第十八話:二人の剣王

 アビコル世界の剣士は一般人のイメージする剣士とは少し違う。

 一般人のイメージでは、剣士は剣を使って斬り合うなどのイメージがあるだろう。それは必ずしもこの世界でも誤りではないが、正確に言うのならばこの世界の剣士は――剣や盾を介して物理攻撃依存の魔法を使う魔法使いだ。

 序盤の雑魚やモブ剣士などは斬撃メインで攻撃してくるので、それに安心していると痛い目を見ることになる。ゲーム時代、初めて名持ちの剣士と戦った時の事を僕は忘れられない。


 この世界の剣士の斬撃は――飛ぶ。その一撃は魔法を切り裂き、全身に纏ったオーラみたいなので肉体を強化したり受けた攻撃を気合で弾き飛ばしたりする。剣の先から雷を飛ばしたり剣が燃えたり地面に突き立てた剣の中心から地面が凍りついたりする。そして――それら全てがこの世界では魔法ではない。

 上に行けば行くほど魔法っぽくなっていくが、魔法ではない。その証拠に魔法はステータスで言う魔法攻撃力の値に比例して威力があがるが、剣士の剣技は物理攻撃力の値に比例する。剣士とは近接戦闘者だという常識をアビコルは容易く覆したのである。開き直りすぎであった。


 そしてその剣士が剣王ともなるとどうなるのか。

 現実世界だったら二十人の屈強な男に囲まれた少女に勝ち目はないだろう。だが、この世界は現実ではなかったので取り囲んでいた最後の一人が崩れ落ちるのに時間がかからなかった。

 とっくに客は全員逃げ、痛みと衝撃に呻く声だけが食堂に響き渡っている。汗の一滴もかくことなく、フィーが剣を下ろした。結局、鞘から抜くことすらしなかった剣には血の一滴もついていない。

 僕の目にはフィーの剣は敵に触れてもいないように見えたが、シナリオスキップされたのだろうきっと。


 その強さはゲーム時代で知っていたが、実際に見てみると恐ろしい光景である。もはや剣の冴えなどという表現では足りない。無数の敵をばったばったとなぎ倒しながら同時に僕の護衛までするのだからこの世界の剣士は化物だ。


「はぁ、はぁ……フィリー様、ご無事ですか!」


 多勢に無勢をなんとかくぐり抜けた取り巻き達が荒く呼吸しながら駆け寄ってくる。崩れ落ちた剣士たちのドロップを剥ぎ取りたいところだが今回戦ったのはフィー達で僕やサイレントは何もしていないし、ドロップは入らないだろう。


 サイレントがぽつりと言う。


「あるじさ、これどう収拾するつもりなんだ?」


「え……?」


「もしや何も考えていないのか……」


 僕は、愕然とした様子でこそこそ言ってくるサイレントベアーに断言した。


「フィー達が勝手にやったことで、僕は指一本触れてないし」


「うわー……」


 サイレントのドン引きしたような声。


 僕が何をやったというのだ。僕はただギオルギからドロップした剣を届けて、ちょこっとだけフィクション語っただけだぞ? 僕ほど害のない人間はいない。

 剣を盗んだギオルギに、その上司であるエレナ。僕を殺そうとしたイグリートにその上司であるヨアキム。こいつらの方がずっと質が悪いじゃないか!? おい、どうなんだこら!


「遅れてしまって、申し訳ありません。ロッカーから服と剣が消えていて――鍵付きだったので油断しました」


 取り巻き達がフィーに謝罪している。


 鍵なんてサイレントキーを使えば余裕である。ちなみにどれがこいつらの装備だかわからなかったので鍵のついたロッカーは全て開けて中身は全て回収させていただいた。余り他の客はいなかったが、本当の被害者は巻き込まれたその他の客だろう。可哀想に。


 フィーと取り巻きの間に入り、声高に主張する。


「それもきっと帝都剣士ギルドの仕業だ。多分ヨアキムの命令だ。奴ら、フィーが護衛されていたら都合が悪いからって、ロッカーをこじ開けて装備を盗むなんて、なんて卑劣な真似を……!」


