第十話:新イベント

 竜神の巫女は竜神祭のみに現れるイベントキャラである。


 定期的に発生するイベントなのでイラストにはそこそこの力を入れられているが、イベント期間中以外や、他のイベントで姿を見せるキャラではない。


 だから、いきなり入ってきた竜神の巫女の姿は僕からすれば意味不明だった。バグかよ。


 おまけに格好もイベントで着ていたいつもの神官服ではない。


 ひらひらしたスカートに白のブラウス。杖も持っていないし、首に掛けられた竜を模した意匠の金のネックレスだけが申し訳程度にイベントキャラの名残を残している。

 ただ流していた長い金髪も編み纏められ、一見すれば竜神の巫女とは別人に見えた。服装派手だったから余計に感じる。


 席につき、シャロが出した紅茶に淑やかに口をつけるその姿はただの女の子のようだ。


 頭に竜神の巫女と表示されていなければ誰だかわからなかったかもしれない。


 いきなり感極まった様子で抱きつき僕にいわれの無い罪を着せかけた巫女が、ようやく落ち着いたのか頭をペコリと下げる。


 情緒不安定だったナナシノもさすがに赤の他人の前でごろごろする気にはなれなかったようで、どこかむっとしたように巫女の方を見ていた。


「またアビス・ドラゴンが復活したの?」


「え……いえ」


「そうだよね。次復活するのは最低三ヶ月後とかだよね」


「え!?」


 ゲーム時代。最も頻繁に開催されたイベントである竜神祭の開催頻度は大体、三ヶ月の一度から半年に一度くらいだった。


 アビコルでは常に何かしらイベントをやっていた。二つ三つ同時に開催されることも珍しくなかったし、新イベントも積極的に行っていた。


 だが、いくらなんでも終わったばかりのイベントがもう一度発生するというのはない。今生の別れみたいな雰囲気でいなくなったアグノスがまた会った時にどんな顔するのか見てみたくはあるが、僕もまだ竜種を持っていないわけで……。


 可能性があるのは新イベントだ。

 きっと装いを新たにした竜神の巫女もキャラの使い回しだろう。イベントNPCの中では人気がある方なので十分ありえる話だ。キャラデザインの費用を節約したのだろう。


 新たな衣装はごく普通の格好だったが、いつも法衣だったので逆に新鮮で悪くない。


「似合ってるじゃん」


「あ……ありがとう、ございます……」


 巫女が頬を染め、恥ずかしそうに身縮める。NPCの好感度の上がり方、流石だなあ。


 だが、NPCなんざどうでもいい。さっさと話を進める。


「神官首になったの?」


「え!? え……い、いや……」


「ブロガーさん……ちゃんと話を聞きましょう」


 わくわくしながら新イベントの概要を予測しようとする僕をナナシノが制止してきた。

 

 いや、誰だってわくわくするわ。サービス終了して何年も経ったアビコルの新イベントとか、アビコルファン垂涎である。

 元アビコルプレイヤーだったら誰だっていてもたってもいられなかっただろう。


 僕が思うに――竜神の巫女がまたイベントNPCを担うんだったら、間違いなく竜種関係だね。

 王都トニトルスはそもそも竜種の街だし、竜神祭2とかありうるんじゃないだろうか。安直かな?


 僕の期待を込めた視線に、竜神の巫女が萎縮している。


 装いを新たにしているのはイベントのストーリーの都合上だろう。


 そう……例えば――。


「操竜師様に神託を与えたので……私の役割は終わりまして――あ、終わったって言っても、巫女をやめたわけではなくて――少しだけ自由になったので……改めてお礼を。部屋は、ギルドに聞いて――」


 竜神の巫女が、神託を授けてくれた時の凛とした様子とは違う、どこか初々しい様子で説明してくれる。

 ほう、これはギャップ萌えを狙っているな。


「ふーん。だがそれだけじゃないんだろ?」


「!!」


 僕の言葉に、巫女が目を見開く。


 僕には全てお見通しだ。そして、やはり竜神祭の続きもののようだ。時系列が繋がっている。


 ゲームではお正月イベが夏休みに復刻したり、バレンタインイベとクリスマスイベが同時に復刻したり、ストーリーで死んだキャラが復刻イベで復活してたりとやりたい放題だったが、この世界ではある程度の節度が保たれているのだろう。


