第十七話:詰み

「なぁ、アグノス。こんなんでほんとうにあびすとやらを倒せるとおもうのか?」


 出店の一つ。雑用クエストの一環で、ドラゴン焼きの屋台で鉄板に液を流し込みながら、サイレントが声をかける。

 ドラゴン焼きはドラゴンの形をした、たい焼きのような食べ物だ。中にはドラゴンは入っていない。代わりにクリームが入っている。

 ブロガーは用事があるからということで、側にはついていない。身を守る眷属なしで出歩こうという根性だけは凄いとサイレントは思う。


 竜種。サイレントの棲む黒冥界にはほとんど存在しない種だが、その名は知っている。

 優れた身体機能に、その身に秘めた膨大な魔力。その多くが自在に飛行する能力を持ち、言語を操る程の知性を持つものも少なくないという。おおよそ弱点のない種だ。

 似たような特性を持つ者に獣種が存在するが、サイレントの認識では竜種はそれの上位互換である。それも、世界を滅ぼすなどという伝説の残る竜ともなると強敵なのは間違いない。


 【王都トニトルス】は大きな都だ。軍事力も相応に高い。

 屋台でドラゴンを焼いていると、道行く人々の姿が目に入る。魔導士や剣士の格好をしている者もいるし、召喚士もいる。実力はピンからキリまであるが、それぞれのギルドには実力者であるマスターがいるはずで、その数もかなり多い。国自体も軍を持っているはずだ。

 サイレントが暴れたとしても、今の姿で都を落とすことは不可能だろう。甚大な被害は与えられるだろうがそれだけだ。


 サイレントの知る限り、冥種の中でこの都をそのまま平らげるほどの力を持つものは上位の一握りだ。竜種でも大きな違いはないだろう。


 ゲールやエルダー・トレントと戦った時と比べ、サイレントの力は上がっている。だが、そんなの焼け石に水だ。本来のサイレントの力の一%も出せていない。

 とてもじゃないが今の自分で太刀打ちできるとは思えなかった。ましてやアグノスでどうにかできるわけもない。


 アグノスがゆっくり羽ばたきながら客を呼び込んでいる。縁起のいいドラゴンが店番をしているということで、サイレントの出店は大人気だ。


 進化はしたが、アグノスの力は今のサイレントよりも低い。サイレントは竜種に詳しくないのでなんとも言えないが、今のアグノスがサイレントの力を越えるにはまだまだ時間がかかるだろう。


 ブロガーには凄みがある。頭がおかしいんじゃないかと思う時も数多いが、今まで見る限りではその言葉――知識は正しい。

 だが、それでも――今のサイレントにはアグノスが世界を滅ぼしうるアビスとやらを越える姿がイメージできなかった。年単位で時間があるのならわかるが、ブロガーの時間は残すところ、数日しかないのだ。


 しかも、そんな状態で受けるクエストは雑用だ。たとえ見込みが薄くても魔物と戦うべきではないのか。そう思うが、サイレントの主は頑として首を縦に振らない。


「だいたい、竜神とやらはなにをかんがえているのだ」


 サイレントは別世界の住人である。基本的に異界の住人は召喚士コーラーの力を借りなければこの世界に来ることはできない。そして、たとえ借りたとしてもその力は大きく制限される。

