第三話:迷宮入り
「特に変わった様子はなかった。恐らく白」
「そうですか。そうでしょうね」
フィリーの言葉に、付き人の一人、レックス・モーガンが大きく頷いた。
もともとその結果は予想していたことだった。
ブロガーには何もかもがない。時間もないし金庫を破る手法もない。あの様子では恨みも残っていないだろう。
そもそも当日、ブロガーはヨアキムとの決闘の後、フィリー達と一緒に宿に戻ってきているのだ。ずっと見張っていたわけではないが、長時間目を離していたりはしていないし、宿に戻った際に大荷物を携えていた記憶もない。それを裏付けるかのようにブロガーの部屋は信じられないくらいに空っぽだった。
フィリーが今まで見てきた召喚士と比べてだいぶ変わっているが、それは疑う理由にはならない。
いつもフィリーの側についている他の三人は調査のため今も駆け回っている。
帝都を席捲した噂に続き、剣士ギルドの金庫破り。
状況は混迷を極めていた。マスターであるヨアキムと幹部のイグリートが負傷していることもあり、【帝都フランマ】の剣士ギルドは揺れている。
宝剣を盗まれたと思ったら今度は金庫破りだ。【帝都フランマ】における剣士ギルドの地位はほぼ盤石だが、歯向かう者がいないわけではない。間もなく金庫が破られたという噂も流れることになるだろう。
「部屋を調査しましたが、特に変わった点は見つかりませんでした。何より……肝心の物が見つからない」
「そう」
レックスの言葉に、フィリーが小さく頷いた。
金庫破りもそうだが、【黄金の鶏亭】で発生した盗難事件も奇妙な話だ。
時刻は昼間。被害者はレックス達だけではなく、その時刻に大浴場を利用していた合計八人全員のロッカーの品物が消えた。
脱衣所に設置されているロッカーは頑丈な鍵付きだ。そう簡単に破れるものではないし、手こずった形跡もない。何より、利用者が少なかったとはいえ、いつ誰が新たに入ってくるかわからない状態で、短時間で破られている。
「相当な腕前です。盗賊ギルドの連中かもしれませんな。意図がわかりませんが……」
レックス達の着ていた制服が目当てだったのならば、他の客の荷物まで盗む必要はないはずだ。しかし、制服が目当てじゃないのならばそもそも、脱衣室のロッカーなどではなく、各部屋に備え付けられている金庫を破ったほうがいい。
理屈に合わないのだ。被害者は多かったが、風呂場に金目の物を持っていく者などいなかったので被害総額は高くない。
服を奪われたのは痛かったが、悪用できるとも思えない。そもそも、奪われたのはただの服である。普段の公務の際は鎧を着ているので、なりすますのに使うのならばそちらを盗むべきだろう。
【帝都フランマ】の剣士ギルドのメンバーには傭兵が多いが、【聖都ルーメン】には騎士とその従者が所属している。服装だけ真似しても見る者が見れば明確に分かる。
「しかも、返したときている。愉快犯にしか思えない」
レックスのため息に、フィリーはじっと身じろぎ一つせずに考えた。
フィリーは秩序を重んじる聖騎士だ。他所の町のことだが、盗人を放置しておくわけにはいかない。
しかし、金庫を破るまではいいが、その後にレックス達の服を詰め込んでいった理由は見当も付かなかった。
さすがにフィリー達に金庫破りの冤罪を着せようという線はないだろう。盗んだ後に自分の証拠品を残していく者がどこにいようか。
後は考えられるのは――。
「剣士ギルドへの……挑戦状」
「ふっ。しかもとびきり嫌らしい。ブロガー殿の言葉ではないが、ヨアキムも嫌われたものですな」
レックスが小さく笑った。
あるいは剣士ギルド同士の結束を乱すため、という可能性はどうだろうか。いや、それにしては手口がお粗末に過ぎる。怪しすぎるし、そんな方法に引っかかる程ヨアキムは馬鹿ではない。
それにそもそも、帝都と聖都の剣士ギルドはあえて乱す必要があるほど、結束していないのだ。聖都と帝都では物理的な距離が離れすぎているし、所属国も構成メンバーの性質も何もかもが違う。ほとんど別の組織と言ってもいい。
