第十六話:完璧なプラン

 お土産はその辺に売っているドラゴンクッキーにした。

 ドラゴンの形をしたクッキー、一箱二十枚入りである。一応竜神祭中にのみ限定発売されているらしい。ちなみに、原材料にドラゴンは使用されていません。


 竜を祀っているにしてはなんでもありである。そもそも竜の素材が高額で買い取られるって言う時点でアレなんだけど、不敬じゃないのだろうか。


「あるじ、しゃしん現像してなかったから、かわりにふぃるむを入れておいたぞ」


 忘れない内に、召喚士ギルドの窓口で現在地とこれまでの経緯を軽く書き綴った手紙とお土産の入った箱を預ける。サイレントも手紙を書いたらしく、小物と一緒に箱に入れている。


 竜神祭の影響でギルドは混んでいたが、職員さんは面倒くさそうに受領してくれた。

 何分距離があるし、どういうシステムで配達されるのかは知らないが、多分ナナシノまで届けてくれることだろう。


 やることもやったし今日も石を集めるか。変わり映えはしないが、この方法がもっとも近道だ。


 召喚士ギルドに屯する面々を軽く確認する。

 より良い依頼を探しているのか、依頼が書かれた紙が張り付けられたボードを眺めている者、知り合いを探しているのか周囲を見回している者、鋭い視線で新たな仲間を探している者。


 名有りのNPCやプレイヤーは見当たらなかった。大体の召喚士はその眷属を伴っているが、王都の召喚士の平均的なレベルは古都よりも少し上のようだ。人数も若干多いように見える。


 しかし、その差は取るにたらないレベルでしかない。

 何よりも、竜種の眷属を連れている者がほとんどいない。いたとしても、亜竜や前竜に区分されるレア度が低めの竜だ。卵の孵し方が一般的になっていないため、卵から育てなくてはならない純竜や古代竜が見られないのだろう。


 亜竜や前竜でも僕からすれば少し羨ましいが、アビス・ドラゴンには太刀打ちできそうもない。

 まぁ、たとえ太刀打ち出来る者がいたとしても、NPCなんて使うつもりはないけど……。


 しかしそれにしても酷い。ただでさえ弱い眷属なのに進化が一般的ではないせいでより酷い状態になっている。ゲームだったら一時間で追い抜けるだろう。

 まぁ今の僕も一時間で追い抜けるけど……課金がないのが痛いなぁ。


「課金! ショップ! クレジットカード決済!」


「なにいってるんだ、あるじ……」


 NPC達に混じって依頼を物色していたサイレントが戻ってきて、瞬きして僕を見る。まるで狂人でも見ているかのような目だ。

 フラーもアグノスもぽかんとしたように僕を見つめている。どうやら課金システムの修正はまだ遠いらしい。



§



 太陽が沈む。その代わりに空には七つの月が燦然と輝き世界を照らす。

 竜神祭中のトニトルスはそこかしこでドラゴン関係のイベントが数多く行われており、夜になっても静まることがない。


 雑用クエストを終え、騒いでいる連中を横目に宿に戻ると、今日も楽しみながらクエストをこなしていたアグノスが、珍しくこちらを窺うような声を出した


「マスター、僕はマスターのことを信用してる。僕がマスターと波長があったのは偶然じゃない。竜神のお導きだ」


「へー、ありがとう」


 竜神。何度も会話の中に出てきたが、どの竜神のことを言っているのかわからない。

 竜神の修飾語がつく竜種なんて腐る程いるのだ。


 壁にかけられたカレンダーに☓をつける。一日、また一日と竜神祭の終了は近づいていた。

 カレンダーを真剣に見つめる僕に、アグノスが回り込んで続ける。


「でも、マスター。そろそろ僕も卵の姿をやめたいと思っている」


「進化したいってことか」


「さすがの僕でも……今の姿でアビス・ドラゴンを倒すのは難しい」


 申し訳なさそうな声。いつも思うけど、NPCって自己評価高いよね。 


 そんなことは百も承知、イベントが始まる前から承知の上である。

 僕から言わせてもらえれば、アグノスはそんなに上等な存在ではない。期待してない。

 

