第五話:検証と自己犠牲

「よかったなぁ、いつもだしてもらえるようになって」


「むーむー」


 ひつじさまが、むーむと鳴きながら前を歩いている。その背にはフラーがよじ登ってぺしぺし尻を叩いていた。

 ぬいぐるみのようなビジュアルのメリーシープが短い足を動かし必死に歩く姿はコミカルで愛らしい。


 結局、僕は極めて冷静な判断を持って召喚枠の拡張を実行した。


 石十個を消費する羽目になったが、シャロがレアを出した以上僕がレアを出す確率は限りなく低い。僕は無駄なことをしたくない性格であった。

 絶対でないよこんなの。かませになるだけだ。


 レプラコーンのレア度は11。中途半端なレア度であったが、有する特性はお墨付きだ。


 特性『宝物の探索者』。ドロップ率五十パーセント増加は育成ゲーであるアビコルにおいて多大なる意味を持つ。


 アビス・コーリングの戦闘において、アイテムのドロップは凄まじく多い。

 一度の戦闘で十個以上落ちるのはザラである(レアが落ちるとは言ってないが)。

 そして、眷属育成にはそんなドロップ量でも足りなくなるくらいの素材を消費する。


 『宝物の探索者』の説明文にはドロップ率五十パーセントアップとか書いてあるが、実際には確率と言うか、量がほぼ五十パーセント増加される。十個落ちるものが十五個落ちる。


 考えるまでもなく、ないのとあるのとでは大違いだ。戦闘能力の有無なんてどうでも良くなるくらい有利な特性だろう。(ちなみにアビコルの育成では進化回数が増える程に必要素材数が増え、最終的にはレプラを十体出してても足りなくなるくらい素材を使う)


 しかし、当のそれを当てた本人は何故か嬉しくなさそうだった。どこか元気なく、前を歩いている。


 うちの『ひつじさま』と交換して欲しいくらいなのに、もしかしたらビジュアルが悪かったのかもしれない。


 王都の東に広がる草原地帯。

 フィールド【トニトルス平原】はどこまでも広く、獣種の魔物が多く生息する場所だ。

 地平線の彼方には牛型の魔物が群れをなしてのんびり草を食んでいる。どこか牧歌的な光景がそこにはあった。

 道はまともについていないが、生えている草はあまり背が高くないため、そこまで歩きづらくはない。


 一度あくびをしてから、ナナシノに話を振る。


「なぁ、ナナシノ? 羨ましいよな? シャロがレアな眷属引いて」


「え? あ……はい。そ、そうですね」


 隣を歩いていたナナシノが今気づいたように目を見開く。どこか調子が外れているようだ。

 召喚士としての活動に慣れているはずのナナシノが、こういうフィールドを歩いている時に上の空になっているのは珍しい。


「んー? なんか元気ないね。まさか床を転げ回ってどこか打ったとか?」


「うぅ……打って、ないですッ!」


 慌てたように首を横に振るナナシノ。

 どうやら昨日のエロシノがまだ尾を引いているらしい。せっかくレプラの効果を確認しに王都の外に出たと言うのに、もったいない話だ。


 しかし、せっかく気にしないようにしてあげたのに、随分蒸し返して欲しそうだな……。


「なぁ、ナナシノ」


「は、はい……なんですか……?」


 ナナシノがあからさまに警戒している。

 まだ隣を歩いてはいるが、その間にも心なしかいつもより距離があるような気がした。


 おいおい、僕は何もやってないだろ。とんだ濡れ衣だ。

 頭の上のサイレントも呆れている……ような雰囲気がある。僕は話を振った。


「僕ずっと思ってたんだけどさぁ。この間ナナシノさ、酔った時にキスしてきたじゃん?」


「にゃッ!?」


「え!?」


 ナナシノがびくりと身体を震わせて立ち止まる。シャロも驚いたように振り返ってくる。

 薄緑色の草原が穏やかな風に吹かれさらさらと音を立てていた。


「おどろくほどちょっきゅうでいくなぁ、あるじ。さんこうになるぞ」


 サイレントが感心したような声をあげる。

 僕はそれに答えず、二の腕をひしっと握りしめ、どこか嗜虐心を煽る格好で身を震わせるナナシノに真剣な表情で言った。


「まどろっこしい事は嫌いなんだ。本題はそこじゃない」


「……ほ、本題……?」


 戦々恐々といった様子でナナシノが訪ねてくる。


 僕はフェミニストではない。男女平等であるべきだ。

 ナナシノの目を顔を、首を、髪を、身体を、順番に確認しながら言った。


「いや、嫌だったって言ってるわけじゃないんだけどさ。ナナシノさぁ、君、僕の首のとこにキスしてきたんだから、僕にもさせてくれるべきじゃない? 平等じゃないよね」


「……へ!? ……え? ……えええええええええええ!?」


 ナナシノが目を大きく開き、素っ頓狂な声をあげる。が、僕は何も変なことは言っていない。


 目には目を、歯には歯をってやつだ。僕、何か変なこといってる?

