第十二話:ぬいぐるみと戦術

 宿の側の通りを歩いていく。カールから聞き取った情報を元に町中を観察すれば、なんとなく言っていた言葉も納得できた。

 確かに剣士達がぴりぴりしているようだ。剣士の見分け方は簡単だ。背中に剣や腰に剣を下げている者が剣士である。杖を持っていれば魔導士だし、眷属を連れていれば召喚士だ。


 雨のせいだろう、外を出歩いている者の数は少なかったが、通りかかった召喚士ギルド帝都支部の側には何人もの剣士が真剣な表情で顔を見合わせていた。


 それらを大きく回るようにして通り過ぎる。今の目的は召喚士ギルドではない。


 サイレントアンブレラを片手に大通り沿いを歩く。そこには多種多様な店が並んでいた。そのほとんどはゲームでは買えなかった日用雑貨の類を売っている店だ。


 アビコルでは素材は売ることはできても買うことはできない。

 ゲーム内マネーで購入できるものは眷属のHPを回復させるポーションや状態異常を解除できるポーションくらいである。それらも所詮は店売り品であり、眷属が覚える回復スキルと比べたら性能がずっと低い。

 他に金の使いみちがなかったわけではないが、後半になればなるほどゲーム内マネーは溜まっていった。恐らく重課金ユーザーの大半は所持金はカンストしていたのではないだろうか。


 現実になって金の使いみちは増えたが、余り気にする必要はないだろう。食費や宿泊費だってその気になれば節約出来るのだ。


 雨のせいでがらがらの店を覗き、必要なものを買い込んでいく。

 結局カールから購入できなかった分厚い日記帳を十冊にペンの予備。うるさいサイレントを黙らせるための食料品。着替えの予備に、大きな傘。パンツにシャツにバスタオル。石鹸。オイルライターにナナシノが持っていたような大ぶりのサバイバルナイフ。真っ赤な粉末状の激辛調味料。アイテム所持制限バグが解消されたので持ち運びは気にする必要はない。


 ファンシーな雑貨店のショーウィンドウに熊のぬいぐるみが置いてあるのを見つける。フラーと同じくらいの大きさのぬいぐるみだ。案の定フラーが欲しがったので購入した。重さが気にならないと無駄遣いしてしまうな。


 一通りショッピングをし終えると、さっさと宿に戻る。傘になったサイレントが囁く様な声で聞いてくる。


「主、これからどうするのだ?」


「雨が止むまでだらだらするって言ってるだろ」


「でも何かざわついているみたいなのに……」


「なぜ僕がそれに付き合ってやらねばならないんだ」


 知らん。NPCのことなんて知らないし、剣士ギルドや召喚士ギルドが探していると言われてもだから何だとしか言いようがない。主役は僕なのだ。やりたければやるし、やりたくなければやらない。今はクエストを進めたくないので名乗りだしたりはしない。


「うーん。全部主が悪い気がするぞ?」


「いや、悪いのはギオルギとエレナだから」


 宿に辿り着く。雨のせいか外に出ている者はいない。

 ぼやくサイレントを折りたたみ宿に入ろうとしたその時、宿の前に赤い豪奢な馬車が止まった。馬車に刻まれた焔を模したような印は帝国のシンボル。身なりのいい御者に手を引かれ降りてきたのはフィーとそのお付きであろうモブ剣士達だ。


 隅の方によって観察する。丁寧に切りそろえられた銀髪に傷一つない白磁のような肌。白と銀の騎士服のような衣装がまた似合っていて、まるで夢でも見ているかのような朧げな眼差しが彼女に神秘的な印象を与えている。さすが名有りNPCはグラフィックにも気合が入っている。

 フィーは無表情のまま御者と数言会話を交わすと、そのまま淡々とした動作で宿の中に入っていった。どうやらまだ宿に泊まっていたようだ。


 見られていることに気づいたのか、お付きの剣士の一人が睨んできたので視線を逸らす。別にマッチョ男剣士に用はない。


 サイレントが傘形態のまま、小さな声で言う。感情の滲んだ声だ。


「主、あいつ……出来るぞ」


「ああ、君じゃ勝てないな。ざこっぱめ」


「……あるじ、さいきんつめたくない?」


 だがいい。勝てなくていい。相性というものはどんな眷属にだって存在する。

 サイレントはただの一体の眷属でしかない。確かにフィーと戦うクエストもあるが、彼女と戦うのはまだ先だ。


「最近? 態度変えたつもりはないけど」


「もっとわるいぞ!?」


 叫ぶサイレントをひっつかみ、僕はさっさと宿の中に入っていった。

 フィーがまだ泊まっているのならばちょうどいい。コンタクトを取る方法を考える事にしよう。



§



 僕は元アビス・コーリングの廃課金プレイヤーだ。大体のクエストは頭に入っているし、設定資料集なども全て持っていた。

 設定資料集はゲーム内の町の歴史やキャラプロフィールなど、ゲーム内での攻略には役に立たない、フレーバーテキストが集められたものだったが、世界が現実になった今、それが僕の武器になる。

 当時は付録の特殊眷属を入手出来るシリアルコード狙いで購入したのだが、世の中何が功を奏するかわからないものだ。


 部屋に戻ると、僕は早速行動を開始した。

 まずは、フラーが笑顔でぎゅっと抱きしめていた熊のぬいぐるみを無理やり引剥す。


「!?」


「ええええ……」


 フラーが手を伸ばしたままショックを受けて固まっている。つぶらな瞳が見ているその前で、フラーより一回り大きなぬいぐるみをひっくり返し、ナイフを使って背面に切れ込みを入れた。

