第四話:護衛クエスト

 アビス・コーリングのクエストにはいくつかの形式がある。

 もっとも一般的なものは特定素材を入手する『納品』と特定モンスターを倒す『討伐』だが、その中の一つに護衛クエストと言うものがあった。


 それは簡単に言うと、足手まといを守りながら特定のフィールドを踏破するクエストだ。守る対象は一人のこともあるが、大抵の場合は複数人だった。

 アビコルでは最も面倒臭いとされていたクエストである。少なくともパーティメンバーが揃うまでは避けたほうがいいクエストだ、と。これはアビコルの戦闘形式が他のソシャゲーと比べて特徴的であるためだ。


 ターンなど存在せずこちらの攻撃を待ってはくれないリアルタイムバトル。詳細な命令はできずに基本的にオートで動く眷属達。そして、何より、フレンドリーファイア――味方攻撃完全解禁で範囲攻撃など放ったら仲間眷属にも盛大に当たる点などなど。


 クエスト内容の関係上、護衛対象はHPも防御も脆弱であることが多い。

 アビコルの護衛クエストでは護衛対象は毎回何人か死ぬ。魔物も何故か護衛対象を狙ってくるし、こちらの眷属の攻撃に巻き込まれて死んだりもする。何より、背中を見せて逃亡したり自暴自棄になって突っ込んだり護衛対象のAIがアホすぎた。勝手に死んでいくのだ。


 守った数に応じて報酬が変わり、一人も零さず守りきれれば報酬の数も跳ね上がるが、完全に守りきれるなど稀だった。おまけに護衛対象は眷属と違って魔導石で復活できないのだから、面倒くさい。

 一度しか受けられないクエストなどはうまくいくことを天に祈るしかなくストレスの貯まるクエストぶっちぎりでナンバーワンだった(ちなみに一度しか受けられないクエストは失敗してももう一度受けたりできない)。


 そのため、ゲーム内では敬遠されがちなクエストだったが、現実では違う。


「おい、サイレント、キャラバンをちゃんと守るんだよ。護衛対象に攻撃を通すなよ」


「……何を今更。わかってるぞ」


 人型に戻ったサイレントが憮然とした様子で答えた。

 ゲーム時代のサイレントはわかっていなかった。さすがに護衛対象を攻撃したりはしなかったが、護衛対象が攻撃を受けている最中も別の魔物の殲滅を優先したりしていた。AIが馬鹿だったのだ。


 AIの向上はこの世界がゲームよりも優れている点の一つだろう。

 特に言葉で出した指示を柔軟に受け入れるなど、さすがにゲームシステム向上に熱心だったアビコル運営でも手が出なかった事だ。


 オアシスで一泊して補給をする。

 水に食料。ファイア・フライに燃やされたものの中には食料もあったらしく、果実や水辺に現れた動物の肉を採取してラクダに積み込んでいく。

 空が藍色に輝いた辺りで出立の準備が整った。直射日光を防ぐため、ターバンを巻き直したカールが僕に向かってもう一度頭を下げる。屈強で粗雑そうな見た目だが礼儀がなっている。


