第二十一話:参加賞と援軍と新たなる力
そして、特に大きな問題が起こることもなくその時が来た。
魔物が倒れ、アグノスの頭上に表示されていたレベルが59から60に変わる。
ひーひー悲鳴を上げながら戦っていたアグノスの目が大きく見開かれた。
魔物の出現率に偏りがあったため、結局合計十一周もする必要があった。
「ッあ……あああ――ッ!」
その大型犬くらいだった身体が脈動し、黄の光を纏う。強い光に、サイレントが僕の足元まで後退し、目を細める。
光の中、そのシルエットが膨れ上がった。
間に合った。内心ほっとする。アグノスとサイレントが休み休み言い始めた時にはどうなるかと思ったが、なんとかなったようだ。
ただでさえ大きかった翼は変化しより大きく、尾からは小さな棘が映える。首が延び、スマートだったフォルムがよりシャープに洗練される。全身は二回り大きくなり、僕が乗れる程の大きさが変化した。
実際に、イノセント・ドラゴンは卵、幼竜、小竜、中竜と、三回目の進化を経ることにより持っていた【単独飛行】の特性が【飛行】に変化する。
今のイノセント・ドラゴンは人を乗せて飛べるのだ。イベント終わるといなくなるけど。
光が消える。現れたその姿にサイレントが震える声をあげた。
「え……ず、ずるいぞ! アグノス! おまえばっかり格好良くなって!」
アグノスが首をあげ、まるで伸びでもするように身体を伸ばす。
鱗がダンジョン内の僅かな光を反射してきらりと輝く。
駆け寄ってくるサイレントに、アグノスはぱちぱちと瞬きして言った。
「すごい……力が、漲ってくるッ! これならきっとアビスも――」
イノセント・ドラゴンは進化するに従い、使えるスキルが増えていく。
中竜形態のアグノスは『
これが何を意味しているか。
ぺしんぺしんと機嫌良さそうに尻尾を動かし、こちらに期待の目を向けてくるアグノスに、拳を握って言った。
「よし、ダンジョン攻略速度が更に上がるな」
スタミナがまだ少ないのが、そして石が貴重で砕けないのが恨めしい。
「……うげぇ!?」
「ま、まだまわるつもりなのか……あるじ……わたし、そろそろドラゴンとか焼きたいかも」
神々しいフォルムを手に入れたアグノスがその見た目に合わない呻き声を上げ、サイレントが気弱げな口調で冥種とは思えないことを言う。
プレイヤーにはスタミナがあるがそれはスタミナポイントであって、現実で言う
あくまでゲームとしての数値であって、疲労で動けなくなったりはしなかったし、サイレントやアグノス達、眷属のユニットにも疲労の概念はない。連続で戦っても問題ない。
それでも、フラーの回復魔法がなければ小さなダメージが蓄積して満足に動けなくなっていただろう。今回のMVPはフラーで決定だ。
徹夜も大丈夫。ゲームやってた頃も二徹三徹なんて余裕だ。栄養ドリンクを飲めばより万全だ。本当に効いているのかは知らないが、気分の問題である。今回は栄養ドリンクないけど。
「ちゃんとご飯は食べさせてやってるだろ」
「……あるきながらたべるとあじけないぞ……。携帯食ばっかりだしちゃんとしたものがたべたい」
グルメなこと言いやがって。
首を落としながら、アグノスがいつも通り魔物の死骸の方に向かう。サイレントがぐったり緩慢な動作で解体を始める。僕はそこでいつもと違う指示を出した。
「あ、アグノス。もう食べなくていいよ。サイレント、素材解体したら保管するから持ってきて」
「……え? で、でも……食べないと強くならないよ?」
「いいんだよ。スタミナも危ういし」
アグノスが不思議そうに首をかしげながら、死骸から離れる。
もう参加賞は手に入るのでこれ以上アグノスを強化する意味はない。
次の進化はただ漫然と竜種素材を食べさせるだけでは無理――『竜神の試練』の上級以上でドロップするレア度が高めの素材を食べさせる必要があるのだ。そして、次の進化でもらえる達成報酬はそこまでコストをかけるに見合わない。