 長きに渡り担った重大な責務を終え、休暇中の巫女の身に降りかかる新たな事件。

 十分ありえるストーリーである。復刻竜神祭だったら受けるかどうか怪しかったが、新イベントだったらメリットがなくてもやってみるのはプレイヤーの嗜みだ。


 問題は難易度がわからないことだけど……仕方ない。とりあえず消失ロスト覚悟でおむすびを出して様子見するか。


 早速攻略手順を構築する僕に、巫女が顔を上げ、真剣な表情で言った。


「隠し事はできませんね……操竜師――いえ、ブロガー様。どうやらブロガー様を探している者がいるようです。お気をつけ下さい」


 ……ん?


「竜神祭で……宴の間に、アビス・ドラゴンがいた門に入った召喚士コーラーがいたようでして」


「あー、なるほどね」


 予想と違う展開にちょっと戸惑ったが、理解した。


 そういうシナリオか。凝ってるなぁ。


 目を輝かせる僕に、巫女が重々しい声で続ける。


 適当に相槌をうちながら話を聞く。


 宴の最中にアビス・ドラゴンの門に入り、そして生還した召喚士がいた。

 その召喚士が先にその門に入りアビス・ドラゴンと戦った召喚士がいると聞き、その召喚士のことを探している。


 初めは門を警備していた騎士が話を受けたらしいが、最近巫女の所に直接確認にきたらしい。


 その光景を思い出しているのか、巫女が小さく肩を震わせ、心配そうな目で僕を見上げる。


「真っ黒いフードを被った怪しげな召喚士でした。眷属は見えませんでしたが……恐らく、ブロガー様と同じくらいの年齢でしょう。王都では見かけない姿だったので、多分この辺りで活動する召喚士ではないかと」


「ほおほお、事件の臭いがするな」


「あるじさ、てきとうに対応するのやめたほうがいいぞ」


 シナリオスキップしないだけマシだと思ってくれ。


 しかし、となると竜神祭2のボスは召喚士かな? それともその新キャラは味方? イラストレーターは誰だ?

 操竜師の力を借りようとするNPCなのか、あるいはそれを敵視するNPCなのか。そして何より大事なのはこのイベントで手に入る素材がなんなのかだ。


 イベントで召喚ラインナップに変化があるのかも知りたい。


 アビコルではイベントの度に新眷属が実装されていた。もちろん、それを出すにはじゃぶじゃぶ課金する必要があったのだが、アビコルファンとして気になることである。


 そわそわする僕に、巫女が憂いをおびたように瞳を伏せる。


 珍しい表情だ。写真を撮れば視聴者プレゼントになる。一体どうしたというのか。


 アビス・ドラゴン復活の話をしていた時よりも元気がない。


 膝をつんつんつっついてくるフラーを抱き上げ、膝の上に乗せて待っていると、意を決したように巫女が顔をあげた。


「その……申し訳ございません。操竜師様の、お名前を答えたのですが……その者が、言ったのです。ブロガー様は――」



 そして、巫女が震える声で言った。



「――もう死んでいるはずだ、と」


「……え?」


 ぴたりと動きを止める。ナナシノが目を見開き、僕をまじまじと見た。


 一度深呼吸し、唇を舐めて湿らせ、巫女を見る。

 巫女が僕の視線に、まるで誤魔化すかのような笑みを返した。


「んー? われにはいきているようにみえるけどなぁ。まぁ、こころはしんでるけど」


「そ、そうです。だから、私も、心配になって……杞憂でよかったです」


 サイレントがちょっとずれたボケを入れ、巫女がそれに乗っかり、ぽつぽつと言い訳のような言葉を出す。


 死んでいる、か。偶然そういうシナリオのイベントだったのか?


 それとも――。面白い、面白い話だ。

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