第十三話:バグと冤罪

「じゃあ、今日も行ってきます。師匠」


「いってらっしゃい」


 シャロとナナシノが頭を下げ、メイドバイサイレントのコートを着て出ていく。コートから伸びた紐で背中に卵を括り付けて背負っているその姿はとても正気には見えない。


 僕は、走るよりも馬車使った方がいいんじゃないかという指摘を飲み込んで手をひらひら振ってそれを見送った。


 アビコルでの孵化システムには、最初、速度制限があった。一定時速以上出すと距離がカウントされないという鬼畜システムである。だが、その仕様はそれほど間を空けずに撤廃された。ゲーマーに何百キロも歩かせるというのは土台無理な話だったのである。

 だって、42.195キロを走るフルマラソンの平均タイムが四時間から五時間の間くらいなのだ。こっちは外に出るのすら億劫だっていうのに、普通に無理である。そもそも100キロならともかく、1000キロは無理だ。北海道から沖縄までの距離がおよそ3000キロだとされている、日本の三分の一を走るなんて無理だ。(ちなみに数字を覚えているのは、当時調べたからだったりする)


 速度制限が撤廃されてからは、電車やバス、新幹線などで距離を稼ぐのが常であった。GPSを利用したシステムのため、GPSが繋がりにくい地下鉄などはよろしくなかったが、ともかく歩くよりはずっとマシだ。


 だが、ナナシノやシャロは走ることを厭わないようだ。なんか走るの楽しそうだし、あまり楽を覚えるのは良くない。もうちょっと走らせてから教えてやることにしよう。

 断じて走る時のナナシノの格好がなんかエロいから時間稼ぎしているわけではない。


 扉が閉まるのを待って、机の横に立てかけてあった剣を手に取る。

 驚くほど軽い剣だ。慎重に真紅の鞘から剣を抜く。

 刃渡りを見る。曇り一つない銀の剣身は美しく、その金と赤の精緻な細工の成された柄もあり、武具と言うよりは一種の美術品のようにも見える。


 自慢じゃないが、僕は清貧を尊んでいる。美術品やら贅沢品の類は無駄だと思っているし、そんな金あるくらいなら課金する派だ。買い物する時もいつも脳内でその金額で何回ガチャが引けるか考える、そんな人間である。

 だから、ギオルギからドロップした剣も、それ自体には欠片も興味がない。


「剣士ギルド絡みのクエストって事は、次のドロップ品は騎士系素材かな?」


 クエスト報酬はクエストの傾向によってある程度予想できる。例えばアイリスの重装兵を操っていたギオルギ一味の大兄貴がアイリス系育成素材である『アイリスの信心』をドロップしたように、剣士ギルド絡みで手に入る素材は剣士や騎士系の眷属を成長させる素材が多い。


 剣身を眺めながら小さくため息をつく。

 正直に言おう。いらない。貴重品が手に入る可能性がある以上、受けないって手はないのだが、サイレントもフラーも騎士系の眷属ではない。騎士系や剣士系の眷属は結構な数いるので、今後の召喚で引く可能性はかなり高いが、この世界ではアイテムは嵩張る。騎士系の素材は大体武具なので、重さも大きさもかなりのものだろう。とてもじゃないけど持ち歩けない。


 ゲームだった頃、アビコルではアイテムの保有に制限はなかった。武具だろうが素材だろうがいくらでも持ち歩けた。そうでもなければろくに眷属を育てられないくらいに育成要素が辛かったためだが、果たしてゲームでは数万個のアイテムをどうやって持ち運んでいたのだろうか。

 考えても仕方がないのはわかっている。ゲームだから、だというのはわかっているが、こうして不便を感じるとついつい考えてしまう。


 ポケットに入れていたわけでもあるまいし……。


 フラーがちょこちょことした動きで、水の入ったジョウロを抱えて近寄ってくる。自分で被ればいいのにかけて欲しいのか。僕は剣を鞘に戻して一端置き、ニコニコしながら差し出されたジョウロを手に取った。

 テーブルを登り、置いてある大きな花瓶の中にフラーがすっぽり入る。進化1アルラウネは完全に植物よりも人に似た姿なのだが、どうやら彼女は植物としての自覚が強いらしい。


 僕はそこにジョウロを傾けようとして、


「……」


 ジョウロをズボンのポケットにしまった。

 縁から腕を出し、わくわくした顔をしていたフラーが目を丸くする。僕は無言でぺっちゃんこのポケットをぱんぱんと叩き、ポケットに手を突っ込む。そして、ジョウロを取り出した。水が僅かにこぼれ、ズボンが少しだけ濡れる。