 後退るナナシノを説得する。


「冷静に考えたらさ、酔ってたとか言い訳にはならないと思うんだ。何自分だけ満足してるんだよ、ほら、首出して首。一瞬で終わるから、顎上げて。ちゃんと見せて」


「や、ま、満足なんて、してないですし、ダ、ダメです! ダメっ!」


 満足してないだって? やれやれ、ナナシノは本当にエロいなぁ。


 舌なめずりをする。ナナシノが僕の口元を見て頬を赤らめる。距離を詰めようとしたその時、サイレントが声をあげた。


「あるじ、とりこみ中のところ悪いけど、まものがくるぞ」


「っ!! ほんとだっ! ブロガーさん、魔物です! ちゃ、ちゃんと、前を見て! ほら!」


 必死にナナシノが指を指して甲高い声をあげる。シャロが僕の服を引っ張って、焦ったような声で言う。


「し、師匠! ほら、来ます。あれ、あれ、なんて魔物ですか!? 師匠、知ってます!?」


 仕方ないので魔物に向き直る。サイレントの言うとおり、ハイエナに似た五体の魔物がじりじりとこちらを取り囲むように散開していた。

 このあたりのフィールドの難易度は低い。ゲーム時代ならば大した強い魔物じゃあないが、本体が攻撃を食らう可能性があるこの世界では違うのだろうか。


 一瞬ほっとしたような表情を作り、戦闘態勢に入るナナシノにサイレントがのんびりといった。


「だいたい、たった一回なんだから、きすするなら、ちゃんとしゃわーあびたあとにするのがおすすめだぞ。ななしぃもそっちのほうがいいだろうし」


「……え!?」


「……一理あるな。さっさと検証を終えて戻るか」


「だ、駄目ですよ!? 何言ってるんですか!?」


 ナナシノが抗議しているが、まぁそのあたりは後から考えよう。

 囲みを作った獣達が一斉にこちらに襲い掛かってくる。サイレントが手を鞭のように伸ばし、一斉にそれらを薙ぎ払った。



§



 ドロップ率増加。現実に当てはめると本当に不思議な話である。


 だが、検証の結果、特性『宝物の探索者』はこの世界でも効果が発揮されることがわかった。


 この世界ではゲームと異なり、魔物からのドロップの取得までに解体という一手間がかかる。

 だから、最初は解体を効率よく行い獲得素材数を増やすのかと思ったが、違った。


 確かにレプラコーンも解体を手伝ってはくれた。

 その腰に下がった錆びたナイフで、非常に手際よく瞬く間に自分より大きな魔物を解体してみせた。


 それでも、普通ならいくらなんでも五十パーセントもドロップが増えたりはしないだろう。大体、解体の手際で増えているなら牙とか角とか一定個数しかないものは増えないのかということになる。


 実際は――増えた。


 解体が終わった後、手に入った素材の数を数えて流石に五十パーセントは増えないかとがっかりしている僕の前で、笑顔で背負っているぼろぼろの袋から追加の素材を出して見せたのだ。


 僕もシャロもナナシノも呆けてしまった。全く理屈がわからないが、魔法なんていう意味不明な力がある以上、つっこみを入れるのは野暮なのだろう。


 何体か魔物を倒して確かめたが、毎回追加で素材を出してみせた。

 どうせなら無限に出してくれたらいいのに、と思ったのは秘密だ。ゲーム時代の図鑑の説明には、レプラコーンは自分の宝を奪われるのが何より嫌いだと書いてあった。無理やり袋を奪ったりするのはやめたほうがいいだろう。


「よかったじゃん、シャロ。レプラがいればどこのパーティでも引っ張りだこだよ」


 異次元から素材を引っ張ってくる力とか、意味わからなすぎて笑うしかないが、何しろ単純計算で収入が五十パーセントアップするのだ。魔物倒すのに他の手が必要になるとはいえ、かなりの強みだ。


「は、はい。ありがとうございます。師匠のおかげです!」


「いや、僕は何もやってないと思うけど。シャロの運だよ」


「これからもご指導ください」


 シャロが毅然とした態度で言い切った。


 まぁ、確かにシャロのレプラを引いた時の表情を考えると、僕が言わなければ使おうとはしなかったかもしれないが……ゲームだったら特性欄にちゃんと能力が出るのですぐに分かるんだが、情報の大切さってのがわかる。


「ところで、ナナシノは?」


「……青葉ちゃんは……部屋で、着替えするって……閉じこもってます」


 ナナシノとシャロは隣の部屋を借りている。が、一度自室に戻り、僕の部屋に帰ってきたのはシャロだけだった。

 もう一時間くらい経っているのだが、いくらなんでも着替えに時間掛けすぎじゃないだろうか。


 もしかしてサイレントの言った通りシャワーを浴びているのだろうか? おいおい、やる気満々かよ。


「それはちがうとおもうぞ」


「なんか最近、ナナシノがそれとなく誘ってくるせいで煩悩がやばい。おまけになんかわからないけど相手してくれないし」


 その癖、近づいてくるんだから質が悪い。人参目の前にぶら下げられた馬の気分だ。

 嫌がらせかな?


