第二十二話:合流と目標

 ナナシノは完全に狩りゲーをやっていた。


 無数の視線の中、恥じる様子もなく恥ずかしい格好でテキパキ指示を出す。その真面目な表情に、動揺していた兵士達も落ち着きを取り戻している。まだチラチラ見ている者はいるが、つっこむつもりはないようだ。


「武器は神殿に運んでください。物資調達班は罠用の肉と毒の調達、パトリックさんは武器の点検をお願いします。私は現状を確認します」


「わかった、青葉ちゃん。任せてくれ!」


 士気が高いのか、魔導師も剣士も召喚士も区別なく大きな返事を返す。


 んん? ナナシノはアビコルが何ゲーだかわかっているのかな? 罠って何? まさか人力でアビス・ドラゴン退治しようとしてる?


 無理だから! アビコルはそういうゲームじゃないから! 大体、アビス・ドラゴンには竜種の攻撃しか効かないから!


 もうつっこみどころが多すぎてどこから切り込んでいいのかわからない。やりたい放題かよ。

 ナナシノが動くたびに腕の、腹部の、足の肌色がひらひらしたローブの隙間からちらちら見える。エッロ。あの服どうやって着てるんだろう。


「あるじ、ななしぃに声かけないのか?」


「まー待ちなよ。隙が多すぎてどこから取り掛かっていいかわからないんだ」


 もともとソシャゲキャラの服装には構造の難しい物が多い。『星天の聖衣』も同様である。

 スリットは多いがどうやって脱がせたらいいのかわからないのだ。僕もアビコルには詳しい自信があるが、さすがに専門外だった。

 がりがり頭を掻きむしり、ナナシノを観察する。


「あー、むしゃくしゃする。眷属が着ていてもこうはならないぞ。知り合いが着てるのがいいのかな」


「マスター、目が血走ってるけど、どうしたの?」


 アグノスが首を傾げる。血走りもするわ。まぁ畜生にはわからないだろう。


 色々疑問はある。新しく召喚したのかーとか、何で来たんだろうとか、何で着たんだろうとか、色々言いたいことはあるがインパクトが大きすぎて、サービスかな? 予約しといてよかったぁ、としか出てこない。

 ……いかがわしいお店かな?


 腕にひっついていたフラーがぴしぴしと蔓で僕の腕を軽く叩く。それでようやく僕は少しばかり平静を取り戻した。そして再度ナナシノを見た。


「……チッ。エッロ」


「!! 師匠!」


 その時、明るい声が響き渡った。ナナシノの側にいた地味な子がつまづきそうになりながら駆け寄ってくる。

 ちょっとやつれたように見える頬。左右に結わえられたおさげがぴょこぴょこ揺れる。鳶色の目に涙が浮かんでいた。ナナシノと違って変わり映えのしない地味なブラウンのローブ姿。


 そういえば、破門にするの忘れてたぜ。


 その声を受けて、ナナシノもまた僕の方を向いた。シャロが大きく腕を広げ、飛びつこうとしてくる。僕は当然、それを一步横にずれて回避した。ついでに足を引っ掛けておく。

 シャロに抱きつかれたらナナシノが抱きついてこないかもしれないじゃん。


「にゃ!?」


「!?」


 シャロが勢い余ってアグノスにダイブする。その眷属のクロロンはまだナナシノの足元にいた。フラーと同じ種族なのにクールな奴だ。


 ナナシノの表情を見る。感情豊かなナナシノのことだ、この感動の再会に対して包容の一つくらいしてくるだろう。

 完全に煩悩に侵された期待を向ける僕に、ナナシノは唖然としていた。視線が僕とアグノスに抱きついたシャロを交互に向けられている。

 あれ? 失敗した?


「え? ブロガー……さん? あれ? シャロに、なんで……」


「ナナシノ、久しぶり。元気そうで何よりだよ」


 仕方なく大きく腕を広げてナナシノを迎え入れる体勢になる。さーいつものようにカモン。


 ナナシノが戸惑っている。その隙に、後ろから復活したシャロが体当たりしてきた。いつの間に感極まったのか、泣き声混じりで言う。背中が熱い。


「ぐすっ、ぐすっ……し、ししょー! あいだがっだでずぅ」


 くっそ、邪魔だなこいつ。もういいよ、わかったよ。何でそんなに好感度高いのか知らないけどもうわかったから、スキップでいいよ、スキップで。そして後で破門ね。


「ななしぃ、あいたかったぞおおおおおおお!」


 そして、主人が厄介な邪魔者に邪魔されている間に、さっきまでドラゴン焼きもぐもぐしていたサイレントがナナシノに飛びついていた。

 どうしていいのか、僕とシャロの様子を見ておろおろしていたナナシノが、跳ねるように飛び込んできたサイレントをキャッチし、抱きしめる。


「わ、サイレントさん! 私も、会いたかったですッ!」

 

