第十話:理不尽なクエスト
連行されたのは牢屋と言うよりは独房のような部屋だった。格子はなく、部屋には窓一つない。
真っ白なドアは頑丈で、恐らくファンタジックな威力の攻撃にも対抗できるようになっているのだろう。
部屋に唯一ある家具。ベッドに腰を下ろし、腕を組む。由々しき事態であった。
「しまったなぁ……この世界、バックログ見れないみたいだ」
バックログ機能は一度聞いた話を再度確認するのに使う機能である。
僕はあまり使っていなかったが、こういう時のためにあるのではないだろうか。本当にこの世界はバグが多すぎる。
「主はぶちこまれても変わらないんだなぁ。なにをされれば焦るんだ?」
一緒に独房に打ち込まれたサイレントが感心したようなそうではないような感じで言う。隣ではフラーが状況が分かっていないようににこにこしている。
防音のようで、部屋の中は静かだった。もしも一人っきりで長時間閉じ込められたら狂ってしまうことだろう。
「うーん、どんなストーリーをスキップしたらこうなるんだ?」
部屋の中を確かめ、首を傾げる。
主人公が牢に入れられるなんておかしいと言っているのではない。数ある物語の中には善人の主人公が騙される、あるいは体制に抵抗するなどして捕まる話は少なくない。
だが、僕は清廉潔白であり、そのような目に合う理由がない。
「もしかしたらノルマを連れて王都に入ろうとしたことが罪なのかな?」
「……ふつうに贈賄罪だとおもうぞ」
本当にノルマはろくなことしないな……。
あと一歩で王都に入れるところだったのにまさかこんな所で足止めを食らうとは思わなかった。
「まぁ、でもあるじの罪はおもくないとおもうぞ。だいたいはっかくしていないからな」
「……」
重くないっていうかゼロである。僕はサイレントをベッドの下に落とし、クッションがわりに踏みしめた。
サイレントの面白くもない冗談はさておき、拘束が本気ではないのは本当だろう。
なにせ、僕は手枷も足かせもされておらず、着替えもさせられていない。身体検査はしたし荷物も取り上げられたが、本気だったらこうも甘めの対応にはならないはずだ。
サイレントがクッションスタイルのままその目を閉ざされた白の扉の方に向ける。
ノブを回してみたが鍵がかかっているのか回らなかった。鍵穴もこちら側にはない。すっかりクッションにされることに慣れてしまったサイレントがのんびりと言う。
「あるじさぁ…………出る?」
「どこの世界に脱獄を試みる主人公がいるんだよ……いや、いっぱいいるか」
こちら側に鍵穴はないし扉は頑丈だ。だが、サイレントならば問題ない。
サイレントの『形状自在』な身体は金庫のダイヤルの隙間から内部に浸透しロックを解除するくらいに柔軟に変化可能である。脱衣所のロッカー、金庫と順を置いて経験を得たため、手際もかなり良くなっている。扉の一枚くらい物の数ではない。
だが、それを試すつもりはなかった。やろうとすればいつでもできるのだ。
「まぁ、とりあえず出来る限りのスキップはしたんだ。ここで止まったってことは状況が動くってことだ」
「主がつかまるときさ、のるますごい顔してたぞ? よろこんでいいのかかなしんでいいのかわらっていいのか、どうしていいのかわからないみたいな表情だった」
連行されてしまったのであの後ノルマがどうなったのかはわからないが、僕がノルマの立場だったら大笑いするな。
しかしノルマはどうでもいいとしても、僕はいつまで閉じ込められるのだろうか。
アビコルではプレイヤーが特に理由なく捕らえられることはない。これも恐らくはクエストの一種なのだろうが、詳しい内容が気になる。
ストーリークエストもいいが、僕の気分は完全に竜神祭イベントに向かっている。面倒くさそうなクエストだったらいいえ一択だ。
今後の流れを考えていると、フラーが膝を叩いてくる。どうやら遊んで欲しいらしい。
僕はため息をつき、フラーの両脇に腕を入れて抱き上げた。
§
「この時期、特に多いんだよ。竜神祭は有名な祭だからなぁ」
僕を捕らえる指示を出した審査官NPCが、その馴れ馴れしげな口調とは裏腹に酷薄そうな目で僕を見下ろしている。
