第二十三話:自由
「不死身…………もう一度……ゲームを……」
めてお君がぼんやりとした口調で僕の言葉を反芻する。
もちろん不死身だが無敵ではない。
僕がいくら死ななくたって素手でぶん殴ってアビス・ドラゴンを倒したりはできないし、使い所は限られている。
エレナの
僕がなりたかったのは最強ではなかった。僕の望みは楽しくゲームをすることだった。
イベントなどを回す際に効率を考えることはあっても、強さを求め眷属のレベルを徹夜であげることはあっても、僕の思想は廃人ではなくエンジョイ勢に近いのだ。
まぁ、もしも引き継げたとしても、誰かの命令を聞くなんてごめんだが。
めてお君が沈黙する。が、すぐに何かに気づいたように目を大きく見開いた。
「ブロ、ガー……もしかして、君は――力が……」
「ああ、ないよ。まだ初めたばかりだからね」
「そんな……馬鹿な……」
めてお君の表情が強張る。
どうあがいても、僕ではロードとやらの力にはなれないという事がわかったのだろう。
アビコルで最重要なのは課金であり、知識や経験さえあればなんとかなるようなシステムではない。そして知識や経験ならば僕とめてお君の間にそれほど大きな差はないだろう。
プレイヤー故の性質も世界征服の役に立つとは思えない。
「一緒に遊んであげられないのは残念だけど、元々ソシャゲーってソロメインだし、まー頑張ってね。多分君がこの世界では最強だよ」
「……ッ……」
魔導石を一万個以上も持っているのならば当分最強を維持出来るだろう。
自ら前線に出て戦ったりしないなら一生持つかもしれない。世界征服ができるかはわからないが。
エレナって倒しても倒しても何回も戦えるからなぁ。
めてお君が茫然と僕の言葉に聞き入っていた。もともと病的に白かった肌が一層青ざめ、今にも倒れてしまいそうだ。
ひらひら手の平を振って踵を返そうとする僕を、しかしめてお君が引き止めてきた。
「ま、待てッ……ブロガー」
「ん? まだなんか用?」
僕が役に立たないとわかった以上、もうこちらに用はないはずだ。
思い出話に花を咲かせるのも悪くないが、めてお君も忙しいだろう。面倒な上司もいるみたいだし。
めてお君は目をかっと見開き、僕を睨みつけていた。歯を軋むほどに食いしばり、頬が引きつっている。
どこか狂気を感じさせる表情に眉を潜める。
「来て、もらうと、言ったはず、だ。たとえ……力が、なくても、そう、命令を受けている」
オールド・ガードがめてお君を跨ぎ、一歩前に出る。
予想外だ。可能性としてはありうると思っていたが、めてお君がそこまで融通の効かない性格だとは思っていなかった。
何度も言うがめてお君は世界征服なんて頭のおかしい魔導師とは違ってただの人なのだ。戦法が狂気的なだけで。
目と目をあわせると、めてお君がどこかわざとらしい口調で言った。
「私は、君を、連れ帰るのに、最善を、尽くさなければならない」
「…………ああ、なるほど……」
全てを察し、舌打ちする。らしくないと思っていたが、そういうことか……。
オールド・ガードに守られためてお君が小声で新たな眷属を
すぐ後ろに飛行能力を保持する稀有な『生き石』系の眷属、『
生き石を幾つか分岐進化させていくと完成する眷属だ。面倒な手順の割に所詮は生き石なので、使う者なんて物好きしかいなかった眷属である。
僕は不死身だが力は人並みだ。捕らえようと思えばいくらだって方法はある。
縛ってガーゴイルに乗せて運べばいいだけだ。めてお君もそのつもりだろう。
さて、どうしたものか……。
僕はちょっとだけ悩み、深々とため息をついた。連れ去られれば面倒なことになるだろう。
「……悪いけど抵抗くらいさせてもらうよ」
「やっとでばんか」
サイレントマントが飽々したような口調を出し、僕の身体から離れ目の前に降り立った。