「あの……し、師匠……!」


 その時、目の前でもじもじ何か言いたげに指先をいじっていたシャロが、意を決したように声をあげた。

 相変わらずの今すぐにでも泣きそうな表情。


「あ、青葉ちゃんに……えっちなこと、するの、やめた方が、いいと……思います」


「え? まだしてないし」


「!? こ、言葉とか、そういうのも、良くないと、思います、です。はい。そういうの、駄目だと、思います」


 いつになく強気な言葉だ。表情は言葉ほど強そうじゃないが。


 ナナシノって本当に人間関係に恵まれているなぁ。一銭の得にもならないのに声を上げてくれる友人なんて千金にも値するのではないだろうか。

 僕の肩の上にいたサイレントが、ぴょんとシャロの頭に飛び乗り、何故かシルクハットの形に変化した。


「しゃろりんはかわいいなぁ。ともだちのために、あるじに意見するなんてなかなかできないぞ?」


「そ、そんなじゃ……ないです、けど……」


「ななしぃをまもるために、じぶんのからだをぎせいにするなんて……」


「え!?」


 シャロがぽかんとした表情をする。


 固まるシャロに構わず、サイレントがくすくす笑った。

 シャロやナナシノをおもちゃだとでも思っているのだろうか。全く、とんでもない眷属だ。冥種ってのは本当に度し難い。


「さぁ、あるじ。しゃろりんがななしぃのかわりに相手してくれるらしいぞ?」


「……え……? 相手? あい……て?」


 急な振りにシャロが混乱している。


 ジロジロとシャロを見る。頭の上からつま先の先まで観察する。


 シャロリア・ウェルドは地味だ。


 艶のある髪と大きな鳶色の目は綺麗だし、おさげも可愛らしい。

 肌も綺麗だし、胸はあまりないが年齢が年齢なのでこれからに期待だろう。

 時折する色っぽい仕草には目を見張ることもまあある。普通に外の世界にいたらそれなりに上のランクにいるだろう。荒れくれNPCから言い寄られたというのも納得できるだけの容姿はある。


 だが地味だ。エレナやフィーや、ノルマにすら敵わない。悲しきモブの宿命であった。


 僕の視線に、シャロの桜色の唇が震えていた。サイレントの言葉を理解したのか、頬が微かに赤くなり、その華奢な身体が震えている。


 僕はあっさりと結論を出した。


「んー……ないかなぁ」


「!?」


 シャロの表情が固まった。


 僕だって別になんでもいいわけではないのだ。


 別にゲームキャラだからというわけじゃない。こうして人そっくりの実体はあるわけで、いける。うん、いけなくはないよ。エロ本みたいなもんだ。


 名有りNPCを汚すのは僕のアビコル愛に抵触する。かといってモブならオッケーというわけではない。

 というか、そんなのはあまり関係ないのだ。


 うーん……


「まぁ別に顔は悪くないし性格も悪くないけど、年齢がなぁ……」


「ほんにんの目の前でえらそうに……くずいなぁ、あるじは」


「年……齢? あの……ししょう? わたし、成人、してますけど……」


 この世界では成人していても、僕の世界ならばまだ未成年である。江戸時代とかならシャロくらいの年齢で既に結婚しているだろうが、今は江戸時代ではない。

 さすがに手を出すのは憚れるし、そもそも僕はナナシノが好きなのだ。何が好きなのかと聞かれると困るが、全体的に気になっている。


 シャロも別に嫌っているわけじゃないが、ふつーだ。ふつー。強いていうならばギオルギとかヨアキムとかより少し上くらいだろうか。うざいと思う時もあるが、懐いて可愛らしく感じることもなくはない。


 視線を顔から身体に下ろす。


「それに、胸がなぁ……」


 それが理由じゃないけど、と内心でつっこみをいれながら呟く。

 シャロがそれを聞き取り、涙目で声を震わせる。


「あ、あります! ししょう、けっこうありますよ!? 青葉ちゃんより、少しだけ、小さいくらいです……い、一緒に、お風呂入って、あ、洗いっこしたときに、かくにんしました」


「その話はそれはそれで興味深いけど……うーん……」


 シャロが焦ったように詰め寄ってきて、自己アピールし始める。

 何をサイレントの冗談を本気にしているのだか。


 別に仮にシャロが犠牲になってもナナシノに手は出すよ、普通に。


「そ、それに、わたし、家事とかできますし……あ、あとは、馬車の運転、とか……疲れた時に、マッサージとか得意です。それに、あと、あと……よ、よろしければ、せ……背中流したりとかも」


「スペック高いなぁ」


 女子力が高い。思わず感心してしまう。さすがNPCだ。人間だとこうはいかないだろう。

 目の端に涙をにじませ必死に訴えかけてくるシャロの挙動にはあまり興味がない僕でもぐっとくるものがある。


 そこで僕は気づいた。


 そうだ、人間味がないのだ。シャロには人間味がない。NPCだから仕方がないのだが、こんな都合のいい人間いるわけがないではないか。エロ同人かよ。


 あー、そうだ。あれだ。あれあれ。


「なんかシャロのことって、愛せないんだなぁ」


「あい!?」


「あるじのとどめのさしかたってさぁ、えげつないよね」

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