第六話:次のクエスト
クエストの処理をしてくれていたゴンズさんがふと言う。
「最近早いな」
「弟子が起こしてくるんだよ」
壁に掛けられた時計は今が午前中である事を示している。
正確に言えば起こしてくるわけではないのだが、シャロの生活リズムは規則正しいのでそれに引っ張られている感があった。このままでは健康的になってしまうかもしれない。
食事も毎食作ってくれるので出されると毎食食べてしまう。僕が家で自発的にやることは日記を書くことくらいだ。
ゴンズさんがまじまじと僕の顔を見て、感慨深げに頷く。
「弟子をとって成長したか」
そうでもない。たった数日で成長できるんだったらとっくに成長していただろうし、つまり僕は……元々そういう人間だったということだ。川に流される木の葉のように、自然に逆らわず生きているので環境が変わるとそれに適応してしまうのだ。ましてやシャロの行動は基本的に僕の意に沿うよう気をつけているようなので、文句を言うこともない。
最近新たな居場所を発見したサイレントが、胸ポケットからにょきっと頭を出す。
「しかし、主に適応するとはシャロもなかなかやる。常人ならば絶対に耐えられないぞ」
「……」
そんな風に思われていたのか。毎度毎度、異形のサイレントに言われてしまうと僕も思うところがあるぞ。
と、そこで、ゴンズさんが意味ありげにニヤリと笑みを浮かべた。
「そういえば、ブロガー。
来たな……。
師弟システムで発生するクエストは、既存プレイヤーの弟子となったプレイヤーを成長させるためのクエストだ。中身はチュートリアルを凄まじく重くしたようなものになっており、アビコルのシステムを一通り試せるようになっている。
特定のレアアイテムを手に入れるまでぐるぐるさせられたり、レアモンスターが出るまでぐるぐるさせられたり、とにかくダンジョンやフィールドを何回も何回もぐるぐるさせられるクエストが目白押しであり、師匠は魔導石も手に入らなければ報酬もほとんど手に入らず、おまけに経験値すらも弟子側に多めに配分される。
僕はゲーマーなので、実装当時にとりあえず一人弟子を取って試した事があるが、僕のような性格の人間にとって、メリットが少なく無駄に時間を取らされるそれは地獄に等しかった。
ナナシノみたいなボランティア? 大好きです、みたいな人間でなければ受けないだろう。
「いや、悪いけど僕も忙しいから」
僕も地雷を望んで踏む趣味はないので、当然断る。
ゴンズさんは僕の言葉に口をヘの字にして、腕を組んだ。苦労していそうなため息を深々とつく。
「そうか……まぁ、無理強いはしない。最近は後進を育てようとする者がいなくてなぁ」
育てるも何も、召喚士の力は引いた眷属の強さに直で比例するものだ。弟子を取ったところで師に教えられる事なんて殆ど無い。せいぜい効率のいい課金の仕方とガチャを引くタイミングくらいだ。
ゴンズさんが愚痴めいた声で続ける。
「弟子を取る者が出たのも久し振りだ。弟子側と師匠側の意向が一致しなくては師弟は成り立たんからな。ギルドとしては、見込みのある召喚士には是非とも弟子を取って召喚士の発展に貢献してほしいんだが」
よくよく考えると難しい問題である。
召喚士の力はランダムで召喚される眷属の力による。古株の召喚士がビギナーズラックでレア度の高い眷属を引いた新人に負ける事もザラにあるのだ。そういった新人は自分より弱い者を師として仰ごうとはしないだろうし、師匠側も弱い眷属を引いた新人を取ろうとも思わないだろう。
スマホをぽちぽちするだけでプレイできるゲームならまだしも、現実だと
僕は蚊帳の外なのでゴンズさんに軽くサムズアップした。
「へー、それは大変だね。頑張れ頑張れ」
「お前という奴は……」
召喚士の未来なんてもの、どうでもいい。そういうのはもっと偉い、上の人間が考えるべきだ。
僕はやりたいことをやる。
僕の様子にゴンズさんがあからさまに目を剥き、嘆息して言う。
「そういえば、お前の弟子のシャロリアは昔、何人かに弟子入りしないか声を掛けられていたはずだ」
「……え?」
寝耳に水である。弟子入りというのは本来、弟子側からお願いするものではないのだろうか。師匠側からスカウトするなど、余程の物好きかリア友だ。