故に、誰でも比較的気軽に達成でき報酬も美味しい三回進化の報酬が参加賞と呼ばれるのである。
ちなみにイノセント・ドラゴンは合計十段階の
経験値にはなるので食べさせてレベルを上げれば周回ペースも上がるが、スタミナ回復速度を考えると現時点のペースで十分だ。
周回はやめない。これ以降の素材は竜種の眷属が出た時のためにとっておく。そして、次の竜神祭に備える。
素晴らしいサイクルだ。もしかしたら、次は中級の試練を周回できるかもしれない。
「む……マスターの言葉を信じるよ。僕をこんな短期間で成長させてくれたマスターならアビスを倒せる。そんな気がするんだ」
君、本当に自己評価高いよね。初級ダンジョンで四苦八苦してたくせに。
僕は何も言わず、ただにっこりと微笑んでやった。
§
「竜神より、竜操士様の働きに報いるとのお言葉と――褒賞が届いております。アビスを滅ぼすのに役に立てて欲しい、とのことです」
巫女が頭を下げ、どこか熱っぽい声で言う。
最初に会った時と比べて随分と感情が表に出ていた。成果を出しているためだろう。
進化したイノセント・ドラゴンを見る目が潤んでいる。まだ三回しか進化していないんだけど、十回進化したらどんな態度を見せるのだろうか。
「ああ、ありがとう」
この世界では達成報酬は竜神の褒賞という形で与えられるらしい。イノセント・ドラゴンが送られてきた時と同じように祭壇に届いていたようだ。
巫女が恭しく手の平にぎりぎり乗るくらいの大きさの宝玉を差し出してくる。
まるで太陽のように白く輝く神々しい宝玉。
『竜神の光宝玉』。
ノルマが持っていた雑魚レアとは違い、レア度は最上級――竜種を育てる素材の中では十指にはいる品である。今のアグノスなら食べさせただけで次の進化条件を満たせるだろう。
だが、次の進化で手に入る報酬は光宝玉よりもずっと格下なので食べさせると完全に損することになる。おまけにアグノスは後数日でいなくなってしまう。完全に罠だ。
よく初心者プレイヤーがやっていた。wikiくらい見なよ。
まさか食べさせてもらえるとでも思っているのか。僕は目を輝かせるアグノスの前で宝玉を受け取り、ポケットにしまった。
参加賞ゲットだぜ。
「あ……」
続いて、ダンジョン攻略回数の達成報酬を受け取る。
初級ダンジョンなので報酬のレア度も高くないが、ノルマからドロップした宝玉よりは格上の報酬ばかりだ。下級から中級竜の竜玉に、角に爪。竜の神様だけあって素材も竜種のもの。
品物を確かめ、ポケットにしまっていく。
アグノスが尻尾を振りながら甘えたような声を出した。
「……ますたぁ、それ、どうするつもりなの?」
「備蓄」
「主は冷たいなぁ」
アグノスに使うにはもったいない品ばかりだ。それでも参加賞が間に合わなかったら食べさせて無理やり参加賞まで持っていくつもりだったが、もうその必要もない。
イベントキャラにくれてやるのはクズだけだ。
巫女は、媚びるように首を伸ばしているアグノスを眉を顰めて見ていたが、僕に視線を戻して続けた。
「操竜士様、アビス・ドラゴン復活まで間がありませんが……大丈夫そうですね」
君の目は節穴か。こんなゴミでアビス・ドラゴン倒せるわけがないだろ。
百体いても無理だわ。今持ってる石全部使って『
イベントボス舐めるなよ。今の面子で勝てる相手じゃない。考えるまでもなく明らかだ。
もう参加賞は貰ったのでいつイベントが終わっても悔いはない。
大丈夫、倒さなくてもどうせ世界なんて滅ばないから。イベント終わるだけだから。
というか……戦うつもりもないよ。
参加賞を手に入れ、穏やかな気持ちで微笑む僕に、巫女が釣られるように僅かに表情を崩した。
「さすが操竜士様」
何がさすがなのだろうか。まぁ、皮肉にも聞こえないのでにこやかに頷いておく。
すると、巫女が今思い出したかのように目を見開いた。
「――そういえば……王が念のため援軍を呼んだとのことです。間もなく到着する、と」
援軍? そんなイベントあったっけ?