布のようにぺったんこだった身体が膨れ上がり、人型を取る。その手がみるみる形状を変え、一振りの刃を作った。
この世界に来てから何度も見たサイレントの形状変化。
めてお君が目を見開き、一歩後退する。
「
「よく知ってるじゃん」
さすがめてお君だ。名前欄は見えないようだが、生き石以外の知識もちゃんと持っているらしい。
名前を当てられたサイレントが口元を三日月型に歪める。
ここは死地だ。サイレントは馬鹿ではない。その事は言われずとも理解しているはずだ。
だがそれでも笑みを浮かべるのが、サイレントが冥種である所以なのだろう。
警戒しているめてお君を前に、サイレントに入れ知恵する。
さぁ、この世界に来て手に入れた戦い方を、この世界ならではの戦い方を、めてお君に見せてやろうじゃないか。
「サイレント、めてお君の戦法は僕がヨアキムにぶちかましたあれだ。一撃受ければ死ぬと思え」
「……えぇー…………あんなのあるじしかやらないとおもったのに、せかいってひろいぞ」
サイレントが呆れたような声をあげる。
今回フラーとひつじさまは出さない。
相手はサイレントでも絶望的な相手だ、出した所でゴミの役にも立たないだろう。ならばしまっておいた方がいい。
めてお君はそんなやりとりをする僕達を見ても特に恐れることもなく、小さく頷いた。
「なるほど……進化していないサイレント……昔の、ブロガーだったら、もっと、強い眷属を、沢山持っているはず、だ。たしかに、力は、引き継げてない、らしい」
「あるじ、あいつ失礼だぞ」
失礼じゃないよ。君が雑魚いだけだよ。めてお君の評価は妥当なものだ。
だが、今はいい。ないものねだりはしない。サイレントでいい。
サイレントは弱い。僕がゲーム時代に使っていた眷属とは比べるべくもない雑魚さだが、唯一、勝っている点がある。
それは――AIだ。
サイレントに限らない話だが、この世界の眷属のは賢い。スキルの使用と大まかな命令くらいしかできなかったゲーム時代とは雲泥の差。
わずかでも勝機があるとしたらそこだ。
僕はもう一度ため息をつき、念のためにサイレントに言った。
「サイレント、めてお君本体は攻撃するなよ。これ、そういうゲームじゃないから」
「ええええええ……じゃあどうすればいいんだ……」
サイレントが情けない声をあげる。
やるつもりだったのか……どちらにせよオールド・ガードがいる以上、めてお君狙ったとしても無駄だから。
めてお君はそんな性格の悪いサイレントを見ても特に動揺することなく、力ない声で宣言した。
「最善を、尽くす。命令だ。その、サイレントを、倒し、君を、つれていく」
そして、何の振りもなく戦闘が始まった。
めてお君が何事か言う前に、サイレントの影のような身体が滑るように距離を縮め、その手の刃が巨大な鎌となってオールド・ガードに降りかかる。
サイレントの得意とする奇襲。
――速い。進化は足りていないが、サイレントは今日も絶好調のようだ。その動作には躊躇い一つない。
弧を描く一撃を、見るからに鈍重なオールド・ガードは盾を構えることすらできず、為す術もなく受け――。
そして――ただそれだけだった。
「んんッ!?」
甲高い音が響き、影の剣がしなる。サイレントが奇妙な声をあげる。
と同時にサイレントの頭上を何かが覆った。サイレントが転がるようにそれを避ける。
落ちてきたのは見覚えのある分厚い灰色の板――生き石だ。
轟音。ぎりぎりで回避され、地面に叩きつけられた分厚い石の板は粉々になって消失する。めてお君が小さく舌打ちした。
やられるのは初めてだが、あまりいい気分じゃないな。
だが、躱せる。サイレントならば回避できる。来るとわかっていれば回避できる。生き石は上からしかこない。
ゲームでは回避命令など出せなかったが、この世界では違う。