いや……友達に頼むという手もあるのか、この世界では。だが、友達とゲームでもない現実で師弟関係になるというのはどうなのだろうか。
「へー、アルラウネを弟子にしたいなんて物好きな人もいるんだね」
本音が出てしまった僕に、ゴンズさんが少しだけ眉を顰めて、すぐに戻す。
「いや……シャロリアは……女の子だからな」
あー、そういう理由ね。確かに、厳つい男よりは女の子を弟子にしたほうが楽しそうだ。シャロは召喚士としては使い物にならないが、そういう目的ならば十分だろう。ロリコンどもめ。
だが、不順な動機だなぁ。ゲームのように画面越しじゃない分、面倒な問題が起きそうである。
「ギルドのメンバーも決して全員が善良ではない。召喚士ギルド加入の条件はただ召喚士である事だからな。だから、俺はお前がシャロリアの師匠になったと聞いた時、正直少しホッとした。シャロリアも喜んでいたしな」
NPCもどうやら色々な人間がいるようだ。まー僕が見てきた連中から想像するに、半分くらいはクエストの敵だろう。
「ギオルギ一味を潰したのにそれだけじゃ足りないのか」
「うむ……連中が最大派閥だったのは間違いないが、それが消えたことで今まで大人しくしていた連中が問題を起こし始めているようだ」
ゴンズさんが頭を押さえ、唸る。最近この人、受付の範疇を超え始めている気がする。
浜の真砂は尽きるとも、とはよくぞ言ったものだ。まぁ、僕としてもクエストは多い方がいい。治安について文句を言うのはお門違いだろう。
じっとその会話を聞いていたサイレントが僕を見上げ、しみじみと言う。
「シャロも大変だなぁ。主、シャロは女の子なんだから、少しは優しくすべきだぞ?」
「知らんよ……いや、待てよ?」
その瞬間、僕に天啓が訪れた。僕はアビコルのプロである、クエストの傾向だってそれなりに知っている。
シャロに弟子入りを打診していた不埒な連中。ギオルギがいなくなった事で再び表に出始める問題。
見切った。次のストーリークエストの敵は間違いなくそいつらだ。
僕は舌なめずりして杖を握りしめた。
「しょうがない、可愛い弟子のために一肌脱いでやるか……」
「……何をするか知らんが、あまり大事にならないようにな」
ゴンズさんが大きく目を見開き、忠告してきた。大丈夫、僕は人畜無害だ。
さて、次のドロップは何かな。
§
「え……? 私の……は、はい。確かに……何人か……」
僕の問いに、シャロが眉根を寄せ、どこか居心地が悪そうな表情で答えた。最近はほとんど笑顔だったので新鮮な表情だ。
もじもじと身じろぎをして、慌てたように言う。
「で、でも、師匠には……迷惑、掛けません……絶対に。私の問題ですから……」
シャロの言葉から、どうやら僕の弟子になった今もまだ問題が解決していない事を察する。
師匠は特定条件を満たすまで弟子を一人しか取れないが、弟子もまた師匠は一人しか持てない。だから僕の弟子になった時点で諦めるべきだが、そもそもそういう殊勝な人間は女の子という理由で雑魚NPC召喚士に言い寄ったりはしないのだろう。
「気にしなくていいよ、可愛い弟子のためだ。大丈夫、話せば分かってくれるさ」
「可愛い……」
シャロが目を伏せて恥ずかしそうにする。それ、社交辞令だから。
そんなシャロにサイレントが余計な口を挟んだ。
「そうだぞ、しゃろりん。主は他人の心に共感する力が致命的に欠けてるから、強く主張するくらいでちょうどいいと思うぞ」
とんでもない言いようである。僕が誤解されたらどうするつもりだ。
唐突にしゃろりん呼ばわりされたシャロは、戸惑ったように僕とサイレントを見て、最後に肩の上のフラーの上で視線を止めた。
ストーリークエストの発生は突発である。放置していても自然に何か問題が起こっていただろうが、事前にシャロに話を持ち出したのは、情報を集めるためだ。どうせクエストをやるなら自分のタイミングでやりたい。
身を低くして、頼りにならない弟子に目と目を合わせる。僕の見たNPC召喚士はエレナとギオルギを除いて雑魚ばかりだったのが、念のため。
「で、シャロさ。聞きたいんだけど……シャロを口説いている奴は何人いて何の眷属を持っていたの?」
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