第二話:疑惑

「証拠を隠滅したほうがいいのではないか?」


 サイレントがぽつりと言う。僕はそれに何も答えず、部屋の扉を閉めた。


 フィー達からの話は単純なものだった。

 剣士ギルドに泥棒が入った。その犯人の捜索で時間がかかっている。

 金庫内に取り巻き達の装備が入っていたため、面倒な事になっている。さっさと王都に向かう予定だったが足止めを受けている。


 取り巻き達の話を聞いた限りでは、フィーやヨアキムはまだ金庫破りがサイレントの仕業だと気づいていないようだった。


 僕がドロップを探していた様子を見ていた者はいないし、サイレントが万能鍵になるのを知っている者もいない。

 金庫を破壊せずに開いたのも良かった。ギルドマスター室の金庫はダイヤル式だったが堅牢なものであり、サイレントのような形状自在の不思議生命体でもいない限り、簡単に開けられるものではない。

 それが破られた。しかも短時間の内に。


 明らかにプロの犯行である。

 誰が僕を犯人だと断定できようか。証拠がない。唯一あるとすればそれは、ドロップしたその現物だけだ。


「クエストアイテムって捨てられないんだよ」


「じゃーどうするのだ?」


「え? 全部無視して竜神祭に行くけど?」


 金庫の中身はまるごと掻っ攫った。書類や宝石、アクセサリーに短剣に現金。今もポケットの中にある。

 アクセサリーや短剣は特徴的な物だが、幸いなことにまだ換金は行っていない。足がつく可能性は低い。

 現金については、この世界の貨幣にも通し番号が振ってあるが、銀行でもない剣士ギルドがそれを控えている可能性は高くないだろう。


 そもそもクエストはプレイヤーが受領しない限り進まない。僕がその意志を見せない限り進展はないはずだ。

 時間制限のあるクエストは消えてしまう可能性もあるが、まぁ難易度からして今回は諦めた方がいいんだろうな。


 サイレントがまるで警戒するかのように部屋の鍵をかける。まるで犯罪者である。


「フィーフィー達が困っていたぞ?」


「まぁ落ち着け、サイレント。ただのクエストなんだし、こっちの不備はないんだから堂々としなよ」


 長いストーリークエストだ。しかも、敵の強さが順調に上がっている。

 ゲームだった時は課金やログインボーナスもあったし、この難易度でもちょうどよかったのかもしれないが、その二つがなくなった今その難易度で来られるとかなり厳しい。クエストの取捨選択は必要だ。


