第十四話:先見と噂
いつもは眠たげに細められている目が大きく見開かれ、こちらを見ている。僕は作戦の成功を確信した。
趣味も好物も過去も知り尽くしているキャラクターの興味を引くのなんて簡単だ。おまけに相手は人間ではなくNPC、成功は決まったようなものだった。
フィーの視線が僕とサイレントベアーとクマーの間を行ったり来たりしている。僕はその前でゆっくりとカップを置いた。
思うに、ゲームが現実になって変わった最も大きな点は自由度だろう。この世界ではゲームではできなかった動きが色々出来る。特に、アビコルのクエストは選択肢がない一直線の物がほとんどだったので、そこで口を挟めるというのはメリット・デメリットの前にまず面白い。
戦闘システムで仕様外の動きをするのはまずいだろう。僕はアビコルの戦闘仕様になれている。仕様外の動きをして仕様外の結果が現れてしまえば目も当てられない。
だが、クエストは好きにやっていいだろう。ゲーム時代だって、主人公は好き勝手クエストをこなしていた。プレイヤーは文章を読むだけだったが。
バッドエンドの心配はいらない。何せアビコルはエンディングそれ自体が存在しないソーシャルゲームなのだから。
「見ろ、僕の言う通りだっただろ、見られてるぜ」
「こんなのだれだって見るぞ。主が観衆の立場だったとしても見るだろう?」
「自分が興味を抱かないような物に他人が興味を抱くわけないだろ」
僕はいつだって他人の気持ちを考えるようにしている。サイレントをぬいぐるみクマじゃなくリアル熊にしたのだって緻密な計算に基づいているのだ。
結果がこれだ。本物そっくり、見事なサイレントベアーが器用に頬杖をついて言う。
「あるじさ、はんぶんおもしろがってないか?」
半分? そんな馬鹿な。全部である。ゲームを楽しんでやるのはゲーマーとしての礼儀だ。まぁシナリオはスキップするけどな。
さて、フィーの性格は単純だ。可愛い物好き。剣術馬鹿。防御特化の騎士ユニットで、鈍感で世間知らず、唯々諾々と過ごし積極性の欠片もない。
本人が静かな代わりに賑やかな部下を沢山つれており、本当にそんなんでギルドマスターが務まるのかわからないが、そもそもヨアキムやエレナでも務まっているので務まるのだろう。組織なんてそんなものだ。
そして何よりも甘党――に見せかけた極度の辛党。よくアイスクリームとかチョコレートとか食べているが、仲間が渡してくるから仕方なく食べているだけで、本当に好きなものは辛いものである。鈍いキャラだし味覚も鈍いのかも知れない。
当然だが、そこをつかない理由はない。指を鳴らしてクマーに命令を出す。全ての準備は終えていた。ちょっと大きめな声で指示を出す。
「クマー、お茶が甘すぎるぞ。僕はもっと辛いお茶が好きなんだ」
「さっき角砂糖いれさせてたのに……」
余計なことを言うサイレントベアーとは逆にクマーは速やかに行動を開始した。紅茶のカップの縁に手をつき、立ち上がって中を覗き込む。頭を振ると、その眼窩から真っ赤な粉がこぼれ落ちた。先程買い物をした時に購入した激辛調味料を事前にぬいぐるみの中に仕込んでおいたのだ。念のため用意したのが役に立った形だ。
紅茶が見るからに辛そうな真っ赤に染まり、背後からうめき声やら悲鳴やらが聞こえた。
可愛くて辛くて興味が引ける。今必要な三つの条件が満たされた。フィーもこれには興味津々だろう。ちょっと雑だがそれは……まぁ。
「さ、サイレントベアー。飲んでいいよ」
「うげっ、われがのむのか!?」
サイレントが悲鳴を上げる。その時後ろから声がかかった。
「失礼します……お客様」
声をかけてきたのはフィーではなく、宿の従業員だった。頬を引きつらせ、僕とクマたちを順番に見て、最後に真っ赤な紅茶を見る。
慇懃無礼と言うよりは今すぐにでもこの場から去りたそうな表情。その後ろには援軍なのか、従業員が数人、同じような今にも逃げ出したそうな表情で立っている。
何の用だろう……今忙しいんだけど。眉を顰め見上げる僕に、泣きそうな声で従業員が言った。
「と、当店では……食堂への、ペットの連れ込みは、禁止とさせていただいております。ご容赦下さい」
