第十七話:恋物語と聖戦

 悲劇の始まりは僕の連れているクマに、無類のクマ好きであるヨアキムが一目惚れしたところから始まる。

 クマに片思いした二人の男。そこから飼いクマを守ろうとする召喚士の波乱万丈で意味不明な恋愛物語。

 テーブルについたフィーは大人しく壮大なるクマ物語を聞いていたが、一通り聞き終えるとその無表情を僅かに歪め、囁く様な小さな声で言った。

 

「嫌がるクマを無理やり襲うなんて……許せないッ……」


 僕はそんなフィーを見て改めて理解した。

 あっさりついてきた時点で気づいていたけど、こいつちょろいな。


 変なコンタクトの方法をとったせいで元々考えていた物語が使えなくなり、アドリブ満載になってしまったが、むしろ臨場感があって良かったのかもしれない。フィーの表情には疑いが欠片もなかった。

 ちなみにナナシノとシャロの死は諸事情からボツになった。


 元々フィーはゲームの時も少し抜けていたキャラだった。現実に存在したらイライラすること間違い無しのキャラだが、なにせゲームだったし可愛ければなんでもいいみたいな所があったから人気ランキングでは常に上位をキープしていた。

 もしかしたらエレナと違って嫌がらせのような戦闘性能を持っていなかったのもよかったのかもしれない、全国○○人のフィー信者云々は当時よくネット上で流れていた言葉である(ちなみに人数はいつも適当だったりする)。


 サイレントベアーは話している間、身じろぎ一つしなかった。多分口を開けば余計なつっこみをいれてしまうと思ったからだろう。自分の役割を理解していることは冥種であるサイレントの数少ない美徳かもしれない。

 ヨアキムとイグリートがクマに発情する人知を超えた変態になってしまったがまぁ、僕を殺そうとしたので自業自得だといえるだろう。


 フィーは痛ましそうな表情で紅茶に激辛調味料を満載に振り、それに口をつける。表だけ見れば美少女がお茶をしている非常に絵になる状況だ。

 そのまま一気にカップを空にすると、音一つ立てずにカップを置いた。小さな声で言う。


「……私が、真実を、確認する」


「真実も何も、僕の熊がこう言ってるんだ!」


「……ヨアキムニヤラレマシタ。ヒドイヨ」


 サイレントベアーがわざとらしい片言で言った。

 テーブルの下でサイレントベアーの腕をつねり上げていると、フィーが目を見開き、落ち着かなさそうに前髪を指先でいじる。


「……可哀想」


「君、馬鹿だよね」


「え……?」


「いや、ごめん。つい本音が」


 転がそうとしなくてもころころするので面白くなってしまう。


 どこが気に入ったのか、彼女にしては珍しいことにサイレントベアーを見上げるその目には熱意が見えた。

 だが、ここまでふらふらしていると逆に不安で仕方がない。まさに糸の切れた凧だ。


「ヨアキムは狡猾だ。助けてくれる気持ちは嬉しいけど、フィーを騙そうとどんな嘘をついてくるかわからない」


「嘘は、見抜ける」


 現在進行系で見抜けてねーじゃねーか。


 僕の心の中を読んだわけでもないだろうに、フィーが憮然とした表情で付け足す。クマプラス激辛で機嫌がいいのか知らないが無意味に饒舌だ。


「大丈夫。ヨアキムの事は、知ってる。皆、話してたから」


 ……皆、か。取り巻きの事だろう、奴らも帝都の剣士ギルドと余り仲が良くないからきっとろくでもない話を流しているに違いない。

 そういえば、そろそろ連中も復帰する頃かもしれない。脱衣所の衣類は他の客の分も含めて全て回収したが、時間さえあればどうにでもなる。


 フィーは強い。同じ剣王でもヨアキムよりも強いだろう。後半の町のキャラだというのもあるが、フィーの持つ特性はヨアキムととても相性がいいのだ。


 こちらの反応を待つかのように見つめてくるフィーを眺めながらもう一度ストーリークエストを考えた。


 エルダー・トレントは恐らく別物だから、ストーリークエスト前回のボスはギオルギだ。順当に行くと今回のボスはイグリートだろう。

 対抗でヨアキムだが彼は腐っても剣王だ。彼がボスだった場合、難易度が一気に上がりすぎである。大穴でフィーだがそれはいくらなんでもないだろう、今持っている石を全て砕いても勝つのは難しい。相性が悪すぎる。運営死ね。


 下手に敵に回るくらいなら大人しくしていて貰いたいが……。


 フィーが僕の手を握り、真剣な目で見上げてきた。フィーの手は剣士のものとは思えないくらいに柔らかく、温かい。どれだけクマスペクタクルがクリティカルヒットしたんだよ。


