第七話:砂漠超えと魔導師

 砂が舞う。地面が揺れ、突然、砂の中から生えるように現れた影に、先頭に立って歩いていたカールがその名を叫んだ。


「サンドゴーレムだッ!」


 高さは三メートル程。四角形のブロックを組み合わせたような太い手足と身体はジャイアント・サンドワームよりもずっと小さいが、横幅があるためただそこに威圧感があった。

 体表は乾きひび割れており、砂がぱらぱらと落ちる。その冗談のように太い足が地面に一歩踏み出す。見た目はまるでロボットのようだ。


【カッサ砂漠】は広大だ。出現する魔物の傾向も奥地に行けば切り替わる。感情の宿っていない無機質な黒い眼球がじっとキャラバンを見下ろしている。


 僕の頭の上に座っていたサイレントがすかさず立ち上がり、それに向かって腕を伸ばす。一瞬で射出された腕は槍のように尖り、ゴーレムに何か行動を取る間すら与えず、分厚い身体の真ん中に突き刺さった。サンドゴーレムが大きく吹き飛ばされ、砂丘を転がり落ちていく。


「妙な感触だ。硬いぞ」


「サンドマンより防御高いからね」


 地面を転がり落ちたサンドゴーレムが緩慢な動作で起き上がる。その身体には穴が空いていたが気にしている様子はない。HPゲージは一割程削れていた。今までの魔物と比べたら雲泥の防御力だ。

 だが、防御が高いだけで強い魔物ではない。HPは低いのでクリティカルを出せば一撃で倒せるし、動きも緩慢で、カベオと似たような特徴を持っているが完全に下位互換である。


 その姿にほのぼのした気分で言う。


「ゴーレムが出たってことはカッサ砂漠もそろそろ終わりかな」


「行ってくるぞ」


 【カッサ砂漠】は後半からサンドゴーレムやサンドマンなどの無種の魔物が多く出現するようになる。特にサンドゴーレムは前半には出現しないので、マップが見えない今はいい指標だ。

 死が眷属のロストに繋がるアビコルではフィールドやダンジョンの把握は命綱である。数年たった今でも余程つまらないフィールドやダンジョンでなければ大体の情報は記憶に残っていた。


 護衛が身構える間もなく、サイレントが頭の上からジャンプし、サンドゴーレムに上から襲いかかる。体勢を整えようとしていたゴーレムがサイレントに押し倒される。

 性能差でゴーレムをばらばらにしている眷属を眺めていると、カールがどっしりした足取りで近づいてきた。


「今回は予想よりも早く砂漠を脱出できそうだ。戦闘時間が短いおかげだよ」


 これで短いのか。さっさと騎乗可能な眷属が欲しいぜ。無敵のプレイヤーでも疲れるものは疲れるのだ。

 若干もうクエストなんてどうでも良くなっていた。エアコンの効いた部屋が恋しい。後、癒やしが欲しい。この際もうエレナでもいい。我慢する。


 だが、文句を言っても仕方ないので肩を竦めるに留める。


「そりゃよかった。正直、もう砂には辟易していたところだ」


「サンドゴーレムも問題なさそうだな。剣で倒すには時間がかかるんだが」


「魔法攻撃が弱点だからね、あいつら」


 序盤の魔物は弱点が明確に設定されている。物理防御が高い者は魔法防御が低いし、物理攻撃に弱い者は魔法攻撃に強い。

 後ろのラクダを見るが、魔術師は力なくラクダにしがみついていた。いつまで倒れているんだか。


「まぁでも、サイレントなら力づくで倒せるよ……インフレしてるから」


「イン……フレ? ごほん。まぁ、頼もしいな。ブロガーは砂漠に詳しいのか?」


 カールは一瞬訝しげな表情をしたが、一度咳払いして聞いてきた。

 今更だがNPCを混乱させるような言葉は使うべきではないのかもしれない。


「もう数え切れないくらいに訪れたよ。レアモンスターを求めて三日三晩戦い続けた事もある」

 

