第十二話:リアリティとイベント

「まさか仲間が助けに来るとはな。脱獄は重罪だぞ、覚悟しておけッ!」


 もはや見飽きた審査官NPCの顔。

 群がってきた警備兵に腕を、肩を拘束され、ノルマが暴れている。が、さすがに拘束は解けないようだ。

 両手首に手錠を掛けられる。肌に感じる冷たく無機質な感触に、僕は思わず肩を震わせた。

 手錠を掛けられるのは始めての経験だ。できれば永遠に経験したくなかった。


 そのまま身体検査を念入りに受けると、審査官の獰猛な笑みと共に、独房に押し込まれた。最初と違うのは、今度はノルマも一緒なことだけだ。

 一人でも狭かったのに、二人いるのに一部屋にぶち込むとは酷いことをする。


 扉が重々しい音を立てて閉まり、ガチャリと鍵が掛かる。静寂が訪れる。

 やれやれ、またスタートからか。


 散々暴れてどうにもならなかったノルマが、掛けられた手錠を見下ろし、呆けたような表情でポツリと言う。


「ど、どうしよう……針金も……取られちゃった……」


 当然である。たとえ内側に鍵穴がなかったとしても、誰が犯罪者に道具を与えておくものか。

 でも大丈夫。君、さっきも特に役に立ってなかったから。


「再挑戦だ」


「あるじってこりないなぁ」


 僕の足元で影の振りをしていたサイレントが身を起こし、僕の手錠をあっさり外す。手錠は手首を満足に動かせない頑丈なもので、恐らくこの世界に存在する化物みたいな人間でも壊せないような代物だったのだろうが、鍵を再現出来るサイレントには意味がない。


