第九話:NPCとプレイヤー

 やっぱりNPCって雑魚だな。

 シャロとのクエストを経て僕はそれを改めて実感していた。


【深緑の森】の探索はレアモンスターの出現や事件など起こることもなく無事に終了した。

 特筆すべき点など何もない。ギルドで受けたクエストを達成した分、魔導石が一個手に入ったが、それだけだ。


 クロロンはその見た目相応に弱く、レベルもまだ1。サイレントのような効率は見込めない。


 序盤に現れる魔物は眷属召喚アビス・コールで得られる眷属よりも弱めだ。【深緑の森】は森林系のフィールドでは最弱の場所である。だから時間をかければレベル1のクロロンでもなんとか魔物を倒せない事もなかったが、それを見守るのはいつもとは違う気苦労があった。

 複数体に囲まれると負けてしまう可能性があったため、その露払いもあり……これがストーリークエストである以上、僕がむやみに手を出す訳にもいかない。


 ゲーム時代にも幾つか存在したが、NPCを護衛して魔物を倒させるという、『育成クエスト』と呼ばれる特殊なクエストは力づくでどうにもならない最も面倒なクエストの内の一つであった。

 今はゲームとは違い、サイレントに詳細に指示を出せるようになったのでまだいいが、それでも骨が折れる事には違いない。


 結局、日が暮れるまでみっちり森の中を歩き回り、くたくたになったところでクロロンが進化して、そこで退散する事にした。


「こんなに早く……進化、できるなんて……」


 進化して多少まともな形になったクロロンを見下ろし、シャロが感極まったように呟く。


 フィールドを丸一日も歩いて素材を集めたのだからアルラウネくらい進化させられて当然だ。

 だが、二年も召喚士をやってレベルマックスの進化前アルラウネをずっと使い続けた身としては驚くべき結果なのだろう。僕が進化前アルラウネを一日で進化させたのは見ていただろうが、自分の身に起こるとなるとまた違うのかもしれない。


 無知とは罪である。眷属の成長という意味で、シャロの二年の成果は――今日のたった一日の成果に劣るということなのだから。

 シャロがじんわり潤んだ目で僕を見上げ、言う。


「全部師匠の……おかげです」


「うーん……まぁ、そんな事どうでもいいから、さっさと強くなりなよ」


 適当に答えながら考える。


 おかしいな……クエストが達成した気配がない。ドロップも報酬もこない。

 まさか一回進化させるだけじゃ足りないのだろうか。くそっ、これだから育成クエストは面倒くさいんだ。

 ちゃんとしたクエストの達成状況が出ていただけゲーム時代の方がましだ。


 舌打ちする僕に、シャロが縮こまって言った。


「は、はい……頑張ります……一日でも早く、強く……師匠と肩を並べられるようになれるように」


 それは無理である。アルラウネではいくら育てたところでサイレントは越えられない。

 だがまぁあえて水を差すことはあるまい。どうせシャロはNPCだ。僕は何も言わずに、シャロの頭を撫でてやった。


§


 ギルドでクエストの完了処理をし終えると、ちょうどギルドに来ていたらしいナナシノが駆け寄ってきた。

 シャロの連れている進化1クロロンを見て、呆気にとられたような声をあげる。


「え……? も、もう進化したんですか……?」


「まーアルラウネなんて雑魚っぱだし。シャロも召喚士としてはベテランみたいだし、一日もあれば、ね」


 木属性のアイテムを食わせるだけとか簡単すぎる条件だ。僕がアルラウネを進化させたところはナナシノも見ただろ。

 シャロがナナシノの言葉に、クロロンを抱き上げて満面の笑みで言う。


「うん。師匠が……手伝ってくれたから……」

 

 シャロの言葉に、ナナシノが目を丸くする。


 僕自身は大した手出しはしていない。ただついていって、沢山魔物が現れた時に間引きしたくらいで、シャロ一人でもリスクを顧みなければ進化は難しくなかったはずだ。

 シャロは僕のことを過剰評価している。が、過小評価されているのならまだしも、評価されているなら口を出す必要はないだろう。こちらを見てくるナナシノにただ肩を竦めて見せた。


 置いてけぼりにされた子犬みたいな目をするナナシノをよそに、シャロが下から僕を覗き込んでくる。


「師匠、晩御飯はどうします?」


「ああ、任せるよ」


 僕は別に食べなくてもいいのだが、シャロはそういうわけにはいかないだろう。

 僕の言葉にシャロが疲労を感じさせない微笑みを浮かべた。若さって……すごい。


「はい。では、家で何か作りますね」


「え……食事とか、作ってもらってるんですか?」


「シャロがどうしても作りたいって言うからね」


「師匠、ことあるごとに食事を抜こうとするから……それに、私、お料理とか、好きだったし……」


 シャロが少し照れたように言う。弟子のせいで健康になってしまいそうだ。

 まぁ、元々騒がしいのは好みではないし、サイレントもシャロの腕前には満足しているので問題ないだろう。


「あ……そうだ。青葉ちゃんも、よかったら一緒に――」


 シャロがそこで僕の方に窺うような視線を向けてきた。別に構わなかったので小さく頷く。

 料理するのも買い物するのも皿洗いするのも全部シャロなのだ。多分金は僕から出ているはずだが大した額ではないだろうし、足りなくなったらギオルギから剥ぎ取ったドロップがまだ売らずにとってある。