 もちろん三日三晩とは言っても、トイレ休憩や風呂休憩は取っているし、ちょっとは睡眠も取った。ただの言葉の綾だ。


「それは……一人でか?」


「当然だ。複数マルチで挑戦するようなフィールドじゃないよここは」


「マルチ……?」


 アビス・コーリングにはプレイヤー同士で協力してクエストやダンジョン探索をするマルチプレイ機能が存在する。が、基本、眷属の召喚数に限界がないアビコルのマルチプレイは誰かのお手伝いか眷属の命が塵芥のように散っていく難関フィールド、あるいはマルチプレイ専用のダンジョンに挑む時くらいしか使われない。

 そして、カッサ砂漠はそのどのタイプにも該当しない。


 混乱しているカールNPCに、わかりやすいように言い直す。


「僕はずっと一人で旅をしているんだ。海、砂漠、山、天空に浮かぶ島に、鏡の中の世界とか。色々な所に行ったよ」


 クソ細分化されている進化素材を手に入れるためにな。


 巻かれたターバンの奥でカールの目が見開き、言いづらそうに言う。


「そ、そうか……信じがたい話ではあるが……強いんだな」


「大したことないよ。力だって全然足りない」


 昔ならばともかく、今の僕はただ『静寂サイレント』を一匹飼ってるだけの雑魚だ。本当に嘆かわしい。課金したい。

 サイレントがゴーレムをばらばらにし、解体した素材を持って戻ってくる。冷静に今の現状を考えると悲しくなってきた。

 深々とため息をつく。


「でも今は……やるべきことをやらないとね」


「……ああ、そうだな。サンドゴーレムが現れたということは、二日……いや、このペースならば一日もあれば砂漠を抜けられるはずだ。復讐する機会もすぐに来るはずだ」


 悲壮な表情の僕を見て、カールが何かを決心するかのように強く頷いた。


 ああ、そうだったな……。

 待っていろ、イグリート! シャロの仇は僕が取ってみせる!



§




「カベオも大きくなったなぁ……」


 本日宿泊するオアシス。

 キャラバンの皆から離れた場所で今まで集めた魔物の素材をカベオに食べさせていると、それを見ていたサイレントがしみじみと言った。


 高さ二メートル、幅一メートル程。厚さは二十センチ程、黒鉄色の身体は見るからに硬質で、砂漠に入ってすぐに召喚したばかりの頃と比較すると同じ眷属だとは思えない。唯一進化0の状態と変わらないのはその側面と底に生えた短い手足だけだ。


 まさにその姿形は僕のつけた名前の通り、壁のようだった。

 砂漠の魔物は土属性が多いからなぁ。拾った素材全部食べさせたし


「戦っている我が進化できないのにずっと送還していたカベオが進化するの、納得行かないぞ」


 進化を2回経過したカベオ。正式な種族名を『古代宮殿の叡智ある壁 リビング・ウォール』と言う。レア度は召喚したばかりの3から2も上がって5だ。まだまだ雑魚だが進化していない状態では本当にどうしようもないので最低限の大きさは得たと言えよう。


 カール曰く、このまま順調に進めば明日中には砂漠を出られるらしい。土属性の魔物ともお別れだ。


 僕は巨大な身体を不安定な小さな足で支えるカベオの身体をばんばんと叩き、硬度を確かめた。唇を舐め、こちらに静かな目を向けるカベオに語りかける。


「使い出がありそうだぜ」


「硬そうだなぁ」


「物理防御が高い反面、魔法に超弱いけどね、こいつ」


「!?」


 HPはそこそこあるが中級魔法を受ければ一瞬で蒸発する、それが進化2カベオである。物理防御が高い者は魔法防御が弱いという古き良きルールを守っているのだ。

 ちなみに、後一回か二回進化させれば魔法防御も高くなるはずだが、手間も掛かるし無駄なので余程素材が余りでもしない限りやるつもりはない。


「でもそんなカベオも……死んじゃうんだな」


「そりゃ運命だからね」


「オーブ残ったら次の眷属召喚で、それ使う?」


 使うわけねーだろ。どうせ使わなくても『生き石』は割りとポピュラーな眷属なので召喚を重ねれば腐る程出てくることになる。レパートリーも色々あって、カベオは物理防御が高いタイプだが魔法防御に高いタイプもあるし状態異常防御が高いタイプもある。

 アビコルの有名プレイヤーの中には好んで『生き石』系を使う豪の者もいたくらいだ。信じられないくらいに課金しなくては成り立たない編成で、僕から見てもあれは狂気的だった。


