第二話:待つ者と待たせる者

「主はいつも何を書いているんだ?」


「日記」


 砂漠の朝夜の気温差は激しい。朝は大地をジリジリ焼いていた『炎天』のフィールドエフェクトは日が暮れると同時に消え、代わりに耐性のない眷属の敏捷を十パーセント低下させる『冷気』のフィールドエフェクトがかかる。

【カッサ砂漠】はフィールドエフェクトに慣れるための触りのようなフィールドなのだ。


 砂漠のど真ん中、何もない大地で僕は日記を書いていた。

 雲一つない空。空に輝く七つの月と星の光は十分な光源になっている。満点の星空の輝く寂寞とした光景が広がっていた。

 側に膝を抱えて座っていたサイレントが呆れたように言う。


「砂漠で遭難していても変わらないんだな」


「日課なんだ」


 アビス・コーリングがサービス終了してもう何年も経っている。【カッサ砂漠】は序盤のフィールドなので、僕がゲーム内で【カッサ砂漠】を訪れたのは更に数年前だ。

 長時間のプレイで染み付いた知識はそう簡単には消えないが、流石にどうでもいい序盤フィールドの情報は少しずつ頭から薄れていく。書き留めて置かなければいつか忘れてしまうかもしれない。


 日記にはその日の出来事や思ったことの他にも、出現する魔物。クエスト。手に入るアイテム。注意事項に悪意のあるトラップなどを書き記していた。いつかこの情報が役に立つように。


 サイレントが首を伸ばして覗き込もうとしてきたのでそれを日記ではたき落とす。人様の日記を覗こうなんて、デリカシーがないなんてものではない。


 僕はさっさと日記を閉じて、ポケットの中にしまった。うつ伏せに倒れたままサイレントが言う。


「主……気になってたんだが、それどうなってるんだ?」


「……手品だよ」


 理屈なんて知らない。テレビの仕組みを知らなくてもテレビは見れるしスマフォは使えるのだ。召喚も送還も眷属召喚だって、僕は理屈なんて知らない。どうでもいい。

 そんなくだらない事を考える暇があったら魔導石を効率良く集める方法を考えるわ。


「そんな便利な能力があれば商人とかになればいいのに……主みたいな人間なら向いてると思うぞ」


「いや、僕コミュ障だし……」


 そもそも、アビコルはシミュレーションではなくRPGなのだ。シュミレーションゲームも嫌いではないが、リアルでやろうとは思わない。


 ぶつくさ言うサイレントを無視し、僕は腰をあげた。今まで座布団代わりに敷いていたカベオがずりずりと這いつくばるようにして逃げる。サイレントがその短い手を掴んでカベオを立たせた。


 『生き石リビング・ストーン』はステータスが偏っている眷属だ。力も敏捷も魔力も低いしHPも並だがその代わりに防御だけが突出して高い。実際にその動きを見ても納得である。


 純粋な防御だけならば遥かにレア度の高いサイレントを超えるだろう。ただし特性が弱く物理耐性がないのでサイレントよりも頑丈というわけではない。アビコルではレア度弱者に人権はないのだ。

