるかな……」


「何言ってるのかわからないけど、あるじが凄くしつれいなことだけはわかるぞ!?」


 まぁ、まだナナシノが帰りたいっていうかどうかわからないから――。


 そんな僅かな希望を口にしかけたちょうどその時、部屋の扉がゆっくりと開いた。


 ナナシノが神妙な面持ちで入ってくる。後ろについてきたシャロは、泣き出しそうなのをぐっとこらえたように、うつむいている。


 その表情から僕は全てを察した。


 わかっていた。つい数日前にナナシノの口から聞いたばかりなのだから。


 ナナシノはこの世界を好いている。友達もできたようだし、召喚士としての活動にも慣れた。

 だが、もしも帰ることができるのならば、ナナシノは……大いに悩んだ末に帰還を選択するだろう。


 むしろ、最近その話題が出たばかりなのにも拘らず考える時間を欲したその事実がこの世界にナナシノが順応しすぎていた事を示していた。


 ナナシノアオバは元の世界に大切な物を残しすぎている。

 僕にとって取るに足らないものがきっと彼女にとっては大切なのだだろう。


 それを笑い飛ばすつもりはない。


 ナナシノが僕を見る。その表情は弱々しかったが、その目に涙は浮かんでいなかった。


「ブロガーさん……考え、ました。シャロとも話し合って……」


「帰りたいんだね?」


 ナナシノが押し殺すように出しかけた言葉を、僕はぶった切った。


 大切なのはナナシノの意志だけだ。

 今回の件でナナシノは何も悪くないのだから、それ以外の理由なんてどうでもいい。


 世話になった人に恩を返せないだとか、誰かと何か約束しているだとか、親友と別れるのが辛いだとか、そんなことはどうだっていい。僕の夢すらも……今はどうでもいい。


 どうか、僕の気が変わらない内に救われてくれ。


 ナナシノが絶句する。俯き、窺うように僕の顔を見る。

 叱られるのを恐れている子供のような表情で、小さな声を出す。


「ッ……………………はぃ」


 僕はそれに微笑んでやった。ナナシノが驚いたように眉を僅かに上げる。


 それでいい。選択を責められるべきではない。


 ナナシノはこの魔物の蔓延る危険な世界を脱出し、日常に戻る。

 僕だって、終わったはずの夢を見ることができた。それだけで満足するべきなのだろう。

 このままこの世界を生き続けるであろうめてお君が羨ましいが、それはそれだ。


 手をぱちんと一度叩く。


 それをもって、僕は気分を切り替えた。明るい声で言う。


「よし、わかった。じゃー帰ろうか」


「……はい。よろしく、お願いします」


「まーすぐじゃないけどね。うーん……三日後、かな」


「……え? ……三日……後?」


 ナナシノが意外そうな声を出す。後ろでずっとうつむいていたシャロが顔をあげた。


 サイレントが呆れたような顔をしている。

 もしかしたらすぐに帰るとでも思っていたのだろうか。それは……困る。


「いや、すぐに帰るって言われても、困るじゃん? たった半年だけど、友達に別れの挨拶とかもあるだろうし、ギルドにも声を掛けたほうがいいだろうし……」


 詳しいことを言っていなかった僕が悪いんだが、別に今じゃなきゃ帰れないわけでもない。

 たった半年とはいえ、様々な事があった。帰るその前にこの世界でのことは清算しなくてはならない。


 眉をハの字にしたナナシノが戸惑ったように言う。


「え……それは……そうですね……」


「すぐに帰りたい? お別れとか言わなくて大丈夫? 身辺整理とか」


「ッ……い、いや、そんな事、ないですッ! 三日後、三日後、ですね」


 ナナシノが慌てたように否定する。


 その表情は先程よりもだいぶ明るかった。ナナシノにとって帰還か残るかはそれほどまでに選び難い選択肢だったのだろう。


 ナナシノ程の交友関係はないが、僕だってやりたいことはある。

 めてお君にも手紙くらい残しておきたいし、めてお君を連れてきた竜神の巫女にも話をしなくてはならない。

 帝都で捕まっているであろうノルマやヨアキムにもやりたい煽りがあるし、フィーに一言も入れずに消えるというのも不義理だ。


 さっきからずっとこっちを見ているシャロにも――仮初の師弟関係とは言え、最後に何か残すのも悪くないだろう。

