第二話:特性

 特性。単語自体はありふれたものだが、アビコルにおいては少しだけその意味は違う。


 アビコルにおいて『特性』は眷属やその他ユニットが持つ特殊な資質を指す。


 たとえば、サイレントの持つ『形状自在』は、物理体制や全体攻撃を付与するなどなど、五つの特性を一つに合併したレア特性、アグノスが持っていた『竜神の加護』はイベントユニット故の特性で、消失ロストを防ぐ効果があった。

 アビコルの世界で眷属は最大で五つの特性を持ち、眷属の強さや使いやすさに直結する重要な要素だが、これは必ずしも眷属に限った話ではない。


 アビコルの敵は眷属だけではない。敵が召喚士の場合は眷属とも戦うが、魔物や騎士、魔導師などを相手にすることもある。そして、そういった相手も特性を持っている。フィーだって持っているし、ヨアキムだって持っている。雑魚騎士や魔導師だって持っているが、唯一、ゲームプレイヤー――主人公だけは、持っていない。


 少なくとも、ゲーム時代は持っていなかった。アビス・コーリングというゲームにおいて主人公とはプレイヤーが動かすためだけのキャラであり、そもそもHPや攻撃力などの概念もない。着せ替えもできなかったし、ゲーム時代はプレイヤーキャラクターに対して意識を向けることすら殆どなかった。


 だから、アビス・ドラゴンの言葉は僕にとって完全に予想外だった。


 だが、大きなヒントでもある。


 僕とナナシノアオバの違いは恐らくそこにある。


 ナナシノはマップも見えていなければキャラクターネームも見えていない。魔物から逃げられるし、NPCと一緒にクエストをこなせたりする。もしかしたら――攻撃を受けたら、傷を負うことだってあるかもしれない。そう、NPCと同じように。


 故に、僕はナナシノをアビス・ドラゴン戦につれていくわけには行かなかった。自分が、こと人間として超人さながらの力を持っていることは既に確認出来ているが、ナナシノが同様か確信が持てなかったからだ。自分一人が死ぬのならばまだ納得できるが、ナナシノの方まで責任を持てない。



§



 今更だが、必要なのは検証だった。

 できることとできないこと。出来て当然のことと、出来るわけがないこと。

 僕はゲームを踏襲するし、今のところゲームで出来たことはあらかた出来ているので別にどうでもいいんだけど、それ次第ではナナシノにとって大きな転機になりうる。


「ごめんなさい、遅くなって……沢山お店があって、目移りしちゃいました」


「あるじはフラーと遊んでただけだからめいわくかかってないぞ……」


「遊んであげてたんだよ」


 テーブルの上でペタリと座り込んでいたフラーの前に、ナナシノが大きな紙袋を置く。随分買い込んだようだ。

 シャロも同じくらいの大きさの袋を抱えて入ってくる。食べ物の臭いでもしたのか、サイレントが肩の上から跳び下りて運ぶのを手伝いに行った。


 ナナシノがどこか満ち足りた表情で紙袋を開き、どんどん物を出していく。


 アイリスの単騎兵――今は騎士兵だが、サイレントやアイリスなど、『一単語の系譜ザ・ワード』に区分される眷属は育成に特殊な素材を必要とする。レベルをあげるだけだったらその辺のドロップを食べさせればいいが、それだけでは進化しない。


 別に集めるのが際立って大変な素材というわけではないが、一部のダンジョンやクエスト・イベント報酬でのみ手に入る素材だ。この世界に来てから何ヶ月か経つが、まだ僕が見たことのあるそれ系の素材はナナシノにあげてしまった『アイリスの信心』だけである。


 だが、この世界に流通していないというわけではないはずだ。ギオルギの部下が持っていたくらいだし、王都は大都市だ。多くの物が集まる。どこかに売っている可能性は大いにある。


 ナナシノが上品な桜色のローブを取り出し、僕の前に広げてみせた。

 

「どうですか、ブロガーさん! 春の新作だって――」


「ナナシノさ、何買いに行ったの?」


 どうでもいいんだよ、服装なんて。着るなら星天の聖衣を着ろ、星天の聖衣を。

 ブラウンの地味な感じのローブを取り出していたシャロが慌てたようにそれを後ろに隠す。いや……別に好きにすればいいと思うけどね。


「あるじ、ここはほめるところだぞ」


 ナナシノが傷ついたような表情で僕を見ている。褒めてほしいのか? 僕に褒めてもらって何になるんだ?


「別に僕は『星天の聖衣』を着て擦り寄って着てくれれば文句はないんだよ。スリットから手を差し込みたい」


「!? も、もう絶対、着ない、ですからッ!」


 ナナシノが実にそそる動作で身を縮める。


「あるじは欲望に忠実だなぁ」


「僕だっていつもこんなこと言うわけじゃないよ」


 ただ、それくらいエロかったのだ。一回くらい手を出しておけばよかった。もしかしたら勢いで押し切れたかもしれない。思わず固まってしまった僕が全て悪い。まぁ、また機会はあるだろう。

