第五話:才能と適性
「どこ行ってたんですか……師匠」
「ちょっと野暮用があって……悪かったね」
待ち合わせを忘れたのは完全に僕のミスだ。ぽつんと酒場の入り口で佇むシャロはその地味な風貌もあって凄まじい侘しさを感じさせた。
召喚士という危険な職についているシャロを見ても分かる通り、アビス・コーリングの世界では成人年齢がだいぶ低い。普通に子供も働いているし、酒も飲める。だから、他の客から見ればシャロは違和感を感じないのだろうが、日本から来た僕からすれば酒場の入り口に立つ十四歳のシャロは酷く違和感のある光景だった。
仮にも師に文句を言うのははばかられるのか、瞳を伏せるシャロに釈明するように言う。
「まー悪かったよ。後で埋め合わせはする。で、住む場所は見つかったの?」
謝罪もそこそこで本題に入る。
僕の言葉に、遅刻に他意がない事を理解したのだろう。シャロが慌てたように居住まいを正した。
「は、はい! ばっちりです!」
「じゃー案内して。あ、これ、持って」
手の平で掴んでいた瓶を渡す。シャロがそれを受け取り、中身を透かしてきょとんとした。
「これ……なんですか?」
「サイレントの瓶詰め」
シャロが宇宙人でも見るような目を僕に向けた。
§
シャロが案内してくれた宿は大通り沿いにあった。小さなベッドの看板が隅っこの方に掲げられた建物だ。
他の店とは違い、目立つような看板がないのでちょっと通りかかったくらいでは宿には見えないだろう。
背中と両手に僕に荷物を持ったシャロが自信を感じさせる口調で言う。
「綺麗で……安くて、評判の宿です」
「まー眠る場所とシャワーがあればどこでもいいけどね」
「あう……」
起きて半畳寝て一畳とも言う。あまり贅沢は性に合わない。そんな金があったら課金するわ。
新たな宿はシャロが自信を持っていただけあって、居心地が良さそうで、広々としていた。部屋の数もベッドも二つあり、もしかしたらパーティで取るような宿なのかもしれなかった。
天井には品のいいシックな照明が下がり、日当たりのいい大きな窓からは大通りがよく見えた。部屋の片隅には大きな金庫があり、貴重品やアイテムを整理して入れられるようになっている。
うん、悪くない部屋だ。
シャロが持ってもらっていた荷物を下に置き、小さく息をしている。
「荷物はそのままでいいよ。後で整理しておくから。シャロは自分の荷物でも取りに行ったら?」
「あ……はい。ありがとうございます」
僕の荷物なんて大した量はない。ナナシノ曰く、召喚士に必須のアイテムも持っていないが、シャロはそうではあるまい。
シャロが小さく頭を下げ、小走りで部屋を出て行く。それを確認したところで、フラーが両手で抱えて運んでいた瓶のコルク蓋がぽんと飛んだ。瓶の中からサイレントがにゅろりと這い出てくる。
サイレントは床にこぼれ出ると、人型に変化して、何事もなかったかのように聞いてきた。
「主、シャロを弟子にしたといったが……どうするのだ?」
「一応弟子だし、荷物持ちをしたいようだからクエストにも連れて行こう」
「……自分より年下の女の子に荷物を持たせて情けなくないのか?」
「いや、全然?」
働きたいといっているのだからこき使うのに躊躇いはない。
シャロの弟子入りがストーリークエストならば、使っている内に何か起こるはずである。
「さ、サイレント。荷物整理しといてね」
「主は人の使い方がうまいなあ。今更だが、我を雑用に使ったのは主が初めてだぞ」
サイレントがぶつくさ言いながら三つ程にまとめられた荷物を見る。
着替えと素材アイテム。あまり物は買ってないとはいえ、二月も過ごしたので予備も含めるとそれなりの量になってしまうものだ。
ゲームではアイテム整理は完全に自動でやってくれた。現実では自分の手でやらねばならない。
一個前の宿よりもだいぶ上等なベッドの上に腰を下ろす。真っ白なシーツはシワひとつなく、それだけでも前の宿よりもランクが高い事がわかる。