 竜の神とやらが力がない状態のイノセント・ドラゴンを送ってきたのもそのためだろう。

 だが、それにしたってもう少し選択肢があるのではないかと思う。


 愛嬌を振りまいていたアグノスがサイレントの言葉に凛とした表情を作り、答えた。


「心配はいらないよ。たとえ死んでも――僕がやつを止める」


「神ってだいたいろくでなしだから心配だぞ……」


 かべにもならないよなぁ、アグノスじゃ。どうするつもりなんだろう、主は。


 その小さな身体を眺めながら、サイレントは鉄板の上のドラゴンをひっくり返した。




§ § §




 まるで作り物のようなしかめっ面。いつか僕に散々怒鳴りつけてきた審査官が小さな声で言う。


「…………上から、望むのならば釈放してやれと命令を受けている」


「いや、このままでいいよ。ノルマも反省するでしょ」


 薄いガラスの向こうではノルマが女性の刑務官に羽交い締めにされていた。僕の姿を見た瞬間に暴れ始めたせいだ。

 ギャーギャー叫び声が聞こえてくる。血走った眼が僕を見ていた。全然反省してないな、こいつ。

 ノルマの声がこちらに聞こえているように、こちらの声もノルマの方に聞こえているのだろう。


「なんで! わたし! 助けたのにッ! 死ねっ!」


「おいおい、犯罪者に仲間意識抱かれちゃってるよ」


 僕がいつノルマの仲間になったと言ったんだ。

 キャラコンセプトが強盗の時点で僕とは相容れない。突発的に発生する強盗以外にもノルマイベントはいくつかあるが、そのどれもがろくでもないのだ。


 審査官は僕の言葉に、一瞬眉を歪めたが、しばらく重い沈黙の後に一言だけ答えた。


「………………そうか」


 どうやら立場が変わってしまったのが大きな負担になっているようだ。だがそれでも僕の対応をしている辺り、仕事って本当にどこの世界でも大変である。


 審査官が部屋の片隅に行く。

 面会室は小さな部屋だった。壁はカウンターのような形態になっており、ガラス張りで向こう側が見える。

 ガラスの向こうにはノルマが、こちら側には僕。特別な部屋らしく、僕達以外に人はいない。

 久しぶりに見るノルマは若干やつれていた。重犯罪者ではないので待遇は悪くないはずだが、この世界のノルマは案外繊細なので獄中という事実が精神的に負担になっているのかもしれない。