「ペット? 違う、彼らは家族だ!」
僕は立ち上がり、大声で反論した。
§
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとでエイリアンの生成物を飲まされるところだったぞ」
言い訳虚しく食堂から追い出され、仕方なく広い宿内をぶらぶら歩いて行く。方針は悪くなかった。後数分あれば間違いなくフィーは話しかけてきていたはずだ。
サイレントは既に熊モードからノーマルモードに変わっていた。形は変えられるが小さな人型が一番落ち着くらしい。肩の上で足をぶらぶらさせながら言う。
「噂になるぞ。警備兵がくるかも」
「熊と寄生されたクマを連れた男が宿に泊まっているって? 誰がそんなバカバカしい噂信じるって言うんだ。頭がイカれてると思われるだけだ」
ドラゴンが普通にいる世界でもそんな男いないだろう。
「あるじ、たちいちどこにあるのだ……」
「しかし取り巻きが邪魔だぜ。あいつらストッパーになってるからな」
フィーの卓についていた四人の取り巻きを思い起こす。常識人ぶった男剣士四人だ。それぞれがそれなりの強さを持った剣士ユニットである。
白の剣王は頭が若干弱いのであいつらがいなくなったら糸が切れた凧のようにフラフラすることだろう。だが、だからといって取り巻きを始末する訳にもいかない。そんな事やってたら異常者である。相手がNPCとはいえ、最低限のモラルは持っているつもりだ。
「我が奴らだったら、主のような者を近づかせたりしないけどな。絶対悪影響だもん」
こいつ、どっちの味方なんだよ。
「部屋までつけてその前で待っているか。さすがに部屋は別だろうし」
「すとーかーだ」
だが一人では出てこない可能性もある。
既に強烈に印象付けてある。後一歩……必要なのは後一歩なのだ。
いいアイディアが思いつかない。ロビーをうろついていると、ふと休憩スペースから小さな話し声が聞こえてきた。
――ああ、そう言えばこんな話知ってるか? ここの剣士ギルドの幹部……やばいらしい。
太った商人と痩せた商人が険しい表情で顔を合わせている。
ここの剣士ギルドの幹部と言うと、ヨアキムか。他の幹部の名前は覚えていないが…‥何かあっただろうか?
ああ、確かにヨアキムはやばい奴だ。まぁ大体男ユニットは敵なのでイカれた連中が多い、シナリオはスキップしていたので、能力以外の何しでかしていたかなどの記憶は全然ないがやばいというのならばやばいのだろう。やばいぜ。
うんうん頷く僕に、肩のサイレントがすかさず感心したような声をあげた。
「おお、あるじのながした酷いデタラメがひとりあるきしてるみたいだぞ」
「あー…………あー? ああ、ああ。あーあーあー」
「まさか主、覚えてないのか……」
「いや、なんか流したのだけは覚えてるよ」
「……それ覚えてないって言うんだぞ」
口からでまかせで喋った内容なんて覚えている訳がない。気持ちよく話が出来たのは確かだけど、それが広まっているということは余程よく出来たフィクションだったのだろう。グロとエロも程よく入れていたのかもしれない。さすが僕だ。
「我、全部覚えてるぞ。教えようか?」
「いや、別にいいよ、面倒くさいし――いや、待てよ?」
どうやら僕は帝都の剣士ギルドの風評を害するようなフィクションをぶちまけたらしい。それはそれでいい。奴らは僕を殺そうとしたわけで、どんなでまかせ流されても自業自得だ。
だが、これは使える。これは使えるぜ。
フィーは不思議系キャラだが同時に堅物で不正を許さないところがある。あることないこと吹き込めばうまいこと動かせるだろう。噂が流れているということは、多少の齟齬があっても気にはされまい、火のないところに煙は立たないのだ。煙を立たせようとする奴がいない限りは。
フィーと楽しくお喋りできるし、ついでに、剣を返した僕に報酬も与えず砂漠に落とすという酷いことをしてきた剣士ギルドに仕返しもできる。ドロップも見込めるし一石三鳥だ。
そこまで考えた瞬間、僕の中に天啓が舞い降りてきた。なるほど、そういう流れのストーリークエストだったか。