その時、素材を入れているリュックの中から、サイレントが大きく緑に輝く宝玉を取りだした。エルダー・トレントからドロップした特殊な素材アイテム、『賢樹の緑玉』だ。
「主、そういえばこれ、フラーに食べさせてなかったんだな」
「ああ、それね。特殊な素材アイテムなんだよ。アルラウネの分岐進化に必要なんだよね」
フラーが物欲しそうな目でサイレントの持ち上げたそれを見上げている。
アルラウネは最初期から存在している眷属だ。自ずとその歴史は長く、様々なアップデートの実験台にされてきた。分岐進化はその中の一つである。
簡単に言うと、アルラウネは三回目の進化で進化先がそれぞれ攻撃、補助、回復に特化した三つに分岐するのだ。『賢樹の緑玉』はその中の回復タイプ、クローバーに分岐進化させるために必須の特殊素材アイテムであり、第二進化の状態で食べさせるとその道が開けるが、どうせアルラウネを進化させるなら補助型に進化させたい僕には不要なアイテムだった。
木の属性値を大量に上げる効果もあるので、まだ二回目の進化をしていない今のフラーにならば食べさせても問題ないが、レアアイテムなのでそれももったいない気もする。これはゲーマーの性であると言えよう。
「んー、シャロにでもやるか」
「え?」
「どうせいらないし、ただ使うのももったいないし」
とっといてもいいけど邪魔だ。木属性の魔物はそんなに多くないし、そんなに強くない。
以前森で素材を集めに行った時と同じだ、いらないものならばくれてやってもいいだろう。シャロがクロロンを回復型にしたいって言ったらの話だけど、シャロもいらないって言ったらフラーに食べさせよう。
「主は欲がないなあ」
サイレントが見当違いの事を言いながら、荷物の開封を続けた。
§
「師匠、ずばり強い召喚士になる方法って……なんですか?」
「一番最初にレア度の高い眷属を引くまでリセマラする事」
「りせ……まら……? ほ、他には?」
「どんな状態にも対応出来るように眷属を揃える事」
シャロが真剣な目つきでメモを取っている。果たして僕の言葉が彼女の役に立つのか不明だが、それを決めるのは僕ではない。
古都から一キロ程離れた所に存在する【無人の塔】は上に上にと進んでいく階層型の迷宮だ。太古に立てられた建物であり、大きさも広さもそれほどでもないが、朽ち果てた塔の内部には無数の魔物が棲みついている。
内部に放置された宝箱の多くは空だが、稀にちょっとしたアイテムが入っている事もある。
人気のないダンジョンらしく、僕達の他に誰もいないがらんとした塔内を進んでいく。果たして過去何があったのか、半ば崩れかけた棚や本棚、何に使われていたのか意味不明な機械が過去の権勢を示していた。
今日の僕の目標は最上階――無人の塔の攻略だ。
サイレントが目の前に現れる魔物を腕を伸ばして即座に貫いていく。【無人の塔】には強力な魔物は生息していない。ついでに解体まで済ませるようになったサイレントの性能はまさに雑魚一掃マシーンと呼べるだろう。
面倒な魔術型の雑魚を無効化出来るサイレントは全体攻撃持ちという事もあり、こういうダンジョンを周回する上では一種の理想形と言えた。
シャロがサイレントの解体した魔物の素材を、大きな袋に詰め込みながらぽつりと言う。
「サイレントさん……本当に強いですね」
クロロンも戦闘態勢に入っているが、接敵即殺のサイレントがいるため何も出来ていない。フラーはもう戦闘を諦めたらしく僕の頭を抱えるように肩車しながら楽しそうに葉を揺らしている。
「油断はしちゃ駄目だよ。何が起こるかわからないし」
「このダンジョンは……それほど強い魔物は出ないはずですけど」
「常に緊張を途切れさせない事が召喚士の基本だ」
「は、はい! わかりました!」
師匠程の強さがあっても油断はしないんですね、とシャロが呟く。アビコル運営は油断したプレイヤーをどん底に落とすのが大好きなのを忘れるな!