竜神祭イベントは初心者でも楽しめるように難易度が分けられているが、あくまでダンジョンだけでアビス・ドラゴンの強さに難易度分けは存在しない。
現実故の変化? アップデート? 確かにアビス・ドラゴンの討伐は今の僕には無理ゲーだが、そんな都合の良い話があるだろうか? あるわけがない。どうせ都合よくするなら眷属召喚の結果を良くして欲しい。
なんと答えていいか戸惑う僕に、巫女が続けた。
「どうやら、竜狩りに長けた集団だとか。かの【竜ヶ峰】で竜種を狩った実績すらある、と。操竜士様には及ばないでしょうが、その一助にはなるはずです」
「えんぐん……いったいどんな奴らだろうなぁ、あるじ」
頭の上に寝そべったサイレントが言う。
イベントキャラはろくでもないのかメチャクチャ強いかの二択に別れる。後者は滅多にいないが、もしもこのイベントが初心者救済を目的としたものだったら可能性はあるだろう。
僕に及ばないなら援軍いらないんだけど。
まぁ、こちらとしては既に参加賞を貰えたのでどうでもいい。アビス・ドラゴンへの勝利は初めから考えていなかったので、勝てたら儲けもの、くらいだ。
時計を確認する。ダンジョンの周回を再開したいところだが、スタミナの残量がやや心もとない。どうせイベント終了まではまだ少し時間がある。
「……よし、一端休憩して援軍を確認しよう」
「!! ほんとうか、あるじ! われ、おいしいものたべてゆっくりねむりたいぞ!」
「休憩! 休息も大切だよね! マスター! もうくたくただよ! こんな状態じゃさすがにアビスとの戦いに支障が出るよ!」
サイレントとアグノスが万歳し始める。フラーもそれに釣られて楽しそうに万歳している。
休憩の単語に反応しやがって。援軍確認が本分なの忘れるなよ。
§
広々とした飛行場に静かに飛行船が下りてくる。
以前、古都を出る時に使った剣士ギルドの物よりも小さな、紺色の飛行船だ。その表面に召喚士ギルドを意味する七芒星のマークが記されている。
王国の兵がきびきびした動きでそれを誘導していた。
「
首を傾げ、傍らに伏せをしているアグノスをちらりと見る。その背にはサイレントが座り、屋台で買ってきたドラゴン焼きの袋を抱え、もぐもぐ食べていた。
「われの作ったドラゴン焼きのほうがおいしいぞ」
「零さないでね、サイレント」
アグノスが背中を汚されないか気にしている。
しかし、召喚士ギルド、か。
アビス・ドラゴンは特殊なボスだ。特性のダメージカットが高すぎるので竜種以外ではろくにダメージを与えられないし、攻撃力も高い。その対策を持っているNPCとなると数少ない。
強力な竜種の眷属を持つNPCとなるとかなり限られている。力づくで勝つにはエレナのような害悪な能力を持つものか、純粋のステータスの高い眷属を複数体使役するようなキャラの助けがいる。
まぁ、エレナは多分出てこないだろう。みんな死んでしまいます。
何が出てくるのか、新しい展開に少しばかりわくわくしながら眺めていると、飛行船が無事着地し、タラップが降りてきた。
まずは荷物が運び出される。複数人の兵士が協力して運び出してきたそれを見て、僕は目を丸くした。
運び出されてきたのは兵器だった。血のしみこんだ頑丈そうな土台に、設置された巨大な弓。僕はあまり詳しくないが、
「なんで召喚士ギルドの飛行船から武器が出てくるんだ? 無種の眷属か?」
「んむ……うーむ……久しぶりにみたぞ」
しかし眷属の装備品にしては大仰すぎる。確かに兵器型の眷属も存在するが、それならばわざわざ運び出すまでもない。
一台だけじゃない。合計五台もの
雰囲気がひどく物々しい。まるで戦争にでも行くかのようだ。
