第十一話:ミニゲーム

「……いったい何をやってるんだ、主?」


 扉の下から染み出し、室内に入ってきたサイレントが、僕の目の前で正座するノルマを見て目を丸くした。

 紙のようなぺらっぺらの身体のまま、涙目のノルマを観察している。


「お説教だよ」


「助けにきたのに……助けにきたのに……」


 ぶつぶつ呟くノルマ。【ミストハイランド】での強盗の件といい、彼女の手段の選び方は頭がおかしい。

 助けるにしても、普通はもっと合法的な方法で助けようとするだろう。少なくともそれは最終手段であるべきだ。どこの世界にピッキングして忍び込んで主人公を助けようとする者がいるのか。


 ……沢山いるか。


「君って本当にろくでなしだよね」


 情報としては知っていたが、こうもろくでもない方法を取られると逆に感心してしまう。ピッキングなんて一朝一夕で身につくものではないだろう。もともと彼女はそういう能力を持っていたということだ。

 ノルマが涙を浮かべたままこちらをきっと睨みつけてきた。


「お、お前に、言われたくない」


「あー、是非ナナシノに会わせて反応を見たい。足して二で割るとちょうどよくなる気が……あ……手紙送るの忘れてた。しまったなぁ」


 なんで忘れたんだっけ……あーあ。


 正座するノルマの頭の上にパンを乗っけながらため息をつく。


「んー、ノルマがいたら逃げづらいじゃん。どうしようかな……餌付けしたくらいでなつくなよ。プライドはないのかプライドは」


「ッ…………死ねッ!」


「もっと穏便な手段で出してくれたら歓迎したのに……」


 ノルマが小さく呻く。


 まーそんなことNPCに言っても仕方ないんだが、しかしノルマは足手まとい以外の何者でもない。

 人数増えれば増える程逃げづらくなる。もしかしたらそういうクエストなのかもしれない。


 こちらを油断なく睨みつけながらパンをむしゃむしゃ頬張っているノルマ。さすがに彼女を見捨てるわけにもいくまい。人道に反している。


「サイレント、外の様子はどうだった?」


 呆れたように、むしゃむしゃしているノルマを見ていたペラペラサイレントが、形状を元に戻して報告する。


「外は夜だった。だけど、なんかざわついるみたいだぞ。なにかあったのかもしれない」


「どう考えてもそこのろくでなしのせいだろ」


 僕はもう一個、その頭の上にパンを乗っけた。ノルマが憮然としたようにそれを取り、こちらをじろりと見る。大きくなーれ。


「証拠は……残してない…………多分」


 言動が完全に犯罪者である。

 僕は重犯罪者から視線をずらし、サイレントを見た。


「さわぎは、どんどん大きくなるぞ」


「時間制限有りの脱出ゲーか。そういうゲームじゃないんだけどなぁ、これ」


 育成ゲーなのに最近全然育成してない。クソゲーかよ


 アビコルにはクエストによっては途中でミニゲームが発生したりするものがある。もしかしたらその類かも知れない。落ち物パズルやらされたりリズムゲーやらされたり横スクロールアクションやらされたり、色々やったものだ。


 ただ、あくまでジャンルRPGなので、さすがにミニゲームに失敗して致命的な結果になることはない。


 僕は一度頷き、足元にいたフラーを小脇に抱えて頷いた。


「まー多分失敗してもまた独房からやり直すだけだから気楽にいってみるか」



§



 ノルマの先導の元、足音を殺しながら廊下を歩く。


 サイレントは僕の影と一体化して身体を伸ばし、人がいないか確認している。

 この建物は僕達が入ろうとした門の近くに位置するらしい。どうやら、入都審査で問題があった者を入れるための部屋だったようだ。


 ノルマは建物の上の方に開け放たれた窓を見つけ、壁をよじ登ってそこから侵入したとのこと。本当にろくでなしだった。


 廊下は明かりがついていた。サイレントの言葉どおり、遠くからざわざわとした話し声が聞こえる。窓から外を覗けば、制服姿の男たちが駆け回っている姿を確認することができた。