「まぁ、時間の問題でしょう。ヨアキムが戻れば逃げ場はない」
つい先日流れた噂で多少評判は落としてはいるが、ヨアキム・アンタレスは元傭兵団の頭である。【帝都フランマ】における最も強い人物の一人であることに変わりはない。
その情報網は騎士であるフィリー達よりも遥かに多岐に渡る。ましてやその失態を濯ぐためにヨアキムは全力を尽くすだろう。金庫破り一人捕まえることなど容易いはずだ。
貴金属もその他の宝物も、売却には手間がかかる。物が見つかればそれを辿れるし、そもそも目的は金品ではないだろう。金品が目的だったのならば剣士ギルドなんかよりよほど手っ取り早い場所がある。
フィリーが憮然としたように言う。
「何を盗まれたのか、ちゃんと教えてくれれば力になれるのに」
盗まれたものとして教えられたのはその一部だけだった。特に、書類については何を盗まれたのか全く書かれていなかった。
いつもと変わらないフィリーの表情から感情を読み取り、レックスが苦々しい笑みを浮かべる。
「……ギルドの金庫だ。機密もありましょう」
フィリーは姫ではない。騎士だ。秩序を重んじるがある程度の清濁は知っている。ヨアキムの性格からしても、どんな機密を抱えていてもおかしくない。
手を出してはならない。これは他国の事情だ。
ブロガーの時のように被害者からの訴えがあればフィリーは躊躇いなく動いていただろう。だが今回はそれもない。
騎士は守る者。動くには大義が必要だ。藪をつついて蛇を出すような真似が愚策だということはフィリーにも分かる。
黙り込むフィリーの表情に、レックスが大きく頷いた。
「ヨアキムが戻れば我々も解放されるはずです。竜神祭には遅れそうですが……」
「……しょうがない」
呼ばれたものに遅刻するのは不服だったが仕方がないことだ。少なくとも帝都剣士ギルドが安定するまではいるべきだろう。
フィリーが小さくため息をつく。レックスが明るい声で話を変える。
「そう言えば帝都巡りはどうでしたか?」
その言葉に、フィリーは少しだけ考え、答える。
「……甘えてしまった」
フィリーがブロガーの部屋に一人で向かったのは、まずブロガーを犯人の容疑から外すためだ。
ヨアキムはブロガーと仲が悪い。下手をすれば罪を押し付けられる可能性だってあった。
理由や手段はともかく、ブロガーにアリバイはない。宿での盗難発生時にブロガーは宿にいた。ギルドの金庫破り発生はいつ起こったのか明確じゃないが、ブロガーが剣士ギルドにいるタイミングがあったのは事実だ。ヨアキムならばそれだけ材料があればなんとでも出来る。
フィリーならば公正に判断できる。これは前回のヨアキム周りの事件の贖罪でもある。
聖騎士の名は誉れ高い。フィリーが真っ先に調査して結果を報告すればヨアキムはそれを無碍には出来ない。
だから行った。侮蔑を受ける覚悟で行って、何も言われなかった。
特にブロガーからの言及はなかったが、フィリーには分かる。帝都巡りに誘われたのもその一環だ。
もともと、フィリーはレックス達が部屋を調べる間、理由をつけてブロガーを監視するつもりだった。なんと持ち出すべきか迷っていたが、ブロガーは自らそれを受けることを提案してきた。
痛くもない腹を探られているのに、嫌な表情一つしなかった。これを甘えていると言わずしてなんと言おうか。
主の感情機微を読み取り、レックスが眉をピクリと動かした。
「フィリー様。これも全てはブロガー殿のためです」
「……」
フィリーが何も言わずに腰に帯びていた『光剣レウコーン』を外し、壁に立てかけた。
沈黙は答えだ。出来ることはやった。しかし最善を尽くしたかというと疑問が残る。
他に出来ることは、すべきことはなかったのか。頭の中でぐるぐる巡る疑問に答えはない。
物思いにふけるように沈黙してしまったフィリーに、レックスが目を細めてもう一度尋ねた。
「で、帝都巡りは何をなされたのですか……?」
