第十六話:侵略者
燭台だけが照らす薄暗い城内を歩いて行く。
手を引くナナシノには既に怯えたような様子はない。興味深そうに、そして目を輝かせながらあちこちを見ていた。
むしろその後ろからついてくるシャロの方が、頻繁に現れる魔物の影に怯えている。
【トニトルス幻想王国】はおとぎ話から抜け出てきたお城のような外観をしているが、中身は少し違う。
僕は現実で西洋風の城に入ったことなどはないが、視界右上に映るマップはその城が複雑怪奇に広がるダンジョンである事を示していた。
探索は予想よりも順調に進んだ。ゲームよりもAIが発達しているためだ。
このダンジョンの難易度は今のサイレント一体では少し重い。特に、多数の魔物に囲まれると面倒なことになるとおもっていたが、アイちゃんとの連携が思いの外うまくいっていた。
騎士兵に進化したことで盾を手に入れ、防御力に秀でたアイちゃんならば素早い魔物を倒すことはできなくても、一時足止めすることができる。やはり数は力ということだろう。
握った手についても、ナナシノは振りほどく気配がない。
また一体のクマのヌイグルミを倒し、ナナシノがふと思いついたようにぽつりと漏らす。
「この子達って、この城で生活してるんでしょうか?」
「さぁ? クエストとかも特にないダンジョンだったからなあ。色々な素材がドロップするから序盤は結構通ったけど」
幻想王国で出現する魔物は無種だ。落ちるドロップも無種のものだが、どういう理屈か、追加でベースとなった生き物の素材もドロップする。例えばドラゴンを模したヌイグルミからは竜種の素材、といったように。
アビコルのサービス開始当初、あまりダンジョンの選択肢がなかった頃はよく通ったものだった。中盤以降は一切行かなかったけど。
「サボテンもドロップするよ……サボテンドールから」
「ええええ……どういうことですか……」
そんなの作った人に聞いて欲しい。
しかし、ナナシノも少しは元気が出たようだ。
そもそも、本当に元気がなくなっていたのかちょっと怪しいが、たまにはこんな日もいいだろう。
僕とナナシノのつながれた手を見ながらついてきたシャロが押し殺したような声で聞いていた。
「あの……師匠。一つ思ったんですけど……これ、私達……侵入者になってませんか?」
「……え?」
ナナシノが予想外の言葉に目をぱちぱち瞬かせる。
と、道の向こうから新たなヌイグルミが現れ、僕達を見つけて駆け寄ってきた。
持っているのは短い槍。ヌイグルミなので表情は変わらないが、確かにその挙動からは侵入者を撃退しようという意志が感じられる。
サイレントが単体モードに代わり、剣を構える。
小さな身体で仕掛けられた
綿の飛び出た身体がフラフラ数歩歩き、パタリと倒れる。
ナナシノの表情がはっきりと強張った。
「いや、ダンジョンだから。君らだって散々魔物の縄張りに入って狩ってただろ」
バックボーンなんて知らない。
確かにダンジョン名からして……僕達は平和に暮らしていたヌイグルミ達の城に踏み入った侵入者なのかもしれない。だが、今更である。
僕は、呆然とするナナシノの肩をぽんと叩いて微笑みかけた。
「人はいつだって何かを犠牲にして生きているんだよ」
「…………ぶ、ブロガーさん……か、帰りましょう」
「もう遅いとおもうぞ。ころしちゃったし、あやまってもゆるしてくれないなこれは」
サイレントが跳ね飛ばしたヌイグルミの頭――カエルの頭部分を掴み、平然という。さすが冥種、魔物に同情したりしないらしい。
そもそも、そいつら僕達の命を狙っているわけで、これは自衛である。例え僕達が侵略者だったとしても。
今まで平気で魔物を狩っていた癖にちょっと可愛らしい魔物を相手にしたら気分が変わるのか、ナナシノの顔は先程とは打って変わって青ざめていた。
「ちなみにアイテムがあれば捕獲もできるよ。魔都に行って面倒なクエストやる必要があるけど」
善意から出した言葉に、ナナシノが僕をはっとしたように見上げる。目尻に涙が浮かんでいた。
「きゅ、急に……帰りたく、なりました……」
「えー。ただのダンジョンなのに」
「帰りましょう! ね? ブロガーさん。良くないですよ! 平和に暮らしている子達の中を、こんな――」
腕を掴んで僕の身体を揺らしてくるナナシノ。偽善者かな?