起き上がり体勢を整えたサイレントが珍しく茫然とした声をあげる。
その視線は今しがた自分に落ちてきた生き石ではなく、先程はなった自分の影の刃を見ていた。
「なんだ……いまのは……や、やわらかいけど、かたかった、ぞ!?」
今までサイレントは様々な眷属を倒してきた。
ゲールやヨアキムとは鍔迫り合いもしたし、竜神祭では下位の竜種を散々に切ってきた。
だが、今回のオールド・ガードはまさしく――格が違う。
無種とは魂なきもの。種族傾向としては防御の高い者、耐性を持つ者が多い。
オールド・ガードはその最たるものだ。――『生き石』系統を育て上げたその最終型の一つでもある。
めてお君が自慢げな様子もなく、淡々とサイレントに言う。
「特性『
星付きとは究極の別称。
アビコルでは育成コストがバカ高いが、だからこそ最後まで育てきった眷属はそれぞれ唯一無二の性能を持つ。
鉄壁の防御力。特性によるダメージカットに、自己回復。
オールド・ガードの能力は防御に振り切っている。代わりに攻撃能力は皆無に等しいが、それをグラビティ・クラッシュによる戦術が補う。
めてお君の戦法は単純だ。単純であるが故に、代償が大きいが故に――強い。
「こ、こんなの、どうやってたおすんだ!? あるじ!?」
オールド・ガードはサイレントの一撃に些かの痛痒も見せることなく聳えていた。
まるで――要塞のように。
一歩も動かず、盾を使わず無防備に攻撃を受けた腕にもかすり傷一つついていない。HPバーもピクリとも動かない。
急所はない。目も喉も頭も身体も、何もかもが最硬。
これがオールド・ガードの防御性能。攻撃に振り切った星付きの眷属の攻撃にすらしばらくは耐えられる、まさしく万災の守り手の名に相応しい。
サイレントの攻撃力が百倍あってもそこに傷を付けるのは至難だろう。無種なので毒も効かないし、よしんば多少のダメージを受けたところで自己修復能力も持っている。
「投降、しろ、ブロガー」
「すると思って言ってる?」
「…………」
思っていないのだろう。めてお君がしかめっ面を作った。
めてお君は僕の性格を知っている。動画でもブログでも性格を飾ったことなど一度もない。
「僕は諦めが悪いんだよ」
「……知ってる」
攻守が切り替わる。一撃受けたのは投降を勧めるためか。
言葉による交渉は諦めたのか、上空から最低位の『
いきなり出現する石版を、次から次へと時間差で落ちてくる
それらはめてお君自慢の育て上げた『生き石』ではなく、レベル1のものだったが、魔導石を最低5個使って召喚される攻撃アイテムは一撃一撃が甚大な破壊能力を秘めていた。サイレントに攻撃する暇などない。
一体何体持っているのか。砕けた生き石はキラキラと破片をばらまき消失していく。その様子はまるで流れ星のように儚かった。
まるで爆撃機だ。
砂埃が巻き上がり、めてお君が舌打ちする。
「……チッ。
まるで、もぐらたたきでもするかのように生き石が落ちる。僕がヨアキムに対してやったものと似て非なる、完全な物量作戦。
これこそが、めてお君の真骨頂。
動画時代から狂気だと有名だったが、こうして現実になると殊更に意味がわからない。
サイレントにはまだ命中していないが、それも時間の問題だろう。
グラビティ・クラッシュには前兆と呼べるものが殆ど無い。驚異的な反射能力でまだなんとか回避出来ているが、たとえ落ちてくるのが最低位の生き石でも一撃受ければ動きが鈍る。そうなれば次は回避できない。サイレントは染みになるだろう。
「どどどどどどどうするんだ、あるじいいいいいいい!」
サイレントが間断のない攻撃に悲鳴をあげる。ごろごろ地面を転がり、時にゴムボールのように跳ね、本当にぎりぎりで回避する。
ゲームとは違い、司令官を倒せば爆撃も止まるが、司令官には完全無欠のガーディアンがついている。
