第一話:ぼっち

「本当に、ありがとうございました……」


 王都トニトルスの飛行場で、ナナシノが涙を浮かべて頭を下げていた。


 その先にいるのは見覚えのあるNPC召喚士――パトリック達だ。その後ろには召喚士ですらない……剣士や魔導師達の姿もいる。その誰もがナナシノに笑顔を向けている。


 ナナシノアオバには煽動の才能があるようだ。竜種の討伐を手伝ってもらったなどと口で言うのは簡単だが、僕では間違いなく無理である。


 頭の上に乗っかったサイレントがしみじみと言う。


「じんとくってやつだな、主」


「力がないって悲しいな。リセマラしろ、リセマラ」


「主って、ほんとうにじゆうだよね」


 ゲームは自由じゃなきゃいけない。


 僕だけ蚊帳の外にして、ナナシノとシャロが、竜討伐隊のメンバー達と別れの言葉を交わしていた。

 パトリックがどこか達観したような穏やかな笑みを浮かべ、ナナシノを見ている。


「……青葉ちゃんがギオルギにさらわれた時、俺は何もできなかった。その分を返せたらいいんだが」


「そんな……もう、気にしてません。いっぱい、返してもらいました……」


 おいおい、律儀なNPCだな。そんな昔のこと引きずって、ついてきたのか。


「青葉ちゃん、頑張ってね。貴女ならきっとすごい召喚士コーラーになれるわ」


「イレーナさん……」


 パトリックのパーティメンバーの赤髪の女召喚士がナナシノを抱きしめる。シャロのこともついでのようにハグしている。

 どうやったらそこまでNPCと仲良くなれるのか。まるで親友みたいじゃないか。


「あるじには知り合いすらひとりもいないのにな」


「……僕の心をえぐってくるのやめようか」


 大体いるし。知り合い位いるし。パトリックも一応知り合いだし。

 NPCの知り合いなんて心底どうでもいいけど、ナナシノを見ているとあまりの違いに少しだけ虚しい気分になる。


 一通り別れを惜しんだパトリックが、ふとその視線をこちらに向けた。

 じっと僕を凝視していたが、小さなため息を共に言う。


「ブロガー……青葉ちゃんを、頼んだぞ」


「……言われなくてもわかってるよ。僕は別にナナシノの保護者じゃないけど」


 彼らにとって僕はどのような立ち位置にいるのだろうか。


 ナナシノがそれの言葉を唇を強く結ぶ。何か言いたげだが何も言わない。その耳元が少しだけ朱に染まっている。

 そんなナナシノと、シャロの頭をイレーナという名らしい女召喚士が慈しむように撫でる。


「青葉ちゃんもシャロちゃんも、何かあったらすぐに古都に戻ってくるのよ」


 何かあったらって何があるっていうんだよ。


 長々とした別れを終え、竜狩りのメンバー達が飛行船に乗り込む。古都召喚士ギルド所属の紺色の飛行船がゆっくりと空に上がっていった。

 ナナシノと、そしてシャロまでもが涙の滲んだ目でそれを見上げている。


「何も無理して残らなくても良かったのに」


 知り合い多い方がやりやすいだろうし、竜神祭の終わった今、ここにいる理由もないだろう。

 ナナシノのためを思った言葉に、サイレントがすかさずダメ出しした。


「あるじってほんとうにだめだな」


「……もぉ……!」


「わ、私は、師匠の、弟子なので……」


 ナナシノがムスッとした表情を作り、シャロがわたわたと言い訳する。

 どうやら二人共僕についてきたいようだ。ハーレムかな?


「まーいいけどね。別にいてもいなくても関係ないし……」


「われずっと思ってたんだけど、あるじさ、ほんとうにななしぃのこと好きなのか?」


 サイレントは本当にうるさいなぁ。



§



 賑やかな王都を練り歩く。竜神祭は終わってしまったが、そこかしこに祭りの残り香があった。

 そういえば、祭り中はパレードなどもやっていたらしい。イベントダンジョン周回で結局見に行かなかったが。


 隣をちょこちょこ歩いていたシャロがこちらを見上げ、聞いてくる。


「師匠は……しばらく王都にいるんですか?」


「さぁ? 他の町でイベント始まったらすぐにそっちに行くつもりだし、考えてないかな」


 ストーリークエストがあればそれに沿って動くのだが、今はそれもない。いつも通りギルドでクエストを受け石を貯めるつもりだ。

 素材を集めてもいいが、召喚の方を優先したい。フラーにカベオ、ひつじにおむすびドラゴンと四回連続でゴミが来てるし、そろそろいい眷属が召喚できるような気もする。まぁ、『気がする』だけなんだろうけど。


 物珍しげに王都を見回しながら隣を歩いていたナナシノがぽつりと言う。


「……つ、次は、黙っていなくならないでくださいね」


「なに? もしかして、ナナシノ寂しかったの?」


「…………」


「ななしぃは可愛いなぁ」


 ナナシノが照れたように顔を伏せる。すぐに真っ赤になって。そんな照れ屋だったっけ、君?