取調室は独房に輪をかけて何もない部屋だった。家具はテーブルと椅子のみ。窓などもなく明かりも弱いので薄暗い。
腕を組み、名前も知らない審査官NPCが言う。
濃い藍色の目がまるで嘘を見破るかのように僕の目を射抜いていた。
「お前は何も持っていなかった。危険物も持っていなければ犯罪歴もない。お前の連れ、リヤンも目立った問題はなかった。顔色は悪かったがただの疲労だ」
ノルマが何かあることないこと証言すると思っていたが、何もしなかったらしい。
「だから何もないって言ったじゃん」
「ならばなぜ、賄賂を試みようとした?」
「いや、賄賂じゃないよ。アレはシナリオスキップだ」
「……チッ。何度もよくわからないことを言うんじゃないッ!」
盛大に舌打ちをして、審査官がイライラしたように言う。
悪事なんてしてないし、する予定もない。
善良な一召喚士の僕がどうして捕らえられるようなことになるのか。そして、何も見つからなかったのならば釈放されるべきだろう。
非難めいた目つきで見る僕に、審査官がため息をつく。冷静さを保とうとしているようだが、頭に青筋が出ている。
そして、ギロリと僕を睨みつけた。
「いいか。真っ当な人間は賄賂を渡そうとなんてしねえ。ただ黙って審査を受けりゃいいんだ。それを試みた時点で、お前は終わってるんだよ!」
「スキップスキップ」
なんかもうどうでも良くなってきたな。
僕はプレイヤーだ。何故名もなきNPCにここまで言われなくてはならないのか。
審査官NPCがテーブルに手を叩きつけ、顔を寄せて恫喝するような低い声をだす。
「いいか、たとえ仮に何もなかったとしても、お前には贈賄の容疑がある。犯罪者を王都に入れるわけにゃいかねえ。ただでさえこの時期は人が集まるんだ」
サイレントが僕を見上げ、もっともらしく頷く。
「主、このひとのいうことなかなかまっとうだぞ」
で、結論から言えばいくら払えばいいんだよ。
懐にはまだ余裕がある。金で済むならそれで解決したいが、そういうわけにもいかないのか?
見たこともないクエストなのでどう判断すべきかわからない。さすがに脱獄展開はないと思うけど……。
怒鳴りつけてくるNPCを眺めながら考える。
なんか眠くなってきた。スキップもうまく動いていないようだし、糸口が見えない。
アビコルのクエストの大部分は適当に相手をぶちのめせばいいのだが、彼をぶちのめすのには理由がなさすぎる。この程度では正当防衛すら成立しない。
大きく欠伸をする僕を見て、審査官が目を吊り上げ、テーブルを蹴りつける。
顔が真っ赤だ。激しい物音に、部屋の外で待機していた他の審査官が何事かと入ってくる。話を聞くと皆一様に僕を睨みつけてきた。僕の味方はいないのかい。
「ななしぃがいないとほんとうにあるじってトラブルおこすよね」
「いやぁ…………」
僕だって現実でこんな態度をとったりはしないが、さすがにNPC相手では態度も悪くなろう。
そもそも尋問に対して正直に答えているのに文句言われてもどうにもならない。どう答えれば満足するのか。
審査官の手が僕の襟元を掴み、僕を吊り上げてくる。片手なのにかなりの力だ。
至近距離に見える引くついた頬、審査官ともなれば煽り耐性も高いはずだがその様子は演技には見えない。鼻息荒く審査官が言う。
「いいか、ブロガーよく聞け。今、お前の情報をギルドに確認している。舐めた真似しやがって、絶対に地下牢にぶち込んでやるからな」
「いいえ」
「……ッ…………くそったれがッ。何なんだこいつはッ!」
審査官は一瞬切れかけたが、ぎりぎりで耐えたのか、僕を乱暴に解放した。
フラつきながらもなんとか立ち上がる。痛みもないし苦しくもなかったが、酷いことをする。
「情報が出るまでお前は独房入りだ。逃げ出そうだなんて考えるなよ」
「振りかな?」
振りじゃないか? ゲームなら大体振られたらそれに答えなければならない。今回の場合は脱走しろということだろう。
脱走それ自体は難しくないが、今のこの審査官の様子だと間違いなく追ってくる。
その状態で竜神祭を楽しめるだろうか? そもそもこれ、何のクエストだ?