そもそもまだサイレントがその事を考えられるほど余裕があるか、かなり怪しい。
めてお君の狙いがどんどん精密になっていく。巻き上がる土埃を物ともせずに、サイレントの動きを読んで次から次へと召喚していく。
「もーーーーー! こんなのばっかりいいいいッ!」
サイレントが揺れる地面の上で、ふらつきながらもステップを踏む。その瞬間、めてお君が意を決したように一際高い声で叫んだ。
「
現れたのは最低位よりも二回り程大きな生き石だった。ちょうど僕のカベオと同じくらいの面積の青白い『
今までと異なるそれに、サイレントの目が大きく見開かれた。
「あ――」
それが最後の言葉だった。
轟音。サイレントがとっさに身体を傾ける回避しようとするが、新たに召喚された生き石は先程のもぐらたたきに使われたものよりも大きい。
とても回避できずに、影のような身体が為す術もなく下敷きになる。
ほぼ満タンだったサイレントのHPゲージが凄まじい勢いで減少し、そして消えた。
一応、サイレントも物理耐性を持っているのだが、無意味だったらしい。
青の生き石がばらばらに砕け消失する。
そこには染みのようになったサイレントの死体だけが残された。
めてお君の額に汗が一筋こぼれ落ちる。徹夜明けのような表情で言う。
「……青の、
わかりきった結果だった。サイレントでは負ける。勝ち目はほぼない。
めてお君の消耗はまだまだ軽微だ。僕の抵抗はとても儚いものなのかもしれない。
だが、抵抗をやめるつもりはない。
さて、どうなるか……。
僕は何故か調子の悪そうなめてお君に笑顔で言った。
「うん、そうだね……じゃあ、第二ラウンドといこうか」
僕は二十八個程溜まっている魔導石の一つを使い、サイレントを『
そしてその瞬間、めてお君の表情が決壊した。
§
それは、今までで一番大きな変化だった。
濁流のような強い感情が込められた声が公園内に響き渡る。
「馬鹿な……そんな……馬鹿、な話が――」
「ぺちゃんこになるのは……はじめてだぞ」
めてお君の視線の先にあったのは、染みから復活したばかりのサイレントだ。
再生も二度目になるとだいぶ慣れるのか、平然とした様子である。
間断なく石を落とせば回避する間もなくサイレントを倒せるかもしれないのに、めてお君は次の生き石を召喚することなく、ただ愕然としている。
現状を全く理解出来ていない、そんな表情。
まだ圧倒的優位であるにも拘らず、今のめてお君の様子は癇癪を起こした子供のようだ。
「え……あ……なんで…………これは……まさか…………」
力が抜けたのか、へなへなと座り込むめてお君の目の前に立つ。
攻撃意志がないのがわかっているのか、オールド・ガードは特に何もしなかった。
めてお君が僕を見上げ、限界まで目を見開く。
半分くらい賭けだった。僕とて確信があったわけではない。
少しだけ違和感を感じていた。だから賭けた。
だが、外れても構わないと思っていた。だって、もしも当たっていたら――あまりにも救いがなさすぎる。
へたりこむめてお君を目を細めて見下ろし、尋ねる。
「めてお君……君は……
「こんてぃ……にゅー……?」
めてお君がたどたどしい口調、掠れた声で反芻する。
その声で全ての疑問が解けた。
違和感は感じていた。
ゲーム時代の眷属を引き継いだめてお君は最強だ。
それだけならばまだハズレ扱いも納得できるが、大量の石も引き継いでいるのならば……めてお君はこの世界の強者の大部分を倒せるだけの力を持っている。
掛け値なしで世界を滅ぼせるだけの力だ。ロードとやらと協力してうまいことやれば世界だって支配できるだろう。
だが、めてお君はこの世界を自分に合っていないと言った。
違和感が確信に変わったのは――サイレントとの戦闘で最低位の生き石を無数に召喚していたことだ。