 僕は久しぶりにサイレントを『送還デポート』した。



§




「――ブロガーさんからの手紙を受け取って――今王都にいるって書いてあったので――」


「……」


「――飛行船、直して……みんなに手伝ってもらったんですよ! パトリックさんが、竜を倒せる武器をくれて――」


「……」


「――評判になったみたいで、連絡がきて――ブロガーさんと状況が――」


「……」


「――も、もう! なんで、私のこと置いて言っちゃったんですか? 心配したんですよ!? あ、お土産ありがとうございます――」


「……」


「……あのー……ブロガーさん? 何か、ありました? そんなに見られると……ちょっと恥ずかしいです」


 僕の取っている宿に移動し、情報を共有する。至近から確認するナナシノのコスプレは遠目で見る以上にエロかった。

 隙がない。無駄な肉のついていない引き締まった手足に程よく膨らんだ胸元、肌は少し健康的に焼けているがそれがまたいいアクセントになっている。

 頭少し弱いけど、ナナシノってスタイルいいよなぁ。たとえ星天の聖衣が眷属用装備だと知らなかったのを加味したとしても、余程自信がないとできないよ、その格好。


 黙ってその格好を堪能する僕の視線に耐えかねたのか、ナナシノが少し頬を染めて身を縮める。全然隠せてない。


 ちょっとじゃないよ、凄く恥ずかしい格好だよ。明らかに恥ずかしい格好だよ。眷属装備だからねそれ。アビコルはそういう装備で課金を煽ってたんだよおおおおおおおおお!


 言うまでもないが、僕もほいほい乗せられた課金した口である。性能がいいのもあるけど、装備するとグラフィックが変わるんだからしょうがないじゃないか。


 シャロが強張った表情で僕とナナシノを見ている。


 僕の反応が薄かったのが良かったのか、ナナシノがばんと強くテーブルを叩いて身を乗り出した。臍がちらりと見え、胸元が強調される。

 あー、エロい。眷属にしたい。


「と、とにかく、ブロガーさん――」


 真剣な目が僕を見ている。本人はシリアスなんだろうけど、そんなのどうでも良くなってきた。


「私達も、ドラゴンの討伐、お手伝いします! 任せてください、私もシャロも――ブロガーさんがいない間に、成長したんですよ!」


 手伝い? 何を手伝ってくれるのかな? エロ同人かな?

 何が成長したのかな? 格好? 何がどう成長したらエロコスプレで恥じることなく目の前に現れることになるのかな? 何の成長を見せてくれるのかな?


 シャロがムスッとしている。目と目が合うと、ぷくーっと頬を膨らませて見せてきた。

 サイレントの真似かよ、送還デポートするぞ。


 ちょうどカレンダーが目に入る。イベント終了まで後一日半だった。

 なんかもう周回は終わりでいいか。参加賞も既に貰ってるし……あ、でもナナシノが卵持ってたんだっけ……孵ってるかどうかは知らないけど、なら周回した方がいいなぁ。


 ナナシノがこほんと一度咳払いして、手を差し出してくる。握手でもしようというのか。


 自分から来ようとはいい度胸である。そんなエロい格好しておいて、警戒心ゼロか。

 いいだろう。掴んで引き寄せてやろうと、差し出されたその手を握ろうとしたその時、今まで黙っていたシャロがさっと腕を出した。


「え……?」


 シャロの手が、伸び切ったナナシノの手を押さえて下げさせる。

 困ったように眉をハの字型にするナナシノに、シャロが真剣な表情で言った。


「青葉ちゃん…………まずは、着替えよ?」


 どこまで邪魔をするつもりだ、シャロリア・ウェルド。送還デポートするぞ!


