第八話:お礼とろくでなし

 長い時間を掛け、何度も何度もパンを与えノルマから得た情報は僕の予想と少しだけ異なるものだった。


 全身をローブで覆い隠し、長い杖を持った集団。

 ノルマが腹をぺこぺこさせながら見ていたのは、そんないかにも怪しげな格好をした連中だったらしい。

 いつだったかは全く覚えていないがそれほど前ではないという。


 あらかた僕の質問に答え終え、終始やる気のない表情だったノルマが言う。


「それ以外は覚えてないわ。すぐにいなくなった……と思うし。さぁ、もういいでしょ!」


「ほんとうにろくでなしだなぁ、のるのるは」


 サイレントも呆れ顔だ。


 僕はため息をつき、さんざん集った挙句、ろくな情報も寄越さずさらなる報酬を求める強欲なノルマに、ヨアキムからドロップした宝石つきのペンダントを放ってやる。


 どうせ足がつくから売れないのだ。全てくれてやろう。


 ポケットで死蔵されていたヨアキムドロップ品を片っ端から取り出し、ノルマの目の前に積み上げた。


 上品な意匠のネックレス。神秘的な白銀に輝く指輪が幾つかに、大粒の宝石があしらわれた短剣。どこの国のものなのか、金貨の詰まった宝石箱。

 いかにも高価なそれに、シャロとナナシノが目を見張る。


 明らかに小竜玉の価値を遥かに越える輝きに、ノルマが潤んだ目を僕に向けた。


「ブロガー……あなた、いい人だったのね……」


 こいつ本当にへっぽこだな。物くれたら皆いい人なのかよ。盗品である可能性も考えないと。

 違うんだよ。いい人っていうのはそういうものじゃないんだよ。


 それを是非僕があげたドロップ品から読み取って欲しい。


 ノルマからの情報には何一つ確かなものがない。だが、わかったこともある。


 廃都を訪れた連中は一人ではない。

 そして、眷属を見ていないことから『召喚士コーラー』でもない。


 僕はノルマが遺物を手に入れられなかった原因をプレイヤーだと予想していたが、訪れた連中とやらは十中八九プレイヤーではないだろう。

 アビコルプレイヤーがそんなに沢山いるのならば、もう少し痕跡が残っているはずだし、間違いなく竜神祭というイベントに参加しようという者が出てくるはずだ。


 そして何より、怪しげなフードと杖とやらに僕は心当たりがあった。


 魔導師ギルド、である。


 剣士ギルドはヨアキムやフィーの例からわかる通り脳筋だが、魔導師ギルドは陰謀とか陰湿系な事件の発端となることが多い組織だ。


 まぁ、アビコルはソシャゲーなので推理とかはなく、やることは剣士ギルドと同じように殴って終わりみたいな感じなのだが、そこで発生するクエストは剣士ギルド関係よりもえげつないストーリーとなる傾向が強い。


 トレードマークはローブと杖。この世界では姿形でだいたい所属が知れる。姿を隠していても一発でわかる。


 しかし、魔導師ギルドとなると関係するのは――。


「ノルマさんはこれからどうするんですか?」


 僕から受け取った宝飾品をこれまた僕が買ってやった革製の背負鞄に積め終えたノルマに、ナナシノが話しかける。

 ろくでなしを相手にしているのに、全くそれを感じさせない笑顔だ。


 この世界の人間ではないのでリヤン人に対する確執もなければ、アビコルプレイヤーでもないので強盗された経験もない。

 手紙でさんざん悪口書いたし、尋問室での狂人みたいな様子は見ていたはずなのに気にしていないらしい。


 もしかしてナナシノ最強かな?