 ここしばらく泊まっている広々とした部屋を見る。大きなふかふかのベッドに品のいい調度。シャンデリア。

 私物はポケットに入れているのでほとんどない。小さな背負袋と、フラー水浴び用の桶くらいだ。すぐにでも部屋を出られる。


 別に腹を探られてもどうってことないが、イベントも近いのだ。

 変なクエストが現れる前に早めに王都に向かった方がいいだろう。


 サイレントがぽつりと言う。


「しょうじきにいってあやまったほうがいいとおもう」


「やってもいいけど、そんなことしたらサイレント死ぬぞ」


「ええええ……!?」


 僕の言葉にサイレントが硬直した。

 会話できる程の知性はあるし、この世界の常識についても知っているようだが、サイレントには危機意識が全く足りていないようだ。


 サイレントは強い。確かに強いが、あくまでサイレントは対魔法使い向けの眷属なのだ。

 ヨアキムには手も足も出なかった。前回はなんとかなったが、場合によってはイグリートにも勝てないだろう。

 これは向き不向きの問題である。そして、今のストーリーの流れからして次の敵も間違いなく剣士。下手したら今度はフィーが敵として出て来るかも知れない。


 僕は負けるとわかっている勝負はしない。魔導石がもったいない。


 足元にいるサイレントを見下ろし、もう一度はっきりと言う。


「僕は死なないけどサイレントが死ぬ」


「なんでぇ!?」


「僕はプレイヤーだからね」


 そしてサイレントは眷属だ。

 いざとなったら『送還デポート』しようと心に決める。誤解されるようなことを言われたらたまったものではない。イベントやってるのに帝都に足止めされるとか嫌すぎる。


 僕が焦っていないことに気づいたのか、サイレントがようやく大人しくなる。無言でいろとは言わないが、少しはフラーの能天気さを見習って欲しいものだ。


 大体、ヨアキムは敵だ。殺さなかっただけマシだと思って欲しい。まぁ『殺さなかった』というか、『死ななかった』、だけど。


 サイレントが嘆息したように尋ねてくる。


「あるじはふぃーふぃーを気に入っているんじゃないのか?」


「お気に入りのキャラだよ」


「めいわくかけて、少しはもうしわけないとはおもわないのか?」


「サイレントって変なところ気にするよね。もしやお人好しか?」


「え……えええええ……」


 奇声をあげて、サイレントが再び固まった。


 僕が取り巻きの装備を入れたことでいちゃもんを付けられているらしい。確かに迷惑はかかっている。

 だが、迷惑を掛けているのは僕ではなくてヨアキムだ。ヨアキムと後ついでにエレナが諸悪の根源である。


 そしてましてや、相手はフィーだ。お気に入りではあっても、人気キャラではあっても、所詮はNPCである。なんで僕がNPC相手に申し訳なさを感じなくちゃならないんだよ。


「われが、おひとよし……? この、【黒冥界】にながひびきわたっているこのわれが……?」


 サイレントが壊れた機械のようにブツブツ呟いている。クリティカルワードだったか……。


 と、その時扉が控えめにノックされた。小さなこんこんと言う音。


 ポンコツは置いておいて鍵を開くと、客は先程別れたばかりのフィーだった。珍しいことに側に取り巻きの姿はない。

 いたらいたで厄介だが、サイレントに負けず劣らずポンコツなフィーフィーが一人で来るというのは違和感がある。

 クマと激辛で多少は好感度を上げたが、いきなり部屋に一人でやってくるような関係ではない。


 その静かな佇まいに隙は見えない。


「……どうかした?」


 フィーがじーっと僕を見ている。感情は読めない。何を考えているのかもわからないが、不思議な圧迫感があった。

 まるでこちらの心を見透かしているかのような透明感のある眼差し。カリスマとでも呼べるだろうか。やはり名有りのキャラは違う。


 しばらく黙ったまま見つめ合っていたが、そろそろ間が持たなくなると思ったところで再び唇を開いた。


「先程の件、続きの話がある。中に入れて欲しい」



§



 女の子が部屋に入ってくるなどいつぶりだろうか。ふとそんなことを思う。

 召喚出来る眷属の多くは女キャラなので確率的にはそろそろ来てもおかしくないが、僕の運は余程悪いのだろう。


 フィーは緊張した様子もなく部屋にはいると、ゆっくり周囲を見回し、少し目を見開き一言言った。


「……何もない」


「荷物はあまり持たない主義なんだ。本拠地は古都だしね」


 些かばかりに不躾な様子で室内を観察するフィー。高級とは言え、この【黄金の鶏亭】は一時滞在のための宿である。以前古都で宿泊していた長期滞在向けの宿とは違う。

 余計な家具などもなく、キッチンもついていない。


 その視線がゆっくりとテーブルの上においてあった桶に移り、その隣に置きっぱなしになっていたカメラに移り、次にあまり物が入っていない背負袋に移り、最後にベッドの上に脱ぎ散らかされた着替えに移る。そして、そこで止まった。