「助けられたばかりか護衛まで……本当に申し訳ない」


「まぁこういう時は助け合いだよ」


 思ってもいない事を適当に言う。あえて印象を悪くする必要もないだろう。


 ラクダを数頭失い護衛が何人か死んでも、カールのキャラバンは大所帯だ。戦える者もカールを含めて数人しか残っておらず、魔導師の体調もまだ戻っていない。

 構成は長めの短剣ダガーや槍を持った剣士(と言うより盗賊崩れのように見える)が五人、フードを深く被ってぐったりした魔導師が一人。

 僕は剣を磨いている連中を手をぱんぱん打って集めた。


 ぞろぞろと目つきの悪いターバン男達が集まってくる。胡散臭いものでも見るような目で僕を見上げてくるそいつらにはっきりと言ってやった。


「君ら、戦わなくていいから。僕の邪魔をするなよ」


「……は?」


「勝手に死なれると困るんだ。僕が受けた依頼は護衛であって敵討ちではないんでね」


 大体そんな短い剣でどうやって魔物を倒すというのだ。攻撃力が足りなさすぎる。

 いくら鍛えており、砂漠に慣れていると言っても、サソリや蝿にやられるレベルだ。あっという間にヒトクイサボテンの餌にされるのがオチだろう。

 僕の目には男たちの頭の上にHPのバーがはっきり見えていた。これがゼロになったら報酬が減る。全員死んだらクエスト失敗だ。


「ッ……」


 護衛対象になった護衛達が何か言い掛け、唇を噛む。僕に救われた事を理解しているようだ。

 言い争いが発生したら止めようとしていたカールがそれを見て胸を撫で下ろしている。僕はそれを鼻で笑って続けた。


「魔物が出たらラクダの側から離れるなよ。逃げ出したり前に出たりしたらさすがに面倒見きれない。サイレントが全部やるから、お茶でも飲んでたら?」


「主は煽るのがうまいなぁ」


 サイレントが魔法職じゃなくてよかった。大量の魔物を一度に攻撃出来る範囲魔法は調整が効かない。

 しみじみと言うサイレント。理解不能な生命体をこわごわ見ていた護衛の一人が小さく手を上げた。


「だ、だが、キャラバンは長い。四方から同時に魔物の襲撃を受けたらどうする……?」


「昨日襲われていたのを助けた時みたいに、サイレントが上空から攻撃する。そもそも見通しのいい砂漠で四方から同時攻撃を受ける事なんてそうはない……現れた魔物を手こずらずに殲滅できていたら、ね」


 護衛達が絶句する。聞いた話ではカール達はレッドスコーピオンジェネラルを初めとしたサソリに手こずっている間に蝿に集られたらしい。自業自得である。

 命は大事にしないとだめだよ、人間は眷属と違って再生コンティニューできないし、プレイヤーと違って無敵でもないのだから。


 まだ何か反論がありそうだったので、口を開く前に宣言した。

 別に僕は戦うなと言っているわけじゃない。


「まぁ別に死にたいなら戦ってもいいけど、保証はできないから」


「わ、わかった」


 僕はあくまで彼らのために言っているのだ。死にたければ好きにすればいい、どうせNPCの命なんて魔導石一個分程の価値もないのだから。



§


【カッサ砂漠】は魔の領域だ。高い気温に乾き。時折吹き荒れる砂嵐に、襲い掛かってくるその環境に適応した魔物。そこに人の住み着く余地はなく、好んで通ろうとするものもまたいない。

 【カッサ砂漠】越えは【古都プロフォンデゥム】から【帝都フランマ】への最短の道だが、正規の飛行船ですら砂漠上空は通らない。

 だが、命が掛かるからこそ高い稼ぎになる。飛行船の積載量は少なく、古都周辺のダンジョンやフィールドで産出された素材は帝都では飛ぶように売れる。

 逞しい商人の中には長年隊商を率いて砂漠を越え商品を運ぶ者もいる。カールはそんな命知らずの商人の一人だった。


 そんなカールの身の上話をうんうん適当に頷きながら受け流す。女の子ならともかくおっさんの半生なんて興味もない。時間が腐るほどなかったらスキップしていたところだ。


ラクダの上は乗り心地がひどく悪かった。本来は荷運び用らしく、体調の悪い魔導師を除いた他の連中は歩いているので乗せてもらっている僕が文句を言うわけにはいかないが、騎乗用の眷属が手に入るまで二度と砂漠を訪れない事を内心誓う。


 先頭では、襲い掛かってきたサンドワームを巨大に膨れ上がったサイレントが真っ二つにして吹き飛ばしているところだった。断面から緑の血が盛大に噴き上がる。真っ二つにされ崩れ落ちた身体が地面を揺らしラクダ達がざわめく。カールがそれを落ち着かせる。護衛やカールの部下達が恐ろしいものでも見たかのように顔を突き合わせていた。


