第五話:VSノルマ
『放浪』のノルマ・アローデはアビコルの名前持ちのNPCの中でも特に有名なキャラの一人である。
あらゆる全フィールド上でランダムで遭遇し、勝負を挑んでくるキャラだ。
ランダムな上に戦闘は強制なので事前準備すら出来ない。で、勝つとアイテムを入手出来るが……負けると眷属ロストに追加で金と保有しているレアアイテムを奪われる。まさに踏んだり蹴ったり、『ろくでなし』の名の由来である。
眷属ロストはともかく、金とレアアイテムのロストは他にないペナルティだ。アイテムを持っていないと代わりに魔導石をロストするらしい。本当にろくでもないキャラだった。
簡単に言うと、ノルマはたちの悪い強盗である。事情は色々あるのだがプレイヤー側から見ると強盗以外の何物でもない。
それでもキャラ人気投票で上位をキープしていたのは、グラフィックが良かったのと、エレナが全てのヘイトを稼いでいたからだろう。
どれだけろくでもないペナルティがあったとしてもエレナと比べたら許せる、ということだ。エレナまじお前いい加減にしろよ。
だが、今日の生ノルマは随分と調子が悪そうだった。顔色は完全に血の気が引き、意識もないようだ。ぺちぺち頬を叩くが反応がない。よほどまずい状態だったのか。
ノルマを追いかけていたのはグリーンウルフの群れである。数は多かったが名前も性能もやる気のない珍しくもない魔物だ。
ノルマはもともと、遭遇回数を重ねるごとにどんどん強化されていくキャラだったが、初回でもグリーンウルフなんかに追い立てられる程弱くなかったはずだ。
僕は倒れたノルマを放っておいてその背に背負われた革製のリュックを下ろさせた。
年季の入ったボロボロのリュックを開き、その中を漁る。
ちょうどグリーンウルフを問題なく全滅させたサイレントが戻ってきた。
「うげ……あるじ、さすがのわれでもそれはひくぞ」
「ドロップを漁ってるわけじゃないよ」
ノルマからドロップを得られるのは戦闘の後である。勝手に倒れたとはいえ、僕はノルマとまだ戦っていないのでドロップは得られない。
中にはほとんど物が入っていなかった。
ランタンや火付け石。ぼろぼろの着替えに黒の下着。コンパスに地図。水の入った水筒。ぽいぽい放り投げ全て空にするが武器と思わしき物が何も入っていない。一番底から出てきた小さな箱を空けてみるが、小さな青色の『竜玉』が入ってくるだけだった。
「おかしいなぁ。リヤンの遺物が何も入ってないぞ……」
思わずあげた疑問の声に、一緒に覗き込んでいたサイレントが顔をあげる。
「? 何だそれ?」
「まあ言ってしまえば、武器だよ」
リヤンの遺物はアビス・コーリングで最後に辿り着く最果ての都市、【廃都リヤン】にかつて築かれた文明の産物である。
まぁ背景はどうでもいいんだけど、ゲーム中では度々リヤン人にしか扱えないという設定の武器として登場し、ノルマの武装でもあった。
どこから持ってきているのか、ゲーム中では倒せば倒す程に新たな武装が増えていくのだが、最初は剣型の遺物を持っていたはずである。
どこかで落としたのだろうか?
「ゲームと違うことやられると困るんだよね。遺物のないノルマなんて『ろくでなし』でもなんでもないただのノルマだぜ」
「外からみてると、ろくでなしなのはあるじだぞ」
再び意識のないノルマを確認する。僅かに上下する貧相な胸に分厚いグレーの旅装。腰にはナナシノがつけていたように小さな短剣が下がっているが、遺物じゃない。
リヤン人はそこそこ強力なユニットが多い。ノルマもそこそこ強いはずだが、遺物なしではサイレントでも楽勝だ。グリーンウルフに追いかけられていたのもそのせいだろう。
僕はぺたぺたと僅かに膨らんだその胸部を確かめ、頷いた。
「胸が小さいから初期のノルマだ。遭遇回数に応じて大きくなっていくんだ」
「あるじは本当にろくでなしだなぁ。ななしぃにいいつけよっと」
「ナナシノは関係ないよ」
「そうおもうんならつづけたらいいぞ」
僕はそう思ったので外側から順番に服を脱がせていった。
置物のように動かないその身体を無理やり動かしひっくり返し、外套を外し、じっとりと汗で湿ったシャツのボタンを外して腕を捲くらせて剥き出しにする。健康的に日に焼けた肌には細かな傷はあるが、染みの類はない。
設定資料集によると、リヤンの遺物はその使用者に特殊な印を刻みつけるらしい。実際にノルマのグラフィックも入れ墨が入っており、それが遭遇回数に応じてどんどん増えていく仕様だった。
「あるじ、とうとう犯罪者だな。前々からやると思ってたぞ。っていうか、つみをかさねたな」
「犯罪者じゃないよ。黙ってろよ。……印がどこにもない。初めて見るぜ」
顔にも首にも腕にも腹にも足にもどこにもない。
とうとう下着姿になってしまったが、汚れはあっても印はない。
もしかしたら今の時間軸は、アビコル本編開始前なのだろうか? これは貴重な情報だ。
僕はぐったりしたあられもない格好のノルマを見下ろし、感想を言った。
「視聴者プレゼントになるな」
「ねぇ、あるじ? それ、こんなところでやることか?」
「仕返しに写真を撮っておこう」
「!? ……はんざいしゃ」