 サイレントが薄い壁のようなカベオを見てしみじみと言う。 


「カベオも哀れだな……主のような主に召喚されて」


「僕ほど眷属をうまく使える者はいないよ」


「眷属虐待だぞ。カベオなんて名前の時点で何に使うかバレバレじゃないか」


 サイレントが文句を言いまくっている反面、当の本人のカベオは何も言わない。言語機能がないのだ。静かで本当に素晴らしい。

 カベオはそのままサイレントの隣でぺたんと座り込んだ。


 そういや日本の妖怪に『ぬりかべ』とかいうのいたなあ、なんて、くだらない事を考えながらポケットから一本の牙を取り出す。

 昼間倒したサンドワームの牙だ。細いが僕の手のひらと同じくらいの長さがある。


「お、何するのだ?」


「カベオの進化だよ」


「ええええええ……」


 サイレントが何とも言えない声をあげる。

 カベオの進化条件は土属性のアイテムの蓄積である。砂漠と相性がいい。

 カベオは僕の差し出したサンドワームの牙を受け取ると、自分の身体に押し付けるように当てる。細い牙がそのマーブル模様の身体にめり込むように消えた。


「ちょ、育てるの? すぐロストするとか言ってなかったか?」


「いや、こんなに表面積小さくちゃ使い物にならないじゃん」


 A4ノートくらいのサイズしかないのにどうやって使えっていうんだ。いや、それでも使えなくはないけど、最大限の効率を出すのならば少しは育てなくてはならない。

 雑魚でも魔導石を5個使って召喚しているのだから。


「我もまだアイテムなんて貰ったことないのにぃ……」


「サイレントは育てなくてもそこそこ使えるからね」


「うぅ……なんか複雑な気分だぞ」


 サイレントが膝を抱えて羨ましそうにカベオを見ている。

 大体、サイレントはレアな眷属だ。サイレントを進化させるにはアイリスの単騎兵のように、サイレント系列の特殊な素材アイテムが必要で、序盤での進化は不可能である。

 恨むならレアな自分を恨め。


 次から次へと出されていく素材を取り込むカベオを見てサイレントがポツリという。


「あー、我もお腹減ったぞ……」


「僕は減ってないよ」


「たまに主が本当に人間か怪しく思うぞ」


 ごろんと砂の上に寝転がり失礼な事を言うサイレント。

 その様子に一つ、ずっと気になっていた、尋ねた。


「サイレントさ……餓死とかあるの?」


「いや、ないけど。我は主の魔力で生きてるからな」


 やはりゲームと同様、眷属に空腹度などはないようだ。じゃー食い物なんていらねーだろ。


「あー、ななしぃかしゃろりんがいたらご飯くれるのに」


「餌付けされてんじゃねえ。大体、先はまだ長いんだから慣れておきなよ」


「今度オアシス見つけたら絶対食べられるの探そうね」


 そんなに腹が減っているのか。食べ物をポケットに入れてくるべきだったのかもしれない。

 次に町についたら補給することにしよう。そう心に決め、僕はサイレントに返した。


「サボテンでも齧ってろ」



§ § §



「青葉ちゃん大丈夫か? 最近頑張りすぎているようだが」


「はい。ありがとうございます」


 ゴンズの言葉に、青葉が小さく微笑みを浮かべて答えた。しかしその表情にはどうしようもない疲労が滲んでいる。


 最近の青葉のスケジュールは過密を極めていた。

 朝起きて着替え、食事をとったら走るためにシャロリアと共に公園に向かう。

 卵を背負籠に入れて十キロ程走ったら、続いてギルドに向かう。【帝都フランマ】に向かったブロガーの情報が何か来ていないか確認するため。他に帝都に向かう手段がないか確認するため。そして、クエストを受けるためだ。

 青葉に休んでいる暇はない。クエストをこなせば運が良ければ魔導石も手に入り、新たな飛行持ちの眷属を召喚できる可能性が増す。生活するにはお金がいる。卵の孵化を優先してアイちゃんの育成を遅らせるわけにもいかない。

 クエストをこなし、夜になった時にはさすがの青葉も既にクタクタだ。だが、走りに行く。

 卵はまだ生まれる気配はない。孵化まで何キロ必要なのかわからない以上、青葉に出来るのは少しの隙間時間でも走ることだけだ。限界まで走ったらふらふらになりながら宿に戻り、眠る。


 今日受けるクエストを選びにいっていた、シャロリアが小走りに近づいてくる。親友の少女は青葉よりもずっと疲れのたまった表情をしていた。今にも倒れてしまうんじゃないかと心配になるくらいに。


 シャロリアは小柄だがタフだ。便利な日本で生まれ育った青葉と、何年も前から一人で生きているシャロリアではバックボーンが違う。

 その憔悴した原因は肉体的なものではなく精神的な面が強い。ブロガーがいなくなって数日。同じ部屋で寝起きしているが、シャロリアが毎晩うなされている事を青葉は知っていた。


 ゴンズがその表情を見て、声を落とし慰めるように言う。


「なに、ブロガーなら大丈夫だ。何しろ、平然と大事を成し遂げる男だ。今更剣士ギルドの連中の中に混じったところでなんとも思わないだろう。今頃、空の旅を楽しんでるさ」


「わ、私も……心配してないです」


 その言葉に、青葉は一瞬言いよどみ、しかしなんとか答えた。


 心配していない。嘘だ。ブロガーの実力について青葉は良く知っている。眷属の強さも召喚士についての知識も青葉は足元にも及ばない。だがそれは、心配しない理由にはならないのだ。

 何よりも、その青年の不在は予想以上に青葉の精神を蝕んでいた。なぜ何も言わずに置いて行かれたのか、そこまで青葉とブロガーは浅い関係だったのか。ここ数日、考えなかった日はない。