青筋を立ててぎゃーぎゃー喚いている審査官と、それを必死で止める他の仲間達を眺めながら眉を顰める。
改めて考えても理不尽なことこの上ない。理不尽なクエストなどアビコルでは珍しくもなんともないが、イベント関連でこんなクエストあっただろうか?
ゲーム時代もシナリオスキップしてたからなぁ……シナリオもいいけど、育成をやりたいんだよ僕は。
審査官の様子がどんどんヒートアップしていく。僕が平然としているのが気に食わないらしい。プレイヤーの態度でクエスト内容が変わるとか新システムかよ。
机を蹴り倒し、だんだん床を踏みつけ威嚇してくる審査官を見てため息をつく。
もう脱走でいいかな。振りみたいだし。
追手は差し向けられるだろうが、僕はただの容疑者だ。忙しい時期だといっていたし、規模は大したことないだろう。
よし、独房に入れられたらさっさとサイレント使って逃げ出そう。
あまりにも興奮しすぎた審査官が仲間の男に宥められながら退室する。
それをただ手を振って見送り、僕は心を決めた。
§
狙うなら深夜だ。サイレントならば名有りNPCが現れない限り誰かに見つかっても切り抜けられるはずだが、なるべく目撃者は少なくしたい。
荷物は放棄する。どうせ背負袋には大したものは入っていなかった。完全に何も持たずに出歩くと違和感が酷いから背負っていただけだ。
部屋は防音で部屋の周りの様子はわからないが、サイレントならば扉の隙間から外にでることができる。
僕の提案を聞いたサイレントは、非難するでも止めるでもなくただ一言感慨深げに言った。
「あるじもようやく犯罪者か」
「無実の罪だぜ」
僕は暇じゃないのだ。イベント開始までに少しは魔導石を貯めておきたいし……もしかしたら本当に振りの可能性もある。
「まぁ、われはあるじのけんぞくだからぁ、命令されたらやるしかないからぁ」
誰に言い訳しているのか、サイレントがモゴモゴ言っている。君、主犯だから。
問題は部屋に時計がないことだった。あいにく最近は時間に縛られることもなかったのでポケットの中にも入っていない。今度買っておこう。
仕方ないので、なんとなく体感で夜になるのを待ち、サイレントに確認にいかせる。形状自在で影のような平べったい姿にもなれるサイレントは隠密行動に最適だ。この世界ではミステリーはなりたたないな。
ベッドに座ってサイレントを待っていると、突然、扉の取っ手ががちゃがちゃ回った。
静かな室内にその音だけが響きわたる。
……なんだ?
隣で一人で大人しく遊んでいたフラーがぴょんと飛び上がりびっくりしたように目を丸くする。
入都審査官のNPCではないだろう。審査官ならばそんな無意味な行動はしないはずだ。
これはクエストが進んだのか?
取っ手は回っているが扉が開く気配はない。どうやら鍵は持っていないようだ。
改めて部屋の中を見回す。最初に確認したが、部屋の中には隠れる所はない。
状況が動くのは歓迎だが、タイミングがよろしくない。サイレントが離席している今、戦闘が発生したら高確率で石を砕くことになる。出来るなら避けたいところだ。
『
扉が静かに音を立てずにゆっくりと開く。
予想外なことに、現れたのはノルマだった。
くれてやった灰色の外套に、印象的なざっくりと切り揃えられた深緑の髪と目。
小さく開いた扉の隙間から僕を確認すると、スルリと部屋の中に身を滑り込ませた。
緊張したように強張った顔。唇を強く結び、室内を見回す。
別れた時との違いは、両手に嵌めた白の手袋に、手の平に隠すように持たれたぐにゃぐにゃ曲がった針金だ。針金だ。
あー……。
状況を理解してため息をついた。ノルマの目と目が合う。ここ数日は死んだ目をしていたが、少しはマシな目になっていた。
ノルマがほんの僅かに口端を持ち上げ強張った笑みを浮かべてみせる。僕は呆れ果てて言った。
「おいおい、完全に犯罪者じゃん。手慣れてんな、このろくでなしめ。仲間だと思われると困るから近づかないでもらえるかなぁ」
「!? た、助けにきてもらっておいて、それ!?」
ノルマが久しぶりに声をあげる。
助けて欲しいなんて言ってないし、善良な人間は人を助けるのに脱獄幇助という選択肢は取らない。
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