ノルマには僕もしてやられた。負けたことはなかったが急いでいる時などに現れると非常に面倒なNPCだった。
フィルムには余裕がある。様々な角度から写真を数枚撮ると、僕はカベオを送還し、先程ノルマのリュックから出てきた水筒を持ち上げた。
武器のないノルマなんて恐るるにたらない。サイレント一体でも負けはしないだろう。
「これは一つ貸しにしとくよ」
キャップを外して傾ける。ぽたぽたと中の水がノルマの顔を濡らし、そのまま肌を滑り落ちる。
心臓は動いてる。HPも残っている。水を受けたノルマが小さく呻き声を上げた。
§
ゲーム時代のアビコルとこの世界では幾つかの差異がある。
大きな差異はないが、確実に違う。この世界を訪れてからずっとその正体を見極めようとしてきたが、まだ情報が足りていない。
意識を取り戻したノルマは飛び起き、すぐさま戦闘態勢に入った。そして自分が下着姿であることに気づき愕然として、僕の姿を見て表情に恐怖を浮かべた。
「おいおい、何を怖がってるんだ」
「な、何って……」
「僕がいなきゃ君、多分死んでたよ」
もともと、アビコルはソシャゲだ。身体の大きさや筋肉量は戦闘能力とは関係ないが、凹凸の少ない靭やかな身体つきは彼女が生粋のリヤン人であることを確信させた。
身ぐるみ剥がされた状態でなければさぞ絵になったに違いない。唯一履かされたままのブーツが奇妙なアクセントとなっていてまるで変態のようだ。この変態め。
「ッ」
ノルマは僕の言葉に絶句した。絶句しつつもその目は油断なく僕の後ろに放り捨てられた自分の服と荷物を確認している。
「そういう意味で僕は命の恩人だ。なぁ、サイレント?」
「そうだぞ。あるじははんざいしゃだ」
「やっぱり……!」
ノルマが小さな納得の声を上げる。
不詳の眷属がうんうんもっともらしく頷いて余計なことを言ったので蹴っ飛ばす。ゴムまりのように飛んだサイレントに、ノルマがびくりと剥き出しの肩を震わせた。
やっぱりじゃねえ。やっぱりじゃ。
「王都に向かう途中で偶然見つけてね。いやぁ、運よかったねぇ、君」
「ッ……あの……な、なんで……服……」
予想外の出会いだった。遺物のないノルマとは仰天したが、ノルマと出会ったのならばやることはたったひとつだ。
でも一応選択肢だけは与えてあげよう。ぐりぐりと足先でノルマの服を踏みにじりながら尋ねた。
「僕にも情がある。無様な状態みたいだから一応聞くけど――僕と戦って『竜玉』を渡すか、戦わずに降参して『竜玉』を渡すか、どっちがいい?」
「……」
ノルマの深緑の目が一瞬ぎらりと輝いた。その表情から一瞬恐怖が消え、鋭い目つきに変わる。
彼女は強欲だ。ゲームキャラに言うのも今更だけど、出会ったプレイヤーに襲いかかりその身ぐるみをはぐなんて正常な精神ではできまい。
だが、さすがに今の状態がわからない程馬鹿ではないらしい。ノルマが唇を開くまでにかかった時間は僅か十数秒だった。
目から鋭さが切れ、怯えた子羊のような目つきになる。左腕で掻き抱くように胸を隠しつつ、掠れた声をあげた。
「降参……」
§
「自慢じゃないけど、僕は立場の弱い人間に大きく出るのが得意だ」
「しってるぞ」
「……」
サイレントが余計なことをいう。服をしっかりと着用したノルマが黙ったまま咎めるような目で見てくる。
僕は、薄く微笑みを浮かべて言った。
「全て話してもらおうか」
道なりに平原を歩いていく。ノルマがいるのでカベオは使えない。いざという時、反抗してきたらぶちかますためだ。
道中語られたノルマの身の上話はお涙ちょうだいな物語だった。
貧乏な故郷で生まれたノルマの命を賭けた成り上がり物語。
砂漠を越え草原を越え連なる山脈を越え、時に野盗に襲われ命からがら逃げ延び、時には森の中を迷い遭難しかけ、ようやく竜神祭の行われる王都の近くまでやってきた。目的地を目と鼻の先にして訪れた最後の苦難。
もしも聞いたのがナナシノだったら竜玉を返していたかもしれない。が、僕はナナシノじゃなかったので全く別の感想を抱いた。
「僕の作った作り話よりも良く出来てるな」
「!? 作り話じゃ――」
「クマに恋した男の物語だったんだけどね」
「……は?」
恨みがましげな目つきも『ろくでなし』のノルマからのものだと思うと笑いしかでない。
竜玉は正当なクエスト報酬である。戦いは発生しなかったがそれはノルマの意志だ。
彼女の保持していた『空竜の小竜玉』はそれほどレア度の高いものではなく売却額も安いが、もらっておくことに越したことはない
「まー真面目にコツコツ生きていくのが一番だよ。王都に送ってくれるなんて、僕のような親切な男がいて本当に運がよかったなぁ、ノルマ?」
「ッ…………」
「ああ、言葉に出さなくてもわかる。『ありがとう』、だ。『助けてくれてありがとうございます』。そうだろ?」
「ッ…………」
ノルマが何も答えず俯く。多分感動で声が出ないのだろう。
肩の上のサイレントが呆れ果てたように言った。
「あるじ凄いえがお。ななしぃがいないせいでどんどんたちが悪くなってるぞ……」
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