第二十話:石油王と理由

「最強、か……最強に、君が選ばれたの、か。悔しいけど、納得できないことも、ない」


 『石油王』がぶつぶつ呟きながら頷いていた。


 他の者たち――看守兵や巫女には退室してもらったので部屋には誰もいない。

 これからなされる会話はゲームの範囲外だ。余計な情報を与えて混乱させる必要はないだろう。


 『石油王』。


 ゲームのハンドル・ネームではない。それは、まるで油田でも持っているかのごとく課金し続けた一人の有名プレイヤーに授けられた蔑称であり、敬称だった。


 取り憑かれたかの如くガチャを回す様はまるで狂人の如し。僕と違うのは、そのプレイヤーの運が良かったことだけである。

 ある意味仇敵と呼んでもいいかもしれない存在である。


 自分の中である程度の決着をつけたのか、続いて石油王はじろじろと僕を見てきた。

 視線や挙動にはどこか緊張が見え隠れしている。


 実際に現実世界で会ったことはないし、深い交流があったわけでもないが、石油王は僕の顔に見覚えがあるのだろう。僕が――その顔を見て一目で名を言い当てられたように。


 僕はもう一度大きく舌打ちして睨みつけた。


「何がウォールだ。格好付けやがって」


 石油王は僕の言葉に答えない。ただぽつぽつと疲れたような声で語りかけてくる。


「死んだと……思っていた。サービス終了と、同時に、自殺でもしたんじゃないか、と」


 会話が成り立ってないじゃないか。これだからコミュ障は嫌いなんだ。

 石油王が眉を顰める。その声が震えていた。


「毎日、投稿していたブログも、動画も、投稿しなくなって……ネットから、突然、姿を消したから……ブロガー、君は、自分の死亡説が出ていたことを、知らなかったのか?」


「え……知ってたけど別に興味なかったから」


 アビコルやるついでに投稿してたんだから、アビコルがサービス終了したらやらなくなって当然である。


 石油王が肩を落とし、深々とため息をついた。


「せめて、一言入れるのが、礼儀だ、ブロガー。だが……生きていて、よかった」


 礼儀とか誰に対する礼儀だよ。そんなの知らないよ。


 石油王の表情に敵意は見えない。


 そもそも、廃人プレイヤーなどと言っても、だいたいが人畜無害である。

 どこまでいっても僕らはただのゲーマーなのだ。例え眷属という強力な武器を手に入れたとしても、平和な国で何十年も育った奴がそう簡単に変わるわけがない。


 特に廃人ゲーマーはインドアだ。どちらかと言うと、魔物が普通に生息しているこの世界で生まれ育ったNPCの方が危険だろう。


 しかし、石油王、か。嫌な相手が現れたな。


 課金できないこの世界で、引きの強さはこの上ない武器だ。

 石油王は僕と同じ、九桁以上課金プレイヤーを示すブラック称号持ちだが、召喚動画(ガチャ風景を撮撮影した動画をそう呼ぶ)を見ていた限り、その召喚運は僕よりも明らかによかった。

 と言うより、他の似たような重課金プレイヤーの中では僕の召喚運は最低である。確率とか本当にあてにならない。


 石油王は強い。廃人だ。知識も経験も豊富だし、ナナシノより余程頼りになる。

 が、石油王と一緒にクエストをやったりしたら、僕はその強運を見せつけられてとても惨めな気分になるだろう。


 どうにもならないことに心を砕くこと程無意味なものはない。

 人は人、自分は自分というのはわかっているが、共に行動するならナナシノの方がマシだ。


 僕はそこまで一瞬で考えると、目の前に用意された椅子に座ることもなく、さっさと本題にはいった。


「で、僕になんか用でもあるの? 随分探してたみたいだけど」


 アビコルのスタート地点は【始まりの遺跡】で、最初に向かう街は古都だ。僕もこの世界に来てからしばらく古都に滞在したが、他のプレイヤーらしき姿は見かけなかった。


 もちろん最初の召喚で飛行可能な眷属を引いて他の街に飛び立った可能性もあるが、あえて古都に向かわない理由などない。石油王は十中八九、僕よりも先にこの世界にきたプレイヤーだろう。


 なんでもいいから情報が欲しかった。

 他のプレイヤーの有無。ゲームとの差異。元プレイヤーならば調べて然るべきこと。


 石油王は顔をあげた。この世界で生きるNPCとは明らかに異なる、どこか常人離れした眼が僕を見て、そして笑みを浮かべる。



「そうだ。迎えに……きたんだ。ブロガー。急ですまないが、一緒に、来て欲しい」





§




 石油王についていく形で王都を歩く。

 王都はいつもどおり騒がしかった。

 客を呼ぶNPC商人の声。通りを駆ける馬車の音。鎧を鳴らし、あるいは会話を交わしながら歩く魔導師や剣士、そして召喚士の姿。


 降り注ぐ強い日差しに眼を細める。

 僕も石油王も眷属を出していないため、僕達の姿は目立たなかった。

 こうして歩いているとまるで自分がゲームの一員になってしまったかのような錯覚すら受ける。


「ブロガー、は……いつこの世界に来た?」


「半年くらい前かな。詳しいことは覚えてないけど」


 ナナシノだったら覚えているだろうか。あるいは日記を全て遡れば正確な日付は知れるだろう。


 向かう先は郊外らしい。どうやらこの世界では飛行眷属を出すのにもある程度の手順があるようだ。そりゃ大きさがあるから、ゲームのようにどこでも自由にという訳にはいかないだろう。