 ノルマが眉を顰め、小さく言う。


「門の近くだけあって監視が厳しい。裏に回って私の入った窓から脱出したほうが――」


「まーまてまて。宝箱があるかもしれないから探していこう。ミニゲームって何回も出来ないから」


「は、はぁ!? 何言ってるの……!?」


 マップを確認すると、この建物がいかに複雑かがよく分かる。アビコルのミニゲームには大抵おまけ要素がついていて、ミニゲーム内で入手したアイテムがそのまま手に入ったり、高スコアを出したりすると有用なアイテムが手に入ったりする。

 脱出系のゲームならばどこかに宝箱くらいあってもおかしくはない。


 ノルマが僕の服の袖を握り、食って掛かってくる。


「馬鹿じゃないの!? 捕まったら、もう二度とチャンスはないのよ!?」


「まー落ち着け、ノルマ。宝箱を漁るチャンスももう二度とないだろ。大丈夫、捕まったらもう一回挑戦すればいいさ。とりあえず基本に立ち返って扉を一個一個開けて部屋を確認していこう」


「!?」


「……あるじは落ち着きすぎだとおもうぞ」


 とりあえず手近な部屋の扉から取り掛かることにする。

 マップによると小さな部屋だ。扉に耳を当て、中の様子を探ろうとする僕に、ノルマが表情を歪めて言う。


「つ、付き合ってられないッ。どうしても宝箱? を探すって言うなら、私一人で逃げるから」


「はい」



§


 


 警備は想定していたよりも厳重だった。そこかしこに帯剣した警備兵が数人組で巡回している。サイレントがおらず適当に歩いていたらすぐに見つかっていただろう。

 時に側の部屋でやり過ごし、時に少し道を戻り、警備兵を回避していく。

 警備兵の視認範囲がどれくらいなのかわからないが、一人称視点なので角を曲がる時に遭遇したら逃げようがないだろう。


「覚えゲーだな。昔は得意だったんだけど……」


「あるじがなにいってるのかわからないけど、多分違うとおもう」


 難易度は高め。ゴールは恐らくノルマの入ってきた窓だろう。部屋の数が多いので全て確認するのは面倒くさそうだ。


「早く、逃げた方がいいと思うけど……」


「ついてくるなよ」


 釈然としない表情でノルマが言う。どうやらすぐに警備兵にとっ捕まると思っていたらしい。


 ノルマは結局一人で逃げたりはしなかった。そっちの方が楽なんだが、多分足手まとい枠だからいなくならないのだろう。

 あれほど渋ったのに、僕と一緒に宝をさがして部屋を漁りすらしていた。やけに堂に入った動作である。


 ごそごそ引出しを漁りながらノルマが念を押すように言った。


「分前は半々だからね」


「完全に泥棒の台詞じゃないか、このろくでなしが」


 ノルマの取り分なんてねーよ。これがナナシノだったらプレイヤーなので分前も発生するが、NPC相手では分前が発生するわけもない。


 大体、ノルマのチョイスは装飾品や金になりそうな小物などで、完全に泥棒だ。

 僕が探しているのは宝箱なんだけどなぁ。


 文句をいうのも面倒なので差し出されるそれを次から次へとポケットにおさめていく。ノルマが訝しげな表情を浮かべ、秘密を囁くように尋ねてきた。


「それ……どういう仕組みなの?」


「手品」


「…………言いたくないなら、いいけど…………私もそれが、できたらなぁ……」


 心底残念そうな声。

 発想がもう完全に犯罪者なんだなぁ。リヤンの遺物なしでこれなのだ、遺物を持ったら彼女はどうなってしまうのか。


 宝箱はわかりやすい形をしているのですぐに分かる。幾つか部屋を探ったが、宝箱も金庫も見当たらなかった。

 泥棒してるノルマは満足そうだが、僕にとっての収穫はゼロだ。


 マップには自分しか表示されないので人数は不明だが、サイレントが人を見つける頻度も高くなっていた。

 夜中だけあってまだ警備兵以外の姿は見当たらないが、警備兵は各部屋の内部も確認しているようなので、いくらサイレントの索敵能力が高くても場合によっては追い詰められることになりそうだ。