 ノルマのナナシノに対する視線も僕に向けてくるものよりずっと穏やかだ。セラピー効果でもあるのだろうか。


「ここには竜玉売りに来ただけだし、物価の安い国に引っ越すわ。癪だけど、これだけあればしばらくは遊んで暮らせるし」


「遊んで暮らす……仕事はしたほうがいいと思います」


 シャロが何とも言えない微妙な笑みを浮かべた。


 ほら見ろ、ろくでなしだろ。

 散々食わせてやって体力も戻ってるし、こいつ絶対野放しにしたら強盗し始めるよ。


 僕は一端、それ以上考えるのをやめて話に混ざることにした。


「行くなら帝都がおすすめかな。あそこはいいよ、宿に温泉もついてるし」



§



 門の前には、竜神祭のために観光に来てこれから帰る人で混雑していた。


 富裕層が多いのか、馬車がいくつも並び、それを護衛するための剣士や魔導師が並び、中には身一つで出都手続きをしている人もいる。商人が多いのか。


 ともかく、外から中に入るよりは時間がかからないようだ。


 行きよりも数段身綺麗になったノルマが目を細めて、大きな門を見上げている。

 その様は、名有りNPCだけあって、まるで一枚絵のように決まっていた。


 ノルマが僕を振り返り、僅かに唇の端を持ち上げ笑みを浮かべて見せる。


 尋問室で露わにした、殺人鬼みたいな表情を浮かべた女と同一人物だとは思えない。


「じゃあね。色々あったけど、助かったわ。またどこかで会いましょう」


「ちゃんと更生するんだよ。犯罪犯したら絶対捕まるんだから。捕まっても僕は無関係だから、僕の名前出すなよ」


「ッ……う、うるさいッ!」


 多分更生しないんだろうなあ。

 そもそも、僕からの言葉に犯罪なんて起こさないと返ってこない時点でかなり危うい。


 まぁ、アイデンティティなんだからしょうがないんだろうが。


 続いて、ノルマの目が僕の後ろに並んだナナシノとシャロに移る。


「青葉もシャロも、服選んでくれてありがとね。リヤンに行くことがあったら呼んで。案内するから」


 散々リヤンには何もないと言ったやつとは思えない言葉である。

 大体君、廃都のこと何も知らないだろ。腹ペコペコさせてただけだろ。


「はい。ノルマさんも……どうかお元気で。いつか絶対、リヤンに行きますね」


「いや……リヤン、何もないから……」


 純粋なナナシノの言葉にノルマが困ったように頬を掻いた。


 そのままノルマがナナシノとシャロを順番に抱きしめ、別れを惜しむ。

 まぁそれくらいは許してやろう。今後、波乱万丈な人生を送ることになるであろうノルマへのせめてもの手向けだ。


 なんかだいぶ世話してやった僕よりも好感度上がってるみたいなんだけど、おかしくない?


