第六話:良心と商人と新たなる力
一夜明け、オアシスを出立する準備をする。僕に向けられる視線は昨日の法螺話により胡散臭げなものから強大な悪に立ち向かう者に対する憐れみの視線に変わっていた。
一晩何を考えたのか、目の下に巨大な隈を張り付けたカールが苦渋の表情で言う。
「……帝都フランマは剣士ギルドの権力が強い都市だ……そう簡単に手出しは出来ない。チンケな商人なんて簡単に潰されちまう」
「それは恐ろしいところだね」
アビス・コーリングの世界には幾つか大きな町が存在し、それぞれ特色を持つ。
【帝都フランマ】はその一つであり、重課金でブーストせずに順調にメインクエストを進めていけば三番目に辿り着く都市だった。そして、剣士ギルド関連のイベントが多い都市でもある。
存在するクエストも自然と剣士関連の物が多くなり、騎士系の眷属を進化させる素材が手に入りやすいので僕達プレイヤーはレア度の高い騎士系眷属を手に入れるとこぞってそこを回ったものだ。
もっとも、序盤の都市なので後半に訪れることはあまりなかったけれど。
完全他人事で相槌を打つ僕に、カールがぐぅと一度唸る。
「現皇帝が……優れた剣士なんだ。そもそも、奴らが都市防衛の要である事も間違いない。今まで……おかしな噂などはなかったが――俺は行商人だからな」
「へー」
そりゃおかしな噂なんてあるわけがない。僕の話は控えめに言ってフィクションばかりだ。イグリートが聞いたら驚くことだろう。
僕はその時の表情を想像して笑いを噛み殺し、偉そうに腕を組んで押し殺すような声で答える。
「そりゃ随分と――うまく隠しているんだろうな」
「ああ、そうだろうそうだろう。ヨアキムやイグリートの名は俺も聞いたことがあるが、そんな男だとは知らなかった。だが、俺達にも良心はある。表立って動くわけにはいかないが、出来ることはやらせてもらう。命も助けて貰ったしな」
どうやら僕の言葉を信じ切っているらしい。そんなんで商人として大丈夫なのだろうか、僕がカールの立場だったら絶対に信じないだろう。
何しろ、僕の話した内容はいくらなんでもドラマチックすぎる。大抵現実っていうのはもっとつまらないものだ。
この世界は現実じゃなくてゲームだけどね。
後ろに立っていたサイレントがちょんちょんと僕をつっついて小さな声で言う。
「主、本当のこと言うなら今だぞ」
「君は僕の良心かよ」
まーこのままでいいんじゃない、面白いし。イグリートもカールも所詮はNPCだし、ストーリーは基本スキップとはいえ、クエストが面白いに越したことはない。何より剣士ギルドは元々敵なのだ。
僕の表情を見てサイレントが肩を竦めた。無理にでも止める気がないあたりこいつの邪悪さが見て取れる。
サイレントがこそこそと続ける。
「しゃろりんがちょっとかわいそうだぞ」
「悲劇のヒロインだぜ? 美味しい立ち位置だ」
「ななしぃは主にぎりぎり救われたのになんでしゃろりんだけ……」
「別に差別しているわけじゃないよ」
差別じゃない、区別だ。シャロのことも別に嫌いではないがNPCとプレイヤーではやはり違いがでてしまうものである。
後そこらへんも嘘っぱちだから、別になんとも思わないぜ。
「大体、しゃろりんとななしぃがこの話を聞いたらどうするのさ……名前まで出しちゃって」
別にどうもせんがな。聞かれたところで困るのは僕ではない。
全く微動だにしない僕を見て、サイレントが手足をばたばたさせておかしな事を言った。
「ななしぃももしかしたら、今頃、竜で帝都に向かってるかもしれないんだぞ? 帝都について話を聞いたらびっくりするぞ?」
「え? ああ、それはないよ」
即答にする僕に、サイレントが大きく首を傾ける。
「……どうして言い切れるのだ?」
それに答えようとしたその時、カールが僕を訝しげな目で見ていることに気づいた。
こそこそしていたのが悪かったらしい。何の負い目もないのだから堂々としていればいいのだ。
カールは出立の準備をしているキャラバンをちらりと見て、声を顰めて聞いてきた。そのぎょろりとした大きな目が僕を見下ろしている。
「……ブロガー、一応……疑っているわけではないんだが……嘘をついていたりはしないよな?」
「嘘……?」
僕が嘘を……? そんな馬鹿な。僕は確かにフィクションてんこ盛りの物語を語ったが間違えたことなど言っていない。だが強いていうのならば……そうだな。
真剣な表情で周囲を見渡し誰も見ていないことを確認して答えた。
「ごめん、一つだけ、僕の言葉に誤りがあった」
「一つだけ? ……なんだ?」
サイレントがじっと聞き耳を立てている。僕ははっきりと言った。
