第二十二話:最強の召喚士
年相応に皺の刻まれた容貌。手は骨張り、しかしその眼だけは爛々と輝いていた。
【魔都アーグワ】。都の中央に存在する巨大な魔導師ギルドの最上階で、一人の黒衣の魔導師が苛立たしげに机の上の水晶玉を睨みつけていた。
水晶玉の中には一人の召喚士の姿が映っている。
魔導師ギルドでも屈指の魔導師であるロード・アルタリアにとってこの世界は取るに足らないものだった。
既存の魔導の全てを修め、新たな強力な術式をいくつも生み出し魔導師の地位の向上に務めた。竜を焼き尽くし天変地異を静め、時には悪魔とさえ契約して魔導の深淵を求めた。
その力は伝説に残る大魔導師に劣らないだろう。その身は正しく、人の域を脱しつつある。
だが、同時にそこまでだった。それは、ロードが生まれて初めて味わった挫折だった。
神の壁。世界の壁。夜天に輝く七つの月。それぞれの世界に存在する異形の上位――魔導師として卓越した力を持つロードをもってしても敵わない存在。
普段は別次元からこちらを覗き、極稀にその手を伸ばしてくる魔物を越えた魔物。
それだけならばロードも諦めがついただろう。人間とは別次元に済む怪物がいるということで納得できたはずだ。
だが、この世界にはそれらを御する者たちがいた。
同じ人間であるにも拘らず、ロードに不可能なことをやってのけるその者たちを、ロードは許せなかった。晩年のロード・アルタリアの研究はそれを越えるためだけにあったと言ってもいい。
そして、今その研究は実りつつある。
水晶玉の中にはどこか胡乱な目つきで口を動かす一人の下僕――ウォールの姿があった。
「ウォールよ……連れてくるのだ。貴様を越えた、最強の召喚士を……」
最初の召喚は失敗だった。
多大な魔力と長年掛けてかき集めた希少な触媒を使って呼び出した召喚士――ウォールは確かに強かった。
この世界の召喚士で最も恐れられているエレナ・アイオライト。それの使役する神に等しいとされる眷属を倒しうる異界の召喚士。
ウォールの使役する眷属はこれまでロードの見てきたいかなる生物をも越えた力を持っていた。
長年の悲願を達成できるだけの力を持っていた。一つの致命的な弱点さえなければ、ロードが二度目の召喚に踏み切ることはなかっただろう。
ロードは一度目の失敗を自分の心の弱さにあると考え、悔いていた。
初めから最強の召喚士を求めるべきだった。最初に『最も破壊能力の高い召喚士』を求めたのは、弱さの証だ。もしも最強の召喚士がロードに牙を向いたら。もしもそれが人間ではなく怪物だったら。そういう恐れが、ロード・アルタリアに二の足を踏ませたのだ、と。
召喚術式はロードの力をもってしてもそう何度も行使できるものではない。
一度目の召喚は失敗だったものの、理論は正しかった。確かに求めた通りの者を呼び出した。条件が誤っていただけで。
ロードはそれを更に改良し、慎重に二度目の召喚を施行し――術式は発動こそしたものの、何も現れなかった。
一時は失敗だと思った。原因を調べるのに全力を尽くし、そして見つからなかった。
が、もういい。ウォール以外の異界の召喚士の存在が明らかになった今、召喚場所が少しずれたことなど些事にすぎない。
ウォールと最強の召喚士。この二人を御す事ができれば、神を制し世界を手に入れることなど容易いだろう。
全身を貫く得体のしれない焦燥に目を細め、ただ水晶玉の中のウォールの挙動を観察する。
生まれて初めて抱いた大望――世界征服の成就は既に目の前にある。
§ § §
僕にはめてお君が宇宙人に見えた。
『
まぁそもそも、めてお君のゲームの楽しみ方は一般的ではなかったんだが。
だがめてお君の声は高揚に上ずっていた。
「ノーマルな、生き石……だけじゃない……あらゆる、種類の
心底どうでもいい。確かに生き石には無駄に種類があるが、所詮は生き石、外れである。
どういう理屈でそんなハンデ付きのめてお君が出てきたのかは知らないが、そんなめてお君を引いてしまったロードは多分、僕と同じくらい不運だろう。同情はしないが。
さて、ここで問題が一つ生じる。めてお君についていくべきか否かだ。
いくらめてお君が途方もないハンデを負っていたとしても、ゲーム時代の眷属を引き継いでいるというのは埋めようのない差だ。
めてお君の戦法は生き石をぶちかますことだが、ゲーム時代、エレナを倒せる程の数の『生き石』を召喚してのけためてお君はその副産物として生き石以外の眷属も沢山持っている。それだけで僕には勝ち目はない。