 剣士ギルドが僕を砂漠で捨てなければこんなことにはなっていなかった。直接的な犯人は僕だが根本的な原因は奴らで間違いない。


 取り巻きがぽかんとしたように急に入ってた僕を、そしてサイレントベアーを見る。

 戦闘中は必死で見えていなかったのかもしれない。


「……以前食堂にもいたな。……この者は?」


「ブロガー。私に……助けを求めてきた」


「帝都の剣士ギルド……いや、ヨアキムに追われてるんだ、助けてくれ! あいつら僕のクマを……僕のクマにひどい事を……うぅ……」


 取り巻き達が戸惑ったように顔を見合わせる。

 僕はなんか面白くなって、サイレントベアーに顔を埋め、必死に笑いを我慢した。


§


 フィーが辿々しい口調で経緯を説明する。取り巻き達は馬鹿げたクマスペクタクルを真剣な表情で聞いていた。こいつら、フィーに弱すぎ。


 僕はその間、ずっとサイレントベアーに抱きつき顔を埋めたまま、嘆いている振りをしていた。馬鹿げた茶番である。早く終わらないかな。


「ブロ……ガー? 確かに噂は……いや、さすがにただの噂だと思っていましたが」


「私も聞きましたが、その噂とは違う。……襲われたのは、クマじゃなくて少女だったような……そう、確か、シャロリア?」


 取り巻き達の困惑したような声。確かに僕の流したフィクションはそれぞれ整合性が取れていない。誰かを騙そうとか全く考えていない適当なフィクションだからだ。


 僕は両手で顔を隠したまま顔をあげた。だが、その程度は誤差の範疇である。


「シャロリア……僕のクマの名前だ」


「なん……だとっ!?」


 取り巻きが愕然としている。サイレントも愕然としている。フィーは何を納得したのか、小さく頷いた。


「だが……シャロリアは……少女だと聞いたんだが……」


「メスのクマなんだ。今は『送還デポート』してるけど。イグリートが無理やりやったせいで……触手が出るようになってしまった……クソぉおおおおお、イグリートめえええええええええ!」


「……あるじさ、いきおいでごまかそうとしてるよね」


 サイレントが辛辣な事を言う。小声なのはサイレントに残った最後の良心なのか。

 だが違う。僕は湯上がりのななしぃかフィーといちゃいちゃしたいだけなんだ。後召喚したいだけなんだ。

 それと比べたらストーリークエストなんてどうでもいい。確かに雑だがそれが何だというのか!


「では、ナナシノ、というのは……」


 取り巻きの一人、背の高い男がおずおずと尋ねてくる。

 っせーな、こいつら。全部あいつらが悪いんだよ、何で根も葉もない噂話をそんなに詳細に覚えてるんだよ。僕は深々とため息をつき、しかしそれを表には出さずサイレントベアーをぽんぽんと叩いた。


「このクマの名前が……ナナシノです……」


「ッ……『暴剣』のイグリートが、このクマを襲おうとした、と?」


「人とクマ、そもそも違うし、デリケートな問題なのに、シャロリアだけでは飽き足らず嫌がるナナシノに無理やり……人クマ問わずって、奴の暴剣、どれだけ暴剣なんだッ!! 冒険しすぎだろッ!!」


「ま、まてまて、落ち着け……それ以上言うな!」


 取り巻き達が慌てて止めてくる。フィーが不思議そうな表情で首を傾げている。まだフィーには少し早かったようだ。

 僕は顔をあげ、唇を噛み、瞳を伏せ、悲壮な表情を作る。


「僕は正直……ヨアキムと、イグリートをぶち殺したいッ! 奴らのせいで、ナナシノとシャロリアは心に深い傷を負った」


「あるじのせいだと思う」


 僕はサイレントベアーを『送還デポート』した。

 急に消えたサイレントベアーに目を見開くフィー達を見回し、畳み掛けるように続ける。


「だがそれでもッ! 悲しみで胸が張り裂けそうだがッ! 僕は……きちんとヨアキム達と話し合いたいんだッ! 彼らも同じクマ好き、クマ愛が溢れているだけなんだ。彼らは道を誤ったけど、きっと分かり合えるはずさッ! 説得すれば分かってくれるはずだ」


「ブロガー……」


 今の話のどこに感動する要素があったのか、フィーが目を見開きうるうるさせている。

 取り巻き達がどう反応したらいいのか困っている。どうやら一度お空に飛んでいった凧はさすがに彼らでも捕まえられないらしい。


「フィー。誉れ高い白の剣王に頼みたいのは……僕をヨアキムとイグリートの所まで無事に送り届ける事だ。それだけでいい、後は僕が奴らをシナリオスキップ説得する。僕一人でも頑張ったんだけど奴らは僕を殺そうとしていて……一人ではとても辿り着けない」


「まかせて」


「フィリー様!?」


 考えた様子もなく即答したフィーに、取り巻きが咎めるような声をあげる。

 さすがに常識のある取り巻きにはこの話がどれだけ荒唐無稽なものなのかわかるのだろう。にわかには信じられないに違いない。事実は小説よりも奇なりともいう。


 フィーがじっと取り巻きを見つめて首を傾げた。


「何か?」


「……いえ。……御心のままに」


「……噂が流れている以上、一度は事実確認はすべきかと」


「……フィリー様に襲いかかってきた連中に対しての説明も要求する必要があります」


「……ご安心下さい。何があろうと我ら一同、全身全霊をもってフィリー様をお守り致します」


 へこへこ頭を下げ始める取り巻き達四人。屈強な成人男性四人が自分よりも一回り小さいフィーに畏まっている様はどこか犯罪臭を感じさせる。

 こいつら本当にフィーに甘いな。テンプレートな取り巻きやりやがって。



§ § §





「件の男はまだ見つからないのかッ!!」


 苛立ちを隠しきれないヨアキムの言葉に、部下はびくりと身を震わせる。


 剣士ギルドは今や蜂の巣をつついたような状態になっていた。魔物の大軍が帝都になだれ込んできた時ですらここまで大騒ぎにはなっていない。なるべく内々に止めようとはしていたが、既に剣士ギルドの面々の動揺はギルド外部にまで伝わっている。