魔物の名前に『血に溺れる』とか『全てを蹂躙する』とかついてる時点でこいつら悪魔の一種かなんかで、罪悪感を覚える言われなどないと思うのだが、今回の目的はナナシノを元気づけることなので帰りたいと言うのならばそれに従うのはやぶさかではない。
石砕かずに済んだし。
「まーナナシノがそう言うなら帰ろうか」
「!? え? い、いいんですか……? 師匠」
「ねつでもあるのか? あるじ?」
何故かシャロとサイレントが目を見開き、大仰に驚いてみせる。
一体彼女たちの中で僕はどんな人間になっているのだろうか。
ナナシノにアビコルの攻略方法を見せるという目的は達成できなかったが、少しは楽しそうだったのでいいということにしよう。
時間はこれからいくらでもあるのだ。
今まで歩いた道を戻っていく。
ゲーム時代にはそんな仕様はなかったのだが、一度歩いた道のせいか魔物はほとんど出なかった。行きと比べて半分ほどの時間で広々と取られたエントランスまでたどり着く。
来客を歓迎しているかのようなふかふかの絨毯の上を歩き、外に出るその前に、ふと思いつき確認する。
「楽しかった?」
ナナシノが僕を見て、少し瞳を伏せた。
シャロの余計な言葉のせいで水を刺された感はあったが、途中の目を輝かせていた姿は嘘ではないと思いたい。
「……は、はい。珍しいものが見えて……楽しかったです。…………ただ、ここに住んでいる子達には……申し訳なかったですけど……」
「ただのダンジョンなんだし、気にしなくていいよ。似たようなダンジョンはいくらでも――」
と、その時、視界の端を何かが横切った。
誰も反応できなかった。僕もナナシノもシャロも、そしてサイレントでさえ――。
横切ったのが何だったのか。それを認識するその前に分厚い何かを貫く音が響き渡る。
「……へ?」
ナナシノの呆けた声。慌ててそちらを向くが、ナナシノに外傷はない。
続いてナナシノの視線の先――アイちゃんを確認する。
甲をかぶったアイちゃんの頭に、何か細長いものが生えていた。頭の上に浮かんだHPバーが九割以上削られ、名前の横に毒状態を示すアイコンが点滅している。
アイちゃんがぐらりと揺れ、剣を突き体勢を立て直そうとするが適わず、そのまま絨毯の上に転がる。
ナナシノが目を見開き、硬直したままそれを見守っていた。
ほぼ同時にサイレントが駆け出す。
目指すはエントランスを囲むように作られた階段の上。手すりに膝立ちになり弓を構えたカメレオンのヌイグルミだ。
命中を確認したのか、ぴょんと飛び上がり背中をむけて逃げていく。
名前は『影から狙うカメレオンドールズ』。クリティカル率が高く、先制で攻撃してきて、おまけに逃亡までするという嫌らしい魔物だ。
レベル上げや進化が十分成されていないと、防御型の眷属でも一撃死することがありえる。
「――っ!!」
ナナシノが我に帰り、声にならない悲鳴をあげ、僕の手を振りほどいてアイちゃんの元に跪いた。
その小さな身体を抱き上げた。
しかしその時には既にアイリスの騎士兵のHPバーは完全にゼロになっていた。一撃ではなかったが、毒ダメージにやられたのだろう。
シャロが慌ててクロロンを召喚し、アイちゃんに向かって回復魔法を指示する。だがもう遅い。
「え……? …………え? アイ……ちゃん? ……え?」
乾いた声。現状をまだ理解しきれていないのか、あるいはショックが強すぎるのか。
失敗したな……奇襲してくる魔物がいるのを忘れていた。まぁ、被先制確率は召喚していた眷属のステータスと向こうのステータスで決まるので、たとえ存在を覚えていても防ぐのは難しかっただろう。
サイレントはそういったものを看破するのを得意とする眷属ではない。
せっかく何事もなく帰れると思ったのにケチがついてしまった。
「え……? アイちゃん……? え??? なんで???」
ナナシノが必死にアイちゃんを揺らす。
覚束ない手つきで刺さった矢を握り、一気に引き抜く。バイザーに残った痛々しい矢の刺さった穴を指先で触れる。
