第十三話:竜神祭と新たなる力

 竜神祭。

 ソシャゲにおいてイベントというのは基本的に似たようなものだが、竜神祭もその例に漏れない。


 【王都トニトルス】で発生する竜神祭は特殊ユニット、『イノセント・ドラゴン』の育成イベントである。


 アビス・コーリングでは育成コストがやたら重い。レア度に比例して必要素材や経験値も多くなっていくが、大体進化させるとレア度が上がるので、たとえ召喚した当初の眷属のレア度が低くても最終形態に育てるのに必要な経験値と素材は莫大なものになる。

 どんなに時間と金がある廃人でも進化を最大までさせてレベルを上限まで上げたユニットは数えるくらいしかいないと言えば、そのコストがどれほどのものなのか分かるだろう。


 そういった、育てる眷属を選定する必要のあるゲームシステムなアビコルで、最も割を食うのは大器晩成型の眷属だ。そして、大器晩成型ユニットの代表と呼べるのが――『竜種』だった。

 そもそも、卵から孵さなくちゃならない時点で他の種族と嫌な差別化ができている。


 恐らく【王都トニトルス】が二番目の大都市であり、竜種育成関連のイベントが発生するのは、この都市が竜種という存在のお披露目を担っているためだったのだろう。

 竜種のイベントユニットを育成させることで、育てるのが面倒で放置され気味な竜種の強さを知らしめ、使用率を高めるという狙いだ。


 竜神祭が発生すると、プレイヤーのパーティには特殊ユニット、『イノセント・ドラゴン』が一時的に追加される。期間限定で発生するクエストをこなしたり、素材を与えることによりイノセント・ドラゴンは成長し、最終的にその度合によって豪華な報酬を得ることができる。


 イベントに力を入れるにせよ入れないにせよ、イベント期間中にのみ出現するダンジョンには行ったほうがいい。竜種が出現する簡単なダンジョンは限られているのだから。


「『竜神の巫女』が百年ぶりに暗黒の化身、『アビス・ドラゴン』出現の兆しを察知した。かの邪竜に対抗するには『イノセント・ドラゴン』に選ばれし者の力が――」


「スキップスキップ。何も言わなくていい、全てわかってるから」


 ひらひら手の平を振ってスキップする。

 設定なんてどうでもいいわ。それに、百年振りは言い過ぎだ。ゲーム時代は一年に三、四回発生した、ちょこちょこ復刻してたイベントである。


 なんかわからないけど偉そうな男の言葉をスキップし、名も無き巫女の言葉と羽根の生えた卵――イノセント・ドラゴンの言葉をスキップし、歓迎やら王城への招待をスキップし、僕は困惑する皆に見送られ、軽快な足どりでスキップしながら建物を出た。


 ノルマは閉じ込められたままだ。




§




 【王都トニトルス】の町並みは一年に一度の祭に大いに沸いていた。

 審査官の言うとおり町の外からも大勢の人が訪れるのだろう、大通りを歩けば行商人の姿や旅装の集団が忙しげに行き来している。


 ゲームだった頃はイベントと言ってもクエストとダンジョンが新たに出て、町並みの背景が少し変わるだけだったが、その賑わいを見ているとインドア派の僕でもわくわくしてきた。


「あー、しゃばのくうきがうまいな、あるじ」


 喧騒の中、はぐれないようにナナシノの姿で隣を歩いていたサイレントが、のんびりという。

 真っ黒人型なサイレントは目を引いていたが、他にも眷属を連れている者達はいたので騒ぎになったりはしない。


 竜神祭なだけあって、町の中にはそこかしこに竜をあしらったシンボルが見えた。

 道端のあちこちで翻る旗には黃の地に雷を纏った竜の模様が描かれている。もしかしたら王国のシンボルなのかもしれない。


「この時期、この場所は僕達の棲む黃竜界と極めて近しい状態にあるんだ」


 サイレントが両手で抱えていた卵が喋る。


 卵はイノセント・ドラゴンの初期形態だ。卵のように見えるが卵ではない。これは一般の竜種で言う孵った直後の状態で、この状態でも戦闘に出したりすることができるし、攻撃もできる。

 距離を稼ぐ必要はない。


「アビスは約百年前の戦いからずっと静かに眠っていた。それが、近年急に活動を始めたんだ。きっと力が回復したんだ」


「スキップスキップ」


「でも僕が止める。どこで聞いたのかは知らないけど、事情を知っているマスターと出会えたのは幸運だ! 大丈夫、僕の力があればアビスにも対抗できるはずさ」


 初期状態なのに偉そうなイノセント・ドラゴン。育てるのこっちなんだよなぁ。

 サイレントが卵の頭を撫でながら言う。


「えらそうだなぁ、おまえ。我の後輩なのをわすれるなよ」


「アビスにはドラゴンしか対抗できないんだ」


「あるじと同じくはなしをきかない臭いがするぞ? 我は慣れているがな……そういえば、おまえ、名前はなんというのだ?」


「僕はイノセント・ドラゴンさ」


「それは名前じゃないとおもうが?」


 中身のない会話しやがって。

 人混みで邪魔になりそうなので抱えていたフラーが、頻りに新たな仲間を気にしている。


 イノセント・ドラゴンに限らず、イベントユニットは召喚枠を消費しない。連中は眷属召喚アビス・コールで呼び出した者ではない……厳密に言うと、眷属ではないからだ。

 しばらくはフラーとサイレント、イノセント・ドラゴンの三体を動員してクエストを進めることができるということだが、初期状態のイノセント・ドラゴンは戦闘能力が低いし、フラーはフラーなので、サイレント以外、使い物にならない。