 芸でも見ている気分なのか、フラーが満面の笑顔で拍手をしている。僕は何も言わずにフラーに水をやった。


「……ポケットにしまってたのかよ」


 全然気づかなかった。便利すぎる、どういう理屈だよ。


 ……いやだが待て。僕はこの世界にきて何度もポケットを使っていたはずだ。物を入れたら、ちゃんと外から感触もしていた。


 僕はペン立てに差していた日記をつけるために使っていた万年筆を手に取り、ポケットに入れた。外からぱんぱんと叩く。感触がしない。

 それを出さずに、今度はギオルギからのドロップの剣を取り、ポケットにしまった。

 長い剣が引っかかることもなく小さなポケットに入る様はまるで手品のようだ。ポケットの外から感触を確かめるが、ぺっちゃんこのままだ。


 僕は感心した。なるほど、ゲームシステムに準拠している。以前はちゃんと外から感触があったと思うが、バグが直ったのだろうか?

 これならば身体検査でも見つかることはない。


「なるほど、便利だな。ちゃんと剣を持ち歩いてもクエストを断れるようになっているのか」


 どの程度入るのか知らないが、アビコルと同じならいくらでも入るはずだ。これならば大量の素材を保持していても引っ越し屋よろしく大荷物で出歩く必要はない。

 僕はポケットから万年筆を取り出し、続いて剣を取り出した。自分でやっておいてなんだが、見れば見る程不思議な光景だ。どこに繋がってるんだよ。


 僕はしばらく考え、とりあえず納得する事にした。

 都合のいい事には変わりない。そもそも、今まで大荷物を持たされていたのがおかしな話だったのだ。


 荷物持ちシャロいらないな、これなら。



§



 昨日の分の日記を書き終え、雑用クエストを受けようとギルドに向かう。現在の魔導石は14個。後一個クリアすれば丁度15個になる。

 15個。いい数だ。別に15個になったら何ができるわけでもないが、5の倍数はいつも僕をワクワクさせてくれる。


 上機嫌でギルドに入ると、変わり映えのしないゴンズさんが僕を見て険しい表情を作った。

 ゴンズさん以外にも、他のNPC召喚士達も妙にこちらを見ている気がする。


 カウンターに向かうと、ゴンズさんが開口一番尋ねてきた。


「ブロガー、お前大丈夫だったか?」


「何が?」


 ゴンズさんが僕の答えに少しだけ眉を緩める。ほっとしたように小さくため息をつき、続けた。


「どうも剣士ギルドの連中がお前を探しているらしくてな。うちのギルドのメンバーの中にも何人もお前の居所を聞かれた者がいる」


 ストーリークエストか。こちらを見ているNPC召喚士達に目を向ける。目と目が合うと、さっと逸らされた。

 僕が受けたような尋問めいた調査をさせられたのだろう。ご愁傷様である。

 ゴンズさんが続ける。


「うちのギルドマスターがお前から話を聞きたいと言っている」


「仕方ないなあ」


 こういうクエストでギルドマスターが出張ってくるのは王道だ。

 僕はエレナが嫌いだが、こういうクエストでもないとあの貧乳エルフの出番はない。可哀想なので話くらいはさせてやろうじゃないか。


 職員の案内を受け、ギルドの奥に通される。案内されたたのは以前も通された応接室のような場所だった。

 既にエレナはゆったりとしたソファに座って僕を待っていた。以前連れていた副ギルドマスターの姿はない。

 白を基調としたローブは清楚な雰囲気を醸し出し、デザインも可愛らしいがその身体は相変わらず起伏が乏しい。ナナシノを見習え。

 フラーが僕の肩から飛び降り、エレナの対面に座る。エレナがそれを見てあざとい笑みを浮かべた。


 フラーを移動させて、エレナの対面に座る。フラーはお構いなしに僕の膝の上によじ登ってきた。それを無視してエレナを見る。あざと優しい眼差しを向けていたエレナが居住まいを正した。


「急にお呼びしてごめんなさい、ブロガーさん」


「別に構わないよ」


 エレナには恨みが深いが、僕が嫌いなのは『深青ディープ・ブルー』であって、エレナの気合のはいったグラフィックは嫌いじゃないし、そもそも僕はクエストの好き嫌いはしない方だ。