もうHPは全損している。アイちゃんはぴくりとも反応しない。
「まぁ、しょうがないよ。元々アイリスの騎士兵ってそんなに強い眷属じゃないし、今までHP全損せずにこれたのが幸運だったようなものさ」
「し、師匠!? なんで――ま、まだ、消えてませんっ! きっと、助けられるはずで――」
シャロが悲鳴のような声で僕を糾弾する。ナナシノがぺたんと地面に座り、膝の上にアイちゃんの頭を乗せたまま茫然と僕を見上げていた。
悲しみも怒りもない、ただ現実を理解しているそんな表情。
ただ、その目から一筋の涙が垂れ、ぽたりとアイちゃんの頭を濡らす。
もしもこれが物語だったなら、奇跡が起きたりしてアイちゃんが意識を取り戻すかもしれない。
だが、これは物語ではないので奇跡が起こったりはしない。ショックなのはわかるけど。
僕はナナシノの肩を叩き、慰めるように言った。
「気持ちはわかるけど、諦めて『
「え? …………へ?」
「悪いけど、HP全損したのはナナシノの眷属なんだから僕の石は砕かないよ」
アビコルではマルチ要素の一つとして、友だちの死んだ眷属を自分の石で復活させることができる。
まだアイリスの騎士兵が『
いいえを選べばそのまま
確かに僕は石に余裕があるが、それとこれとは別だ。
ナナシノが僕をまるで縋るような目で見上げていた。
潤んだ黒の目に今にも壊れてしまいそうな儚い表情に少しどきっとするが、自分の石があるんだから自分の石を砕け。
「……え? な、なにが……え? どう、すれば――――」
ああ、なるほど。表示が出ないからやり方がわからないのか……と言っても、僕も具体的にどうすればいいか聞かれても困る。出来るからやっているだけなのだ。
サイレントがカメレオンドールの死骸をずるずる引きずりながら帰ってくる。
僕はちょっと悩んだが、ナナシノにふわっとした感じでやり方を教えてやる事にした。
§
「アイちゃん……よかった。本当に、よかったよぉ……」
馬車の中。何度目かもわからない涙混じりの言葉。
膝の上に乗せられナナシノに強く抱きしめられたアイちゃんは何も言わずただされるがままになっていた。
先程までバイザーに穿たれていた矢の跡はもうない。
『
無事ナナシノによる『
「ブロガーさんも……本当に、本当に……ありがとうございますっ!」
「いや、僕何もしてないし」
そこまで深く感謝されると、石を砕かなかった身としては少し居心地が悪い。
「さすがのあるじもななしぃにはたじたじだな」
サイレントが馬車を駆りながら、からかってくる。が、本当にその通りだ。
さすがに今の状態で『なんでもする?』とか聞き返す気にはなれない。
もしかしたら相性があまり良くないのかもしれない。
だが、僕がいる前で『
シャロは先程から黙りこみ、真剣な表情で僕と、アイちゃんを抱きしめるナナシノを見ていた。
「どうかした?」
「…………い、いえ。……魔導石で……傷を癒やすなんて……聞いたことがなかったので」
慌てたようにシャロが言い訳する。
傍らのクロロンがそれに同意するように、うんうん小さく頷いている。NPCは縛りが多くて大変だな。
「ああ。シャロも覚えておくといいよ。いざという時に役に…………立つから」
……いや。ゲーム時代はNPCが再生してくることなんてなかったが、この世界ではNPCも魔導石を持っている。可能なのだろうか?
一瞬、疑問がわくが、優しい手つきでアイちゃんを撫でるナナシノと、主君から撫でられ困惑しているアイちゃんの姿を見ているとどうでも良くなってくる。
ふと、ナナシノが顔を上げ、どこか決意したような表情で宣言する。
「ブロガーさん……私、きっと、もっと強くなります。もう絶対、アイちゃんが……死んじゃわないように」
「ああ。それはいいけど……自分で戦ったりしちゃダメだよ」
「…………はい。わかってます」
ナナシノが小さな声でそっぽを向いて言った。絶対わかってないだろ、これ。
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