「僕は突き落とされたんじゃない。自分から飛び降りたんだ。状況を立て直すにはそうするしかなかった」
シナリオをスキップしたのは僕だが、嘘は良くなかったな。
§ § §
空気が揺らめく砂漠をキャラバンを先導して歩く。カールの隣を歩いていた、隊商に入って数年が経つ商人の弟子がひそひそと聞いてきた。
「お頭、本当にやるんですか? 相手は天下の剣士ギルドですぜ」
本来ならば危険な砂漠を移動中に余計な話をするなど以ての外だが、不安に思う弟子の気持ちもわかるのでカールは何も言わなかった。
ただ燃える大地を眺めながら、険しい表情で頷く。
「ああ、商人にも仁義ってもんがある」
【帝都フランマ】を擁する帝国は強大だ。その国で、剣士ギルドの権力は魔導師ギルドや召喚士ギルドを圧倒しており、犯罪の一つや二つ握りつぶすのは簡単だろう。相手が他のギルドのメンバーでも、一般市民だったとしても。
帝都の剣士ギルドにはそれほどの力がある。
だが、商人が属する商人ギルドだけは別だ。商人ギルドは剣士ギルドや魔導師ギルド、召喚士ギルドとは敵対していない。商人達がほぼ漏れなく属し、商売を管理するそのギルドはどの国でも無視出来ない存在である。当然、行商人であるカールも所属していた。
商人ギルドは争いを好まない。商売に私情を挟んだりもしない。
カールの雇っている護衛もそのほとんどは剣士ギルドに所属している者である。だが、同時に護衛として長期的に契約している気心の知れたメンバーであり、カールは命を賭してキャラバンを守ってくれる護衛達を信用していた。
左右を固める護衛達の表情は暗い。自らが所属するギルドのいち幹部の蛮行を臨場感たっぷりに聞かされればそうもなるだろう。
それを見て、カールは内心で頷く。知らないな。こいつらは、何も知らない。
カールは自らの目利きに自信がある。商品に対しても、人に対しても。そうでなければ小規模とはいえ砂漠を渡れるキャラバンを率いることなどできない。
剣士ギルドは決して犯罪組織ではない。腕っ節が物を言うため、所属メンバーには粗野な者も多く時折問題は起こすが、基本的な立ち位置は犯罪者や魔物から市民を守る側にある。
ブロガーから聞いたイグリートの蛮行は許されざるものだったが、剣士ギルド全体がそれに関与しているとは思っていなかった。
まだ何か言いたげな弟子を安心させるように大きく頷く。
「安心しろ。俺とてブロガーの言葉を全て信じているわけではない」
大仰な動作で感情を示し、すらすらと出てきた話は出来すぎている。まるで物語のように。
だがしかし、同時に嘘をついているようにも見えなかった。普通の人間は嘘をつけば罪悪感を覚えるものだ。躊躇いの一欠片も見えないその目には真実味があった。
カールは商人だ。商人は不利益を被るような事はやらない。ましてやカールの双肩にはキャラバンの命運がかかっているのだ。長年共に旅を続けた仲間を路頭に迷わせるわけにはいかない。
一人ならば協力していただろう。だが、カールには守るものがある。
「ブロガーも協力は求めなかった。恐らく、俺の立場を気にしてくれていたんだろう」
――勘違いしないで欲しい。僕は聞かれたから語っただけで、別にカール達に何かして欲しいとは思っていないよ。
昨晩はっきり告げられた言葉は今もカールの耳の奥で残っている。もしもブロガーがカールを騙し不利益を与えようとしているのならばそんな事は言わないだろう。
ただでさえそんな蛮行を聞かされたところでカールにとっては対岸の火事、出来ることなどほとんどないのだ。
だからキャラバンの主、カール・アッヘルに残されたのは意地だけだった。商人の間でやり取りされるのは品物だけではない。危険地帯や人物、情勢の情報、噂話もその対象だ。
じろりとラクダの上に乗ってどこか遠くを見つめるブロガーを見て、カールはその唇を釣り上げた。
「なーに、てめーらを危険に晒しはしねえ。少しばかり、偶然聞いた信憑性の薄い噂を流すだけだ。少しばかり、な。こんなの……本当によくある話だ」
§ § §
何が起こったのかわからなかった。隣ではシャロリアが青葉と同じような呆然とした表情でしきりに瞬きしている。
手の平に感じる小さな重み。夢や幻などではない。
「そんな……こんなの、ど……どうやって乗れば……」
手の平に乗った翼のある白い綺麗なトカゲ――卵が光と共に消失し、代わりに現れたそれをじっと穴が空くほど見つめながら、青葉は震える声で呟いた。
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