 切れ目から中の綿を引きずり出していく。大きなぬいぐるみだけあって綿もかなり詰まっているようだ。


「あるじ、きちく……さすがのわれでもひくぞ。なんでフラーをいじめるようなこと……」


 全ての綿を抜くと、ぺっちゃんこな熊の皮と綿の山が出来上がる。

 ショックのせいか小さく震えているフラーを持ち上げると、その中に詰めこんだ。


 カールの話によると、連中は黒い影のような眷属とアルラウネを連れている召喚士を探しているらしい。それはつまり、サイレントはこの世界の住人にとって未知だがアルラウネは一般的だということだ。思えば、アルラウネは普通に魔物として出現したりもしていた。

 形状自在をもつサイレントはどうとでもなるが、フラーを隠すには『送還デポート』するくらいしかない。だが、外だけでも隠せれば見つかる可能性は減るだろう。


 熊の中でフラーがもがく。もごもごしながらその手足に自分の手足をいれていく。


 しばらくして出来上がったのはエイリアンに中身を吸い尽くされ寄生された熊だった。


 フラーはやせっぽっちだ。ずんぐりむっくりした体型だった熊のぬいぐるみにフラーを入れればこうなるのは道理であった。

 フラーIN熊のぬいぐるみがゆっくりと立ち上がる。切れ目からフラーの蔓が飛び出ているのが非常にグロテスクだ。


 サイレントが一歩後ろに退き、震える声で言う。


「す、すごくあやしいぞ、あるじ……」


「……まー待て、綿を入れればマシになるはずだよ」


「……ならないとおもうぞ」


 もがく熊のぬいぐるみに綿をつめていく。フラーは気持ちを切り替えたのか、機嫌が良さそうに蔓を揺らしている。

 まるで改造手術でもしている気分だった。苦労しつつもなんとか、詰められるだけの綿を詰め終える。


 重心がおかしなことになっているのか、熊のぬいぐるみがふらつきながら立ち上がる。無理やりつめたせいか、切れ目からは白い綿が飛び出ていた。隙間からはちらちら瑞々しい緑色が見えており、ナマモノと綿の対比が非常に目に優しくない。まぁでもずんぐりしているだけさっきよりはマシだ。さっきのフラーは現れたら攻撃を受けても仕方がないくらい不気味だった。


 サイレントが固唾を呑んで見守っている。


 フラーIN熊のぬいぐるみ、名付けてクマーはそのままのそのそと歩き、足を踏み外してベッドから転げ落ちた。


「……あるじ、フラー、見えてないみたいだぞ?」


「目があいていないのが悪いんだな」


 絨毯の上でごろごろ転がるクマーを押さえつけ、ナイフをつきつける。背面からはまるで腸が飛び出しているかのように蔓がうねうね動いている。


「あるじは一体何がしたいんだ?」


「剣士ギルドの目を誤魔化すため……というのもあるんだけど、フィーは可愛いものが好きなんだ。話しかけるきっかけが欲しい」


「かわいい……もの……?」


 黒いボタンで出来た目を二つ、ナイフを使ってえぐり取る。穴に気づいたのか、フラーがそこから手を出した。


 出来上がったのはエイリアンに寄生された熊だった。

 綿がちゃんと手足や耳の先まで詰まっているだけマシだが、一番最初、買った直後の愛らしさには敵わない。


 熊の身体が気に入ったのか、エイリアンはとても楽しそうだ。サイレントに意見を聞く。


「……どう思う……?」


「かわいくない、とおもう」


「うーん……」


 一石二鳥だと思ったのだが、姿が思った以上に魔物っぽい。


 だが、フィーは白騎士だ。冷静に考えると、魔物との戦闘には慣れているだろう。その見た目にも慣れているはずだ。そもそも好物が可愛いもの、とか一口に言っても、可愛いにも色々ある。


 目から触手を出しているクマーをしばらく眺めながら考えていたが、


「まー、いいか……」


「ほんきか、あるじ!? ほんとうにいいのか!?」


「すこしきっかけが欲しいだけだし。僕は頑張ったよ」


「我がフィーとやらだったら、こんなの連れていたら敵に認定するぞ!?」


「大丈夫だよ、フィーはそういうキャラじゃないから。一応注目は引けるだろ」


 アビコルではNPCに対して好感度というものはない。あるのはストーリークエストだけだ。

 そして、人気NPC関連のストーリークエストは基本的に進めば進む程に関係が進展していく。現実と違って下がったりしないのだ。途中ですれ違いなどはあっても最終的には必ず上がる。


 この世界は現実だがゲームを踏襲しているのは既にわかっている。


 サイレントが呆れたような声で言う。


「そりゃ、いやでもみちゃうとおもうけど……」


「まぁ見てなよ。僕の華麗なる交渉術を。十秒で魅せてやるぜ」


「あるじはすごいなぁ。とくにそのどこからわいてくるのかわからない自信はうらやましいぞ」


 相手は人気キャラとはいえNPC、設定資料やゲームプレイ時に受けたクエストで好きなものに嫌いなもの、保持スキルからスリーサイズ、過去に至るまで全ての情報を知っている。


 プレイヤーであるナナシノと接するのに比べてどれだけ楽だろうか。

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