 沈黙で僕の答えを察したのか、サイレントが佇むカベオをじっと見上げている。それに釣られるように、僕も無言で佇むカベオを見る。


「まぁせっかく進化させたんだし、使うのはいざという時だ」


 ここぞというタイミングでぶちかましてやるぜ。


「なんのなぐさめにもなってないぞ」


 別に慰めてないからな。


 手をぱんぱんと払い、カベオを送還する。ずっと遠くからこちらを見ていたキャラバンメンバーが胸を撫で下ろしたのが見えた。

 サイレントと違って、他のキャラバンのメンバーはカベオを恐れているようだ。威圧感があるので仕方がないのかもしれないが、キャラバンを簡単に殲滅できるサイレントがそれほど恐れられていないのを考えると、見た目っていうのは本当に重要だ。


 キャラバンの近くに戻ろうと立ち上がると、サイレントが僕を見上げて尋ねてきた。


「そう言えば主、ななしぃたちが帝都につけないって言っていたけど、どういうことだ?」


「ああ……竜種って生まれたばかりじゃ飛べないんだよ。進化に時間かかるし、戦闘中じゃないと促成成長レベル・ブーストもできないから、僕達よりも早く帝都についているってのはまずありえない」


 大器晩成ここに極まれりである。アビコルの育成コストは元々馬鹿高いが、特に序盤は進化を一回二回させるのにも時間がかかるものだ。この世界は特にクエストや戦闘に時間がかかるのだから尚更である。


 だから、僕は以前ナナシノに飛行眷属の話をした際、手に入れるのならば竜種よりも育てやすい獣種だと言ったのだ。卵を引いたナナシノは本当に運が悪い。


「……なんかななしぃ、それ知らないと思うぞ?」


「前言ったと思うけど?」


 眉を顰め、記憶を思い起こす。確かにちゃんと教えている。属性相性のノートを渡した時だ。

 忘れていたとしてもそれは覚えていないナナシノが悪い。


「……主、さらっとどうでも良さそうに情報出すからな……」


「後、竜って進化させるのに竜属性のアイテム必要だからなぁ。今のナナシノじゃかなり難しいよなぁ」


「それも……言ってないと思う……」


「……相互理解って難しいな」


 聞かれたら快く教えるんだけど。


 水辺におこされた焚き火の側に向かう。

 透明な水面が月を反射してきらきらと美しく輝いていた。空気は透き通っており、木々の間を冷たい風が吹き抜けている。

 砂はもう飽きたが、オアシスの光景はもうちょっと見るのも悪くない。ついでにここが空調の効いた部屋だったら完璧だった。小さくくしゃみをする。どうして砂漠はこんなにも昼夜で極端なのだろうか。


 焚き火には串で刺された子犬程の大きさのトカゲが丸焼きにされている。オアシス付近に棲息する砂漠の貴重な食べ物らしい。

 その側にはカールと今回何の役にも立っていない魔導師が座っていた。


 直射日光が強いせいだろう、皆似たようなターバンやらフードを被っているが、魔導師は唯一モスグリーンのフードを被っているので遠目に見てもすぐに分かる。逆に言うならば色がなかったらどれが魔導師だか僕はわからなかっただろう。

 僕がキャラバンに同行してからずっとぐったりしていたが、少しは回復したのか、魔導師の胡乱な目が大きなマスクとフードの隙間から僕を覗いていた。


 カールの頬が安心したように緩んでいる。


「ああ、だいぶ調子が戻ったらしい。砂漠の真ん中で倒れた時はどうなるかと思ったが……回復出来てよかった。明日からは戦線に復帰できるかもしれない」


 ほっとしたようなカールの声色に、魔導師が小さく頷く。


「それはよかったね。あ、他の護衛の人にも言ったけど、体調回復したからって戦闘には参加する必要はないよ。回復に専念してなよ」


 魔導師は護衛クエストの鬼門だ。仲間にすればHPも防御も低いからすぐに死ぬし、敵にしたらしたで範囲魔法で護衛対象を殺されるという敵にしても味方にしても厄介なとんでもない存在である。


 クエストの難易度としても脳筋な剣士ギルド関連よりも魔導師ギルド関連の方が難しい物が多い。今回は既にサイレントを引いているのでそんなに苦労はしないはずだが、余りいいイメージがないのは確かだ。エレナよりはマシだが。