サイレントを倒すのならば最低位の生き石を使い捨てにして追い詰めるよりもゲーム時代から引き継いだ巨大で強力な生き石をぶつけた方が早い。
だが、めてお君はコスパの悪い方法を選んだ。一撃当てても倒せるかどうかわからない、最低位の生き石による絨毯爆撃を。
おまけに一回5個の魔導石で召喚したそれらを使い捨てにしているともなれば、明らかに不自然である。
となると、結論は一つ。
めてお君には死亡した眷属を復活させる術がない。
だから、ロードとやらは破壊能力最強のめてお君を呼び出せたにも拘らず、次の召喚を実行した。
めてお君が最強なのは――今だけだ。めてお君はエレナを倒せるだけの生き石を持っているが、『
神を殺せる程のダメージを与えられる生き石はめてお君のゲーム時代の主力だ。そう簡単に代わりは効かない。
僕は常々、どこまでが僕の特権なのだろうと疑問に思ってきた。
眷属召喚、召喚、送還はNPCでも出来るし、この世界でも常識だった。
進化も詳しい方法こそ知られていなかったものの、周知の事実だった。
ならば
アイテム欄は? マップは? レベル、ランク、HP、名前の表示は? 召喚枠の追加は?
ゲームを知っているめてお君が
つまり――これが答えだ。
めてお君が眉を歪め、今にも泣きそうな声でまるで乞うかのように言う。
手を僕に伸ばし、その様はまるで懺悔する罪人のようだった。
「ブロ、ガー……まさか、君は……コンティニューが、できる……のか?」
「できるよ」
魔導石が一万個も持っていても、『
特にめてお君の場合、魔導石の購入理由の大部分は『再生』のためだったはずなので、それだけの石を引き継げたのに『再生』できないのはまさしく――地獄だろう。
こうなってしまえば僕の身の上とどちらが幸福だったか、分かったものではない。
サイレントが突然戦意を失っためてお君を眺め、困ったように頬を掻いている。
めてお君の脳裏に過ぎっているのが何なのか。めてお君のこの世界での経緯をあまり深く知らない僕にはわからない。
だが、手塩にかけた自らの眷属が消失する悲しみは僕だって知っている。なにせ、僕もめてお君と同じ――プレイヤーなのだから。
何かを乞うかのように差し出されためてお君の手を握る。茫然としていためてお君が僅かに目を見開く。
まさか僕が慈悲のようなものを持っているとは思わなかったのか。
慈悲ではない。これは策である。
眷属を引き継いだめてお君に到底敵わない僕が見出した唯一の勝機だ。
めてお君の目的は僕を連れ帰ることだった。だが、めてお君自身は僕の敵ではない。
僕達は同郷である。親の敵でもなんでもない。互いに憎まれ口を叩いたりするが、現実で顔をあわせるのはこれが初めてだが、どちらかというと友達に近いだろう。
めてお君の口調はずっと不自然だった。
めてお君は何度も命令という単語を使った。会話の節々にまるで強制されているかのような響きを匂わせた。
ましてや一番最初――僕が【始まりの遺跡】にいたという事を教えたその時、確かにめてお君は小さな声で言ったのだ。もしかしたら独り言だったのかもしれないが、確かに聞こえた。
――幸運だ、と。
めてお君は最強だ。使役する眷属は最強だ。だが、僕と違って、その本体は最強ではない。
命令を強制される。僕にはそういう魔法についての知識があった。
ナナシノが迂闊にも生み出した実質的な奴隷になる指輪。
ゲームには存在せず、この世界の常識を知らない召喚されたばかりのプレイヤーならば引っかかるであろう巨大な罠。
この世界は……本当に物騒だ。
この距離が欲しかった。めてお君があっさり攻撃の手を止めたのは僥倖だった。
僕がそれに感づいていることを気づかれるわけにはいかなかった。
めてお君が命令された『最善を尽くす』がどこまでの範囲を示すのかは知らないが、状況は自然であればあるほどいい。