 カウンターの前に行き、こんこんとガラスを叩いてやる。


「へいへい、ノルマ。元気だった? こっちはだいぶ快適だよ」


「ッ……! 殺してやるッ! 絶対に殺してやるからなッ!」


「コラッ! 大人しくしろッ!」


 ノルマが必死に拘束を振りほどこうと大暴れしながら叫ぶ。

 肉食獣の入れられた檻の前にいる気分だ。檻だから全然怖くない。

 興奮で白い頬が赤くなっている。数日檻に入れられただけなのに凄い変わりっぷりだ。どんな心境の変化だろうか。


「どうしてッ! 助けに来たわたしが捕まって! おまえがのうのうと、外にいるんだッ!」


「脱獄幇助は重罪なんだよ。ましてや物理的に手を出してしまっては……なぁ?」


 僕はすかさず審査官の方を見て煽った。イベントもいい仕事をしてくれる。

 審査官が唇を歪め、しかし何も言わず小さく頷くのみにとどまる。訓練されているらしい。その表情は今にも泣き出しそうにも見えた。


 だが本題はそこではない。


「いやぁ、まぁそれはさておき、今日はお礼をいいに来たんだよ。ノルマから貰った竜玉が役に立ったからさぁ」


「!? はぁッ? わたしの、竜玉、返せ!」


 ノルマの顔色が青くなり赤くなりもとに戻りまた赤くなる。いらないって言ったの君じゃん。

 しかし、こうして煽られて真っ赤になりながらも何もできないノルマを見ていると、アビコルファンとして悲しくなってくる。煽ってる側だけど。


 椅子に腰を掛け、ふんぞり返る。


「まぁ、無事に罪を償って出てきたら考えてやるよ。しかし、力がないって罪だな。リヤンの遺物はどうしたのさ、本当に」


「遺物!? 知らないッ! 殺すッ!」


「最初は剣みたいなのを持っていたはずなんだけどなぁ」


「剣!? 知らないッ! 殺すッ!」


 絶対殺すマンになっているようだ。

 眉を顰める。どうやら本気で知らないみたいだが、それはおかしい。


 最初に出会った時は本編開始前なのかと思ったが、冷静に考えるとそれはあり得ないのだ。

 何故ならば、遺物の入手こそがノルマが廃都から出奔になったきっかけだったはずだからである。

 ゲーム内でノルマの出自はほとんど語られないが、設定資料の片隅に確かに書いてあった。


 つまり、都の外に出てきた以上ノルマは遺物を持っていないとおかしいのだ。よしんば何かの理由で失ったとしても、知らないという回答は不自然だ。


 別にそこまでノルマに拘っているわけではないし、この世界とゲームで多少の差異があるのも理解しているが少し気になる。


 興奮しすぎて消耗したのかノルマが荒く息を吐く。


「もしかして、見逃した? リヤンに眠っていたはずなんだけど」


「……なんの、話だッ! 殺すッ! 絶対に、どこに逃げても追いかけて殺してやるッ!」


 話にならない。どれだけ恨みを買っているんだ。

 一度確かに心が折れていたように見えたが、演技だったのだろうか。


 せっかく話し合いに来たのに。僕はため息をついてわざとらしく言った。


「あーあ。せっかく解放してあげようと思ったのに、このままじゃ怖くて出せないなぁ」


「ッ!?」


 ノルマの勢いが止まった。その目が大きく見開かれる。混乱しているのか、肩がゆっくりと上下している。

 その前で僕はへらへらと煽った。


「なんたってほら、なんだろう。僕ってなんとかし? みたいだからさぁ。なぁ?」


「…………操竜士、だ。くそッ、なんでこんな男が――」


 振られた審査官が、今度こそその心情を表情に出す。


 NPCにはわからないだろう。僕だから操竜士なのではない、プレイヤーだから操竜士なのだ。神が選んだのではなく運営がそう設定したのだ。

 審査官からノルマの方に向き直る。


「僕ならノルマを解放出来るわけだ。権力って素晴らしい」


「…………」


 ノルマが唇を震わせながらこちらをじっと見上げている。意図でも読み取ろうというのか。


「だけど、ほらさ。たとえ権力持ってたって、僕を殺そうという奴を外に出すわけにはいかないじゃん? 僕を殺すだけならまだしも、一般市民を傷つける可能性があるわけで――」


 ノルマが羽交い締めにされたまま僅かに身じろぎする。後ろから拘束していた刑務官がゆっくり手を離すと、すっかり落ち着いた様子で僕の正面に座った。

 まだ息は荒いが、その口から出る声は落ち着いている。


「……き、傷つけ、ない」


「敬語」


「ッ!? ……き、傷つけ、ません」


 苦々しい表情で、小さく答えるノルマ。僕はそれに諭すように続ける。


「言葉だけならなんとでも言えるからなぁ。ぶっちゃけさ、僕は世界を救うのに忙しくて君にかまってる暇ないわけよ。わかる? 問題起こされたら困るんだよ」


「お……起こしま、せん」


「いや、起こすね。この歩く宝箱め。お前は何回撃退されても懲りずに何度も襲い掛かってくる顔をしてる」


 ノルマの眉が釣り上がり、その表情が強張る。膝に揃えられた手が、肩が震えている。


 だが僕はノルマに恨みがない。彼女がどれほどのろくでなしで強盗であっても恨みと呼べる程の恨みがない。砕いた石の数も極少数だ。えれなああああああ!!!


「でも僕はなんとかし? だし、寛容だからチャンスをあげよう」


「え……」


 ノルマの刑期は知らないが、もともと閉じ込めたままにするつもりはなかった。

 僕は別にまぁ妥協できるが、アビス・コーリングとノルマは切ってもきれない関係にある。ナナシノがノルマを体験できないのは可哀想だ。


 僕は敵意がないことを示すため、満面の笑みを浮かべてノルマに言った。



「僕に土下座して謝るんだ。尻尾を振って媚びろ。誠意を込めて謝罪できたと思ったら出してあげるよ」


 イベントが無事終わった後にね。



§ 




 カレンダーを確認する。毎日一つ一つ書き込んだ☓の印は既にイベントが半分経過したことを示していた。


 粛々とした気持ちで、机の上に石を置く。

 日夜、サイレント達に文句を云われながら集めた魔導石の数は21個。せめて10個は残しておきたいのでチャンスは二回だ。


 千金より重い魔導石だった。僕の雰囲気がいつもと違うためか、サイレントもアグノスも静かだ。フラーもテーブルに腰をかけ、お利口に座っている。

 久方ぶりにカベオもだしていた。今僕のスタミナは召喚超過ペナルティで消耗していっているはずだが、今この短い時間だけは見ていてほしかった。


 僕は一度大きく深呼吸をして、満を持して逆死亡フラグを立てる。


「自慢じゃないけど、僕は運が悪い」


「……な、なにをいきなり」


 運が悪い。無料石でいつも高レアを出していた知り合いがいた。たった5個の石で望みの眷属をピンポイントに当てた知り合いがいた。え? マジで? これってレアなのー? とか自慢してきた知り合いがいた。運の良さなどオカルトだ、全ては確率で説明がつく。僕はそう信じたいが、世界には唾棄すべき豪運の所持者が確かに存在する。(そんな奴友達じゃねえ、僕の運吸い取るな!)


 僕は違う。だけど、そんな連中に僕は勝ってきた。

 金だ。全ては金なのだ。当たらないのならば当たるまで引けばいい、ただそれだけのこと。

 しかしこの世界では運の悪い者に許された唯一の救いすら封じられている。


 僕は魔導石を慎重につまみ、手の平に置く。心の中は不思議と静まり返っていた。

 高揚している。緊張もしている。しかし僕の声は震えていない。


「だけど僕は……奇跡を信じるんだ」


 サイレントが僕を見ている。アグノスが、フラーが、カベオが僕を見ている。

 この一言にアビス・ドラゴンの討伐がかかっている。そして僕は敬虔な信徒をも越える信仰を胸に、呪文を口にした。



眷属召喚アビス・コール

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