 王都を軽く散策し、宿を定める。しばらくは王都にとどまるので召喚士ギルドに近い場所がいいだろう。

 その間もイノセント・ドラゴンの言葉は止まらない。


「この時期、神殿が一番、黃竜界と重なってる。だから――」


「ああ、神殿からイベントダンジョン……『竜王の修練場』に行けるのか。わかったわかった」


「!!」


 イノセント・ドラゴンがぱたぱたと嬉しそうに羽根を動かしている。どうやら当たりらしい。


 自慢じゃないが、僕はアビコルの最古参プレイヤーだ。ベータテスト版から参加してた。竜神祭についてもそれなりに知っている自負がある。ストーリーは基本的にスキップしてたから朧げにしか覚えてないけど、それだって言われれば思い出すレベルだ。


 サイレント並にうるさいイノセントドラゴンに指を突きつけ忠告する。

 うるさいのは一体で十分だ。


「いいか、イノセント・ドラゴン。イベントには慣れてる。事情は知ってる。僕には僕のやり方があるから、口を挟まないで貰おうか」


 強めの警告に、イノセント・ドラゴンが考える気配もなく即座に甲高い声で答えた。


「よくわからないけど、わかったよ、マスター! マスターならきっとアビス・ドラゴンを倒せるよ!」


 あー……分かってないな、こいつ。

 ……まぁいいか。何か言われても適当に対応すればいいだけだ。


「で、どうするの!? さっそく特訓する? 神殿に行く? アビスは強力だ、僕はまだ卵で力は少ししか使えないから力を蓄えたほうがいいかもしれないよ!」


 早速舌の根も乾かぬうちに卵が喋りだす。まぁ卵に舌はないんだけどね。

 僕は真顔で答えた。


「まずは雑用クエストをやって石を溜める」



 竜王の試練場は竜種の眷属の全パラメーターが上昇する特殊ダンジョンだ。おまけに魔物の一部は竜種以外の眷属からの攻撃を軽減する強化付与バフが常時かかっていたりする。

 効率よく周回して素材を集めるにはイノセント・ドラゴン以外のもっと強い竜種が欲しい。


 ていうか、イノセント・ドラゴンは使い物にならない。弱いんだよ、君。





§ § §





 【古都プロフォンデゥム】郊外の広場に、老若男女問わず百人近い人員が集まっていた。

 それぞれがギルド所属のメンバーで、少なからず戦闘経験のある者達だ。ただし、一つのギルドのメンバーではない。その多くは召喚士だったが、剣士や魔導士も少なからずいる。


 【竜ヶ峰】。


 【古都プロフォンデゥム】付近で最も難解とされるフィールド。数多くの竜が住まう地。


 集まったのは英雄となることを望む者達だった。

 人間よりも遥かに強大な竜という種族への挑戦。それは多くの戦士を引きつけた。今広場の中に集まる者の中にはもしかしたら竜に挑む目的を知らない者すらいるかもしれない。


 広場には戦を前にした独特の高揚があった。

 その中央。静かに空を見上げていた青葉に、パトリックが話しかける。


「準備はした。囮のための肉も多めに用意した。バリスタも五台集めた。飛竜をおびき寄せて撃ち抜くぞ。……青葉ちゃん、大丈夫か?」


「……はい」


「大丈夫、これだけ人数が集まったんだ。絶対に勝てる」


 竜。それがどれだけの力を持つのか、青葉にはわからない。きっと一人で挑んでも到底かなわない相手なのだろうということ以外は。

 だが、挑む。挑んで勝つ。何としてでも狩らねばならない。ようやくここまで来たのだ。


 深く深呼吸し、ずっと握っていた拳を開く。

 その中にあるものを見て、パトリックが目を見開いた。


「魔導石……?」


「……え? ……いつの……間に……」


 青葉は魔導石はなくさないよう腰の袋に厳重にしまってある。慌てて袋をひっくり返し確かめるが、手の平には記憶に残っていた通り4個の魔導石が出てきた。


 いつから握りしめていたのかわからない。だが、青葉は既に知っている。


 魔導石と出会う。召喚士と魔導石をつなぐのは運命だ。


 手に持った魔導石の数は――5個。それによって、青葉は新たな眷属を召喚する権利を得る。


 幾つかの石は残しておいた方がいい。その事は知っていた。

 だが、青葉は自然な動作でその石を空に掲げていた。


 緊張はない。不思議と静かな気分だった。

 周りから視線が集中する。足元ではアイちゃんが、隣ではシャロリアが見守っている。

 そして、皆が見ている中で、青葉は静かに唱えた。



眷属召喚アビス・コール

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