第一話:果てなき砂漠と新たなる力

「死んでもらう」


 イグリートの鋭く細められた目が今度こそ敵意を隠すこともなく僕を睨みつける。

 アビコルのシナリオは添え物だ。アビス・コーリングの一般クエストはWikiでも把握できないくらい数が多く種類も多岐に渡るが、アビコルはあくまで育成ゲーであってメインの有名なクエスト以外は魔導石や報酬を得るためのものでしかない。


 飛行船が出立して数時間。既に外の風景は灼熱の地に変わっていた。

 僕の周りを剣士連中が取り囲んでいる。飛行船内は空調が効いていたが、全員厳つい男なので見た目的に暑苦しくてありゃしない。

 今にも抜刀しそうな剣士達。その中でも一際でかいイグリートが続ける。


「生贄が必要だ。召喚士ギルドのクズどもに思い知らせてやらねばならない」


「やるならギオルギにやれ」


「投獄されたアレを殺したところで何の見せしめにもならん。ましてや、腑抜けた狼だぞッ!」


 僕の真っ当な意見に対して、イグリートがまるで鬱憤を晴らすかのように叫ぶ。

 確かに僕ならばギオルギが死んだところでゴミ処分してくれてありがたいとしか思わないだろう。エレナはどう思うか知らないが、召喚士ギルドへの復讐にはなるまい。

 剣を拾った善良な僕を殺そうなんてとんでもない連中だが、こいつらには理屈の有無なんてどうでもいいのだろう。これはきっと感情の問題なのだ。誰の決定なのかは知らないが。


 その目が更に吊り上がり眉が歪む。


召喚士コーラーの罪は召喚士コーラーの血で贖わねばならん」


「じゃーエレナにやれよ」


「!? ……お、お前、本当に召喚士コーラーか?」


 僕の流れるような答えに周りを囲んでいた剣士の一人が一瞬ぎょっとした表情をする。イグリートも目を剥いている。全員エレナに攻撃しかけて死ねばいいのに。


 既にこの状況は覆らないだろう。

 僕は焦ることなく、今にも切りかかってきそうなほどにいきり立つ剣士連中を説得した。


「まー話は分かった。よくあるクエストだ」


「……何を言ってるッ」


 イグリートが頬を引きつらせて怒鳴りつけてくる。僕は深々とため息をつき、顎で指示を出した。


「面倒だからシナリオはスキップだ。下を開けてくれ、どうせ開くんだろ?」



§




【カッサ砂漠】は最初の町、古都付近のフィールドだけあってそれほど難易度の高いフィールドではない。


 そりゃ【戸惑いの森】や【フェッグ湿原】と比較すれば面倒くさい。ほぼ常時かかっている『炎天』のフィールドエフェクトは厄介だし、フィールドの広さも前者よりずっと広い。

 が、逆に言うのならばそれだけだ。魔物の強さ自体はそこまで変わらない。それでもアビコルサービス開始当初は眷属に時間経過でダメージを与えるフィールドエフェクトにより難関フィールドだとされていたが、アップデートが進み『炎天』程度ならば効かない眷属が増えたことによって他の序盤フィールドとの差異がなくなってしまった。


 残った差異はドロップするアイテムの属性くらいだ。

 【戸惑いの森】は木属性や獣系の素材が落ちる。【フェッグ湿原】は水属性の素材が落ちる。それと同じように、【カッサ砂漠】では土属性や火属性の素材が主に手に入る。


 残念ながらサイレントもフラーも進化に土属性や火属性の素材を必要としていないが、レベルを上げるのには使えるし、いざそれらを必要とする眷属が現れた時のためにとっておくのも悪くない。

 なにせ、以前までの僕とは違い、今の僕には持ち運びの苦労がないのだから。


 二人っきりで生命の気配のない砂漠をうだうだ歩いていると、頭の上のサイレントがしみじみと言った。


「主……日差しが強いなぁ」


「サイレントは『炎天』効かないだろ」


 サイレントに限らず、『一単語の系譜ザ・ワード』シリーズの頂点が共通して持つ特性、『一単語の支配者ロード・オブ・ザ・ワード』はフィールドエフェクトと状態異常に対する耐性を与える。

 まるでボスなんだから効くわけないでしょと言わんばかりの特性はインフレの原因の一つでもあった。まぁそれ以外でもインフレの要因は沢山あるからそれ一個なくなったところで意味ないんだけど。


