第十三話:郷愁と理解

 【王都トニトルス】はメインクエストを順調にすすめていくと二番目にたどり着く街だ。


 アビコルはコンシューマ向けRPGとは違い、金と時間を使えば使うだけ強くなれる。飛行眷属で街を飛び越えたりもできる。

 だからゲームプレイ時はあまり意識されることはなかったが、王都周囲のダンジョンやフィールドの魔物のレベルはかなり低い。


 サイレントとフラーのレベルがマックスでこれ以上あがらないのは勿体無いが、ダンジョン攻略はサクサク進んでいた。魔導石も一時の停滞っぷりが冗談であるかのような溜まりっぷりだ。 


 この世界のNPCは才能や成長で魔導石を得るという。

 今までこの世界で過ごした感じだと、僕は恐らくそれで石を得ることはできないが、ダンジョンが残っている間は困ることはないだろう。


 逆にナナシノやシャロの方は僕についてきてもなかなか石が手に入らないので大変そうだ。


 この世界の召喚士が最初の石で得られる眷属を大切にして、ゲーム時代のように次から次へと召喚しないという理由も今ではわかる。

 課金やログインボーナスのないソシャゲなんてこんなものなのだろう。


 今日も小さなダンジョンを攻略し、宿に戻り石を数えていると、サイレントが声をかけてきた。


「あるじ、最近絶好調だな」


「特にストーリークエストも何もないからね」


 今思えば、この世界に来てからしばらくは随分忙しかったものだ。


 ストーリークエスト。ゲールとの戦い。エルダートレントの討伐。それが終わったと思えば今度は砂漠に落とされ、ヨアキムと戦ったと思えば次は竜神祭だ。

 それはそれで楽しかったが、たまにはのんびり石を貯めるのもいい。


「巫女から新たなクエストがないからな」


 巫女が妙なフラグを経てていったのがもう半月近く前だ。


 だが、そこから一切の進展がない。たまに宿にやってくるのだが、特に新しい情報はなかった。

 まるでただ遊びに来ているかのようだ。もちろん、そんなわけないだろう。イベントNPCなのだから。


 何の前兆なのか、正直少しわくわくしていた。


「ところでさ。あるじ。最近ななしぃ、ちょっとげんきがないみたいなの、きづいているか?」


「ん? 気のせいじゃない? いつからさ」


 サイレントの言葉に、ナナシノの様子を思い浮かべる。

 ナナシノとシャロは隣の部屋に泊まっている。

 (なんかついてくるので)毎日顔をあわせているが、特に変わった節はない。


 ここ最近あったことと言えば……シャロのレプラコーンが一回進化したくらいだ。

 ちなみにレプラ男は進化すればするほど若返っていき、最終的には美形になる眷属である。僕は興味なかったけど、レプラコーンマスター達の中ではどれだけ若いレプラを沢山持っているかがステータスの一つになっていた。


「あるじさぁ、いつもななしぃのなにみてるの?」


「サイレントこそ、今まで僕の何を見ていたのさ」


 何も見てない。人の顔なんて見ていない。

 他人の感情機微を感じることを僕に求めるなよ……。


 サイレントがむっとしたように唇を歪め、すぐにぴょんぴょん跳ねながら主張した。


「うげぇッ……そのかえしかた、やばいぞ……。あれだよ、あれ……あの、【トニトルス監獄】にいったあたりから、だぞ」


 よく見ているなぁ。


 【トニトルス監獄】、か。行った覚えはあるが、特に何もなく帰ってきた気がする。

 薄暗くて幽霊が出そうな光景だったが、ナナシノの性格で今更それを怖がるとも思えない。大体、出たとしてもサイレントなら問題なく倒せるし……というか、冥種なんだからサイレントはお化けみたいなものだ。


