第十八話:竜神の試練

 この世に奇跡なんてないんだよ。

 ずっと分かっていた。そんなことはずっと分かっていた。だから僕は――断じてショックなんて受けていない。このクソゲーめ。

 頭の上に座ったサイレントが僕の額をぽんぽん叩きながら言う。


「あるじ、こつこつ真面目に生きていけばじんせいいいことあるぞ、きっと」


「その慰められ方腹立つなぁ」


「……どうしろっていうのだ……」


 運命の眷属召喚アビス・コールを終え翌日、僕は食料を周りが引くくらいに買い込み、今まで近づかなかった【竜神の神殿】を訪れていた。

 竜神祭をやっているというのに、【王都トニトルス】のほぼ中央に存在する神殿にはほとんど人がいない。以前出会った『竜神の巫女』のものに似た衣装の巫女が数人と、警備の兵が数人いるくらいだ。


 精緻な模様の成された柱と清浄な空気。足元は全面石畳で、通路の両隣には細い水路に水が流れている。中央には巨大な竜の像が配置されていたが、果たしてなんという種類の竜なのか。僕にも見覚えはない。


 入るとすぐに奥から見覚えのある巫女が姿を現した。僕の顔を見ると一瞬その眉をピクリと動かし、僕の隣に浮いたアグノスを見た瞬間、その能面のようだった表情が綻んだ。

 表情の変化が見えたのは一瞬だ。すぐに元の澄ました表情に戻り、小走りで駆け寄ってくる。


「本当に……お待ちしておりました、操竜士様」


 簡素な挨拶だが、その声には実感が篭っていた。そのアーモンド型の瞳が僕からアグノスに移る。

 アグノスがその尾をゆっくりと振りながら元気の良い声をあげた。


「またせたね。色々準備があったんだ。もう大丈夫だよ」


 巫女の目が一瞬じわりと潤む。感動していたのか、それほど待っていたのか。

 NPCに罪悪感など感じるわけもないが、確かに少しばかり待たせすぎたかもしれない。だが必要な工程だった。


「連日連夜、王国の者が今か今かと――」


 巫女が瞳を伏せてブツブツ言う。さすがイベントキャラクターだけあって、名前がなくともシャロよりグラフィックがいい。

 だけど興味はない。僕には時間がないのだ。

 大きな音を立てて手を叩く。巫女の言葉が止まったのを見計らって言った。


「時間がもったいない。【竜神の試練場】に入る。案内しなよ」



§



 詰んだ。一言で言うとそうなる。

 眷属召喚で出たのは雑魚の中の雑魚。キングオブ雑魚であった。地獄に落ちろ。


 二回も連続で引いたのに現れたのはフラーよりも使い物にならない眷属だった。いや、強さ自体はフラーより上なのだが、サイレントよりも大きく劣るし、フラーは腐ってもちょっとした回復魔法と補助魔法を使えるので高レア補助・回復キャラが出ない限り引っ込めない方がいい。


「あるじ、あいつら出さないのか?」


「次言ったら殺すぞ」


「ひっ……あるじが、すさんでるぞ……」


「落ち着くんだ、マスター。サイレントと僕、そしてフラーがいれば大丈夫さ!」


 大丈夫じゃない。


 眷属にはピンからキリまでいる。基本、個体名が付いているのが当たりで、色とか○○の○○と言った名前になっているのは外れだ。


 だが、外れの中にも更なる外れがある。


 アビコルの眷属ヒエラルキーの最底辺。その一つが『おにぎり山』シリーズだった。


 僕達アビコルのプレイヤーの中では『おにぎり』と言ったらそれを指す。あー、またおにぎりだよ、本当に確率上がってんのか!? とか、そんな感じでよく使っていた。

 ポップな名前の通り弱さを極めたキャラであり、自身のHPを全消費して他の眷属一体を回復させる『おにぎり』のスキルを持っているのが特徴である。HPを全消費するのでおにぎりは死ぬ。