 再びノルマが僕の方を向く。なんかナナシノやシャロに対するものと目つきが違うんだよなあ。


 僕がゲーム時代のノルマに散々強盗されたのを根に持っているように、彼女も何らかの方法で僕に宝箱扱いされていたことを感じ取っているのかもしれない。ないか。


「ブロガー。あんたのおすすめどおり、帝都に行くことにするわ」


「ヨアキムと会うことがあったら謝っといてよ」


「?? 誰かは知らないけど、多分ないと思うわ。温泉入るだけだし……」


 不思議そうな顔をしているが、それを決めるのは僕ではない。

 フィーの話通りならだいぶ本気で探しているみたいだし、ノルマの運の良さ――日頃の行いが試される。


 ふいにノルマが肩に腕をまわして、僕を引きずるように端に寄せる。ご丁寧に頭の上にいたサイレントまでわざわざ落っことす。


 後ろで見ていたナナシノとシャロに見えないように、僕の頭を下げさせると、囁くように聞いてきた。


「ところでブロガー……私、不思議でならないんだけど、青葉とシャロって、あんたのなんなの? 随分仲良さそうだけど」


「ああ……まぁ、恋人と愛人みたいなもんだよ」


「ッ!?」


「いいだろ、あげないぞ」


 まぁシャロはともかくとして、ナナシノを取られた日にゃ、温厚な僕でも、何をしでかしてしまうかわからない。


 ノルマの頬が引きつっていた。まるで真偽を見定めようとするかのように僕の顔をじろじろと見る。


「な、なんで、あんないい子が――こんなやつの……」


「君さぁ、僕が死にそうなところ助けてあげたこと忘れてるよね」


 正直、僕はナナシノやシャロなんかよりもずっと君に感謝されるべきだと思うよ。


 そもそも、強盗未遂を起こした『ろくでなし』が言っていいセリフではない。ナナシノに浄化されすぎだろ、本気だせよ。


「あんなの、私が助けに行った時点でちゃらよ、ちゃら! ……世の中、絶対、間違ってるわ。あんたみたいなのがなんで――」


 ナナシノやシャロが目を見開き、内緒話のようにこそこそ会話を交わす僕達をじっと見ている。


 ぶつぶつと独りごちるノルマ。


 どんだけ不満なんだよ。君には関係ないだろ。

 次会う時はこっちが強盗される時だよ。ナナシノ達が落ちぶれたノルマを見てどんな顔するのか今から楽しみだよ。


「別にノルマの許可なんていらないし」


「…………」


 ノルマが目を見開き、酷い形相で僕を睨みつけてきた。


 この目は今ここで殺しておけば世界が平和になるんじゃないかと考えているやつの目だ。


 気の所為だよ。世界は平和にならないし、よしんば殺そうとしたって僕に傷はつけられないよ。HPバーないからな。


「僕を殺してもナナシノが泣くだけだよ」


「……ッ」


 ノルマが歯を食いしばり、ちらりとナナシノの方を見る。眉をハの字にし、少し心配そうな表情だ。


 僕がノルマに酷い事をしないか心配しているのか、それともノルマが僕に暴力を振るわないか心配しているのか。


 その表情を見て、ノルマの喉がひくひくと動いた。どうしようもないと悟ったのだろう。ざまあみろ。


 数秒何か考えていたが、やがて諦めたかのようにノルマがため息をつく。

 意を決したように目を見開く。深緑の虹彩が僕を映していた。


「……ブロガー」


「何?」


 ノルマが僕を見上げたまま、どこか演技臭い恥じらいの笑みを浮かべた。


「これは、お・れ・い・よ」


 ノルマの左手が僕の左手首を掴むと、手の平を自分の胸に押し付ける。

 その感触を感じる間もなく、右手が僕の後頭部を押さえ、顔を僕に近づけた。


 気がついた時にはその唇が僕の唇に押し付けられていた。


 鼻と鼻が擦れる。頬と頬が接触し、熱く湿った肌の感触と匂いが伝わってくる。

 続いて、遠慮なくその舌が口内に侵入してくる。


「んッ……」


 ノルマが僅かに呻く。しかし、その目はちらちらと横目でナナシノの方を確認していた。


 後頭部を押さえつけてくる手の力は信じられないくらい強く、頭をあげようとしてもピクリとも動かない。


 外から見たら抱き合い、情熱的なキスを交わしているように見えるだろう。


 一秒が数十秒にも感じられた。

 たっぷり唇が離される。唇と唇の間に唾液の白い糸が垂れる。


 ナナシノとシャロが呆然としていた。

 限界まで目を見開き、僕とノルマの様子をその瞳に焼き付けている。


 それを横目にノルマがどこか自慢げな笑みを浮かべ、身体を離すその前に僕の耳元に唇を近づけた。


「ざ・ま・ぁ」


「……この、ろくでなしが。出さなきゃよかった」


「これから、ろくでなしは、あんただから」


 ノルマが身体を離す。緊張していたのか頬が赤く染まっている。それがまたこの状況に真実味を持たせていた。


 やばいな。こんなところ見られたら全国百人のノルマファンに刺されてしまうかもしれない。


「じゃ、またね! 青葉もシャロも、こんな男やめといたほうがいいわよ!」


 ノルマはまだ愕然としているナナシノとシャロに手を大きく振ると、そのまま小走りで出都手続きを待つ列の方に駆けていった。

 その姿が瞬く間に人混みに紛れ見えなくなる。


「あーあ、あるじいけないんだー。したのねもかわかぬうちに」


 サイレントが立ちすくむ僕の頭の上にぴょんと飛び乗る。


 全然浄化されてねえ、ノルマの野郎、正真正銘のろくでなしじゃねえか。これどうするんだよ。

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