「なんかあったかなぁ?」


 全く身に覚えがない。

 腕を組み唸る僕に、サイレントが呆れたような口調で言った。


「たぶん、だけど……われ、ぐうぜんみてたんだけどさ。『二度と帰れない』っていったときに、ななしぃの表情、ちょっとかわってたから……」


「え? そんなこと言ったかなぁ?」


 耳ざといサイレントの言葉に、監獄での出来事を思い起こす。

 自分の言動なんていちいち覚えてないよ。だけど、もしかしたら言ったかもしれない。


 うーむ……。


「いったぞ。たしかにいってたぞ」


 サイレントが目の前で手足をぱたぱたさせる。サイレントがそう言うのならば多分言っていたのだろう。


 そして僕は、僕自身よりも僕の言動を覚えていて、僕の事をわかっていそうな眷属に質問した。


「でも、それがなんでナナシノが元気ないのに繋がるのさ?」


「……え? ………………う、うん。なんでだろうな」


 サイレントが少し引いたように黙り込む。


 僕は椅子に腰を掛け直し、一度深呼吸をして脳内を整理した。


 確かに言った。言ったと過程しよう。考えてみる。


 ナナシノの境遇は僕と一緒だ。

 突然この世界に放り出され、わけがわからないうちにこの世界で生きることを強いられた。


 僕は天涯孤独でネット友達くらいしかいなかったからホームシックなどはなかったが、ナナシノは違うだろう。家族や友だちが残っている。確かに少し元気がなくなってもおかしくはない。



 ――だがしかし、それはもう半年以上前だ。



 この半年間、ナナシノは元気にやってきた。NPCだが、この世界にきて蓄積した人間関係だって僕よりずっと多い。

 僕のように無敵でもなさそうなのに危険なフィールドやダンジョンに赴き、魔物を殺戮し素材を集め、生活する彼女は多分僕よりずっと逞しく、高い順応力を持っている。


 どうして今更、二度と元の世界に帰れないなどと聞いただけで元気がなくなるだろうか?


 大体、元の世界に帰ったらこの世界で培った全て――人間関係や召喚した眷属達とは二度と会えなくなるだろう。


 これまでナナシノは元の世界とこの世界を自由に行き来出来るとでも思っていたのだろうか? 何の根拠もないのに?


 大体ナナシノ、帰る手段を探していたっけ? 最初に目標を決めた時はアイちゃんの進化にしていたはずだ。


 そんな馬鹿な。色々な意味で矛盾している。

 最初一ヶ月の僕だったらそう言って一笑に付していた。そして、ナナシノを言葉で追い詰めていただろう。


 だが今の僕は違う。僕だって成長しているのだ。


 僕はうんうん頷き、自分を納得させた。


「まぁ、そういうこともあるよね」


「え……どうしたんだ、あるじ?」


 僕はアビコルに全てを費やしていたゲーマーだ。一般的に見て、あまり正常ではない。

 僕とはほぼ正反対の生活を送ってきたであろうナナシノの気持ちなど、わかるわけがない。


 多分一生わからないだろう。それでいい。そのまま理解できないナナシノを尊重しようではないか。


 何も言っていないのに表情から察したのか、サイレントが的確なツッコミを入れてくる。


「あるじ、それって考えるのをほうきしたっていうんだぞ」


「この世界の方が楽しいのになぁ……召喚もできるし」


 全く気持ちがわからない。あまりにもわからなさすぎて少し面白くなってくるくらいだ。


 この世界は楽しい。

 楽に生きられるからじゃない。そんなの、向こうの世界でも可能だった。


 アビコルサービス終了は突然だったので溜め込んでいた石は全て電子の海に吹っ飛んだが、それでも唯生きていくだけならば十分な額の貯金があった(定期的にある石安売りで全部使う予定だったものである)


