第三話:召喚の業

「ブロガーさんってどこでも変わらないんですね……」


「人のやり方に文句言うなよ」


「いや……文句とかじゃ……ないですけど」


 呆れたようにナナシノが言った。

 我が意を得たりとばかりにサイレントが諸手をあげて騒ぎ出す。


「我、もうここすうかげつでだいぶお掃除とくいになったぞ! われのけいふのみんなが呆れてるぞ! あるじのせいで、いげんがやばい」


「……」


「そうじだけじゃない! 料理とか……どらごん焼いたりとか、まいごさがしたりとか、あるじはいったいなにをやりたいんだ!」


「ドラゴン!? 何でそのラインナップにドラゴンが!?」


「君らうるさいなぁ」


 王都に来てから受けたクエストはほぼほぼ全てがイベント関連だ。まるまる雑用クエストが余ってる。

 欲しい素材も特にない僕が次にそこから崩していくのは当然だろう。


 むしろ、平然と戦闘の発生するクエストを受けるナナシノがどうかしていると思う。慣れすぎだろ。


 僕は手に入っている魔導石の数を数えながら、フラーを送還して代わりに『童話の森のメリーシープ』を召喚した。


 赤い光と共に足元に現れたメリーシープを抱き上げる。

 ぬいぐるみのような羊が腕の中でもこもこと動く。可愛いもの大好きなナナシノが目を見開いた。


 肌触りが良く、柔らかくて弾む、低反発枕みたいな眷属である。

 一応眠りの状態異常を蓄積するスキルを覚えるが、蓄積値が低すぎてあまり使い物にならない正真正銘の雑魚だ。今度、枠が増えたら枕代わりに使おうと思っている。


 僕はその羊をやかましいナナシノに放ってやった。ナナシノが慌ててそれをキャッチし、しばらく見下ろした後、そのモール生地のような毛皮に顔を埋めた。


「あるじさ、ふらーのこと送還デポートすると、つぎにだしたときにすごいかなしそうなひょうじょうしてるのきづいてるか?」


「いや、好感度は上がっても下がんないから」


「うわぁ……ふかふか……かわいい……いいなぁ……」


 ナナシノが蕩けるような声をあげ、早速自分の世界に入っていた。もっと違うタイミングで蕩けろよ。

 彼女にとって眷属の可愛らしさは大きな基準になっているらしい。大変羨ましい気質だった。ゲーム時代のアビコルを知っていたらとてもそんな風には思えない。


 僕が低レアに抱いている思いはもはや憎しみとあまり変わらないのだ。それが決して眷属のせいじゃないとわかっていたとしても――それこそがリア運最低の僕が背負う業であった。


「ブロガーさん……この子、名前は何ていうんですか?」


「え……じゃあ、『ひつじさま』」


 ひつじさまが、まるで僕の名付けに抗議でもするようにむーむー鳴く。

 サイレントがぎょっとしたように僕を見上げる。虎視眈々と名前をつける機会でも狙っていたのか。

 名前なんてどうでもいいんだよ。


「あのさぁ、あるじさぁ、センスとかさぁ、もうちょっと考えるべきだぞ。われがなまえつけてやったやつとの格差がやばいぞ」


「ふらふらしてるアルラウネにフラーって名付けた君にいわれてもねえ」


「ええ!? フラーのなまえの理由、そんな理由じゃないぞ!? じゃ、じゃあ、あのどらごんは、我が名付けるぞ!」


「あー、あいつの名前はイケニエだから」


「!? イケニエ!?」


 わかりやすくていいだろ。自己を犠牲にして他の眷属一体のHPを回復するしか能がないゴミ眷属にはその名が相応しい。

 サイレントががたがた震えているのを眺めていると、ナナシノがひつじさまを抱きしめたまま、意を決したように言った。


「ブロガーさん……この子、私にくれませんか?」


「……アイちゃんと交換なら……」


「え…………だ、だめ! ダメですッ!」


 最近、たまにアイちゃんが呆れたような目でナナシノを見上げていることに彼女は気づいているのだろうか。ちなみに、そもそもアビコルにトレード機能なんてない。


 お茶を入れにいっていたシャロが戻ってくる。僕の机の上にぶちまけてある石を見て目を輝かせた。


「師匠、凄いですッ! ちょっと見ないうちに……随分沢山、集まったんですね……さすがです」


 課金やログボなしでも、序盤の簡単なクエストが残っている間は魔導石は溜まりやすい。

 アビコルは酷い重課金ゲーだが、石の入手しやすさについてはソシャゲの中でも屈指だ。砕かないとまともにクリア出来ないクエストが沢山あるからである。


 ひつじさまとイケニエを召喚して11個にまで減った石は既に25個にまで回復していた。

 これならば追加で召喚するか、あるいは10個の魔導石を使って追加召喚枠を拡張すべきだろうか。夢は広がる。可能性は無限大だ。


 その無限大に広がった可能性が、召喚というたった一つの工程で絶望に収束してしまうのだからガチャとはなんという罪深い文化なのだろうか。


 シャロが、首から掛けて胸元にしまっていた巾着袋を引っ張り出す。

 中身を手の平の上に出し、どこか申し訳なさそうな表情をした。


「私も……色々経験して、頑張りました。けど、5個だけです。やっぱり私、才能ないのかな……」


 まぁ、モブだからな。


 NPCの魔導石入手条件がプレイヤーと違うことは大体予想がついている。プレイヤーと同様の条件だったならば、NPCがあんな雑魚眷属連れている奴ばかりになるわけがないからだ。