僕もゲーム時代の眷属を引き継いでいたならば、めてお君も倒せていただろうが、残念ながら僕は引きついでいない。
もしかしたらロードの下に行けば引き継げるのかもしれないが、世界征服を目論む魔導師に下るなどぞっとしない話だ。なによりゲームのコンセプトから外れている。
そもそも、めてお君がそのロードとやらに従っている理由がわからない。
戦法こそ狂ってはいるが、めてお君自身は割と常人だ。世界征服なんて企まないだろう。
めてお君が召喚したばかりの『生き石』を
決断の時は迫っていた。
「断ると言ったら?」
「ッ……争いたくはない……が、私も、ロードから、命令を受けている。無視するわけには、いかない。力づくでも、来てもらう」
めてお君が眉を顰めて言う。後ろのオールド・ガードがめてお君を守るかのように盾を構える。
命令、命令、か。どうやらめてお君の意志ではないようだ。
僕がめてお君の立場だったとしても、自ら望んで他のプレイヤーと戦うことはないだろう。ましてやそれが自分と同等以上の力を持っているかもしれないとなれば尚更だ。
ゲーム時代の眷属を引き継いだめてお君はこの世界では最強に近い。
というか、最強だ。一戦だけならばエレナにも負けない。
めてお君に存在する唯一の弱点はこの世界では課金できないという点だ。
めてお君の戦法は消耗が凄まじい。いくらゲーム時代の眷属を引き継いだといっても、めてお君の生き石のストックは無限ではない。
生き石の能力は
だが、それを考慮した上で勝率は――ゼロだ。
先にこの世界に来て、自分の弱点を理解したであろうめてお君の魔導石ストックが僕よりも少ない可能性はかなり低い。
サイレントは物理耐性を持っているが進化もしていないし、神さえ殺せるグラビティ・クラッシュを食らえばひとたまりもない。
僕の秘められた力が解放でもされなければ勝ち目はない。
残されたのは緩やかな死だけだ。僕は死なないんだけど。
僕はため息をつき、めてお君をじっと見た。
「僕も君とは争いたくはない」
「そ、そうか……よかったような悪かったような……なら――」
「それを考慮した上で――答えは『いいえ』だよ」
めてお君が目を見開く。
来て欲しい、か。くだらない要請だ。
僕自身めてお君にそれほど強い恨みを抱いているわけでもない。というか、生き石率百パーセントの時点で憐れむ対象だし、ロードの企む世界征服もどうだっていい。
だが、これはゲームなのだ。
プレイヤーは自由でなければならない。クエストならば受けるのもやぶさかではないが、同じプレイヤーのめてお君に下る理由などない。
サイレントマントが風もないのにはためく。
オールド・ガードだけでも相手が今までとは格が違うことはわかるはずだが、戦意は十分らしい。
「まさか僕が大人しく従うとでも思っていたのか? いくら同郷が相手でも話にならないね」
「……ッ」
めてお君が絶句し、一歩後退る。
アビコルはソシャゲーだ。クエストや依頼などで同じプレイヤーと戦うことはない。
だが、対戦機能自体は実装されていた。
そして、得てしてこういう育成ゲーは……同じプレイヤーが最大の敵だったりするのだ。
例えばめてお君はヘビーユーザーだが、その戦法は無限に復活する相手を前提としていない。
いや、召喚時に発動するグラビティ・クラッシュというスキルと、戦闘中に送還できないというゲーム仕様を考えると、めてお君程長期戦に向いていない存在はいないだろう。めてお君の持っている生き石の数が、対戦相手の保持する再生用の魔導石の数を下回っていればめてお君は高確率で負ける。
だが、それもゲーム仕様をどこまで踏襲しているかによる。
ナナシノやシャロがやったように戦闘中に眷属の送還ができるのならばめてお君の弱点は一つ消える。
様々な情報が僕の脳裏を高速で過る。勝率は限りなく低い。絶望的と言っていい。
相手はアビス・ドラゴンよりもずっと強大な相手。不確定な情報も多すぎる。
「逃げるなら追わないよ」
今必要なのは時間を稼ぐことだ。
考えるにせよ体制を立て直すにせよ、時間が欲しい。
めてお君が指の辺りをがりがり掻きながら唇を結ぶ。
僕がどれほどの戦力を保持してこの世界に来たのか考えているのだろうか。
僕はめてお君みたいなキワモノではない、正統派のプレイヤーだ。
眷属を育て数を揃える。強力な眷属が実装されれば出るまで引き、どんなクエストが実装されても戦えるように調整する。
アビコルに莫大な金と膨大な時間を費やした僕は確かに最強のプレイヤーの一人と呼べるかもしれない。
