第十九話:邂逅

 来客があったのは朝も早くのことだった。


 サイレントに鍵を開けさせると、軽く息を切らした巫女が駆け込んでくる。


 私服姿なのはここ最近ずっとだが、頭の上には今竜神の巫女ではなく『エルフリーデ・オロ』と表示されていた。


 イベントNPCにも名前があったらしい。もしもナナシノが名を尋ねなければ表示は永遠に『竜神の巫女』のままだっただろう。設定資料集にもなかったはずだが、やはりこの世界、だいぶ凝っている。


 巫女はまだ起きたばかりで寝間着姿の僕を見て一瞬申し訳なさそうな表情をしたが、すぐに真剣な顔を作った。


 最近は特に何のようもないのに来ることが多かったが、今日は遊びに来たわけではないようだ。


 身だしなみも整えていない僕の身体をするするとサイレントが上り、定位置につく。

 別に頭の上にいないといけないなんてルールないんだけどなぁ。


 巫女は大きく頭を下げて謝罪すると、早口で言った。


「朝早くにすいません、ブロガー様。……昨晩、以前お話した、ブロガー様を探している者が王都にやってきました」


 いよいよイベントが発生したのか。


「あー……こんな朝早くに始まるのかよ」


 発生自体は予測していたが何分告知がないので心構えが出来ていない。


 できればナナシノの成長を待ってから参加したいところだったが……シャロというドロップ量アップの眷属持ちがいるだけ良かったと考えよう。


 断りを入れて一端顔を洗い、意識を覚醒させる。

 サイレントが取ってくれたタオルで顔を拭いた時には、完全に眠気は覚め、イベントに取り組む気分に変わっていた。


 ここ最近は色々考えることがあって大変だったが、いい気晴らしになるかもしれない。


 巫女はじゃれついてきたフラーを抱き上げて待っていた。両手で抱っこされたフラーは、嬉しそうに蔓を揺らしている。


「お待たせ。で、イベント概要は?」


「イベント? 概要?」


 運営からの告知がないのが本当に不便だ。僕は説明スキップ派だったので特にそう思ってしまう。

 いつかもっと力が増してゲームに近づいたら、告知も見えるようになったりするのだろうか。 


 巫女は一瞬言い淀んだが、どこか顔色を窺うかのような目つきで言った。


「尋ね人は王都の警備兵が連行して、今は拘置所におります。お会いになるかどうかはブロガー様にお任せしますが……」


「あー、会う会う。案内して」


 石も結構溜まっている。初見はおむすびを出して様子見することだって出来る。どうしようもなくなる可能性は低いだろう。

 軽く答えた僕に、巫女は驚いたように瞠目した。トパーズのような透明感のある目が不安げに潤んでいる。


「ですが……その者、どうやら――強力な眷属を保持しているらしく……今の所大人しいようですが、危険かもしれません」


「眷属かぁ……今回の敵は召喚士コーラーか? それとも味方? まぁ難易度がわからないのはきついけど、完全に安全なイベントなんて存在しないしなぁ」


「あるじさぁ、それ、えるりんに理解してもらおうとおもって言ってないよね? もうちょっとわかるように言ってあげるべきだぞ」


 果たしてサイレントはあだ名を付ける際、ちゃんと許可をもらって決めているのだろうか。

 戸惑いを隠せない様子で僕とサイレントを見ているえるりんを安心させるように言う。


「まぁ、とりあえず話するだけだし。ちなみに僕に何の用事なのかな。その彼? 彼女? は」


「会いたい、とだけ。特に目的などは――」


 役に立たねえNPCだな。まぁイベントならそんなものか。


 せめて傾向くらいは掴んでおきたかったが、仕方があるまい。この世界の召喚士のレベルは一部を除いて高くないし、なんとかなるだろう。


 楽観的な思考で計画を立てる僕に、ふと巫女が今思い出したかのように言った。


「あ……あと、そう言えば――言ってました。ブロガー様と――『同郷』だと。…………どうかしましたか?」


「……いや。何でもないよ」


 同郷……だと?


 予想外の単語に一瞬茫然とするが、不思議そうな巫女の表情に冷静さを取り戻す。


 どう取るべきだ?