 彼女は強くはないが馬鹿ではない。情報さえあれば一人でも一端の召喚士として生きていけるはずだ。



「持って帰れるかわからないけど、お土産買ったりさ。悔いは残さないようにしないとね」


「ああ……は、はい! パトリックさんと、エレナさんにも手紙を――ああ、お礼、しなくちゃ……えっと、えっと……三日じゃ、帰れないし」


 ナナシノが目をぐるぐるさせながら何事か、指折り数えている。


 そういえば竜討伐隊まで作ってたんだっけ……一人で動いていた僕とは違って、そりゃやることは沢山あるだろう。


 元気になったようで何よりだ。やっぱりナナシノは元気なのが一番だね。


「あ、そうだナナシノ」


「…………最後に、アイちゃん、サボちゃんと冒険したい……サボちゃんも、進化させてあげたいし……あ……売った制服、探すつもりだったのに――ど、どーしよぉ」


 ナナシノってしっかりしているように見えて結構ダメなところあるよなぁ。

 どうやら全然準備ができていないようだ。制服は先にどうにかしなよ。


 全然こちらの話を聞いていないナナシノにもう一度強く声をかける。


「ナナシノ、聞いてる?」


「…………あ、はい!  なんですか?」


 ようやくナナシノがこちらを向く。


 楽しそうなのは何よりだが、ナナシノが別れるのは何もこの世界だけではないのだ。


 元の世界に帰れば僕とナナシノの接点はなくなる。少なくとも今のように毎日顔をあわせるような事はないだろう。下手したら二度と会えない。


 その前に人間関係は清算しなくてはならない。


 僕はナナシノの目と目をしっかりあわせてはっきりと言った。


「帰るのは三日後だけど、ナナシノにあげる時間は二日と半日だ」


「??」


 ナナシノは僕の言葉の意図をわかっていないようだ。これだからお嬢様は困る。


 散々焦らされた分のつけを払ってもらう。僕は夢を諦めるのだ、ナナシノには夢を見せてもらわないと。


「それまでは何をしてもいい。だけど、最終日の夜は――僕が貰う」


 星天の聖衣だってこの世界でしか召喚出来ないかもしれないのだ。


「夜って言っても夜だけじゃない。次の日の朝までだから」


「……え? ………………へ!?」


 ようやく言われていることがわかったのか、ナナシノの顔がみるみるうちに赤くなる。


「!? し、師匠!?」


 後ろのシャロがまるでナナシノを庇うかのようにその前に出る。庇護欲を煽るような目つきで僕を睨みつけてくる。

 これが最後のチャンスなんだ、邪魔はさせない。まぁシャロにそんなことできるとは思わないが。


「あるじはなんだかんだ変わらないなぁ。なんかほっとするぞ」


 サイレントが面白そうな呆れているような何とも言えない声を出す。

 褒め言葉だ。僕は煮え切らないナナシノにもう一度はっきりと言った。


「本当は丸一日欲しいところを半日で許してあげようって言ってるんだ。これ以上は譲歩できない。いいね?」


「あ……え? う…………で、でも……………」


 ナナシノが言語能力を失っている。

 シャロが首元まで赤く染め、はらはらしたように胸元で手を握りしめ、ナナシノを見上げている。


 ナナシノが黙り込む。俯き、ちらちら僕を見て、小さな声で聞いてきた。


「………………な、なに、するんですか?」


「ナナシノの考えていることだ」


「ッ……………」


 ナナシノがただでさえ赤く染まっていた顔を限界まで赤らめ、ビクリと身を縮める。


 何を考えてたんだ、この変態め。準備は万端か?


 最後の敵はどうやら随分弱っているようだった。以前のナナシノだったらもう平手が飛んできていたはずだ。

 諭すように言う。


「話し合いだよ。ただ、夜通し、話し合うだけだ。二人っきりで。これが最後なんだから許されるだろ?」


「……話し、合い…………ですか」


「そうだ。ただの話し合いだ。あぁ、言うまでもないけど、心の準備はちゃんと二日で終わらせておくんだよ」


 両手でナナシノが顔を隠す。真っ赤に染まった表情を見られたくないとでも言うかのように。

 そして、さっき帰るかどうか聞いた時と同じように黙り込み、さっきよりもずっと小さな声で答えた。


「…………………………はい。…………わかり、ました」

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