やれやれ、自分の先見が恐ろしい。どうやらアビコル勘が戻ってきているようだ。
となると、もっとフィーの好きそうなセンセーショナルな物語を作らないとな。
ロビーを通り過ぎ、集中して物語を考えるため部屋に向かう。サイレントが懐かしむような口調で呟いた。
「そういえばななしぃ達今頃どうしてるかなぁ」
「そうだな。悪いけどナナシノには死んでもらおう。ついでにシャロにも」
後でバレても謝れば許してくれるだろう。多分。
「そんなはなししてないぞ!? 後、しゃろりんはもう死んでるぞ……」
「マジか……まぁいい。もう一回死んでもらおう」
「……しゃろりん可哀想。都合のいい女だな」
どうせこの場にいないのだ。シャロくらい適当に言いくるめられる。
§
部下の持ってきた調査報告書を確認し、イグリート・セレンソンは深く息を吐いた。
剣士ギルドは元々魔導士ギルドや召喚士ギルドよりも規模が大きいが、特に帝都では剣士ギルドのメンバーは他のギルドよりも遥かに多い。
ブロガーが召喚士ギルドに逃げ込めば面倒なことになる。イグリートはブロガーの捜索に百人以上のメンバーを動員していた。特徴のある人間をたった一人見つけるなど容易い事だ。
「見つからなかった、と」
「は、はい。召喚士ギルドの前や帝都の門も見張り、情報通の、商人達にも聞き込みましたが、特に情報は見つかりませんでした」
怯えながらもはっきりとした声で報告してくる部下に、イグリートは腕を組み、唸る。
元々可能性としては低いと思っていた。探させたのはただの念のため、いらいらしているヨアキムに対する姿勢である所が大きい。もちろん、飛び降りていった時のブロガーの態度が気になったというのもあるが、それでもその男が落下死を免れ、砂漠を踏破し、帝都にいるとは思えなかった。
どちらかと言うと、落下死を免れたのならば、古都に戻っている可能性の方が高いだろう。だが、古都の召喚士ギルドから問い合わせがきていることを考えると、それもない。戻っていたら剣士ギルドに抗議が来るはずだ。召喚士ギルドが嘘をついている可能性も低い。
帝都に辿り着いたのならば召喚士ギルドに助けを求めるなり復讐のため剣士ギルドを襲撃するなりするだろう。全ての情報を考慮し、残った結論は一つだった。
「やはり死んだか……ご苦労だった。下がっていい。ああ、監視は解くな。あの口うるさい白騎士連中が消えるまでは、な」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます」
部下が大きく頭を下げ、踵を返す。部屋から出る直前に、イグリートは声をあげた。
「……待て」
「ッ!? な、なんでしょう……」
電撃に打たれたかのようにびくりと身体を震わせる部下の姿に、イグリートは眉を顰めた。
もともとイグリートは部下から畏れられていた。それはいい。剣士ギルドの幹部に必要なものだ。だが、今の部下の態度はこれまでとは少し違って見える。
鋭い目つきで、今にも倒れてしまうんじゃないか心配になるくらいに震える部下を見る。
「何をそんなに怯えている? 何かあったのか?」
「い、いえ……それは……」
「何かあったのかとッ! 聞いているのだッ!」
「ッ!!」
怒声に今度こそ、その顔が青ざめる。何もなければいい。だがその態度は明らかに何かを隠している者のものだ。それを見逃すほど甘くはない。
「まさか、ブロガーが見つかったのか?」
「い、いえ。違いますッ!」
イグリートの詰問に、部下がぶんぶんと首を横に振る。その仕草に真実を感じ、ひとまず呼吸を落ち着ける。逃したのを隠しているのかと思ったが、そうではないようだ。
「では、何があった?」
「う、噂が……その、そう、最近町で、根も葉もない噂が……流れておりまして……。もちろん、私は信じていないのですがッ! 中には……不安に思っている者が――」
「噂だと? どんな噂だ」
促すイグリートに、部下が震える声で報告を始めた。
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