 ノルマがじっと期待を込めた目を僕に向けている。なんかシンパシー感じられている気がするんだけど、僕は君と違って犯罪者じゃないから。


 僕はサイレントを手の平の上において、ノルマを見下ろし鼻で笑った。


「手錠かけてた方がいい気がする。この犯罪者め」


「…………冗談、よね?」


 ノルマの足元にかがみ込む。ノルマが困惑しているその隙に外したばかりの手錠の一端をベッドの足に、もう一端をノルマの右足首にガチャリと嵌めた。

 立ち上がり笑いかける。


「ついでにこれもあげよう」


「え!? う、嘘でしょ!?」


 手錠ががちゃがちゃ擦れ合う音。ノルマの呆然とした表情が泣きそうな表情に変わる。どうやらこのノルマには見た目相応の力しかないらしい。

 ゲーム時代、何度か遭遇すると高レアの眷属にも相当する能力を手に入れていたろくでなしNPCは一体どこにいってしまったのか。まーそれでも歩く宝箱なんだけど。


 僕は満足した。


「やっぱりリヤンの遺物がないとこんなものなのか」


「ッ……は、外してッ! 外しなさいッ!」


「おいおい、人に物を頼む態度じゃないだろ。ちゃんと媚びろよ」


 足を引きずり手を伸ばしてくるノルマの指先をぺしぺし叩き、扉の取っ手を握る。


「あるじはごみくずだなぁ」


 サイレントが形を失い、液状になって扉の隙間に浸透していく。程なくして、取っ手を通して鍵の感覚がした。

 ノルマが真っ青になって叫ぶ。


「うそ! なんでッ!? わたし、たすけにきたのに!?」


「まーちょっと反省してなよ」


 脱獄幇助に泥棒宣言。少し頭冷やしたほうがいい。

 いくらなんでも今のノルマでは全国百人くらいはいるノルマファンもファンをやめてしまうだろう。


 そして音を立てないようにゆっくりと扉を開けた瞬間――目と目があった。

 扉の前に男がいた。さっき捕まった時に見たばかりの警備兵の服。

 その目が見開かれ、叫び声が上がる


「!? なんだ、なんで鍵が開いてる!?」


「捕らえろッ! 脱獄だッ!」


 警報が鳴り響く。何か考える間もなく腕を掴まれ拘束される。

 どうやら一人ではなかったらしく、一人に壁に押し付けられ、もう一人に再び手錠をかけられる。その間、僅か十数秒。

 床に引き倒され、うつ伏せにされて冷たい床の感触を全身で感じる僕にサイレントがのんびりと言った。


「あ……そと、みはられてたぞ」


「おいおい、無理ゲーじゃないか。どうするんだよ」


 そりゃ確かに、一回脱獄されたら警戒はするよね。そんなリアリティいらないって。

 もしかして別のルートがあるのだろうか。


 警備兵が部屋を覗き込み、ベッドに足をつながれたノルマを見て唖然としている。本人はベッドに腰を下ろし、脚を組んで小気味よさそうに僕を見下ろしていた。


「私を……見捨てようとするから、そうなるのよ」


「いやいや、更生させようとしただけだから」


 警報を聞きつけたおなじみの審査官が肩を怒らせながら駆けてくる。夜中なのにご苦労なことだ。

 地べたにひれ伏す僕を見ると、すかさず怒鳴りつけてきた。髪の毛を掴み上げ、顔を上げさせられる。痛みはないが、酷い展開だ。


「またお前かッ! 一晩で何回脱獄しようとするつもりだッ! 馬鹿かッ!」


「……早く外に出ないと竜神祭終わっちゃうじゃん」


「お、お前、まさか脱獄して、祭に行くつもりだったのか……頭おかしいんじゃないのか?」


 一転して審査官の目が丸くなり、気味悪そうに言う。


 そりゃ行くに決まってる。イベント。この世界に来てから初めてのイベントだぞ!? プレイヤーとしては見逃せない。


「イベントが僕を呼んでるんだ。スキップスキップ。捕まる過程なんて何度も見なくていいからオートスキップでもう一回独房からで頼む」


「誰か……この者の言っていることがわかるものはいるか?」


「はーい、われもちょっとわからないぞ」


 困惑したように顔を見合わす審査官と警備兵と……サイレント。

 クソッ。そんなところリアルにしなくていいって。もっと改善すべき要素はあるだろッ!


 しかし、警備の兵が扉の前にいるとなると、どうやって逃げればいいのだろうか。

 ゲームなんだから解決策はあるはずだが……ノルマを囮にして逃げる、とかか? それとも一定時間に一回しか挑戦できないとかだろうか?


 ため息をつく。抵抗はしていないが、拘束が緩められる気配はない。

 審査官が眉を歪め、忌々しそうな口調で命令を出す。


「まだ罪の確認が済んでいないから穏便に済ますつもりだったが……二度も脱獄をされちゃ、やむをえまい。こいつを地下牢に連れていけ。二十四時間監視するんだ」


 その言葉に、一瞬意識が遠くなる。慌てて抗議の声をあげた。


「はぁ!? 二十四時間!? ふざけるなよ、そんな長いクールタイムあるか!! ユーザー離れるぞ! その間他のクエストできないんだろ? クレームものだ、クレームもの!」


「な、何をいきなり……連れていけッ!」


 イベント期間中に発生するクエストじゃないだろッ! 改善を要求するッ!


 無理やり立たせられる。前後と両隣を固められ、まるで重犯罪者のような扱い。

 審査官の先導で歩かさせられる。頭の中ではさっきの審査官の言葉がリフレインしていた。


 マジか……二十四時間ストップ? 失敗するたびに? そんな理不尽なクエストあるものか。プレイヤーを楽しませるという心が足りていない。運営チームが劣化してる。


 せっかく竜神祭を楽しみにしていたのに台無しだ。深々とため息をついたその時、ふと場違いな子供の声が辺りに響き渡った。




「あ、あの人だッ! 間違いない。波長が一致してる。ようやく見つけた……」



 

 声の方を見る。審査官がそちらに視線を向け、眉を顰める。


 そこには卵があった。両手の平にぎりぎり収まるくらいの大きさの卵だ。

 クリーム色の硬質そうな殻。ただし、普通の卵とは異なり、その後ろからは蝙蝠のものに似た翼が生えていて、宙に浮いている。


 後ろには『竜神の巫女』がいた。薄い緑色をした法衣に額を飾るサークレット。『竜神の巫女』は『竜神祭』のイベントNPCである。名前はない。ゲームだった頃も名前欄には『竜神の巫女』と表示されていた。

 巫女は、側に仕立ての良い如何にも高そうな服を着た男を数人従え、透明な瞳で僕を射抜いている。


 卵が僕の方に飛来してくる。周囲を囲んでいた警備兵NPCがぎょっとしたように道を開ける。

 そして、目の前にふわふわ浮いた卵が子供のような声で言った。


「間違いない。僕を使役する資質を持つ者。君が世界を救うんだ!」


 基本スキップしていたためにすっかり忘れていた記憶が蘇ってくる。


 あー、そうだった。そうそう、確かにそんなイベントだった。

 皆が皆困惑していた。状況を理解出来ているのは僕だけだ。


「おい、どういうことだ! どうして操竜士の候補者が拘束されている!?」


 巫女の隣についていた男の一人が審査官NPCを怒鳴りつける。

 僕は手をあげようとして、手錠をかけられていたので上げられず、仕方なく言葉だけで進言した。


「全て既読なんでその辺はスキップで」


 竜神祭。


 イベントが始まる。スマートにいこうじゃないか。

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