 いや、正直に言おう。青葉は寂しいのだ。ただ寂しい。だから今も、無理をしてでも一刻も早く帝都に向かおうとしている。


「ブロガーの奴も青葉ちゃん達二人残して出ていくなんて、薄情な男だな」


 実感のこもったゴンズの言葉。その時、カウンターの奥からエレナが出てくる。青葉にその驚くほど透明な青の目を向けて言う。


「ブロガーさんが帝都の召喚士ギルドに辿り着いたら連絡して貰うつもりです。剣士ギルドから連絡もあるでしょうが」


「は、はい。ありがとう…‥ございます」


 その言葉に、青葉は慌てて頭を下げた。エレナが同性でも見惚れるような柔らかな笑みを浮かべる。


「大丈夫、ブロガーさんならきっと大丈夫です。眷属も強力ですし、案外あっさり戻ってきますよ………………た、多分」


「……はい」


 最後に若干言いよどんだギルドマスターに、青葉はただ小さく頷くことしかできなかった。



§ § §



 行けども行けども砂漠には果てが見えない。変わり映えのしない砂丘の中、アクセントは時折現れる魔物だけだ。


 地中から襲い掛かってくる砂と同色の体表をした電車のように大きなミミズ、『ジャイアント・サンドワーム』。

 赤褐色の硬い装甲と斬撃属性をもつハサミ、そして剣のような尾を持つサソリ、『レッドスコーピオンアーミー』。

 器用に武器を操る僕と同じくらいの大きさの砂人形、『サンドマン』。他にも蝿やら人食いサボテンやらスケルトンやら、やたらバラエティに富んだ魔物たちは見ているだけで結構楽しいが、サイレントの敵ではない。

 元々、僕が【カッサ砂漠】を超える道を選ばなかったのはひたすらに広いフィールドのせいだ。


 フィールドエフェクトが効かず状態異常に高い耐性を持ち、現れる魔物に応じて攻撃属性を操作できるサイレントがいれば砂漠の魔物は大体なんとかなる。

 いや、サイレントじゃなくても似たようなレア度の眷属ならば大体誰でもいけるんだけど。


 砂漠をただひたすらに歩きながら、今更後悔していた。ため息をつく。


「あー、ナナシノ連れてくればよかったな」


「どうした、いきなり?」


「退屈だから。サイレント以外の話し相手が欲しいぜ」


「…………あるじ、わたし、なんかしたか?」


 変な生き物より可愛い女の子と会話したいと思うのはそんなに不思議なことだろうか。デザインサボられたサイレントが全て悪い。

 アビコルの眷属には可愛い女の子なデザインの眷属も多い。『生き石』じゃなくてそういう類のを引いていれば退屈も紛れたというのに、本当にままならないものだ。


 そんなくだらない事を考えながら歩いていると、ふとコートになっていたサイレントが僕の服の裾を引っ張ってきた。器用な事をするものだ。


「主、気をつけろ。流砂だ」


 サイレントに言われ、目を凝らす。数メートル先の地面がすり鉢のように窪んでいた。集中を欠く変わり映えのしない風景。僕一人だったら気が付かずに踏み込んでいただろう。

 サイレントが真剣な声で説明する。


「ただの地面に見えるが、一歩足を踏み入れたらどこまでも沈む。危険だぞ」


「了解」


 そう言えば流砂って砂漠のイメージが強いけど、実際の砂漠にはあまり存在しないらしいなあ。


「ちょ、ちょっと待て、主。どうして前に進もうとするのだ!?」


 流砂に足を踏み入れようとした瞬間、サイレントが焦ったように叫んだ。サイレントコートが形を失いノーマルサイレントに変わる。


「あるじ、われのいうこと、ちゃんときいてたのか!? 死ぬぞ!?」


「聞いてたよ、サイレント。でも大丈夫。【カッサ砂漠】の流砂はダンジョンの入り口なんだ。よくあるやつさ。二度と見つけられないだろうしついでに攻略していこう」


「な、何を言っているかわからないぞ!?」


「沈んでいけばダンジョンに繋がるんだよ。【乾きの墓場】っていうダンジョンだ」


「墓場!?」


 フィールドとダンジョンは完全に切り離されているわけではない。フィールド内にダンジョンの入り口が存在しているパターンもある。

 【乾きの墓場】の他にも【カッサ砂漠】にはもう一つダンジョンの入り口が存在する。が、【カッサ砂漠】のダンジョンの入り口は二つともランダム生成であり、探すには虱潰しにフィールドを歩き回るしかない。

 ここで見つけられたのはラッキーだといえる。


 僕の言葉に、サイレントがしばらく何か考えているかのように黙る。そして、僕を見上げて言った。


「……主さ、百歩譲ってこの中にダンジョンがあったとして……出る時はどうするつもりなのだ? 流砂なのに」


 ……盲点である。ゲームの時は入り口から出られた。深さがどのくらいあるのか知らないが、現実だと苦労するかもしれない。

 僕はちょっとだけ悩み、すぐにぶん投げることにした。


「…………そんなの知るか。頑張ったら出れるんじゃないかな」


「……なんか我もななしぃが欲しいぞぉ……」


 サイレントが情けない声をあげる。僕はそれを一言で切って捨てた。


「駄目だ。ナナシノは僕のだ。サイレントにはシャロをあげよう」


「……主、いつか地獄に落ちるぞ」

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