 サイレントとフラーが何も言わずに僕達のやり取りを聞いている。

 その前で、アグノスははっきりと、恥じることなく正直に言う。内容は彼を仲間にしてから何度も聞いたものだったが、真剣さが違った。

 そこにはいつもの無邪気な口調は欠片も見えない。


「だから、竜神は世界をつなげた。今の僕がこの地で振るえる力は本当に極僅かだ。だけど、試練の地なら僕の力を蓄えるのにもってこいだ」


 でも君、イベント終わったらいなくなるじゃん。


「マスター、僕に力を貸して欲しい」


 でも君、イベント終わったらいなくなるじゃん。


「ん? 僕を急かしてるのかな? 心配はいらないよ。僕にだって考えはある」


「そんなことは……ないけど。でも、アビス・ドラゴンは今も一刻一刻、その力を回復させてる」


「スキップスキップ」


 イベントをスキップしようとする僕を無視してアグノスが言う。


 その声には隠しきれない不安があった。まだ卵の状態なのが余程歯がゆいのか。


「目をつぶればわかるんだ。竜神の力は強力だけど、この世界に直接の影響は及ぼせない。僕達がアビス・ドラゴンを止められなければこの国は僅かな時間で滅ぶだろう」


「スキップだって言ってんだろ」


 イベントは好きだがストーリーとか興味もない。最初の一回は流し読みした記憶があるが、流し読みだったからあまり覚えてないし、二回目以降は完全にスキップしていた。


 アグノスが黙ってしまう。まさか僕が話を聞かない人間だと思っているのだろうか? 

 それは違う。聞かないのではない。聞く必要がないのだ。


「主、もう少しアグノスの話を聞いてやったほうがいいのではないか?」


「やれやれ、サイレントまでそんなことを言うのか」


 何のひねりも面白みもない王道ストーリー。具体性の薄い行動案。それのどこに聞く価値があろうか。


 ため息をつき、アグノスを見下ろす。


「アグノス、何も心配はいらない。僕は君の事情を全て知っているし、完璧なプランに従い進んでいる」


 その辺にいるNPCと僕を一緒にしてもらっては困る。

 必要なもの、やるべきこと、そしてそれによって得られる結果まで、全てわかっている。このイベントはとっくに僕の手の平の上だ。


 ポケットに手を入れ、小さな箱を取り出す。ゆっくりと羽ばたきながら言葉を聞いていたアグノスに笑いかける。


「まぁでも、そんなに心配なら、そろそろ一段階くらい進化させておこうか」


 どうせ最終的には進化させることになるし、順番が前後するだけでプランに大きな変更はない。


「え……? どういうこと?」


 アグノスが戸惑ったような声をあげる。ほらみろ、君は自分のことさえよく分かっていない。

 僕はそのどこにあるのかもわからないアグノスの『眼』の前で、その箱を開いた。



§ 



 サイレントがぺちぺち肩を叩き、媚びるような声を出してくる。


「ねぇねぇ、あるじ。われも進化ステージアップしたいんだが?」


「無理」


 自分の条件考えろや。


「ずるいぞ、アグノスやフラーばっかり」


「カベオも進化したけど?」


「……むう」


 黙り込んでしまうサイレント。僕だって進化させたくなくてさせていないわけではない。

 手間が違うんだよ、君は。


 しょげたようにぺっちょりしているサイレントの前で、白い小竜が飛んでいた。


 輝くような白の鱗はきめ細やかで、スマートなフォルムは生物というよりも芸術品のように見える。

 知性を湛えた金色の目が周囲をゆっくりと見回していた。その背には唯一卵だった時の名残の蝙蝠のような羽根が生えている。


 身体は小さな犬くらいの大きさしかないが、その姿は確かに竜だった。

 ノルマからドロップした竜玉を餌に進化した進化1イノセント・ドラゴンが、卵だった頃と変わらない声で元気よく言う。


「さぁさぁさぁ! マスター、今日も元気にクエストにいこう! 僕はいつだってマスターを信じてるよ!」


「げんきんだなぁ」


 サイレントが乾いた声を上げる。その言葉の通り、アグノスの声は不安が払拭されたかのように明るくなっていた。

 一回進化じゃ大した強くならないんだが、そんなことは気にならないらしい。


 竜玉をドロップしてくれたノルマも役に立って本望だろう。後で差し入れを持っていってやろう。

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