第十話:クエストボスと事情

 アビス・コーリングでは剣士は添え物だ。だが、必ずしも全員が全員、雑魚というわけではない。


 そもそも名前のあるNPCは数が少ないわけで、そいつらはクエストボスのような存在と言える。剣士ギルドに魔導師ギルド、召喚士ギルドの名前のあるキャラクターはその筆頭だ。

 エレナのようにバランス調整をミスったような強さのキャラクターはそうはいないが、連中の強さは課金を前提としていた。


 白騎士、フィリー・ニウェス、通称『フィー』は【聖都ルーメン】で出会う数少ない女剣士だ。


 白銀に輝く剣と盾を操るユニットであり、回復魔法や光属性の攻撃魔法を自在に操る魔法剣士でもある。全体的にステータスが高く特にHPと防御力、魔法防御が優れ強力な固有能力も保持しており、眷属で言えばアイリスの単騎兵や重槍兵など、騎士系眷属の上位互換といえるだろう。無口系美少女という一定のファン層が見込める性格と銀髪銀眼というビジュアルから剣士ギルドのメンバーでは人気の高いキャラクターだった。


 聖都は後の方に実装された町であり、古都や帝都と比べて周囲のダンジョンやフィールドの難易度が高い。そんな町の剣王である彼女はキャラとしての性能もまぁまぁ高く、湯水の如く課金できず育成もままならない現在、まともに戦ったとしたら勝ち目はない。ましてやサイレントは光属性の攻撃に弱いのである。


 粛々と食事を終え部屋に戻ると、ナナシノシルエットからノーマルサイレントに姿を戻したサイレントが見上げてきた。


「どうしたんだ? あるじ、さっきから腑に落ちないような表情をしているが」


「いや……こんな所で遭遇するなんて得した気分だなーと」


 割とフィーは好きなキャラクターである。人気投票上位だけあってイベントも多く、そのためにさっさと【聖都ルーメン】に向かおうとするプレイヤーも多かった。


 だが、こんな所にいる理由がわからない。


 アビコルではクエストの数が多い。発生条件が独特なものも多く、アビコル廃人の僕とて全てのクエストを網羅しているわけではない。フィー関連のクエストはシナリオスキップせずにちゃんと読んでいたはずだが、こんな序盤に帝都で起こるクエストなんてなかったはずだ。

 まぁそもそも、現実になった結果、見たことも聞いたこともないクエストが沢山発生しているので今更なのだが。


「ラッキーだね。情報をまとめれば全国一千万人のフィー信者からアクセスが稼げる」


 本当にそんなにいるかは知らないし、そもそも今の僕はスマホすら持ってないんだけど。


「何言ってるのかわからないが、あるじってぽじてぃぶだよね」


 サイレントの呆れ声。僕はベッドにダイブして枕に顔を押し付けた。フラーが背中によじ登ってくる。


 だって、ゲームと同じことをやっていてもつまらない。報酬の高い有名クエストは大体頭に入っている、それらは受けておきたいが、それ以外だって面白いものは沢山あるのだ。現実になったことでの差異だってあるだろう。それを楽しまずしてどうして真のアビコルプレイヤーと言えようか。


「ねぇねぇ、楽しむのはいいけど、あるじはもっとわれを育てるべきだぞ」


「……面倒臭ッ」


「ええ!? いま、めんどうだっていったか!? なぁ、あるじ! あるじ!?」


 サイレントが喚いてくるが、全てはサイレントの経験値テーブルが悪い。


 身体を起こし、駄々をこねているサイレントを注視する。名前とレベルが見えてくる。


 数ヶ月。ゲールと進化1ゲールを倒しエルダートレントを平らげ並み居る魔物を尽く打倒し砂漠を踏破したサイレントの現在のレベルは――15。

 進化していないサイレントのレベル上限は30なのでまだ半分だということになる。倒したのは序盤の魔物だし、何もアイテムを食べさせていないのでレベルがなかなか上がらないのは仕方がないがこれは余りにも酷い。しかも進化させたところで大した強くならないのだ。グラも手抜きのままだ。


