第十四話:最強の竜

 アビス・ドラゴンの復活。

 百年振りだという災厄が近づいているというが、王都の賑わいには陰りの一つも見えない。


 例年の竜神祭は本当にただの竜種を祀るお祭りらしい。ゲーム時代は毎回イベントのたびに復活していたけど、そりゃ、そんなに頻繁に世界の危機が発生したらたまったものではないだろう。


 どうやらアビス・ドラゴンの復活は公にされた情報ではないようだ。

 僕は建物の一つを背に、欠伸をしながら人通りを眺めていた。


「平和だなぁ」


 天気も良く、気温も適度に暖かい。眠気をこらえながら今後の事を考えていると、風船の束を持ったサイレントが近寄ってきて言った。


「ねぇねぇ、あるじ。考えたんだけどな、あいつの名前なんだが、アグノスなんてどうおもう? 長いから呼びにくいとおもってな」


「好きにすれば。後、仕事しろ」


「風船くばるのなんて、我のしごとじゃないぞ」


 サイレントがぷくーっと頬を膨らませる。

 僕も召喚士が受けるような仕事ではないと思ったし、ギルドの人もまさか受ける人がいるとは思ってなかったみたいな表情をしていたが、内容なんてなんだっていい。石が貰えればなんだっていい。


 僕は黙って道の真ん中で意気揚々と風船配りをするアグノスを指差した。


「いつもありがとう! ドラゴンを代表してお礼を言うよ!」


 パタパタと羽ばたきながら声を張り上げるアグノスは目立っていた。ふわふわ浮かぶその上にはフラーが器用にしがみつき、背中から生えた蔓を使って風船を一つ一つ配っている。

 グラフィックにマスコット的な可愛らしさがあるためか、その周囲には人混みができていた。写真を撮っている人もいる。


 サイレントが呆れたように言う。


「あいつは……あれでいいのか? ちからをたくわえるとか言ってたのに……」


 アグノスの様子からはイヤイヤやっている様子はない。

 もしかしたら細かいことは気にしない性格なのかもしれないな。僕はカメラを持ち上げ、町並みを適当に数枚撮り、顔を上げる。


「まーいいんじゃない?」


「……なんかあるじって、やる気ないよね。せかいがほろぶらしいのに、いい度胸だぞ」


 NPCの言葉なんて知らんがな。

 大体、RPG風異世界では世界は大体滅びかけるものだ。アビコルはソシャゲーなのでそのサイクルが少しだけ短い、ただそれだけの話である。


 つっこむのも野暮だが、プレイヤーが頑張らなければ滅ぶ世界なんて滅んでしまえばいい。

 エレナお前やれよ。




§




「お仕事をしたのは初めての経験だ! とても有意義な体験だった」


「あ、そう。よかったね」


 なんか営業してるような雰囲気が出てたよ、君。


 どこまでもポジティブな卵を伴い、少し早めに宿に戻る。


 軽く確認したが、イベント中のためかギルドで受けられるクエストの数はかなり多かった。その中には雑用クエストも少なからず存在していた。稼ぎ時である。

 この世界のクエストはゲーム時代と違って入れ替わりが激しい。恐らく、他のNPCも受けるからだろう。

 もちろん、中にはほぼ常時存在するクエストもあるが、払う労力が低く報酬が高額なクエストであればあるほどすぐになくなってしまう。


 僕が求めるのは雑用クエストでとにかくすぐに完了できるものだ。貰える魔導石はどのクエストでも1個なので、一つのクエストにかける時間が短ければ短い程、個数を稼げる。

 一回や二回召喚したところで竜種が出るとは思えないが、一回くらいは運試ししたいものだ。


 独房から解放されて一日。今日はとりあえず簡単な雑用クエストを二つほどこなす事ができた。


 現在の魔導石の数は10個。本当はもう少しクリアしたいところだったが、どうしても現実だと作業量や手続きやらで回数が稼げない。だけど、枠の拡張を優先しなければ、イベント終了までに二回か三回くらいは引けるはずだ。

 竜神祭のイベントは二週間程続く。僕達が来たのが竜神祭イベント開始直後だったと仮定しても、【竜王の試練場】の攻略も考慮すると、結構ぎりぎりのスケジュールになるだろうか。


 ログインボーナス……ログインボーナスさえあれば、とつぶやいてみるが今のところログインボーナスが実装される気配はなかった。運営の怠慢である。是非とも新アビコル運営チームには反省していただきたい。侘び石はまだか?


「なぁ、アグノス。おまえ、じかんがないんじゃなかったのか?」


「え……アグノス……?」


「おまえのなまえだ。呼びにくいから我が名付けてやったぞ」


「!! いいね! ありがとう!」


 ベッドの上では、サイレントとアグノスが噛み合っているようで噛み合っていない会話をしていた。

 アグノスは卵なのに心が随分と広いようで、心の底が邪悪なサイレントともやっていけるようだ。イノセントとは純真の意である。騙されやすいという意味もある。まさしく名が体を表していると言えた。


 アグノスが目をキラキラさせ――たかどうかは目がないのでわからないが、それを思わせる純粋無垢な声をあげる。



「心配ありがとう! でもきっと大丈夫さ! 僕は最強のドラゴンだし、最強のマスターだってついてる!」


「うぅ……なんかもうしわけないぞ、われ……」


 サイレントが根負けしたように小さくなる。

 それを見ていると変な笑いが出た。


 最強のドラゴン。嘘ではない。

 イノセント・ドラゴンは最強を語るに相応しいだけの力を持つドラゴンだ。最初は弱いし途中もそんなに強くないが、やたら存在する進化を全て網羅することでただでさえ強力な竜種の中でも屈指の力を持つ。

 莫大なHPに攻撃力。全体的に高めのパラメータに加え強力無比な範囲攻撃スキル。まさに竜種という種族の象徴とも言える存在。

 イベントボスであるアビス・ドラゴンもそれなりに強いが、イノセント・ドラゴンのポテンシャルはその比ではない。無意味な力だ。


 こういったイベントユニットは大抵のソシャゲーでは弱いが、イノセント・ドラゴンは違う。もしもガチャで出たら当たりだっただろう。だが、ガチャでは出ないし、イノセント・ドラゴンは二週間じゃ絶対育てきれないドラゴンとして有名だった。


 イノセント・ドラゴンの進化素材はイベントアイテムではない。レアアイテムも混じってはいるが、他のダンジョンなどでも手に入れることができる。

 イベントの前から竜種の素材を貯めに貯め、試しに最後まで進化させてみたプレイヤーがいた。金と時間を掛けに掛け、ついに至ったイノセント・ドラゴンの最終進化系は確かにその労力に見合う性能を持っていた。


 ただ、それだけだった。

 アビス・ドラゴンを蹂躙した。ただ、それだけだった。イベント報酬は沢山もらえたが、そんなの育てる苦労に比べたら全く見合っていない。


 忘れてはいけない。イノセント・ドラゴンはイベントキャラなのだ。そしてイベントキャラはイベントが終われば抜ける、儚い運命にある。一部のゲームのように何か条件を満たせばずっと仲間になるなんていうこともない。


 最強のドラゴンは二週間の命だった。それを為したプレイヤーはショックを受けて引退した。一週間後に復活したけど。


 アグノスがぱたぱたと近寄ってくる。希望に満ち溢れた声で言う。


「さぁ、マスター。伝説をつくろう」


 僕はそれまで開いていた日記帳を閉じ、柔らかく微笑みかけた。


 僕の目的は参加賞だ。

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