 シャロの誘いに、ナナシノがそわそわと酒場の方を見た。ギルドの手伝いをやった打ち上げでもあるのだろうか。数人の男女混合パーティがナナシノの視線に手を振っている。


 ナナシノが申し訳なさそうに瞳を伏せた。


「えっと……きょ、今日は少し……約束が……」


「そっか……じゃあ、しょうがないね」


「え……うん」


 あっさり言い放ったシャロにナナシノが驚いたような表情でシャロの顔をまじまじと見た。サイレントが興味深そうな目で二人の様子を見上げている。


 しかし、最近ナナシノは付き合いが悪い気がする。いや、僕がシャロの方にかかりっきりになっているだけか。宿も変わってしまったので夜に集まる事もなくなってしまった。

 まぁ、しょうがないのだが、予約していることだけは忘れないで頂きたい。


 シャロが僕の服の袖を掴んで引っ張った。


「では師匠、行きましょう。青葉ちゃん……またね」


「あ……うん。また」


 どうしたことか、ナナシノがシャロに押されている。

 よく考えてみると、元々シャロはナナシノの友達でナナシノとも一緒に活動していたのだ。弟子という特殊な立ち位置になったとはいえ、ナナシノからすれば友達を僕に取られてしまったかのような感覚になるかもしれない。


 手を引っ張られながら、顔だけナナシノに向けて言う。


「ナナシノさぁ、ナナシノも僕と同じ宿に引っ越してきたら?」


「……え?」


「え……?」


 ナナシノとシャロの声が重なる。

 ナナシノの荷物は僕よりもずっと多いだろうが、古都は一時の拠点だし、まだこの世界に来て三ヶ月くらいしか経っていない。移動くらい容易に出来るはずだ。

 プレイヤー初心者のナナシノから見ても僕の側に拠点を取るのは悪くないはずである。後、予約している事だけは忘れないで頂きたい。


 ナナシノは驚いたように目をぱちぱちと瞬かせていたが、シャロをちらりと見て、まるで言い訳のように呟いた。


「そ、そうですね……ちょうど手狭になっていたところですし……別に、シャロのことが気になっているとかそういうわけじゃないですけど……」


 気になっていない奴はそんなこと言わない。



§



「あの……気になってたんですけど。師匠と青葉ちゃんって、どういう関係なんですか?」


 夕食の席。せっかく自分で作ったハンバーグにも手をつけず、シャロが言いづらそうに聞いてきた。


 シャロが僕の弟子になったのはナナシノつながりだ。ナナシノからは聞いていないのか。

 少しだけ考え、当たり障りのない答えを返す。


「同郷なんだよ。まぁ元々の知り合いとかではなかったんだけど、同郷は少なくてね。その縁で一緒にクエストをしたりしてる」


 プレイヤーなどと言ってもどうせNPCには通じないだろう。そもそもNPCに理解してもらおうなどとは思わない。

 僕の言葉に、シャロが何故か、ほっとしたように表情を弛緩させる。

 しばらく沈黙して、食事を勧める。ハンバーグを半分程片付けたところでぽつりと言った。


「青葉ちゃん……可愛いですよね」


「可愛いね。胸も結構あるし、あれで眷属が強ければパーフェクトだった」


 まぁ、最後の一点は別に一緒に依頼を受けたりしない限り問題ない項目ではある。

 シャロが一瞬目を丸くして、あたふたと慌てたように視線を彷徨わせる。


「あ……え……? で、でも……えっと……アイちゃん、強いです、けど……」


「今のクロロンよりはね」


 でも僕の求める域には達していない。今のアイちゃんはいないよりはマシ程度の存在だ。そしてそれはクロロンへの評価と同等でもある。

 クロロンはフラーと一緒に手を取り合って室内を歩き回っていた。それを眺めながら続ける。


「今はまだ一人でも大丈夫だけど、いつか絶対に複数人で協力してクエストをこなす時がくる。ナナシノにももう少し上手くやってもらわないと困るね」


 アビコルのマルチ要素の中には、複数人のプレイヤーで組まないと挑戦できないダンジョンやフィールドが存在する。レアアイテムが手に入るのでいつか絶対に行きたい。

 もっと強い眷属を持つプレイヤーを見つけるのと、ナナシノが育つのを待つの、どっちが楽だろうか。


 黙って考え始めた僕を見て、シャロが表情を強張らせる。

 一度大きく息を飲みこむと、小さな声で聞いてきた。


「あの……師匠……それって、私でも……行けますか?」


「んー…………」


 無理だ。アルラウネなんていらない。

 そもそもシャロはNPCである。NPCと組みマルチダンジョンに挑戦することなどゲーム時はできなかった。

 ゲーム時にはできなかったNPCを弟子にするという行為を既にやっているが、僕は今の師弟関係をプレイヤー同士の師弟システムと切り離し、ストーリークエストの一環だと考えていた。クエストが終われば解消される関係だ。