 僕の荷物のほとんどはポケットの中である。困ったようにフィーが眉を寄せた。


「どうやって……旅をしているの?」


 明らかに旅をしている者の部屋ではない。引っ越し直後の人間でももう少し荷物があるだろう。

 まぁそもそも僕は旅人ではないんだけど、確かに違和感を感じさせる部屋かもしれない。


「そりゃもちろん……頑張ってだよ」


「頑張って……」


 サイレントがむずむずと何か言いたげに口を動かすが、何も言わずに口を閉じる。フラーが足元で興味深そうにフィーを見上げている。

 フィーはゆっくり瞬きをしていたが、思い出したように言う。


「金庫……」


 クマの話してた時はもう少しテンションが高かったはずだが、眠いのだろうか。

 てか、よくこんなんでギルドマスター務まるな。


「あー、剣士ギルドの盗難事件の話だっけ?」


 フィーが首をゆっくり首を横に振った。一体何をしに来たのか。


「……この部屋にもある」


 その視線が部屋の片隅に置かれた頑丈そうな大きなダイヤル式の金庫に向いた。

 格式が高い宿だけあって金庫も本格的な物だ。剣士ギルドのものよりは小さいが、どっちが頑丈かは知らない。


 盗難事件と何の関係があるのだろうか。知らないが、さっさと金庫を開く。

 取手を引くと重々しいいい感触が手に伝わってくる。フィーが眉をピクリと動かし、目を丸くした。


「鍵……かけてないの?」


「かけてないよ。何も入れてないからね」


 言葉の通り、金庫の中身は空っぽだ。

 ポケットの中のアイテムは僕しか取り出せない。ポケットに全部つっこめる僕にとって金庫などいらないのだ。

 たまにフラーが隠れて遊んでいるが、それだけだ。


「……」


 フィーが何か考えているかのように沈黙する。フラーが金庫の中に入り、嬉しそうに扉を閉めた。何が楽しいんだこいつ。


 再起動に時間がかかりそうだ。部屋にあるポットでお茶を入れる。フラーが金庫から出て部屋の備品のシュガーポットを持ってくる。

 ポケットから饅頭を出し、皿に盛り付ける。迷子のばあちゃんを助けたクエストの報酬でもらったものだ。


 そこでようやくフィーが動く。僕を見てはっきりと言う。


「ブロガー。単刀直入に言う。部屋を確認したい」


 何の理由もなく来たりはしない、か。

 フィーの表情はほとんど変わらなかったが、どこか申し訳なさそうに見えた。


「……なんで?」


「……全室確認する」


 まるで言い訳するかのような口調。


「ルーメンの制服が盗まれた。その制服が金庫に入れられていた。この宿は警備が強い。犯人がこの宿に泊まっている可能性が高い」


「なるほど……」


 確かに、宿の入り口には二十四時間警備の者がいる。犯人が宿に泊まっている客である可能性は高い。

 しかし全室確認、か。本当かどうか知らないけど、無駄なことを。


「貴方を疑っているわけじゃない。ただ、我々も何もしないわけにはいかない」


「いやいや、構わないよ。といっても、見ての通り……僕の部屋には何もないけどね」


 フィーの目がクローゼットに向けられる。他にもいくつか収納はあるが、空っぽだ。私物の背負袋の中にもろくなものは入っていない。


 恐らくフィーは盗まれたアイテムを探しているのだろう。金庫からはそれなりの量のアイテムがドロップした。

 行動は正しい。しかし、無駄だ。アイテムは全部僕のポケットの中だし、この世界ではアイテム欄は一般的ではない。フィーが証拠を押さえるには、ヨアキムに実行しようとした『嘘を見破るスキルフラメント』を使って詰問するしかない。


 フィーはしばらく沈黙していたが、意を決したように言った。


「……レックス達が確認する。少しだけ、外に出ていて欲しい」


 恐らく、取り巻きの名前なんだろう。知らない名前を出すフィー。


 だが甘い。甘っちょろいのだ。前回の負い目が手を緩ませる。

 何より僕はクエストを受けない。受けない時点でクエストが進むことはない。


 僕は仕方ないとばかりにため息をつき、頷いた。


「わかった。フィーは暇なんだろ? 観光したいと思ってたんだ。一緒に町でも見て回ろうか」

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