 強い感情の発露。どうやら、この世界では魔導石は召喚士の成長の証らしい。召喚士が新たな経験をしたり、成長した際に現れる。故に、この世界では魔導石が手に入りやすい召喚士は尊敬される。


 だから、この世界では二人の召喚士が同じ経験をしても手に入る魔導石の数が違う。ゲームより現実味のあるシステムだと言えるだろう。エレナ死ね。


「わ、私は……7個あります」


 ナナシノがひつじさまをわしゃわしゃ撫でながら言う。いいからソレ離せよ。


「それで……常時召喚枠を、増やそうかと……」


「へー、いいんじゃない」


 一回目の拡張は必要石数は5個――非常に軽い。もっと強い眷属が出ることに賭けるよりも、二体の眷属を並べたほうが強くなるだろう。

 何気なく返した答えに、ナナシノが照れたような笑みを浮かべた。


「いつも、サボちゃんを送還しておくのが……可哀想なので」


「サボちゃん……」


 サイレントが震えている。おいどうだ僕のネーミングセンスの方がまだマシだろこら。

 アイちゃんの次はサボちゃんって……他のサボテンシリーズ出たらどうするつもりなんだよナナシノは。

 サボテンとかいっぱいいるからね。アビコルの眷属水増しを甘く見るなよ?


 しかし今は自分の方が重要だ。

 25個、か……。石を見て悩む。非常に悩む数であった。


 普通に考えるなら常時召喚枠を増やすのが常道だろう。次の枠拡張に使う石の数は10個、早めにやってしまうべきだし、魔導石を消費しての召喚枠追加は永続に有効なのだ。

 儚く、際限なく、しかもたいていの場合はゴミだけ残して消える『眷属召喚アビス・コール』とは違う。


 しかし、しかし、だ。僕はもう四回も連続で雑魚を引いているのだ。そろそろ出るのではないかという気持ちが強い。まぁ確率的に考えたら出ないんだがそういう気持ちが強い。


 召喚枠を増やすのもいいが、今のところ同時に召喚しておきたい眷属はいない。


 枠を増やして雑魚を一体多く常時召喚するよりも、強力な眷属が出て来るのに賭けたほうがいいのではないだろうか。

 何より、ガチャは楽しい。わくわくする。楽しいのだ。何回やっても、腐るほどやっても楽しいのだ。いくら痛い目見ても楽しいのだからしょうがない。


 レア眷属が出たとしても育てるだけの地盤はない。しかし欲しい。欲しいのだ。僕はアビコルで人気の可愛くて強い女の子の眷属が欲しいのだ。

 アビコルと言ったら美麗な、あるいは可愛らしいイラストなのだ。人外ばっかり連続で五回も引いてしまったのが少し心に来てる。

 

 そして、それは決して高いハードルではない。レア度はともかく、可愛い女の子の眷属は沢山いる。


 引くか、引かぬか。欲しい眷属はいくらでも挙げられる。

 飛行眷属、騎乗眷属、単純な能力の高い眷属やダンジョン周回に欠かせない広範囲攻撃能力を持つ眷属に、高難易度クエストで必須な強力な状態異常を付与する眷属。

 しかし同時に、挙げられるいらない眷属の数の方が多いのであった。しかもそっちの方がたくさん引いたから印象に残っている。


「うーん、こういう心境で召喚すると、大体ゴミが出るんだよな……」


 かといって、菩薩のような平常心で引いてもゴミしか出なかったりするから宛にならないのであった。


 ため息をつく僕に、シャロが急に拳を握って宣言する。


「私……召喚します……ッ!」


「……え?」


 目を見開く僕に、シャロがこくりと息を飲み込む。白い首筋がびくりと動く。

 覚悟を決めたような目が僕を見つめていた。


「私……もっと、師匠の、役に立ちたいから……」


「いや、もっととか言うけど……今、全然役に立ってないから」


 そういうのは現在進行系で役に立っている人がいう言葉だ。


「ふぇ!?」


「ブロガーさん!?」


 シャロの目が潤み、ナナシノが僕を非難するように見る。

 まぁ本気で思っているわけではない。邪魔してくるなら追い出すが、今のところ邪魔はしていないのでいてもらって構わない。友だちなのだから、ナナシノの支えにもなるだろう。


 だが、そんなことはさておき、僕は石を握りしめるシャロを見て思った。


 ――こいつ、爆死しねえかな。

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