 まぁ、今回は砂漠を出るまで後一日なので念押ししておけば大丈夫だろう。


 興味を移し、オアシスの水を見てカールに確認する。


「オアシスって入っても大丈夫かな?」


「……やめておいたほうがいい。水の中には魔物もいるしな」


 別に僕は水浴びするつもりはない。ただちょっと、久し振りにフラーを出そうかと思っただけだ。水も最近あげてないし。


 少し迷ったが、『召喚コール』する。夜間ならばHPは減らないので大丈夫だろう。


 緑の光と共にフラーが足元に現れる。フラーはきょろきょろと僕の姿を探し、こちらを見つけてにっこり笑みを浮かべたが、『冷気』のフィールドエフェクトの効果を受けているのか、すぐに寒そうに震え、僕の腕に抱きついてきた。


 カールがまじまじとフラーを見て、呆れたような、なんとも言えない表情で言う。


「随分と可愛らしい眷属も連れているんだな……というか、何体持ってるんだ」


「暑さと寒さに弱いから砂漠では出さなかったんだ」


 冷えている葉っぱを撫でてやる。フラーが震えながらも喜びを示すかのように葉を揺らす。


 しかし、『冷気』のフィールドエフェクトの効果は敏捷低下だけのはずだが、この分だとやはりフラーに砂漠は無理らしい。敏捷低下でこの有様なのだから、ダメージを受ける昼間に出すのは良くないだろう。


 フラーは雑魚だなぁ、やっぱり。

 小さな身体を持ち上げ、焚き火の側に座らせるが、すぐに首を横に振ってひっついてくる。


 寒かったら普通火の側に行くものだろう。フィールドエフェクトはやはり物理的なものではないのか。


「ブロガー、それ、大丈夫なのか? 随分と調子が悪そうだが……」


「うーん……」


「フラー、だいじょうぶか?」


 サイレントがフラーに話しかける。フラーがサイレントの耐性の半分でも持っていればよかったのに。

 ダメージはないはずだが震えているフラーを見るのはさすがの僕でも辛いものがある。死ぬ時は死ぬしそれは納得しているが、今は別に必要があって召喚したわけでもない。


 送還するか迷っていると、ふと魔導師が腕を伸ばしてきた。分厚い皮の手袋をした手、小ぶりの水の宝石がついた杖が握られている。


 ドロップだろうか? 何度か瞬きしていると、透明感のある宝石が濡れ、その先から水滴が溢れた。

 乾いた砂に雫がぽたぽたと落ちる。水属性の魔導師だったのか。知らなかったが、ここが砂漠であることを考えると水の魔法を使える魔導師を連れ歩くのは道理だろう。


 膝にくっついていたフラーが目をぱちぱちさせてそれを見る。溢れた水はそれほど多くなかったが、フラーの大きさから比較すれば十分だろう。

 フラーが手を伸ばす。魔導師が調子の悪そうな掠れた声で言った。


「……礼、です。迷惑を、かけた」


「んー……?」


 迷惑をかけた? 掛けられた覚えはない。むしろ余計な事をしないで貰ってありがたい。ゲーム時代の護衛対象に爪の垢を飲ませてやりたいくらいである。

 が、そうじゃない。今はそうじゃない。朦朧とした目が、水に触れて喜んでいるフラーを見下ろしている。


 僕は軽く首を傾げてしばらく考えたが、一度深呼吸をして頷き、フラーに指示をだした。


「フラー、彼女に回復魔法を。体調がもうちょっと戻るかもしれない」


「……」


 魔導師が瞠目する。


 女魔導師だったのか……フードにマスクで声も出さないし興味なかったから全然気づかなかった。だぼだぼのローブを着ているがこうして冷静に見ると男にしては小柄だ。グラフィックを隠すとはNPCとしてあるまじき行為である。余程イラストレーターが手を抜いたのか。


 名無しだから期待は出来ないが、おっさんばかりで癒やしも足りないし一応確認だけはしておこう。


「主、てのひらのかえし方が雑。それにフラー体調わるいんだぞ?」


 文句を言うサイレントとは違い、フラーは素直に魔導師に腕を伸ばした。魔法の光が暗闇を照らす。

 大丈夫大丈夫、『冷気』で低下するのは敏捷だけだから。

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