 シャロが袋から小さな木箱を取り出し、僕の前に置く。


「師匠、これ……さっき言っていた通り、買ってきました」


 シャロが箱を空ける。中には虹の意匠が施された鈍い銀色のボタンのような物が七つ、丁寧に収められていた。

 一見カフスボタンにも見えるが、裏側に糸を通す穴はない。

 見覚えがある形……間違いない。アイリスシリーズを育てるための素材の一つ、『アイリスの絆』、だ。


 つまみ上げ目を細める僕に、シャロが恐る恐る続ける。


「アクセサリーショップに売っていて……えっと…………詳しくは不明ですが、どこかの民族の宗教関係の品物らしくて……ほとんど、入荷はないらしいです」


「……ふーん」


「……とっても、高かったです……。こんなにちっちゃいのに、ローブと同じくらいの値段がしました。少しだけど、魔力が込められているらしくて――」


 シャロの表情は少し曇っていた。

 彼女は普段あまり装飾品などつけていない。貧乏だからだろう。長らくただのアルラウネしか連れていなかったわけで、進化して魔法も使える今ならばともかく生活にゲーム内マネーを必要とするこの世界で生きるのは厳しかったのだろう。


 だが、それは本来ゲーム内の金に代えられるものではない。売れるけど買えない。


「預けたお金はまだ余ってる?」


「は、はい……まだ大丈夫、です」


「なくなったらいいなよ。追加を渡すから」


 ヨアキムのドロップのおかげでまだ懐には余裕がある。金庫からドロップしただけあって、現金もそれなりに入っていた。多分ギルドの運営資金だろう。


 アビコルでは素材を店などで買うことはできない。

 素材を集めるにはクエストをクリア、魔物からの入手、イベント報酬など、必ず自分で動く必要がある。スタミナの回復などは課金でも出来るが、集めるのだけは自分でやらなければならない。重課金ゲーであるアビコルに存在する、数少ない課金だけではどうにもならない部分である。


 そういえばプレイヤー間での素材の譲渡などもできなかった。流れでアイリスの信心、あげちゃってたけど。


「ナナシノ。これ、アイちゃんにあげなよ」


「あ……はい!」


 ナナシノがアイちゃんを抱き上げ、テーブルに乗せる。箱からアイリスの絆を一個取り出すと、まるで鳩に餌をあげるかのように手の平に乗せて差し出した。


 注目する。シャロもまじまじと見ている。その前で、アイちゃんが何気ない動作で絆を手に取った。

 ほのかな光を残し、まるでアイちゃんに吸い込まれるかのように絆が消失する。


 食べさせられた。これは画期的だ。

 流通量にもよるだろうが、自分で現地に向かって素材を入手する必要がないとなれば、極論、クエストなんてやらなくても商売でもやって金を稼いでその金で素材を購入すればいいということになる。


 目を見開く僕とは逆に、ナナシノが目を瞬かせ困惑したような表情を作る。


「あれ……? 進化……しないですけど……」


「一個で進化するわけないだろ。絆は一番下の素材だから、それで進化させるなら千個いるよ」 


「せんこ……」


 ナナシノはゲーム時代のアビコルを、素材を売ることはできても買うことができないアビコルを知らないからそんな表情を出来るのだ。冷静に考えたら売れるのに買えないっておかしいよね。


 糸口は見えた。ナナシノはこれを活用すれば手っ取り早く強くなれる。

 続いてサイレントの方を見る。


「おい、サイレント。君はこれを食べられるか?」


「え……んー……?」


 サイレントが絆を持ち上げ、じろじろと確認し、おもむろにそれを口に入れた。

 ナナシノが目を丸くする。しばらくもむもむと頬張っていたが、すぐにぺっと吐き出した。


 困惑したようにサイレントが首を傾げる。


「うーん? 力に変換できないぞ? われ、すききらいとかないんだけど……」


 やはり、出来ない。僕には、できない。


 ナナシノがおかしいのか僕がおかしいのか。きっと異端は僕だ。プレイヤーとしてはナナシノの方がおかしいんだけど、周りの反応を見るにどちらかというと僕が異常な可能性の方が高い。

 そして、その影響をサイレントも受けている。


 恐らく僕は魔物から逃げられない。戦闘中の送還デポートも出来ないし、星天の聖衣を着ることもできない。いや、着ないけど。着ないけどね……たとえ男物の鎧だったとしても。


 これが――特性だ。薄々気づいていたのでがっかりはしない。

 そも、僕がやりたいのは育成よりもどっちかというと召喚することである。


「ペンダントとか本とか色々形態はあるから集めてみるといいよ。虹が、アイリスのマークだ」


「あ……はい。ありがとう、ございます?」


「あるじがきがきかせるのがめずらしすぎてななしぃが困惑してるぞ」


 サイレントの茶化しに、ナナシノが焦ったように手を振った。


「そ、そんなことないです……よ?」


 何で疑問形なんだよ。


 ナナシノは今日も可愛らしい。帝都や王都に一人でいた時には気にならなかったが、いたらいたで和む。古都に戻らないでくれてよかった。


「報酬は後々、身体で払ってもらうからね」


「ど……ど、どうして、ブロガーさんは、毎回そういうこと言うんですかぁッ!!」


 ナナシノが耳を赤く染めながらも抗議してくる。いじりすぎて慣れてしまったらしい。

 だが、誤解されるような好意を繰り返してきたナナシノが悪いのだ。


 と、その時、ふと一つ気づいた。


「もしかしたらナナシノの『特性』は無自覚なエロかもなぁ」


「……へ!?」


 僕に特性があるのならばナナシノにもあるはずだ。残念ながら、プレイヤーの特性を知る方法なんて皆目検討もつかないが……。


 急な振りにナナシノが目を見開き細い悲鳴をあげる。

 拾いきれない球を、すかさずサイレントがカバーした。


「いや、きっとなんだかんだ言いながらあるじについてきてくれてるのが、ななしぃの特性だとおもうぞ」


 ……ありうるな。

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