第二十一話:最強の力
始まりは一人の魔導師から始まった。
才能があった。数代に渡る魔導師の家柄。血筋も環境も良かった。
魔導師が隆盛を誇る都市、【魔都アーグワ】に誕生し、魔導を極めるのに必要な要素の全てを持って生まれてきたその魔導師は成長に従い、その才能を開花させていった。
ウェズ・アルタリア。
それが後年、ロード・アルタリアの名で呼ばれることになる、この世界で最も力を持った魔導師の一人の名前。
ロード・アルタリアは魔導師として至極一般的な感性を持っていた。
冷酷にして傲慢。存在するあらゆる魔導の知識を蓄え、正気ならばとても耐えられない悍ましい研究を繰り返し、極限まで高めた自らの力に絶対の自信を持っている。
その魔導師にとって唯一不幸だったことがあるとするのならばそれは、才能がありすぎたことだ。同じ魔都の魔導師を圧倒する才覚を示した男は誰にも止められることなく増長し、結果として一つの野望を抱いた。
世界の征服。古今東西、数多の力ある王が望み決して適うことのなかった願いを。
§
石油王がまるでくだらない話でもするかのように語る。
世界の征服を企む悪の魔導師の物語。
それは現実で聞くと馬鹿げていたがソシャゲのシナリオとしては特筆すべき内容ではなかった。恐らく物語と言うものが誕生してから幾度となく使われ既に擦り切れた設定だ。
だが、それがこうして僕やナナシノ、石油王のように実際に害(僕にとっては幸運だったが)になっているとなると笑い飛ばす事はできない。
語る石油王の後ろではまるでこちらを威圧するかのようにオールド・ガードが僕を見下ろしている。
「そして、愚かで馬鹿げた野望を持った魔導師は――壁にぶつかった。ふふふ……ブロガー、君なら、わかるだろう? このアビコルの世界では……最強は……
魔導師関連のクエストは剣士関連のクエストと異なり、一癖も二癖もある物が多い。
だが、所詮は魔導師だ。難易度はそこまで高いものではなかったし、世界が征服されることももちろんなかった。
特に、魔術の大部分を封じることができるサイレントを持っていれば攻略難易度が一気に下がるので、剣士ギルドのクエストの方が難しかったくらいだ。
この世界は召喚士が主役の世界だ。魔導師や剣士はただの脇役でしかない。
そのロードとやらがどれほどの力を持っているのかは知らないが、エレナを初めとした強力な力を持つNPC達に勝てるとは思えない。
石油王の口調には何の感情も浮かんでいなかった。ただとつとつと物語でも語るように続ける。
「ロードは……神の存在を知った。そして、それを使役する召喚士の存在も」
神。異種を除く七つのそれぞれに存在する、神の名を冠する強力な眷属達。二百万種類以上存在する眷属のトップ。
入手にコンプガチャに似た特殊なプロセスが必要とされ、こんなの絶対に手に入らない。NPC専用だろ、バランス考えてないだろと運営がめちゃくちゃに叩かれていた眷属である。
エレナの
ちなみに石油王が今出している『守護機神オールド・ガード』も神の文字がつくが、こいつは神ではない。
プレイヤーが全員召喚されてもほとんど持っている者のいない眷属達。本来ならば警戒する必要のない眷属だ。
ロードとやらが不運だったのは、NPCであるエレナが実際にそれを使ってくる召喚士だったことだろう。
僕の思考を察したのか、石油王がその端正な眉を歪め、怒りとも悲しみとも呼べない微妙な表情をする。
「ロードは壁にぶつかっても折れなかった。ふふふ……プライドが高すぎて諦められなかったのか、引っ込みが付かなかったのかは知らないけど……それを乗り越える方法を考え、一つの術式を生み出した。自分の力で神の使い手を倒せないのならば――それを倒せる者を呼べばいい」
言いたい事はわかった。
僕達がこの地に来た理由も――真実味があるかどうかは別として、それが正しいとしよう。
「馬鹿げた案だ」
僕は深々とため息をついた。石油王がぴくりと眉を動かす。
エレナは強い。とてつもなく強い……というか嫌らしい。対策をしなければ勝負にならない、そういう類の強さだ。伊達にエンドコンテンツなどと呼ばれていないのだ。
確かに彼女を倒すのはこの世界のNPCでは至難だろう。
だが――僕達、元プレイヤーにだって難しい。
ゲーム時代、僕はエレナを倒した。倒せたが、それはあくまでゲームだったからだ。彼女を倒すにはレア度の高い眷属がダース単位で必要で、おまけに魔導石も死ぬほど使う。
いくら僕よりも運のいい石油王でもエレナを倒すには長い時間が必要だろう。ナナシノなら何十年経っても無理だ。
だが、と、僕はそこでオールド・ガードに目を向けた。
星付きのオールド・ガード。一体、石油王は何年前からこの世界に来ているのだろうか?