 美しい砂丘に僕とサイレントの足跡だけが点々と残っている。だが、その足跡もすぐに風で消えてしまうのだろう。

 サイレントがぺちぺちと僕の耳元を叩いて聞いてくる。


「主は暑くないのか?」


「プレイヤーにはフィールドエフェクトは効かないからね」


 フィールドエフェクトどころかダメージも受けないし状態異常もない。強いというより、アビコルはそういうゲームじゃないのだ。

 もっともクエストの中では剣士とか魔導師と戦うこともある。そういう時は奴らにはHPがあるので、プレイヤーが無敵なのはシステム的な理由だといえるのだろう。


「理屈がわからないぞ」


「そういう風になっているんだよ」


 日差しはフラーがダメージを受けるのも納得な凄まじい強さだったが不思議なことに苦痛ではない。

 サイレントはしばらく何か考えるかのように黙っていたが、不意にどろりと溶けて僕の身体にまとわりつき、ひんやりとしたコートになった。元々『形状自在』はレアな特性だったが、いくらなんでも自由度ありすぎだ。


「気持ち悪ッ」


「酷いぞ……主のためなのに……」


 装備に変化して他の眷属を強化するには『装備化』の特性が必要なはずだ。ゲームに反している。

 だが、冷静に考えてみると、サイレントコートを装備しているのは眷属ではなくプレイヤーである僕だ。サイレントをポケットの中に入れたり頭の上に乗っけているのと変わらない扱いなのかもしれない。

 サイレントのコートがかたかたと騒ぐ。


「ところで主、どこに行けばいいのかはわかってるのか?」


「マップが出ないバグ、さっさと直って欲しいぜ」


「わからないんだな? わからないんだな? あるじ。我は何度か召喚されたがあるじのようなあるじはあるじあるじ――」


「なんか楽しそうだよね君」


 何だよあるじあるじって。

 僕の言葉にサイレントがあっさりと言い切る。


「まぁ、主の人生は主のものだからな……主が死んだところで我が死ぬわけじゃないし……」


「道はわからないけど、右――東にまっすぐ行けば砂漠は抜けられるはずだ」


「主さぁ、歩けるのか? ほら、途中で力尽きたらあんな風になるぞ」


 サイレントコートの袖がゆっくりと持ち上がる。灼熱の砂の上によくある感じの牛の骨が転がっていた。

 だいぶ前に死んだのか、肉も皮も綺麗に失われている。牛なんていないはずなのに一体何なんだろうか。


「あれはフィールドのオブジェクトだ」


「主もフィールドのオブジェクト? にならないように気をつけるんだぞ」


「……」


 プレイヤーには無関係なはずだが、サイレントが頻りに注意してくると僕もさすがに少し心配になってくる。

 何よりも、僕は暑いのが苦手で歩くのも苦手だ。別にできないわけじゃないが、なるべく遠慮したい。


 そうだな。フラーを送還している分枠も空いてるし――


「運試しでもするか」


「お?」


 ポケットから魔導石を5個取り出す。手の平の上、太陽光を吸い込み虹色に輝く魔導石はこの上なく美しい。


「いいのか?」


「枠いっぱいに召喚しておくのは基本だしね」


 砂漠越えは時間がかかる。フラーを出しておけない以上、代わりに出しておける眷属が欲しい。

 現在の魔導石は14個。もう少し余裕が欲しかったがまだ序盤である、9個も魔導石があればなんとかなるだろう。


 魔導石をつまんだ指が興奮で震えている。僕は天を仰ぎ、まるで物語の主人公のような気分で言った。


「それに何故だろう。今召喚すればレアを狙える気がするんだ」


「それは気のせいだぞ」


「前回アルラウネだったし、そろそろレアな眷属が来る頃だろう」


「主の日頃の行いが試されるな」


 僕は余計なことを絶え間なく言うサイレントコートを脱ぎ捨てて踏みつけるか迷ったが、時間がもったいないのでやめた。

 最悪、『炎天』に強くて騎乗できる眷属がくればいい。『飛行』のユニットが来たら最高だが、可能性は低いだろう。


 僕は目をつぶり一度深呼吸をすると、サイレントと僕以外誰もいない砂漠のど真ん中、全力で叫んだ。


眷属召喚アビス・コールッ!!!」






 魔導石が消失する。風もないのにサイレントがばたばたとはためく。

 どこからともなく発生した青い光が一点に集中する。僕は舌打ちした。


「あー……無種だ。欲しいのそれじゃないって」


「まだ出てきてないのにあるじ、辛辣」


 青い光。それは召喚対象が無種の眷属である証だ。

 命なき眷属が属するとされる種である。もっとも本当に命がないのかどうなのかは知らないがそれはともかく、七種の眷属の内、最も強いのが竜種であるのならば最も弱いのは間違いなく無種だと言えるだろう。


 何よりも最大の特徴は、無種の半分が単体では実力を発揮出来ない『装備品』であるという事だ。他の眷属と合わせれば異常な力を発揮したりもするのだが、ともかく現段階で欲しいものではない。騎乗出来るものがいないではないが、数種類しかいないのでまず当たるまい。