実際は僕の勝ち目は低いが、めてお君から見た僕も同様だろう。
「……」
「……」
冷たい風に、めてお君の外套が揺れる。後ろのオールド・ガードは微動だにせず、僕とめてお君を見下ろしている。
めてお君が大きく舌打ちして、気の抜けるような声をあげた。
「ブロガー、私は君を……殺したくない」
「……」
「私の眷属は知っての通り……手加減ができないんだ。元々、ブロガーが、相手では……手加減する余裕なんかないけど……ロードからは絶対に生きて連れてこいと言われている。だけど、それは私の力ではかなり難しい。そんなつもり、なくても、戦えば、殺してしまう。ブロガー、君はもうこの世界で、人を殺した、か?」
めてお君の言葉には強い苦悩が滲み出していた。
膨大な力を引き継いだにも拘らず、めてお君はどこまでも人間らしい。
そしてまだ認識に齟齬があるようだった。
めてお君は僕よりも先にこの世界に来たが、立ち位置が違う。
僕と違うというのは既に理解したつもりになっていたが、まだ足りなかったらしい。
「もう、知ってるかもしれないが――この世界で、召喚士を倒すには……眷属よりも、主を狙うのが、セオリーなんだ」
なるほど……だから、話を始める前にオールド・ガードを出したのか。
ゲーム時には気にする必要のなかった召喚士の最大の弱点――己の身を守るために。
オールド・ガードには他の眷属のダメージをその膨大なHPで肩代わりするスキルがある。そんなつもりは毛頭ないが、サイレントにめてお君の殺害を命令しても無理だろう。
だがそれ以上に……めてお君が死を警戒しているという事実の方が重要だ。
なんとなく読めてきた。
めてお君の方に一歩、歩みを進める。めてお君が一歩退く。
警戒の欠片も持たない僕に、めてお君は強い警戒を抱いていた。
めてお君の戦法は一撃必殺だ。相手がいなければグラビティ・クラッシュは使えない。そして、めてお君は僕にグラビティ・クラッシュをぶちかますつもりはないらしい。
「ブ、ブロガー。私は……サービス終了直前に……魔導石を大量に、購入したばかりだった」
「そう」
「私の持っている、魔導石は……10000個以上、だ。
まるでこちらを威嚇するかのような声だった。
まさかこいつ……魔導石の数まで引き継いだのか!?
アビコルのサービス終了は唐突だった。
次期大型アップデートが告知された直後だ。魔導石を大量に保持していたのはめてお君だけではないだろう。
僕だって持っていた。だが、この世界には持ち込めなかった。
数年もかけて育て上げた強力な眷属。ブラック称号。プレイヤーレベルに、持っていた魔導石。何も持ち込めなかった。めてお君と僕とのあまりに大きな違いに呆れてしまう。
だが、どうやら僕が勝っているものもあるようだ。
「めてお君、僕は実はアビス・コーリングが大好きなんだ」
「え……?」
文句を言いながらも、好きだった。人生のほぼ全てを賭けていた。
急にサービスが終了した時の喪失感は生涯忘れないだろう。そして、再び【始まりの遺跡】を訪れた時の高揚も。
まるで生まれ変わったかのような気分だった。
たとえゴミしか召喚できなかったとしても、それまで手に入れ手塩にかけて育てた眷属の全てを失ったとしても、それでよかった。
「君は欲しかった力を手に入れた。石油王と呼ばれる程の財力を使い育て上げた無数の眷属に、溜め込んだ魔導石。そして、ゲーム時代にも持っていなかった生き石を召喚できる能力――」
めてお君が目を見開き、狂人でも見るような眼で僕を見上げる。
めてお君はどうやら僕に同族意識を持っているようだ。
僕にとってのナナシノに値する存在がいなかったのだろう。だから、僕と自分の違いに気づかない。違うという可能性に気づけない。
ロードが行使した術式がどういうものだったのか、実際のところは知らない。
だが、もしかしたら――召喚対象の望みを叶えるような類のものだったのではないだろうか。でなければ、めてお君が生き石召喚率百パーセントの業を背負うようなことはないだろう。
そして、目を白黒させるめてお君に、僕は初めて自分のことを話した。
「僕の望みは力じゃなかった。僕の望みはゲームをもう一度やることだった。めてお君、僕は――この世界では不死身なんだよ」
最強の召喚士の最強ってどこにかかってんだよ。やっぱり欠陥魔法じゃないか。
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