「え……でも、この装備、強いって――」


 ナナシノが手を戻し、ちょっとずれた言い訳をする。

 いや、プレイヤーは装備できないから。アビコルはそういうゲームじゃないから。よしんば強かったとしても、強かったらなんでもいいのか君は。


「青葉ちゃん……着替えよ? し、師匠も、そんな、じろじろと青葉ちゃんを見ちゃダメですッ!」


「はぁ? そんなエロい格好してたら見るに決まってるだろ、いい加減にしろよ! 砂漠を三日三晩飲まず食わずで彷徨った人に飯差し出して食うなって言ってるようなもんだ」


 見せつけるような格好しておいて見たらアウトとか理不尽はいい加減にしておけ!

 大丈夫だよ。局部が見えてなかったらどれだけ全裸に近くても全年齢だから。最悪湯気で隠せばいい。


「……へ?」


 ナナシノが素っ頓狂な声を上げ、固まる。その顔がみるみる内に赤く染まっていった。首元から耳、鎖骨まで。

 僕を見て、ナナシノが胸を隠すように押さえる。先程まで堂々としてたくせに、今更だ。ここに来て恥ずかしがったところでアクセントにしかならない。なんかもう誘ってるようにしか見えない。


「みゃ!? え? えっち? えっちじゃない、ですよ? だって……だって……だって……」


 もしかしてナナシノって馬鹿か? 鈍感か?

 散々見られてたかじゃないか。宿に来るまでも、ナナシノは視線の的だった。アグノスも目立ったし、お祭りで露出の高い格好をしている人は他にもいたが、それでも視線を集めていた。

 それに気づかなかったとしたら、天然にも程がある。


 僕はポケットからカメラを取り出し、顔が真っ赤な状態で身を縮め視線から身体を隠そうとしているナナシノに向けた。シャッターを三度程切り、微笑みかける。


「ほら、エロシノ、もっと堂々として。せっかくエロい格好してるんだから一回くらい撮っておこう」


「ひゃ……や、やめて――とらないで、くださいッ! やぁ!」


 ナナシノが滑り落ちるようにしてテーブルの下に蹲る。

 あ、フィルム入ってないじゃねーかこれ。クソッ、サイレントめ。





§



 テーブルの上に身を横たえ、ナナシノがまだ顔を真っ赤にして撃沈している。

 格好は何時ものローブ姿である。エロ成分は減ったが十分可愛らしい。


「うぅ……みんな、どうして教えてくれなかったのぉ……」


「えっと……眷属召喚アビス・コールで出る装備が珍しくて、凄く強いのは間違いないから……青葉ちゃんが気にしないならって」


「やぁ……そんなぁ……もう、外に出れない……みんなに合わせる顔が……」


 ナナシノがいやいやと首を横に振る。そんなことしてもみんなの記憶は消えない。足元ではアイちゃんが寄り添うようにしてそんな主を見上げている。


 教えられないとエロいかどうかもわからないのかこのお嬢様は。ナナシノにとってあれは有りなのか……。


「悪くない、悪くなかったよ、久しぶりに良い物を見た。後でじっくり見せてもらおうかな」


「ッ……ブロガーさんの、馬鹿ぁ」


 冗談だと思っているかもしれないけど、本気である。

 悪くない、悪くなかった。ナナシノはプレイヤーなので視聴者プレゼントにするわけにはいかないが、質だけならそれに匹敵していた。

 おにぎり出たショックも許せるくらいだ。嘘だ。おにぎりは死ね。


 シャロが消沈しているナナシノから、僕の方を見る。そそくさと近づくと、にっこりと純朴な笑を浮かべた。


「それで……師匠。お元気でしたか。手紙には……アビス・ドラゴンの討伐を目指してるって、書いてありましたが……」


「まーまーかな。目的は達したから」


 確かに経緯は書いた。目指してるっても書いたかもしれないけど、それはただ目指してるだけだ。


 シャロも元気そうだった。飛行場でこちらに気づく前は少し表情に陰があったが、今の表情は晴れ晴れしている。地味キャラめ。ナナシノを見習え。お前なんて破門だ破門。


 ナナシノがヘタったまま視線だけ僕に向ける。シャロが目を丸くする。


「……え? 目的……アビス・ドラゴンは、倒したんですか?」


 シャロの問いはどうでもいいけど、そう言えばナナシノはイベントに詳しくないんだったな。

 アグノスは大きくなりすぎて入れなくなったので宿の外だ。話を聞かれる心配はない。

 別に隠すことでもなかったので、あっさりと答えた。


「いや、もともと倒すつもりないし。ってか今のパーティじゃ絶対倒せないし」

 

「……へ……ええええええ?」

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