 そして、飛行眷属を保持しているというその事実が石油王が今の段階で僕よりも先を行っているということを意味している。


 どこまで差があるのだろうか。僕にもゲーマーとしての矜持くらいある。為す術もなく負けるのは癪に障る。

 歩きながら会話を続ける。馴れ合うつもりはないが、今のところ敵対する意志もない。隠すようなこともない。


「気がついたら【始まりの遺跡】にいた。あそこは印象的な光景だったからすぐに気づいたよ」


 今でも覚えている。七本の柱に七つの月と、それを見た時の感動はきっと生涯忘れないだろう。


 僕の言葉に、石油王は一瞬足を止めた。


「始まりの……遺跡? ゲームのチュートリアルで訪れる? …………そうか。そういうことも……あるのか。時期は……合ってる。場所にずれが――幸運か――」


 右手の指輪をいじりながら、ぶつぶつと独り言を言う。


 その様子に確信した。


 こいつ――何か知ってるな。


 そういうこともあるのか、か。つまり、この石油王の経緯は違ったということだ。


 そして、恐らくこいつは――僕やナナシノがこの世界に来た現象の理由を知っている。あるいは、なんとなく予想しているくらいの段階なのかもしれないが……僕にとってはどうでもいいが、ナナシノにとっては必要な情報だ。

 なんとなくついてきたが、ついていく理由が一つ増えてしまった。


 コートに化けたサイレントは珍しく空気を読んで静かにしていた。

 サイレントにも今の会話は理解できていないだろう。いつもならば余計な口を挟んで来てもおかしくなかったが、今はそれがありがたい。


 石油王が立ち止まった。辿り着いたのは郊外にある大きな公園だった。

 緑が生い茂り、大型の眷属でも召喚できる広々としたスペースには数人のNPCしかいない。


 石油王が顔をあげる。そして、どこか疲労の見える気だるげな表情で、深くため息をついた。


「ブロガー、私は――この世界について、きっとブロガーよりも少しだけ多く――知ってる。この世界に、やってきた理由も。そして、それを……話してはいけないという、命令は……受けて、いない」


 どこか浮世離れした表情で、石油王が呟く。


 瞬間、青白い光が輝いた。今まで大きく開いていた石油王の背後のスペースに巨大な何かが発現する。木々が引き倒され、地面がその質量だけで揺れる。遊んでいたNPCの子供たちが慌てふためき逃げていく。


 光が収束する。


 現れた予想外のそれに、僕は茫然とした。


 それは、全身が鈍い白金色をした人型だった。


 輝く金の瞳。右手には巨大な金色の剣を持ち、左腕に握ったスリムなフォルムの盾。どこか機械じみた無機質な造形に反し、その瞳は確かにこちらを見ていた。


 それは兵器だった。人型をした機械の騎士。


 無種とは魂を持たぬもの。


 アビコルにおいては精神汚染や状態異常に高い耐性を持ち、そしてその大半が装備品であることで知られていた。

 状態異常や精神汚染に対する抵抗は有効だが、その特性と引き換えに突出した眷属がいない種でもある。


 だが、目の前に聳え立つそれは無種の中でも極めて有用な一体だった。


 完全無欠の盾。攻撃力こそゼロに等しいが、有する防御能力はあらゆる眷属の中でも最強に位置する、一つの最適解。


 『守護機神オールド・ガード』


 だが、僕が茫然とした理由はそこではない。


 ただ強力な眷属ならば運で説明できる。


 問題は、目の前の眷属の名前の隣に――星マークがついていることにあった。レベルマックスの証である金色の星ではなく、最終段階まで育てきった証である虹色に輝く星だ。


 ――ありえない。


 星つき。それは育成に膨大なコストがかかるアビス・コーリングにおける廃人の証の一つだ。


 一体育てられたら廃人で、二体育てられたら超廃人。僕のようなアビコルに人生を捧げたような人間でも数えるほどしか持っていない正真正銘の最強の召喚士の証。


 僕が課金の存在しないこの世界で絶対に見ることがないと思っていたマークでもある。いくら知識があっても数年やそこらで到達できるようなものではない。



 そして、石油王と呼ばれたそのプレイヤーがゲーム時代に好んで使っていた眷属でもあった。



 あり得ないものを召喚してみせた石油王は、少しだけ眩しそうな表情で自らの眷属を見て、すぐにこちらに視線を戻した。薄っすらとした笑みを、一言も出せない僕に向ける。




「……ブロガー、説明を受けていない君は……知らないだろう。私や君がこの世界にいるのは――召喚されたから、だ。召喚したのは召喚士コーラーではなく、魔導師メイジだけど、ね」

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