 カールが興奮したように荒く呼吸しながら僕を見る。


「恐ろしい力だな。悪食のジャイアント・サンドワームを一撃とは」


「悪食なのか」


「仲間が何人も食われてる。奴らはキャラバンの天敵だよ、でかくて力が強くて何にでも襲いかかる」


 ミミズに食われるなんて前世で何をしたらそんな運命に見舞われるのか。


 アビコルでは魔物や眷属は身体の大きさでステータスに補正がかかる。電車程の大きさをしたジャイアント・サンドワームは上から三番目だが、サイレントの『形状自在』は大きさによる補正デメリットをゼロにしてくれる。

 サイレントが死体を細切れに刻み、僕の方に持ってきた。サンドワームの牙や皮は土属性の素材である。カベオがもう少しだけマシになるだろう。ポケットに素材を入れる僕に、カールが愕然としていた。


 キャラバンが砂漠を進む。どうやら目印が何もないように見える砂漠も、カール達にとっては異なるらしい。時に進路を微調整し、時には遠くに見える砂嵐を避け、どんどんと淀みのない足取りで進んでいく。


 道程は順調だ。死人も一人も出ていない。上からいきなり降ってきたファイア・フライにはヒヤッとさせられたが、それもサイレントが瞬時に駆逐してみせた。これはクエスト報酬最大を狙えるだろう。ゲーム時代もこれくらい楽だったらよかったのに。


 初めは緊張していたキャラバンも、サイレントの力があれば魔物は恐れるに足らない事を実感したのか、後半はだいぶ弛緩していたようだ。

 太陽が大きく傾き、地平線の端っこに次のオアシスが見えてくる。予定よりも到着が早いがそれはサイレントの力をカールが見誤っていたからだろう。

 どうやら本当に道が判っているらしい、三日間彷徨った僕は何だったのか。


 薄汚れた地図から顔を上げ、カールが叫んだ。


「よし、今日はあのオアシスで一泊するぞ」


§


 自慢じゃないが、僕は方向感覚があまり良くない。常識はずれの方向音痴とまではいかないが、正しい目的地に向かうにはGPSつきのマップアプリが必要になる。

 道と人の顔を覚えるのは苦手だ。この世界だと後者は勝手にシステムが補正してくれるので前者だけが問題だった。


 辿り着いたオアシスを見ても僕にはそれは一個前のオアシスと何が違うのかわからなかった

 思わずぼやく僕に一日働いたサイレントが呆れたように言う。


「主、本当にカールと遭遇してよかったな」


 いや、オアシスなんて無くてもまっすぐ行けばどっかに辿り着くし。

 僕は蹴っ飛ばしカウンターを一個減らし、久し振りにサイレントを踏みつけながら返す。


「そうだね。サイレント、次からはちゃんと地図を頭にいれときなよ」


「あるじはけんぞくをなんだとおもっているのだ」


 マップがないのが全て悪いのだ。


 水辺には動物がいたが大所帯の僕達を見て近づいてくるものはいなかった。護衛の何人かが食材を手に入れるためか弓の準備をしている。


 キャンプの指示出しが一段落したカールが僕の方に近づいてくる。

 そして、僕とサイレントを見てふと思いついたように言った。日に焼けた浅黒い肌、細められた目が興味深そうに、明らかに旅歩きには向かない召喚士のローブに向いている。


「そういえば、ブロガーは何故一人で砂漠に? この砂漠は一人で抜けられるようなものではないだろうに――い、いや、混み入った事情があるのならば言わなくてもいいが……」


 そういえばまだ言っていなかったか。面倒なのでスキップしてもいいが……。


 一個前のオアシスで奇妙な果物を投げてやった子供がこちらを見て聞き耳を立てている。他の面々も、作業をしながら興味深そうにしている。きっとキャラバンのメンバーにとっては僕のような見知らぬ存在がグループに参加してくるのはとても珍しいのだろう。


「うわぁ、あるじ、悪い笑顔してるぞ――むぎゅッ!」


 余計なことを言おうとするサイレントを踏み潰す。僕は勿体をつけて悲しそうな表情を浮かべて見せる。


「いやぁ、それには悲しい事情があるんだよ……」


  別に思う所があるわけではないが、僕は暇つぶしにあることないことカール達に吹き込むことにした。


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