 僕が引いた眷属の一体はそんな悪名高きシリーズの一体、『おにぎり山のポムポムドラゴン』だった。死ね。

 しかもこいつ、ドラゴンってついているのに竜種じゃない。おにぎりみたいな形の身体をしたドラゴン型の霊種だ。ゲーム時代の図鑑のテキストにあった通り美味しそうな臭いがした。死ね。


「おしかったぞ」


「黙れ、それ以上言うな。殺すぞ」


「……あるじ、こわいぞ」


 サイレントがぷるぷる震えている。


 もう一体は『童話の森のメリーシープ』だった。手に乗るくらいの大きさの真っ白な羊である。レア度は4であり、こいつもこれまた弱いが、おにぎりと比べたら全然許せる。おにぎり山ってなんだよもうちょっとなんとかならなかったのか。

 おにぎりは論外だが、羊にもピンからキリまでいる。メリーシープは下――キリの方だが、羊と言えば『妖羊ケモケモ』という変わった眷属がいて――


「こちらです、操竜士様」


 案内され、辿り着いたのは神殿の地下、巨大な門の前だった。

 広々とした空間に門が五つ。境界は水面のように不可思議に波打っており、向こう側は見えない。


 門の境界の色はそれぞれ異なり、白、赤、青、黄色。中央の門だけは他の門とは異なり、鎖で雁字搦めにされていて、僅かな隙間から奥に揺らめく黒の光が見える。

 巫女が真摯な、しかし畏怖の篭った目でそれらを見つめる。竜神の巫女にとってこの門もまた信仰の対象なのかもしれない。


「この世界と黃竜界の境界へのゲートです。ゲートは……異界との親和性の高い召喚士コーラーにのみ通ることが許されます」


「スキップ」


「毎年この時期、ゲートは召喚士ならば誰でも通ることが許されます。今まで幾人もの召喚士が通り抜けましたが……ここに戻ってこれたのは極わずかです。ゲートはそれぞれ異なる世界につながっているらしいですが、詳細はわかりません。数少ない帰還者の言葉によるとこの先は――正しく、選ばれし強者にのみ挑むことが許される地獄、だと」


 深刻そうな表情。フラーも珍しく真剣な表情で聞いている。

 アグノスがじっと黒のゲートを睨みつけている。


 なるほど、そういう設定か。僕にはゲーム時代の経験があるが、この世界の人にとって先の見えないゲートは確かに恐怖の対象かも知れない。

 巫女が目を細め、僕を見上げている。まるで戦地に向かう英雄を送り出そうとするかのように。


「もちろん、貴方は操竜士様です。今までゲートに挑戦した者達とは違います。しかしそれでも――竜神の試練は想像を絶する恐ろしいものになるでしょう」


「ちょっといい?」


「え……」


 僕は手を上げてその言葉を止めた。巫女の表情が一瞬訝しげに歪む。


 ゲートの色は五色。説明書きはないが、それぞれの門の意味は知っている。

 竜神祭イベントで発生するダンジョンは五つ。

 すなわち、竜神の試練場に存在する四つの難易度――初級、中級、上級、アビス級の四ダンジョンと、アビス・ドラゴンとの決戦ダンジョン、合わせて五つ。


 光の色は恐らく、ダンジョン選択の時の文字の色と一致しているのだろう。ちゃんと覚えている。

 準備は万端である。石もなんとか全力で我慢して11個残っている。抜かりはない。


 サイレント、アグノス、フラー、巫女の視線を浴びながら僕は真剣な表情で言った。


「時間もったいないし、話長いからもう行っていいかな? 周回しなくちゃならないし」


 ちゃんとスキップさせろよ。こっちは遊んでる暇はないんだよ。





*****作者からの連絡******


連絡が遅れましたが、アビス・コーリング、書籍化します。

詳細は近況ノートをご確認くださいませ。

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