 僕はサイレントに慈愛の眼差しを向けた。


「サイレントは今のままでいいんだ。ずっと変わらないでいてくれ」


「だまされないぞ!?」


「アイテムが手に入ったら食べさせてあげるよ。この話はこれで終わりだ」


「やくそくだぞ!?」


 だがサイレント系列のアイテムは当分手に入らないだろう。アイリス系列のアイテムだって大兄貴からドロップしたあれ一個だけだったわけで。


 僕の表情から何か感じ取ったのか、サイレントが僕の膝をよじ登ってくる。


「しかし主、真面目な話、いま戦えるのは我だけだ。我の強化をゆうせんするべきではないのか?」


「ん? 自信がないのか?」


「そんなこと……ないけどさぁ」


 サイレントが唇を尖らせる。確かにサイレントの懸念はもっともだが、いざという時は石を砕くから大丈夫。というか、ちょっと頑張ったくらいじゃサイレントは強くなれない。


 必要なのはサイレントの強化ではなくもっと戦闘に適した眷属の召喚だ。サイレントはサイレントであってサイレント以上でも以下でもない。

 今の状態でもイグリートくらいには勝てるだろう。所詮は名無しNPCだし、対ゲールの時よりもサイレントのレベルも高い。フラーやカベオだっている。


 僕はもっと先を見据えているのだ。


「あー……もっと強い眷属、召喚したいぜ」


「…………」


「魔導石欲しい」


「あるじ、わたしにつめたすぎないかぁ!? ちょ、あるじ!?」


 まぁ雨が止んだらまた考えよう。フィーについてもせっかく会ったのだからできればコンタクトを取りたいものだ。


 サイレントを持ち上げ、頭の下に枕代わりに敷くと、窓の外から聞こえる雨音に耳を傾けながら、僕は掛け布団を頭から被って一眠りする事にした。




§ § §




「え……? ゆくえ……ふめい?」


 初めて入るギルド長室は青葉が思っていたよりも豪華だった。重厚で高級そうな木材でできた大きな机に本棚。部屋の真ん中にはソファもあり、分厚い深紅の絨毯が敷いてある。


 だが、今の青葉には周りを気にしている余裕などなかった。真剣な表情のエレナ、その隣に佇む副ギルドマスターのロックを交互に見る。

 エレナが静かに唇を開いた。凛とした表情、瞳の青がまるで深海のように揺らめいているのを見て、青葉はふと綺麗だなと思う。


「正確に言うのならば……飛行船に乗って帝都には無事に辿り着いたらしいです。そのまま剣士ギルドの方々がちょっと目を離した隙に……いなくなったとか」


「え……?」


 予想外の言葉に、青葉は考えが定まらなかった。何故、の単語が頭の中でぐるぐる渦巻いている。帝都の剣士ギルドにお礼を受け取りに行ったと聞いていた。すぐに戻ってくるはずだとも。

 隣のシャロリアが目を見開き呆然としている。崩れかけた身体を青葉は慌てて支えた。


 ギルドマスターが手を組み、忙しなく動かしつつも続ける。


「帝都の召喚士コーラーギルドには、ブロガーさんが辿り着いたらこちらに連絡をくれるように伝えてあるのですが……少なくともギルドには来ていないようです」


「そんな……どうして……」


「不明です。剣士ギルド関連はデリケートですし……本来ならば何かあった可能性を考え捜索するのですが……」


 そこでエレナが初めてその表情を崩した。困った様に眉を寄せ、唇をヘの字にする。その美貌に似つかわしくない情けない表情で言う。


「その……正直、ブロガーさんは、なんというか……何をやってもおかしくないところがあるので……どこまでおおごとにするべきか」


「……」


「案外、お礼とか放り出して観光している可能性も……あるかも……」


 今までの事を思い出し、エレナの言葉を否定しきれず、青葉は唇を噛んだ。


 心配だ。だが、青葉にはできることがない。頼みの綱だった卵からの孵化も結局小さなドラゴンが生まれただけだった。クエストを受けてレベルも上げているが、大きくなる気配はない。

 知り合いを回って飛行できる眷属を持っている者も探したが見つからなかった。飛行船が出るのもまだ先だ。


 肩を支えていたシャロリアが叫んだ。きっと強い感情を秘めた目でエレナを睨みつける。クロロンが呆れたようにそれを見上げていた。


「し、師匠は……そんな事、しませんっ! きっと何かあったんです……!」


「いや、でも……」


「きっと、なにか事件とか事故とか、巻き込まれて……いまごろ、師匠、異国の地で……困っているかも……」


 涙目で訴えかけてくるシャロリアに、エレナはとても、『彼はそんな性格じゃない』などと反論する事はできなかった。

 フラフラとした足取りでテーブルに近づき、シャロリアがエレナの方に身を乗り出す。疲れの滲んだやつれた顔が、まるで乞い願うかのようにエレナを見つめる。


「お願いします。師匠を……見つけて下さい」


「え……置いて行かれたのに……どうして――」


「きっと……きっとそれも、事情があったんですっ!」


 師匠側に不備はないと確信している躊躇いのない声。

 エレナは数秒間何かを考えるかのように目を閉じたが、


「わかりました……帝都の召喚士ギルドに人を出して探してもらいましょう」


「ほ、本当ですか!?」


 潤んだ目で見てくるシャロリアに、エレナがニッコリと笑う。隣の副ギルドマスターは渋い表情をしていたが、口をはさむ様子はない。


「何もなかったらなかったで無事でよかったということで……エレナにも一人で行かせてしまった責任はありますから」


「あ、ありがとうございます!」


「ブロガーさんも良いお弟子さんを持っているようで……何故か知りませんがエレナはとても親近感がわきます」


 思案げな表情で付け加えると、エレナは大きく頷いた。

 帝都のギルドに連絡を取るためか、ロックが頷き、足早に部屋を出て行く。


 ぼうっとその様子を見送った青葉が、ふと一つだけ確認したいことがあったのを思い出した。エレナをじっと見つめて尋ねる。


「あの……その……帝都に行くことは……できないんですか? 色々調べたんですが……方法がなくて……」


「……実は召喚士コーラーギルドでも緊急用に飛行船を所有しています。人数が少ないので剣士ギルド所有の物よりも小さいですが……」


「あの……それを……使うことは……」


 青葉だって心配だからなどという小さな理由で飛行船を飛ばせない事くらいわかっている。だが、それでも出てしまった言葉に、エレナが小さくため息をついた。


「それはエレナも考えました。まぁ、飛ばすこと自体は問題ありません。面倒な手続きはありますが、しようとすればできるでしょう。ですが一つだけ問題が――」


「問題……?」


 息を飲む青葉に、エレナは困ったような表情で言った。


「飛行船、実はちょうど今故障しているのです。この前の運行で幾つかの部品が駄目になってしまったみたいで――」

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