 なんか思ったよりも難易度が高くて面倒になってきた。


「……うーん、駄目だなこりゃ。そろそろ諦めるか」


「ちょ、ちょっと待って。もう少しだけ……」


「このろくでなしが」


「もしも見つかっても……数人なら、倒せる、はず……」


 ノルマが真剣に言う。完全に欲に溺れた人間である。そういうゲームじゃねーから、これ。

 パンを頭に乗せてやりたい気分だが、あいにくもう生肉しか残ってない。


「じゃー後一部屋だけね」


 警備兵の足音に耳を澄ませながら、頑丈そうな白い扉の取っ手を回す。

 鍵がかかっている感触だ。ノルマが僕の表情を見て、どこか得意そうにポケットから針金を取り出した。


 なるほど、ノルマの役割って、それかぁ。僕はサイレントがいるので鍵くらい簡単に開けられるが、ノルマを帰していたら開けられないって寸法だ。この犯罪者め。


 僕は得意そうなノルマを無視して、サイレントに解錠の指示を出した。



§



「……私と一緒に……泥棒やらない?」


「おー、あるじ。われ、スカウト受けてるぞ。まさかのてんかいだ」


 ものの数秒で解錠してのけたサイレントに、ノルマが熱い視線を向けている。楽しそうだね。


 鍵のかかっていた部屋は資材置き場のようだった。無数の棚には段ボール箱が整然と並んでいる。

 その様子に、泥棒の目がきらりと光った。上げた声もどこか陶然としている。


「大金持ち……これで、やっと食べ物に困らず……済む」


 こいつきっと味をしめて何回も同じようなことするな。


 狭い棚の間を潜り抜け、奥に進む。埃っぽい棚と棚を潜り抜けたところで、足元に黒光りする箱を見つけた。

 金庫だ。剣士ギルドで確認した物と同じダイヤル式で、しかしもう少しだけ小さい。


 ノルマが目ざとくそれを捉え、興奮したように僕の背を叩く。


「金庫……金庫!? 私、私、開けられる……多分!」


「……」 


 もはや突っ込む気力もないわ。

 止める間もなく僕を押しのけ、ノルマが金庫の前に出る。

 胸に手を当て落ち着かせるように呼吸をすると、息を潜めて金庫の上に耳をピッタリと当て、真剣な表情でダイヤルをゆっくりと回し始めた。


 何してるのか知らないけど、道具なしで開けようとかプロかよ。まぁ、サイレント使ったほうが早いんだがな。

 僕じゃなくてこいつを牢屋にぶち込んだほうが平和になるんじゃないだろうか。


 ため息をついたその瞬間、ふと部屋中に大きな音が響き渡った。

 耳をつく甲高い音。警報だ。ノルマがビクリと震え、跳ねるように起き上がる。

 青ざめた顔で周囲を見回す。警報は止まる気配はない。


「そんな……!? なんで――」


「しくじったな、このろくでなしめ」


「けいびへいさーん、ここにいますよ!」


 ノルマが金庫を放り出し、機敏な動作で部屋の外に頭を出す。その隙にサイレントを使って金庫を解錠させる。中は空っぽだった。


 外れかよ。さすがアビコル、嫌らしいことするな。

 散々泥棒して満足そうだったノルマが掠れた悲鳴のような声を出す。さすが自分の罪を自覚している人間は必死さが違う。


「早く、早く急いで逃げないとッ!」


「多分詰んだな」


 警報が鳴った時点でほぼほぼ詰んでる。ただでさえ警備兵の数は多かったのだ。これ以上増えられたらいくら僕でもかなり厳しい。

 蹴散らしていいのならばまだしも、この手のゲームは見つかっただけでスタート地点に戻されるものだ。


「リプレイだな」


「ちょ……外、警備兵、何人も来てる……だから、私言ったのに…‥」


 ノルマが座り込み頭を抱える。どうやらゲームオーバーのようだ。

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