「ブロガー。私は……法の番人。安心して」


「法の番人……あるじの敵だな」


 サイレントベアーが耐えかねたようにボソリと余計なことを言ったその時、それに被せるように鋭い声が飛んできた。


「そこまでだ」


「……」


 いつの間にか周りを深紅の鎧を着た男たちが取り囲んでいた。帝都剣士ギルドのメンバーか。


 食堂にいた他の客達が剣呑な空気に、怯えたように逃げていく。数は五人。皆がまるで親の仇でも見るかのような目で僕を睨みつけている。

 フィーが動揺した様子もなく立ち上がり、それらに視線を飛ばす。男の一人が言った。


「ようやく見つけたぞ。お前がブロガーだな?」


 いやいや、違うよ。人違いだよ。

 答える間もなく、フィーが立てかけてあった剣を手に取り、立ち上がる。


「そうだけど……貴方達は……何?」


「!?」


 その立ち振舞に取り囲んでいた男たちが目を見開いた。

 白騎士。鎧や盾こそ装備してなくとも、美しい銀の髪と目を見れば彼女が何物なのかは理解出来るはずだ。


 まだ雨は止んでいないだろう。クエストを進めるにしても晴れた後にしたかった。


「フィーに名乗らなきゃ良かったぜ」


 深く腰を掛けたままひとりごちる僕にサイレントが不思議そうに言う。


「何でバレたんだろう。我、人型してないのに」


「宿帳かな」


「部屋取る時、本名書いたのか!? あるじ、あほじゃないのか?」


 そんなこと言われても書いてしまったものは仕方がない。


「いやいや。サイレントの熊フォルムが目立つせいで噂になって人を呼ばれた可能性もあるよ?」


「どっちにしろあるじが悪いぞ」


 雑談していると、男の一人がその正体に気づいたのか、瞠目して震える声をあげた。

 食堂の入り口から増援が入ってくる。果たして何人いるのか。しかしそれを見てもフィーは顔色一つ変えない。


「銀の髪と目……白の剣王……? なぜ、その男と一緒に!?」


「こちらが、聞いている。彼が何をしたと?」


「それは――」


 もしかしたら事情を知らないのか、フィーの瞳に圧されたかのように黙り込む男。

 ちなみに僕も事情を知らないんだが、何故僕は追われているのだろうか? ストーリークエストということで納得はしているが、全く身に覚えがない。


 舌打ちをして、乱暴に立ち上がる。身に覚えはないが、人数いても全員モブのようだし、強気でいこう。

 テーブルにばんと手をつき、連中を平等に睨みつけた。


「おのれ帝都剣士ギルドめ。こんなところまで僕のクマを奪いにきやがって……お前らに人の心はないのか!?」


「もう、しっちゃかめっちゃかだな。……うわーん、こわいよあるじ!!」


「クマ……? ヨアキム様の命令だ! お前らには…………そう、剣士ギルドの評判を害する事実無根の噂を流した容疑がかかっている! 大人しくご同行願おうか!」


 サイレントのわざとらしい演技に、男たちが一瞬困惑したように顔を見合わせるが、すぐに表情を戻し、怒鳴りつけてくる。

 大声を出せば自分達の都合のいいように進むと考えているのか、僕は自分勝手なクレーマーが大嫌いなのだ。反吐が出るぜ。


 なんか理由を作って文句を言ってくる男たちに、大きく身振り手振りを交え訴えかけた。


「それこそ事実無根だ! 僕は何もやっていない。クソッ、ヨアキムめ。こんなに人を動員して町中で襲い掛かってくるなんて、どれだけ僕のクマに夢中なんだッ!!」


「あるじ~、いまさらだけど、わたし、けっこうむりがあるとおもうぞ」


 威圧してくる無数の男たちに、サイレントベアーが弱気になっている。僕もなんかテンションが上がりきらないのでシナリオスキップしたい気分だ。

 やっぱりクマは駄目だな。エロもグロも足りてない。


 いつの間にか敵の数は続々増え続け、二十人を越えていた。僕達のテーブルを中心に円陣をくむ男たちに、フィーが先程までのチョロさを感じさせない冷静な声で言う。


「ヨアキムを呼んで。事情を確認する」


「フィリー様! こいつら、帝都の――これは一体!?」


 その時、円の外からこちらの援軍がやってきた。どうにかして部屋に戻って着替えたのか、フィーの取り巻き四人が僕達を見て愕然としている。

 しかし、取り巻きは丸腰だ。ドロップした剣は僕のポケットにあるので当然だろう。僕は混乱の余り、食堂中に聞こえるような大声で叫んだ。


「こいつら、ヨアキムの命令でフィーを攫うつもりだッ! あの男、絶対いつかやると思っていたッ! きっと監禁して好き放題に嬲った後にその華奢な身体を一センチ単位でばらばらにして豚の餌にするつもりだ、フィーを守れ!」


「!?」


「なんだと!?」


 取り巻きの一人が円の一番外にいた男に襲いかかる。相手は完全武装、こちらは素手にも関わらず躊躇いはない。いわれのない容疑を掛けられ一瞬硬直した男の足を刈ると、そのまま引き倒し剣を奪い取った。

 こいつら血の気多すぎだろ……呆れる僕の前で、囲んでいた連中が慌てて剣を抜き始める。無数の金属音が鳴る。


「フィリー様を守れ! ヨアキムの蛮行は許しておけんッ!」


 奪い取った剣を構えた取り巻きが叫ぶ。僕は煽動のやり方を心に刻みつけた。やっぱりエロとグロはいれないと駄目だな。


 状況に流されたのか、取り囲んでいた連中の内の一人が叫び声を上げながら僕に切り掛かってくる。フィーが僕を庇うように前に出て、鞘に収めたままの剣で迎え撃つ。


 堰を切ったように戦闘が始まった。

 悲鳴と罵声と唸り声が広い食堂に響きわたる。僕は一人だけ冷静にサイレントに指示を出した。


「サイレント、フィーの取り巻きに武器を渡したい。さっきドロップした剣出すから円の外に放り投げてくれない?」


「……あるじさー、こんなに混沌をひろめてたのしいのか?」


「全てギオルギとヨアキムとエレナが悪い。僕の責任はゼロだ」


「われ、いがいとたのしいかも……」


 サイレントベアーがぶつくさ言いながら僕の出した武器を取り巻きの方にぶん投げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る