「し、師匠……私も寂しかったです……」


 すかさず影の薄いシャロがもじもじと自己アピールをしてくる。

 ちょっとクエストやっただけなのにこの好感度の上がりっぷり、まさしくNPCだ。是非ななしぃにも見習って頂きたい。


「ちなみにあるじは、ほかのおんなとよろしくやってたぞ」


 そしてサイレントはちょっと黙ろうか。


 大通りには様々な店が立ち並んでいた。大都市だけあって、神殿でも見かけた衛兵があちこちを巡回していて、治安もかなりいい。

 古都でも見かけた変なカエルが引く馬車が舗装された道を通り抜ける。


 賑やかな王都の光景に、アクティブなナナシノが目を輝かせていた。


「古都も大きかったですけど、王都も凄く賑やかですね……」


「設備は古都と一緒だけどね。ちょっと周囲のクエストが違うだけで」


 もしもアビコルがRPGだったら都市ごとに売っているものが違っていただろう。だが、アビコルでそういった特色の違いはない。いや――なかった。ゲーム時代の話だ。


 現実になった今、古都と王都では文化が違う。店の数や種類が違う。宿のランクだって違うし、食べ物だって違うだろう。


「なんかすっごく遠くに来たって感じです……」


 ナナシノが目を細め、感慨深げに言う。その頭の上に浮かぶ名前とスタミナバーさえなかったら、僕も同様の感想を抱けたかもしれない。


 僕にとってゲーム時代のアビコルもこの場所も大きな違いはない。不満も……あまりない。


 ナナシノがちらちらとあちこちの店を興味深そうに見ている。女の子らしく、ショッピングは好きらしい。

 僕は面倒になり、気を使ってやった。


「気になるなら買い物でもしてきたら?」


「えっと……ブロガーさんは……」


 ナナシノは僕に気を使いすぎる。あいにく僕は買い物はネット通販派だ。

 シャロの背をナナシノの方に軽く押してやる。


「もちろん帰るけど。ナナシノは……アイちゃんを進化させる素材でも買ってきたらいいんじゃないかな? 貴重品だけど、これだけ店があるならどこかに売ってるんじゃない? ほら、僕がプレゼントしたみたいな……虹のマークが目印だよ」



§



 アビス・コーリングはゲームだ。そして、この世界はそのシステムに準拠している。


 例外は一部を除いて存在しない。その例外はナナシノがやらかした、NPCと仲良くなって素材を集めるのを手伝ってもらう、だったり、人を集め罠を使って飛竜を討伐したり、だったり、眷属しか装備できないはずの『星天の聖衣』を自ら装備してみせたり、だったり……ろくでなしのノルマがリヤンの遺物なしで旅をしていたり、だったりする。


 僕は凡人だ。少しばかりアビコルに熱中しすぎただけのただの凡人だ。だが、馬鹿ではないつもりだ。


 宴は終わり、竜神祭が終わり、アグノスがいなくなり、そして――結局世界は滅ばなかった。


 アビス・コーリングはゲームだ。そして、この世界はそのシステムに準拠している。ソーシャルゲーム、アビス・コーリングに終わりなど存在しない。 


 仕切りにナナシノとシャロがこちらを振り返りながら店の一つにはいっていく。

 肩の上に乗ったサイレントが尋ねてきた。


「あるじさ……ちょっと感じ変わったか?」


「まぁ、アビス・ドラゴン戦で……わかったことがあってね……」


「わかった……こと?」


 アビス・ドラゴン戦は酷い戦いだった。

 もともと勝ち目のない戦い。勝つ気のない戦い。ゲーム時代でも絶対にやらなかった戦い。

 たとえ命の危険がなかったとしても――。


 だが得るものはあった。


 脳内に表示されたマップでは、ナナシノを示す光点が遠ざかっていくのが見える

 羨ましそうにナナシノ達の方を見送っていたフラーが僕を見上げている。僕はそれに微笑みかけてやった。


「アビス・ドラゴンが言ってたんだよ。アグノスが一撃で気を失うほどの攻撃を受けても無傷の僕を見て、『なんだその特性は』ってさ」

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