と、部屋の隅っこに大きな宝箱があるのを見つけた。鉄色をしたいかにも頑丈そうな箱だ。
「サイレント、あれ開いて」
「……宝箱くらい自分で開ければいいのに……」
サイレントがぶつくさいいながら宝箱に手をかける。
シャロがつんつんと僕の服の裾を引っ張った。
「師匠、ここの宝箱は最初に塔に入った調査隊が全部空けてて――空っぽです」
「いや、ランダムで入ってるから」
宝箱があったら空だと分かっていても開ける。マップはくまなく埋める。それがゲーマーの性だ。
サイレントが腕を伸ばし、その蓋に手をかけた瞬間――宝箱が跳び上がった。
蓋がまるで噛み付くようにサイレントの腕を挟む。サイレントが悲鳴を上げ、手を紙切れのように薄く変形させ、ギリギリで腕を引っ込めた。
「ひゃッ! モンスターだッ!」
「ほら見ろ、油断大敵って言っただろ?」
宝箱型の魔物は先程までおとなしくしていたのが信じられないくらいにアグレッシブにがんがん跳ね回っている。
どのRPGにもいる宝箱に擬態する魔物。アビス・コーリングでは『トレジャー・ミミック』と呼ばれる魔物だ。宝箱を開けた際にランダムで出現する魔物だが、こちらの眷属の体力が少なければ少ないほど出てくるともっぱらの噂で、宝箱を開ける時は万全の準備をしてからというのが基本であった。
大きく一メートルも飛び跳ねるそれに、シャロが悲鳴を上げて僕の腕にしがみつく。サイレントが飛びかかってくるトレジャー・ミミックを幾本も触手を伸ばし、串刺しにする。
「宝箱を開ける時は気をつけないとね」
「一人だけ冷静になってないで、わかっているなら教えてほしかったぞ……」
串刺しになって沈黙した宝箱を頭上でカラカラ回しながらサイレントがぼやく。
油断するなって言ってんだろ、いい加減にしろ。トレジャー・ミミックには上位個体が何種類も存在し、最上位になるとサイレントでは勝てないくらいのレベルになってくるので注意が必要である。もっとも、こんな序盤のダンジョンに出ることはない。
シャロが身体を離し、まだどきどきしているのか胸を押さえている。
「これに限らず、いつ何が起こるかわからないからね」
壺や本棚はもちろん、机や椅子が魔物である可能性もあるし、その辺の石ころが襲い掛かってくることだってある。物に擬態して襲ってくるミミックシリーズは誰もが一度は痛い目を見る魔物だ。
僕の言葉に、シャロが目を見開き、尻尾を掴まれた猫のような表情でこくこくと頷いた。
§
サイレントが自分の身体の大きさ程の皿の中を覗き込んでいる。
宿では食事は別料金だ。僕の場合は作るのが面倒だったので全部宿にまかせていたが、部屋には小さなキッチンもある。シャロは食事は自前で用意していたらしい。
何事もなくダンジョンを攻略し魔導石を入手、家に戻るとシャロはテキパキとした動作でご飯を作ってくれた。本当に召喚士以外は多才な弟子である。
野菜がごろごろ入ったシチューと帰り道で買ったパンの乗った皿を、無駄にグルメなサイレントが獲物を狙うような目で見ていた。
僕は別にいらなかったのだが、皿に盛ってくれたのでありがたく受け取る事にした。
木の匙をシチューに浸し、ひとすくい口に含む。シャロがこちらをじっと窺っている事に気づき、
「うん、美味しい美味しい」
「ほ、本当ですか?」
よかった、と、シャロが満面の笑みで手の平を合わせる。
僕はあまり味の良し悪しなどわからないが、そのシチューは店で出てきてもおかしくないくらいの味だった。
料理が得意なのは本当らしい。ナナシノは基本的に外食だったので、こういうのを見ると本当ににシャロがどうして召喚士なんてやっているのかわからない。君、召喚士やめて料理人でもやったら?
サイレントが自分の身体をどろどろにする気持ち悪いリアクションをして言う。既にその皿は舐めるように綺麗になっていた。一体サイレントは何を目指しているのだろうか。
「身体が溶けるくらいにうまいぞお。シャロはいいお嫁さんになるな」
「そんな……」
サイレントの言葉に頬を少しだけ染め、ぎゅっと気をつけをして喜ぶシャロは確かに将来いいお嫁さんになるかもしれない。でも君、立派な召喚士になるんじゃなかったっけ?
僕が見ているのに気づいたのか、シャロがきらきらした目で見てくる。クロロンを失った時の絶望の表情とは雲泥の差だ。
「師匠のクエスト……本当にすごかったです」
「いや、強いのはサイレントだから」
「私も……頑張って早く立派な召喚士になります」
「何があっても対応出来るようにしておくんだ。眷属は……召喚士の命だからね。もうクロロンを失ったりしたくないだろ?」
「は、はいッ! わかりましたッ!」
気をつけをして、羨望の眼差しで僕を見るシャロ。適当に言っているのを知ったらどんな表情をするだろうか。そして、シャロのすべきことはまずアルラウネではないもっと強い眷属を手に入れる事なのだが、そういうのも野暮だろうか。
シャロは食べ終えると、休む間もなく片付けに入る。その後姿を見ながらだらだらしている僕をサイレントが突っついた。
「シャロも悪くないな、主。ダメ人間を作ってくれそうだぞ」
「もっとやるべき事があると思うんだけどなあ」
「使用人を一人雇うより楽だ。最高じゃないか、主」
「僕にはサイレントがいるし」
「…………」
サイレントがふてくされたようにテーブルの下に行ってしまった。
だが確かにサイレントの言葉も一理ある。サイレントが料理する姿を見るよりはシャロが頑張っているのを見たほうがマシだ。
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