 この世界が楽しいのは、僕に冒険を与えてくれるからだ。

 何をやってもいい。見たことのない物が見れる。召喚ではゴミばっかり出てくるが、それはそれで楽しいのである。


 つまるところ僕は徹頭徹尾アビス・コーリングが好きなのであった。


「あるじさ、もっとななしぃにやさしくすべきだとおもうぞ」


「うーん……でも元の世界に帰ったら多分サイレント達とはお別れだと思うけど……」


「哀れなあるじのためにわれがななしぃのかわりしてあげるぞ。ブロガーさーん」


 ぴょんと机から跳び下り、久しぶりにナナシノフォームを取ったサイレントができの悪いモノマネをしながら胸っぽい何かを押し付けてくる。


 ナナシノはそんなことしないし、黒いし、そもそも君の身体、質感おかしいんだよ。


 そして、ちょうどタイミング悪くナナシノとシャロが入ってきた。

 サイレント曰く、元気のない表情を作るその前に、僕とナナシノフォームサイレントを見て、唖然とする。


 サイレントがいつも通りぽっかり空いた目でそちらを見て、三日月のような口を作ったまま固まった。


「あ……」


「な、なにしてるんですか……? ブロガーさん?」


 そんなの僕が聞きたいわ。


 巫女に抱きつかれたりシャロに抱きつかれたりしたところを見られても別に何も思わなかった僕だが、これは割と恥ずかしい。本人に見られるとか、完全に黒歴史であった。


 僕の気まずさを感じ取ったのか、サイレントがシュルシュルと小さくなり、今度はフラーそっくりになる。

 ひつじさまの上に乗っていた本物フラーに飛びつき、じゃれつくように遊び出すが、全然ごまかせてないから、それ。


「……まぁ、色々あるんだよ」


「え? さっきの、私……え??」


 ナナシノが戸惑いの目で僕を見ている。

 その表情からは元の世界に戻りたいなどという思いは読み取れないが……もうちょっと注意して見るべきなのかもしれない。





§ § §





「クソッ、まだ見つからないのかッ!」


 イライラしたように、老人が怒鳴り声をあげた。


 褐色の肌には無数のしわ。髪も長く伸ばし整えた顎髭も真っ白で、積み重ねた年月を感じさせる。

 身体を包む丈の長い漆黒のローブ。手に握った杖も、首に掛けたネックレスも何もかもが魔導師の持つものとしては最上級の品で、その魔導師が魔導師ギルド所属のメンバーの中でも極めて高い地位にあることを示していた。


 だが、その表情には一切の余裕がない。

 獣じみたぎらぎらと輝く銀色の目は傍らに佇む同じような黒ローブの影に向けられていた。


「この無能がッ! わざわざトニトルスまで行って、何も得られなかった、だと!?」


「ロード。何も……見つからなかったわけ、じゃあ。誰かが――来ている事は――確実で……」


 ぼそぼそと出される、まるで独り言のような声に、ロードと呼ばれた老人が大きく舌打ちをする。


 その召喚士コーラーは数いる召喚士の中でも最強に近い能力を持っていた。

 だが、その保有する眷属とは裏腹に本体は脆弱そのものだ。

 低いテンション。陰鬱な声と、何を見ているのかわからない視線は、ロードを苛つかせた。


 その右手人差し指にはめられた古びた指輪を掻きながら、影がぶつぶつと呟く。


「嘘つき、だ。でも、ブロガーを――知ってる。プレイヤー――誰だ? 何が、目的だ? 最強……思いつかない」


 可能ならば、許されるのならば、殺してしまいたい。

 ふと魔導師の胸中にそんな強い衝動が湧き上がる。


 しかし、それが不可能であることは既に知っていた。


 背後に佇む、その眷属がじっと老人を見ていた。


 あらゆる生体反応を廃したような彫像のような身体。何も言わず、一切の生気を感じさせない無機質な目に、襲われることなど絶対ないと知りつつも、ロードは一歩後退った。


 およそ眷属には見えない異様な姿形。しかし、そこから感じる力はかつて若かりし頃、ロードが遭遇し命からがら逃げ出した竜種にも劣らない。


「星付き、なんだ。最後まで、進化させて、レベルを上げきると、虹色の星が、つくんだ。廃人なら、何体も――持ってた」


 だからこそ信じられない。その召喚士の言葉はロードには理解できない。



「もう一度――トニトルスに、行ってくる。確認――してくる」


 影がぶつぶつとまるで何かに取り憑かれたように言う。

 ロードに出来るのは、声を荒げそれに怒鳴りつけることだけだった。


「ッ……無様な姿を、見せるな! 忘れるな、貴様にはまだ――あのエレナを倒す使命があることを」


「無理だ。一度なら……倒せる。でも、ほとんどの力を……失う。エレナは……『エンドコンテンツ』で――それじゃ、意味がない。そうだろ?」


「ッ……行けっ! 見つけるまで帰ってくるなッ! ウォールよッ!」


 ロードの言葉に、召喚士――ウォールは小さく首を動かし頷いた。


「ああ、了解、した、ロード・アルタリア。……『召喚コール』」

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