 さっさとがっかりする僕の目の前で光が収まる。そこに現れた眷属を見て僕は更に最底辺までがっかりした。


「お? お? お? なんだ、これは?」


 現れたのはA4ノートくらいの大きさの石の板だった。表面には目も鼻もなく美しいマーブルの模様をしており、短い手足がついている。

 石の板はむくっと立ち上がると、こちらを仰ぐ。僕は深々とため息をついて唱えた。


「『送還デポート』」


「ちょ……えええええ? あるじ? せっかくのしんまいだぞ!?」


 生きた石の板が青い光に飲み込まれるように消える。

 僕は肩を落として先程まで石の板が立っていた地面を靴底で均した。地面に刺さっていた足跡は直ぐに見えなくなる。


 そううまい話はないか……やはりこの世界はアビス・コーリングの世界だ。クソゲーである。


「レア度3の『生き石リビング・ストーン』だ。無種の中でも眷属に数えていいのかかなり怪しい眷属だよ。話にならん」


 魔導石で召喚される眷属の中では最低のレア度である。プレイヤーの間では『捨石』などと呼ばれていた。

 レア度7のアルラウネの時点でいらなかったのに、最底辺を更新してしまった。まだ卵の方がずっとマシである。

 ちょっとくらい夢見せてくれてもいいじゃないか。


 僕の言葉を聞いたサイレントがぶーぶー文句を言う。


「わたし、なまえつけたかったのにぃ……」


「名前……『カベオ』な」


「え!? ちょ、格好悪いぞ!? カベオ? カベオって……壁男?」


 『生き石リビング・ストーン』に名前なんて上等なものいらない。どうせすぐにロストする事になるのだから。



 アビコルでは基本的にグラフィックと性能は比例関係にある。

 レア度の低い眷属程グラフィックは適当でそして性能も低い。これは強いキャラにいいイラストレーターさんを振ったほうが売上に貢献できるからという至極真っ当な理屈に基づいたものだと思われるが、『生き石リビング・ストーン』はそれを証明するいい見本であった。

 手の生えた石の板という三秒で描いたようなグラフィックは眷属というよりもアイテムのようだ。しかし、そのグラフィックに文句を言うものはいなかった。雑魚が手抜きグラフィックだったところで誰が文句を言うだろうか。


 ちなみにサイレントは、性能は悪くないのにグラが手抜きである数少ない例外だったりする。


 仕方なく自分の足で砂漠を歩いていると、散々クレームを入れられたのに結局グラフィックが改善することがなかったある意味かなり可哀想なサイレントがぶーぶー文句を言ってくる。

 僕が生き石を送還した事が余程不満らしい。


「主、カベオ……も、味方なのだぞ?」


「無種ってそもそも特徴的で使いづらいんだよね」


 それが無種が最弱たる由縁の一つなのだが、無種には他の種と比べて幾つか大きな特徴がある。


 まず一つ目がほとんどの状態異常や精神異常に高い耐性を持っている事。

 そして二つ目がほとんどのフィールドエフェクトに対して高い耐性を持っている事。

 そして三つ目が、ほとんどの補助魔法や回復魔法、回復アイテムが効かない事だ。


 一つ目と二つ目はメリットの方が強いが、三つ目が致命的である。

 無種の眷属を回復させるには『回復魔法』ではなく『修理魔法』が必要になる。補助魔法も特殊な物を使う必要があり、無種を満足に運用するには無種専用のパーティを組まねばならない。

 種類を揃えるだけなら金を突っ込んで召喚すればいいだけだが、育成コストがかなり高いアビコルに於いて、これは致命的な問題である。無種のみのパーティを組むくらいなら他の六種で混成軍を組んだ方がお手軽に強いのだ。


 僕の説明にしかし、サイレントがうじうじと言う。


「使いづらいからって使わないなんて勿体無いぞ? せっかく来てくれたのに」


 腐ってもレアキャラのサイレントにはカベオの気持ちはわかるまい。アビコルプレイヤーだった僕の方が余程カベオの事をわかってると思う。

 しかもサイレントはちょっと的外れのことを言ってる。


「いや、もちろん使うけど?」


 使わないなら即座に解放リリースするわ。


「え……使うのか? じゃーなんで送還デポートしたんだ?」


「『生き石リビング・ストーン』って素早さほぼゼロに近いからさ……重いからサイレントのように持ち運ぶわけにもいかないし」


 いくらなんでも眷属をポケットにしまっておくわけにもいくまい。

 そしておまけに、生き石はアルラウネやサイレントと違って親愛度を上げる意味がない。多少親愛度を上げたところで通常戦闘に耐えうる程強くならないからである。


 僕は理由がない事はやらないのだ。


「ふーむ。あれ、じゃあ何に使うのだ? 壁男……壁……あ、あれ? も、もしかして‥…カベオって――」


「サイレントは無種には詳しくないんだね」


「そりゃ、我は冥種だし……」


 じゃー黙ってろよ。僕はこれでもこの世界の事は大体知っているのだ。

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