「も、申し訳ございません。今、町中を虱潰しに探しています。全ての宿をあたり、似た容貌の人物がいないか確認中です」


「ッ……ああ、わかった。もう下がっていい」


 部下が敬礼し、部屋から退出する。


 状況は複雑だ。既に事情はイグリートから聞き取っていた。

 今回の騒動でもっとも厄介なのは召喚士ギルドに文句を言うわけにもいかないことだ。


 ギルドというものはそのメンバーに仕事を斡旋、保護すると同時にその所属メンバーの行いにある程度の責任を持つ。規約にあるわけではないが、世間からは責任を持つべきとされている。たとえば、赤風を盗んだ召喚士であるギオルギ・アルガンの行いについて、召喚士ギルドに責任を問うのは半ばクレームのようなものだが決して筋違いではない。


 だが今回の件は、噂を流したのがブロガーであっても表立って行いを糾弾するわけにはいかない。剣士ギルド側に負い目がありすぎるからだ。赤風奪還の礼をする名目で連れていった召喚士コーラーを殺そうとしたことが公になれば、今度はこちらが矢面に立たされる。噂を流された事と殺しかけた事、どちらが悪いと感じるかは人によるだろうが、ヨアキム自身は決してバレてはならないと考えていた。


「しっかり、トドメを刺さないからだッ……くそっ。イグリートめ」


 召喚士ギルドへの報復行為。闇に葬らなくてはならないそれに最悪の形で失敗したイグリートに強い苛立ちを感じ、しかしなんとか噛み殺す。


 やり口は決して悪くなかった。砂漠の上空で落とされれば普通の人間ならば間違いなく死ぬだろう。剣でトドメを刺すべきだったが、それは失敗した今だからこそ言えることだ。事実、ヨアキムは初めにイグリートから報告を聞いた時にそれを指摘せずに軽く流している。


 更に悪いのは召喚士ギルドに対して、ブロガーは行方不明であると報告してしまった事だ。死亡を確信していたからこその返答だったが、召喚士ギルドもブロガーを探している。かくなる上は、それよりも先にブロガーを見つけ口封じするしかない。

 もともと事実無根の噂だ。噂を流しているであろう元さえ消えれば帝都に蔓延った噂は時間の経過で消えていくことだろう。


 イグリートが入ってくる。その目はまるで獲物を探す猟犬のようにギラついていた。


「召喚士ギルドがブロガー捜索の協力を求めている」


「監視役として人をつけろ。何としてでも奴らよりも先にブロガーを見つけるんだッ!」


 いくら剣士ギルドの権限が強いといっても、ここまで大量の人を動かせる期間は長くない。自国内で理由もなく大勢の剣士が動いていれば帝国から説明を要求されるだろう。他の都市の剣士ギルドからも問い合わせがくるに違いない。


 自分の立場を、そして時間がない事を、ヨアキムは正確に理解していた。

 

「ッ……しかし、見事なものだ。たった一人で僕達にここまで嫌がらせするなんて……どんな男なんだ、ブロガーは……」


「……ギオルギに赤風を盗まれた時は腹が立ったものだが……ギオルギの方がマシだなッ」


「ははは……全くだ」


 吐き捨てるようなイグリートの言葉に、ヨアキムが乾いた笑い声をあげる。

 丁度その時、部屋の扉が勢い良く開いた。入ってきたのは先程出ていったばかりの部下の男だ。青ざめた表情。


「ヨアキム様、ブロガーが……見つかり……ました」


「本当か!?」


 ――連れてこい。そう命令する前に、再び扉が開く。


「お待ち下さい。今、取次を――」


「……」


 制止する声。騒々しい物音。悲鳴、うめき声。


 現れた予想外の顔に、イグリートが眉を顰め、ヨアキムが頬を引きつらせた。

 自然な動作、ほぼ反射的に腰の剣に手をかける。それを見ても、現れた白の少女は眉一つ動かさなかった。


 ヨアキムが憎悪すら感じさせる目つきで問いかける。


「……フィリー・ニウェス。何でお前がここにいる?」


「……これを見れば、わかるはず」


 白の剣王。ここにいるはずのない、いていいはずのない顔が冷たい目でヨアキムを見る。

 そして、その両手が剣の代わりに、ボロボロになったクマのぬいぐるみを持ち上げ、ヨアキムの目の前につきつけた。

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