 もちろん、実際にやってみればいけるかもしれないが、どちらにせよアルラウネじゃ無理である。


 シャロがぎゅっと手を握り、不安そうな表情で僕を見上げている。僕はなんかもう面倒なので日和る事にした。どうでもいいし、適当に言っとけ。


「そうだね。強くなったら一緒に行こう」


「は……はい! 頑張ります!」


 シャロがぱぁっと笑顔をつくり、手を握って気合を入れる。

 彼女が果たして強くなれる日は来るのだろうか。僕が師匠としてやれる事はないが、エレナみたいな化物NPCもいるのだ。もしかしたら可能性としては万に一つ、億に一つくらいはあるのかもしれない。

 フォークでハンバーグを崩し、さっきから口を開けて待っているサイレントの頬にぐりぐりと押し付ける。


「あるじー、そこじゃないぞ」


「シャロが第一にやるのは魔導石を集めて次の眷属を召喚することかな」


 何はともかく、クロロンじゃ話にならない。お気に入りのようだし、クロロンもスタメンにするとしても、他に攻撃力の高いアタッカーの眷属を連れ歩く必要がある。

 僕が……サイレントとフラーを連れ歩いているように。せめて最低でもバランスよく攻撃、回復、補助で三体は常時連れ歩けるようにしておきたいところだ。


 ぐりぐりやられているサイレントに視線を取られていたシャロが、下を見て声を落とす。結った髪の隙間、白い首筋にはまだ跡が残っていた。


「で、でも、私……師匠と違って才能がないし、二人も眷属、召喚しておけないかもです……」


 意気消沈したような様子に、以前フラーを連れ歩き始めた時に言われた言葉を思い出した。

 ゴンズさんにも言われたし、シャロにも言われた。眷属を二体も召喚しておける召喚士は……珍しい、と。


 アビス・コーリングではゲーム開始時、プレイヤーは眷属を一体までしか常時召喚出来ない。

 二体以上も一応出すことは出来るのだが、常時召喚可能数を越えて眷属を召喚すると、ペナルティとして、本来、戦闘開始時にしか減らないプレイヤーのスタミナが超過個体数に応じて減少していく。超過一体につき、一分に1のスタミナが消費されるので、相当スタミナ上限が高くてもあっという間に枯渇してしまう事になる。


 超過中は時間経過で回復するスタミナもゼロになるので、スタミナが枯渇する前に眷属を『送還』して召喚可能数まで減らすか、魔導石を使ってスタミナを全回復させねばならない。

 こんな変わったシステムになっているのは、アビコルの戦闘が後半、大量に眷属を出さなければ勝てなくなるためだ。


 ゲームならば赤く警告文が表示されるが、現実だとそれもないだろう。


 僕はシャロの浮かない表情を見て、やるせなさにため息をついた。

 この世界は、本当にクソゲーだ。『再生コンティニュー』や『促成成長レベル・ブースト』、進化条件が知られていない事から予想はしていたが、説明文が出ないというのはここまで影響があるのか。


 別にNPCに同情したり義憤にかられたりはしないが、ままならないものである。


 僕は感情をサイレントの口にハンバーグを詰め込むことで晴らしながら口を開きかけた。


「いや、才能とか関係ないよ。召喚枠を増やすには――」


 そこまで言ったところで、部屋の扉が激しくノックされた。

 シャロがビクリと震えてそちらを見る。まるで叩き壊さんばかりの勢いだ。

 返事をしていないのに、ノックの音は止まる気配がない。クエストだろうか?


「サイレント、鍵開けてきて」


「んぐんぐ……ふぁーい」


 ハンバーグを飲み込んだサイレントがぴょんとテーブルから飛び降り、緊張感のない足取りで扉に近づく。

 サイレントが鍵を開けた途端、弾かれるように扉が開いた。


 シャロが立ち上がり、転がり込んできたそれを見て呆気にとられたように言う。


「アイ……ちゃん?」


 入ってきたのは見覚えのある銀の騎士だった。つい先日、進化したばかりの『アイリスの騎士兵』。

 だが、開け放たれた扉の向こうにナナシノの姿はない。逆ならばともかく、眷属だけが僕の元に来るなどありえるのだろうか?


 目を細め観察するが、甲冑に傷痕などはない。HPバーも減っていないし、状態異常時につくデバフアイコンもない。だが、その様子からして、ただならぬ事態である事は間違いないだろう。


 アイちゃんは何も言わずのそのフルフェイスの目の部分に開いたスリットを僕に向けた。

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