サービス終了前から来ているわけではないだろう。僕は石油王の投稿したサービス終了マジふざけんな動画を見ている。
それ以降は記憶が薄いが、動画投稿直後にこの世界に召喚されたとしても、眷属を星付きにするのは難しい。僕ならばとても無理だし、そもそもベースの眷属を召喚できるかどうかは運だ。
時間軸が歪んでいるのか? あるいは裏技でもあるのか?
警戒する僕に、石油王は肩を竦めて言った。
「馬鹿げた案だが……成功した。ロードは……天才、だった。最初に、呼んだのは……神を殺せる――最も、破壊能力の、高い、
マジかよ……。
僕は予想外の言葉に吹き出した。
最も破壊能力の高い召喚士って……。
確かに、石油王は強い。DPS(Damage per Second。一秒単位のダメージ量)だけ考えるなら最強かもしれない。
だが、その術式、欠陥ありすぎ。こちらの事情関係なく召喚したロードは誘拐犯だが、それで石油王が出てくるのは詐欺に近い。
石油王の戦闘スタイルは廃課金あってのものだ。この世界じゃ話にならない。
「それで石メテオぶっ放してた君が出てきたのか」
通称、石油王。
正式なハンドルネームは『めてお君』と言う。『めてお』君ではなく、君までが名前だ。
めてお君は無種の一種、『
エレナだって倒せるさ、と言い張り、実際にそれでエレナを倒した動画を上げて話題を呼んだ数多存在するアビコルプレイヤーの中でも筋金入りの変態である。
召喚と同時に発動するという特性上、大量の『生き石』を育てる必要があり、毎回ユニットが死ぬので魔導石が膨大な数消費されるという、廃課金中の廃課金、修羅の道を歩んだ、たった一人の召喚士だった。
運のいい『めてお君』が僕と同じブラック称号持ちのプレイヤーである理由である。
ちょっと戦うだけでも数千円使う『めてお君』は廃課金プレイヤーの多いアビス・コーリングにおいても畏怖の対象だった。
誰も思いつかなかったんじゃない。思いついたけど誰もやらなかったんだよそれは。
一般的になっていないのには理由があるんだよ。
僕は再会してからずっと思っていた事を言った。
「何がウォールだ。格好付けやがって。さては恥ずかしくなったな」
「…………」
「ちゃんと名乗れよ。『私の名前はめてお君です』って。気づかなかっただろーが」
「…………」
「恥ずかしいならこの際、メテオ・クンとかでもいいから……」
「う、うる、さい。こんなことになるなんて、思わなかったんだよぉ……」
めてお君が顔を押さえて悲鳴をあげる。
言っとくけど、頭の上の名前、『ウォール』じゃなくて『めてお君』になってるから。
今のところNPCには見えないみたいだが、見えていたら赤面ものだろう。
めてお君が立ち直る。まだ顔は赤いが絞り出すような声で言う。
「と、ともかく、それで……私が、呼ばれた。だけど、私の力は……この世界には、合っていなかった」
僕はそうは思わない。
この短時間でオールド・ガードの星付きを作り上げた『めてお君』はNPCとは比べ物にならないくらい優秀なプレイヤーだ。
私の力があっていないとか言っているが、別にめてお君だから生き石しか使えないというわけでもないし、そもそもアビコルでもっとも重要なのはリア運と課金力なので、課金力が封じられた今、リア運のいいめてお君という選択肢は悪いものではない。
というか、その盤面で僕が呼ばれても普通に困る。ナナシノなんてもっと困ってるだろう。というか、なんでナナシノなんだよ。
僕は表情をキリッと引き締め、真面目な声で言った。
「それで、めてお君さんでは、ロードとやらの要望は満たせなかったわけだ」
「ウォ……ウォールと、呼んでくれ」
「でも、めてお君さんもかなり頑張ってると思うよ。めてお君さんも。僕がめてお君さんの立場だったら今のめてお君さんみたいにはなれなかった。さすがめてお君さんだ。死ね、めてお君さん。当たりばっかり引いてるんじゃねえ、めてお君さん。リビング・ストーンが欲しかったのにレア引いちゃいましたじゃねえ、めてお君さん。地獄に落ちろ、めてお君さん」
「…………ブロガー、君は……動画で、キャラを作っていた、わけではないんだな」
プレイヤーでも精神攻撃は効くらしい。めてお君は今にも吐きそうな顔をしていた。あと一歩で積年の恨みを晴らせそうな感じだ。