 僕の言葉にエレナは花開くような笑みを浮かべる。さすが人気キャラはやることがちげーな。


「実は職員から聞いているかもしれませんが、今、剣士ギルドがブロガーさんを探しています」


「ああ、僕も捕まったよ」


 正直に答える僕に、エレナがその名の如くアイオライトのような青の目を丸くする。


「……え? 既に接触していたのですか?」


「人違いだって言ったけどね」


「え?」


 準備もせずにクエストを受けるなど馬鹿のする事だ。アビコルのクエストは石橋を叩いて受けてもまだ足りない。

 困ったような表情をするエレナに先を促す。僕は暇ではないのだ。


 エレナは戸惑いながらも一度頷き、続けた。


「えっと……ブロガーさんは、ギオルギ・アルガンを覚えていますか?」


「ああ、その辺りの前座はいいよ。スキップスキップ」


 エレナは僕のシナリオスキップに少し泣きそうな表情を作る。こいつメンタルよえーな。


「…………どうやら、そのギオルギが……つい先日、【帝都フランマ】の剣士ギルドから重要な剣を盗み取ったらしく、彼らはそれを探しにギオルギを追ってここまでやってきたようです」


「あぁ。ストーリークエストの一戦目と二戦目の間が少し空いてたのはそのせいか」


「エレナは……たまにブロガーさんの言うことがわからないです」


 ギオルギの性格からすれば、兄貴をぶちのめしてから直ぐに襲撃があってもおかしくなかったはずである。間が空いていたのは剣を盗みに古都を離れていたからなのだろう。

 しかしあの男、ろくでもない男だな。テンプレ悪役NPCに言っても仕方がないが、泥棒するなんて人として最低だぜ。


 エレナはそわそわしたように僕の言葉を待っていたが、何も言わない事に気づくと話を再開した。


「……ブロガーさんは、【帝都フランマ】の剣士ギルドについて知っていますか?」


「【帝都フランマ】か……クソクエストだな」


「えっと……あの……」


【帝都フランマ】は古都から数えて三番目の街だ。コンセプトカラーは赤。アビコルに存在する街の中でも最も大きな街の一つであり、古都とは比べ物にならないくらい沢山のクエストが存在する。


 僕はエレナの言葉により、このクエストの大体の道筋を見切った。


 それぞれの街の召喚士ギルドに最低一人は有名なキャラクターがいるように、剣士ギルドにも有名なキャラクターが存在する。


 剣士ギルドから盗み出した剣。それが【帝都フランマ】の剣士ギルドだというのならば関わっているキャラクターは【帝都フランマ】に所属するイケメン剣士、『赤火』の二つ名を持つ『ヨアキム・アンタレス』に違いない。

 『赤火』なんて二つ名を持っているのに雷属性の剣技を使ってくる詐欺ユニットである。エレナと違って馬鹿げた力は持っていないので、よくアビコル運営の悪意に慣れきったプレイヤーたちのおやつになっていた。


 腕を組み、少し考える。


「んー、受けなくていいかなこのクエスト……」


「え……?」


 エレナが乾いた声をあげる。


 アビコルでは人気的な事情によりある法則が存在する。

 それは、死んでもいい敵は大体男、味方は大体女、の法則である。召喚士ギルドは味方だ、そのユニットは大体可愛い女の子だが、敵陣営である剣士ギルドのメンバーはむさ苦しい男キャラが多い。

 クエストの好き嫌いはしない方だが、テンションダダ下がりである。僕は移り気なのだ。


「ギオルギの奴め……剣を盗むなら【フランマ】じゃなくて無口系美少女剣士がいる【聖都ルーメン】にすればいいのに、気が利かないな」


「ブ、ブロガーさん? あの……何の話をしているのですか?」


 だが文句を言ってもしょうがない。そもそも、光属性に弱いサイレントで後半の街である聖都に挑んだら百回死ぬ。

 わたわたしているエレナに向き直り、フラーの頭の双葉を指先で撫でながら尋ねる。


「で、続けて。【フランマ】の剣士ギルドがなんだって?」


「…………ギオルギが……奪った、大切な剣が、見つからないらしいのです。ギオルギから没収した品は都市警備隊の本部で確保していたらしいのですが、【赤風】――その剣だけがない、と……それで、ギオルギを捕まえたブロガーさんが何か知らないかと、探しているらしくて」


 大体の流れは僕の想像どおりだった。全部スキップしてよかったなこれ。

 エレナがそこまで言って深く深呼吸をする。貧相な胸が小さく上下する。

 そして、まるで探るように僕の目を見て、言った。


「私は、そんなもの知らないと言ったのですが、剣士ギルドと召喚士ギルドはあまり仲が良くないので…………ブロガーさんも、何も知りませんよね?」


「ああ、もしかしたらギオルギからドロップしたこれかな? 返すよ」


 ポケットの中から『赤風』らしき剣を取り出し、テーブルの上に置く。

 エレナがまるで悪夢でも見ているかのような表情でそれを見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る