剣士ギルドの飛行船だったらまだ納得のしようがあるのだが、召喚士ギルドだから意味がわからない。召喚士とは眷属で戦うものだ。NPCでもそれは変わらないだろう。
もしや
腕を組み唸る。状況が全く予想できない。
「そういうゲームじゃあないんだけどなぁ。まるで狩猟ゲーじゃないか」
呆れ半分に見ていると、全ての荷物が運び出されたのか、いよいよ乗組員が出てきた。
思わず目を見開く。屈強な剣士に魔導師。そして、召喚士。現れたのは混成軍だった。
どうして召喚士ギルドの飛行船から他の職の人間が出てくるのか、意味がわからない。中には見知った顔もあった。
「あー……パトリックじゃん。ということは、古都から来た飛行船か」
「ほんとだ……よく覚えてたなあるじ」
「上に名前が出てるからね」
「?」
パトリック。ナナシノの友達の召喚士である。僕も一応面識はある。後で事情を聞けるだろうか。
それに続き、そのパーティメンバーの姿が続々出てくる。少数精鋭なのか、乗組員の数は多くないようだ。
降り立ったメンバーが整列する。まるで何かを待つように。
そして、最後に現れた影に、今度こそ僕は何がなんだかわからなかった。
サイレントがショックで持っていたドラゴン焼きの袋を落とす。が、そちらを見ている余裕などない。
「!? …………ナナ……シノ……?」
ナナシノと、ついでにシャロがタラップを下りてくる。
ただそれだけならばまだ納得できただろう。まぁ意味はわからないが、少なくともまだマシだった。
だが、ナナシノの格好は――予想外のものだった。
目をこすり、二度見する。まだナナシノはこちらに気づいていない。
僕はなんかもう竜神祭イベントとかどうでも良くなった。むしろこれがイベントだろう。
ナナシノは女眷属用の装備――鎧を着ていた。
青と水色を基調としたローブだ。ただし、その辺の魔導師や召喚士が着るものとは違う。断じて違う。
剥き出しになった脚、ひらひらして少し間違えれば下着が見えてしまいそうなスリット。胸元はきちんと隠されているが身体の線がはっきり出ており、腕や腹部の肌色が見えている。生地は多いのに手を差し込んでくれと言わんばかりにやたら切れ目があり、見ているとつい視線が吸い寄せられてしまう。
その様は遠目で見ても酷く挑発的だった。水着とかの方が露出は増してもまだ恥ずかしくない。ゲームキャラじゃないんだから。
それまでキビキビと動いていた王国の兵士達の間で動揺が奔る。
『星天の聖衣』。レア度17。可愛くて強くて出づらいことで有名な装備である。もともと人気の装備だったが現実になり解像度が上がった結果偉いことになっていた。
違うんだ、ナナシノ。可愛い。それ、プレイヤーが着るものじゃないんだ。そういうゲームじゃないんだ、ナナシノ。エロい。それ眷属に装備させるものなんだよ。違うんだ、ナナシノ。疑問に思えよ。着るなよ。脱がせたい。
味付きの鴨がネギ背負ってるなんてレベルじゃねーぞ。なにそれ、そんな格好しておいて、手出したら犯罪なの? 法律おかしいよね?
サイレントが声を震わせる。
「な、ななしぃ……? どうしちゃったんだ……なにがあったんだ?」
「ナナシノ…………これ……そういうゲームじゃないんだけど。うわぁ……エッロ。恥ずかしくないのか? セクシャルアピール強すぎだろ。上に何か着ろよ。なにしに来たんだよ。慰問?」
エロ同人かな?
「!? マスターの知り合い? あの……凄い格好してる人」
アグノスが呆れたような感心したような声をあげる。
フラーも目を見開き、不思議そうな表情でじっとナナシノを見ていた。
フラーにまで白い目をされるっていくらなんでも相当だぞナナシノ。
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