「……」
「既に過ぎたことです。あまり気に病まれない方がよろしいでしょう。……ブロガー殿も本意ではないはずです」
その言葉に、フィリーは小さく息を吐いた。
目を見ればレックスが気を使っていることがわかる。フィリーは剣王だ。常に冷静沈着でいることが求められる。葛藤を抱き悩む時間などない。少なくとも、それを表に出してはならない。
気を取り直し姿勢を正すフィリーに冗談めかした口調でレックスが続ける。
「むしろ、どちらかというと我々はフィリー様の方が心配で心配で。ブロガー殿には遠慮がありませんから」
「……別に、特に変わったことはしていないから心配は不要」
「…………具体的には何を?」
随分と真剣な問いに、フィリーは今日一日のことを思い返す。変わったことはなかった。
ただ本人の言葉の通り、町を軽く回っただけだ。怪しい挙動などもない。
小さく首を傾げ、答えた。
「……色々なところを回って、記念写真撮ったり、とか」
§ § §
宿の前に見知った顔ぶれが並んでいた。
フィーと愉快な仲間達。イグリートからクエストを受けた時には予想していなかった面々だ。
空はまるで僕の旅立ちを祝福しているかのように晴れていた。もう完全に雨季は過ぎ去ったようだ。
「本来ならば我々の馬車で送っていくつもりだったのだが……申し訳ない」
フィーの仲間の一人。一番偉そうな厳しい顔つきをした取り巻きAが言う。
結局、僕はフィーと別れて行動することにした。
フィー達は金庫破りのごたごたでまだ【フランマ】に留まらなくてはならないらしい。竜神祭に間に合うかどうかはかなり怪しいようだ。全く、ヨアキムは本当に碌なことをしないな。
ほとんど空っぽの背負袋を背負い直す。フラーが足元で桶を被ってふらふらしている。
まぁ、文句を言っても仕方がない。竜神祭の情報を貰えただけで上等だ。
「構わないよ。仕事優先だ。別にこれが今生の別れというわけでもない」
「……ブロガーが無関係であることは私達が証言する。その点については心配する必要はない」
「ああ、わかっている。いいえ、だからね」
「…………」
わかっていないフィーが黙ったまま小さく首肯した。
【帝都フランマ】から【王都トニトルス】までの距離はそこまでない。中規模のフィールド一つくらいだろうか。古都が陸の孤島だったのはプレイヤーに『飛行眷属』の召喚で金を使わせるためだ。移動手段はどうとでもなるだろう。準備は万端だ。
フィーの凛々しい姿を見る。銀糸のような髪にぼうっとした神秘的な瞳。
本来こんな場所で出てくるキャラではなかった。だから、この出会いは僕にとってラッキーだ。胸を張って言える。
「フィー達と出会えてよかったよ」
帝都巡りで写真もとれた。視聴者プレゼントになるし、自慢にもなる。現像していないのでサインは貰えなかったが、次の機会でいいだろう。
結果的にヨアキムさまさまである。機会があったら嫌がらせも兼ねてお礼を言いに行こう。
僕の言葉に、表情の薄いフィーの眉がぴくりと震える。僅かにその頬が強張った。
「あるじがめいわくかけたな。ほんとうに、めいわくをかけた」
サイレントが何故か実感の篭った声で謝罪する。
お人好し呼ばわりで大人しくなったと思ったら、もう復活したらしい。ダメな眷属である。
別に迷惑とか掛けてないし。僕はクエスト受けただけだし。
フィーの目がサイレントを見て、僕を見て、いつもより感情の篭った声で言った。
「そんなこと、ない」
「じゃあね」
そして、僕はフィーに見送られ、【帝都フランマ】を後にした。
召喚士としての僕の冒険はまだ始まったばかりだ。久しぶりの竜神祭、楽しみだな。
§ § §
「ブロガーが手紙持ってこないにゃー……エレニャが心配してるってあれほど言ったのに……」
召喚士ギルドのカウンターの上で、コーシカが尻尾を振りながら大きく欠伸をした。
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