お腹を押さえながら、めてお君が続けた。
「それでも……ロードは、諦めなかった。次にロードは……私を越えた、召喚士を、求めた。最強の、召喚士を召喚した」
「おいおい、めてお君さんを置いて僕が最強だなんて……」
確かに僕は廃課金者で重度のアビコル中毒者だが、最強かと聞かれるとかなり怪しい。
アビコルには中毒者が沢山いたし、そもそも強さというのはその時その時で変わるものだ。
僕の軽口にめてお君は下唇を噛み、僕の言葉を無視して言った。
「術式は……成功した、らしい。でも、誰も、出てこなかった。本来ならば、召喚陣の中に出てくるはずなのに……術式に、不備はなかった。半年前の事、だ。それ以来、私達は――探し続けた。最強の、召喚士ならば、すぐにわかるはずだった。だが、半年間、手掛かりがなかった。ブロガー、君は、どこにいたんだ?」
――その言葉を聞いた瞬間、僕は自分の勘違いに気づいた。
まるで雷に打たれたような衝撃が衝動となり全身を駆け巡る。ばらばらになっていたパズルのピースが合致したような気分だった。
目を見開き、お腹が痛そうにしているめてお君を見る。
同じ元廃課金プレイヤー。だから、自然と立場も同じだと思っていた。
だが、僕とナナシノが違うように、僕とめてお君も違う。
僕は【始まりの遺跡】に現れたその時、すぐに動揺から立ち上がった。もしもこれがそのロードの目の前とやらだったならば、すぐに現状を理解することはできなかっただろう。
そして、僕が【始まりの遺跡】に現れたのは恐らく――それがゲームのスタート地点だったからだ。
だが、めてお君は違う。僕ともナナシノとも違う。
僕は最初に手に入れたサイレントをまだ一度も進化させることができていない。
後ろに聳える最終進化形態。
『万災の守り手 守護機神オールド・ガード』は、たとえ何年あっても育てられるものではない。
課金システムのないこの世界において、は。
――だが、ゲーム時代の、めてお君は好んでその眷属を連れ回していた。
めてお君が言う。先程よりも険しい声。
「ブロガー、来て欲しい。君と、争いたくはない。私と、君が争えば、ただでは、すまない。せっかくまた出会えた眷属とも、別れることになる」
争えばただじゃすまない? そんなことはない。
今の僕と、めてお君がもしも仮に対戦すれば、僕は為す術もなく負けるだろう。めてお君がオールド・ガード以外の眷属を持っていないとも思えないし、そもそも僕は運があまり良くない。
知識はあるがそれはめてお君も同じだ。条件が同じならば先にこの世界に来て、なおかつ運のいい『めてお君』に勝てる道理はない。
だが、めてお君は明らかに僕を警戒している。
それはつまり――めてお君が再会したばかりの僕の強さを確信しているという事を示していた。
たどり着く結論はたった一つだ。
「まさ、か……引き継いだ、のか!?」
茫然としていた。
言葉を出した後に、ミスを悟る。相手に情報を与えるべきではなかった。僕が何一つ持たずにこの世界に来たことを感づかれるような情報を与えるべきではなかった。
もしも僕の推定が合っているのならば、彼我の差は埋めようがないほど大きい。
だが、めてお君は感づくことなく、小さな歪んだ笑みを浮かべ、驚くべきことを言った。
「それだけじゃない。ブロガー。ロードの術は、力を与えてくれた。私は、夢にまで見た力を……手に入れた。決して、ゲーム時代にも、手に入らなかった力、だ。もう、馬鹿には、させない。ブロガー!」
めてお君が手を大きく掲げる。その大仰な動作に思わず一歩後退る。
掲げられた手には五つの見覚えのある石。めてお君が高らかに叫んだ。
「『
青白い光が輝く。
光が晴れ、現れたのは見覚えのある小さな手足のついた板だった。
『
自信満々だった割には酷い結果だ。
肩透かしを食らう僕の前で、めてお君は召喚した外れ眷属に満面の笑みを浮かべ、誇らしげに言った。
「ふふふ、見たか、ブロガー、私の、恐るべき力、夢にまで見た……最強の力。もはやチートの域だ。今の私は……『
もうこれ完全に詐欺だろ。それチートじゃなくてハンデだから。
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