 アビス・コーリングでは、プレイヤーの生い立ちは特に設定されていない。


 アビコルでは、ゲームはプレイヤーが【始まりの遺跡】にいる所から始まる。


 立場は放浪の召喚士だ。にしては、チュートリアルを終えるまで眷属を持っていなかったり不自然な点はあったが、故郷についてはあまり重要な要素ではなかったのだろう。


 特に故郷について深掘りされることもなかったし、ストーリーやイベントで、同郷とされるキャラが出てくることもなかった。



 今回は新実装のイベントだから言及しているのか。

 あるいは――僕と同じように現実世界からやってきたという点を指して同郷と言っているのか。


 そもそも、まだ対面してすらいないのに、何故そういい切れるのか?


 この二つには大きな違いがある。イベントか、そうではないか、だ。


 ……まぁいいか。


「まぁいいや。案内してよ」


 イベントだったらイベントだったで嬉しいし、プレイヤーだったらプレイヤーだったで、一度は会わないといけないと思っていた。

 不安がないわけではないが、大人しくしているらしいしあまり好戦的な性格ではないだろう。


 一瞬脳裏に、隣室にいるナナシノが過る。


 ナナシノは……一応置いていったほうがいいんだろうな。もしもイベントだったら後でまた連れていけばいい。


 着替えをする。えるりんは顔を赤らめて目を逸していた。

 

 えるりんから貰ったローブを着て、ボタンを止める。

 サイレントがすかさず頭の上から肩の上に位置を変え、身体を溶かして外套を形作る。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。


 と、そこで一つ確認し忘れていた事に気づいた。


「そう言えば、その召喚士の名前とか知ってる?」


 それがもしもプレイヤーならば名前を知っている可能性がある。


 期待半分で出した問いに、エルリンは視線を逸したまま答えた。


「……はい。本名かどうかはわかりませんが……ウォール、と名乗っています」




§





 実際に対面したのは王都を警備する兵士らしく、巫女はほとんど情報を持っていなかった。


 ふわふわした足取りの巫女について、今そのウォールとやらが収容されている施設に向かう。

 

 道中、情報を収集するが、わかったことは殆ど無い。眷属の種類もわからなければ、どれほどの実力者なのかもわからない。巨大な黒い悪魔みたいな眷属なんて言われたって、そんなのいくらだっているのだ。


 イベントかプレイヤーかは――五分五分だろうか。


 判断材料が少ないので何とも言えないが、アビス・コーリングの廃課金プレイヤーとして、ブロガーの名は比較的有名だ。

 相手がプレイヤーならば会ってもいない僕を同郷と断言できる理由になる。


 僕はウォールの名前を知らないが、有名なプレイヤーなんてSNSや動画サイトなどで投稿していたほんの一握りしかいないので、ウォールと名乗ったその召喚士がプレイヤーでない理由にはならない。


 極論、ナナシノのようにゲーム未プレイの人間がいる可能性だってある。

 まぁ強力そうな眷属持ってるらしいからないとは思うけど。


 案内されたのはノルマも収容されていた門近くの拘置所だった。

 巫女の権力故なのか、持ち物検査を受けることもなく、丁寧な応対で小さな一室に通される。


 テーブルと椅子しかない小さな部屋。そこに、そいつはいた。


 中途半端に伸ばされた黒髪に黒の目。目の下には隈が張り付き、その肌はインドア特有の白さを示している。

 アビコルは日本のゲームだ。そのプレイヤーの大部分も日本人であり、黒髪黒目である。服装こそ(僕の物とは少し違う)黒のローブで現実離れしていたが、それは僕も人の事を言えない。


 その視線はどこか挙動不審げに当たりを彷徨っていた。 


 その目が、入ってきた僕を捉え、大きく見開かれる。震える手で目を擦り、僕をつま先から頭の上まで凝視する。

 その手が震えている。慌てて立ち上がりかけ、後ろで見張っていた看守に押さえられる。


 それでもその目は僕から外れない。出てきた声も手と同様に震えていた。


「馬鹿、な……生きて、いたのか……ホンモノ、か?」


 中途半端に特徴のない顔はプレイヤーの証だ。そして、僕はその顔に見覚えがあった。アビコルのサービスが終了したのが何年も前だが、面影がある。


 現実で会ったことはない。だが、アビコルでもかなり有名プレイヤーだ。

 僕は眉を顰め、舌打ちした。


 僕と同じように湯水の如く課金し、しかし僕よりも遥かにレア度の高い眷属を出してみせた不倶戴天の敵。




「何がウォールだよ。『石油王』じゃん。クソッ、有名プレイヤーの中でも一番嫌いなやつだよ。君。地獄に落ちればいいのに」

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