何がなんだか現状を理解できないめてお君に言う。もう言ってしまっていい。
手と手が触れていた。今この状態から命令に従い、『最善を尽くそう』としてももう遅い。
「命令を強制されているんだね」
「……え?」
「いいことを教えてあげよう、めてお君」
取った手。右手の人差し指にはめられた指輪が強い熱を持っていることに気づく。まるで抵抗しているかのように。
だがもう無駄だ。
どういう理屈なのか知らない。呪いなのか魔法なのかあるいは魔法っぽい物理攻撃なのか。
だが、出来る。不思議な確信があった。
『
僕は最強らしい。アビス・コーリングはゲームで、僕はそれのプレイヤーなのだから当然のことだ。
そして、僕にとって自由である事は、プレイヤーの持つ当たり前の権利だった。
力を入れているわけでもないのに、不意に古臭い指輪に罅が入る。
僕はにやりと笑みを浮かべ、未だ思考の追いついていない鈍感なめてお君に言った。
「プレイヤーは――自由じゃなくちゃいけないんだよ」
指輪が負荷に耐えきれなくなったかのように、音もなく砕け散った。
§
「ブロガーさん!? 大丈夫ですか?」
「ま、待って、青葉ちゃん!」
公園の外からいつもの召喚士のローブを着たナナシノが駆け入ってきたのは、決着がついた後しばらく経ってからだった。
聳え立つオールド・ガードに背後に控えるガーゴイル。地面にはあちこちに罅が入りいかにも危険な状況だが、その足取りに迷いはない。それに引っ張られるようにシャロも続く。
誰にも行き先は言っていないはずだがどうやってここまで辿り着いたのか。
まぁ、戦闘中に乱入されたら面倒だったが、全て終わった後なので問題はない。
苦労性のアイちゃんが主を守るべく、さり気なくオールド・ガードとナナシノの間に立つ。
ナナシノは僕の側に駆け寄ると、腰を抜かしたように座り込むめてお君に一瞬警戒するような視線を向け、すぐに目を丸くした。
黒の外套を下に敷き、座り込んだめてお君にはもう戦意はない。
先程まで人差し指にあった指輪も完全に砕け散っている。
続けざまに起こった予想外に茫然としていたが、徐々に状況が理解できてきたらしく、それもそろそろ落ち着きつつあった。
いつもいいところで入ってくるものだと思っていたが、今回は遅刻のようだ。
「今日は遅刻だったね」
「あの……その人、は……私、エルフリーデさんに聞いて……走り回って……」
巫女からの情報か……。ナナシノがおろおろと僕とめてお君を見る。
助けにきたんだろうけど、ナナシノも大概へっぽこだと思う。
「ああ、詳しくは後で話すけど……僕達と同郷の人間だよ」
「同……郷、ってことは……」
そういえば自分の話ばかりでナナシノの事は話していなかったな。
めてお君の説明の中にもナナシノの情報は全く出てこなかったし……冷静に考えるとナナシノ程不思議な存在もいない。
ナナシノには僕とめてお君のように呼び出される理由もないし、何か特殊な能力を持っている気配もない。
ある程度回復したのか、めてお君がふらつきながらも立ち上がる。
シャロとナナシノがびくりとその身を強張らせるが、もしもめてお君がやろうと思えばシャロとナナシノなんて一言で殺せるのだ。
ようやくショックも和らいだのか、ぱんぱんと汚れたローブを払うと、ナナシノをもう一度じっと見て、眉を顰めた。
「同……郷……? ああ……まさかこの子が……しかし、どうやってブロガーを…………まぁ、もうあまり関係ない、か……」
「え? な、なんですか?」
ナナシノがその視線から逃れるように僕の後ろに隠れる。珍しい事に誰とでも仲良くなれるナナシノがやりづらそうだ。もしかしたらめてお君の変態性を本能で察したのかもしれない。
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