第四話:予約と進化
「え……? 何で?」
シャロリアの言葉に、七篠青葉は思わずその表情をまじまじと見た。
シャロリアは気弱そうな顔立ちの少女だ。だが、それとは裏腹に、たった一人で召喚士を何年も続ける強さを持っている事を、青葉は知っていた。
クロロンはまだ召喚士としての経験が浅い青葉の目から見ても強くない。根っこのような腕は射程も狭く力も強くないので魔物を倒すには工夫が必要だ。だが、眷属の強さ故にランクが低いまま燻っていたが、シャロリアはそれでも二年も召喚士をやっているのだ。
日本で親の庇護の下、ぬくぬくと生活していた青葉には自分より年下の少女が自立しているという事実が一つの衝撃だった。
「内……弟子?」
「……うん」
シャロリアが傍らのクロロンを慈しむような目で見下ろす。
進化前に戻ってしまったクロロンが頼りなくその両手を上げる。そのゴボウのような顔を撫で、シャロが意を決したように口を開く。
「ブロガーさんの近くにいれば、きっと色々学べるから……」
友達が拐われた時も、クロロンがいなくなってしまった時もシャロリアは何もできなかった。
確かに、召喚士の実力とは眷属の力に比例する。一番初めの召喚で何を召喚出来るかにその命運がかかっていると言っても過言ではない。
だが、同時に、その眷属の力を高めるのも召喚士の役割なのだ。
自分がもう少し強かったら、青葉がギオルギに拐われた時に撃退出来たかもしれない。クロロンを失いかける事もなかったかもしれない。
シャロリアの言葉に、青葉が口を開きかける。
「でも……ブロガーさんは――」
「大丈夫。師匠は……多分、青葉ちゃんが思っているより、優しいから……」
「やさ……しい?」
青葉が目を見開き、聞き返す。確かに、青葉の知る限りブロガーは悪人ではない。
だが言動に癖がある。青葉も一度は反射的に殴ってしまったし、歯に衣着せぬ物言いはシャロリアのような気の強くない人間からすれば脅威だろう。
シャロリアは、そんな青葉に小さく微笑んだ。小さな、しかしはっきりした声で言う。
「優しくなかったら、クロロンを助けてくれたりしないし、青葉ちゃんを助けに行ったりしないよ」
「それは……」
青葉の言葉が詰まる。
それはずっと青葉自身不思議に思っていたことだ。いつものそっけない態度を見ていると信じられないくらいに、その青年は色々助けてくれる。もちろん、代償は求められているが……。
動揺を隠せない青葉の様子に、シャロリアがその小さな拳を握って宣言した。
「大丈夫。師匠の下でいっぱい勉強して、いつか立派な召喚士になるから……次は青葉ちゃんを助けに行けるように」
「……そんなの……別に私は……」
「だから、安心して。私は……大丈夫だから!」
シャロリアの晴れやかな笑顔に、青葉の言葉は小さく消えていった。
§ § §
そろそろ依頼も少なくなってきたな。
酒場の一席にふんぞり返るように座り、シャロが貰ってきてくれた、今存在する依頼の一覧を見ながらため息をつく。
古都はゲームでは一番最初の拠点だ。存在するクエストは全体的に初心者向けの易しいものが多い、が、決して全てが全て簡単にクリアできるクエストなわけではない。中には廃課金プレイヤーから見てもちょっと厄介なフィールドだって存在する。
古都の北方に聳える、竜種の魔物ばかりがこれでもかと出現するフィールド、【竜ヶ峰】がその筆頭だが、そういうフィールドに入らなければならないクエストは課金できない今では地雷と言えるだろう。
課金する方法に見込みが立っていない以上、なるべく円滑にクエストをこなし、魔導石を手に入れなくてはならない。
「雑用クエストもなくなったし、そろそろ潮時かな」
「おお、ついに移動か?」
テーブルの上に乗っかり、注文したココアを両腕で抱え込むように飲んでいたサイレントが顔を上げて、僕に窺いを立てる。
「うーん……『飛行』が、なぁ」
古都は陸の孤島だ、外部の街との間には厄介なフィールドが存在する。それら山や砂漠、森などを無視して外の街に辿り着くには『飛行』の特性を持った眷属を使うか、飛空船を利用するしかない。
飛空船を使うには幾つものクエストを受ける必要があったはずだ。僕ももちろんそれは経験済みだが、いかんせんもう五、六年前の話なのであまり覚えていなかった。覚えているのはやたら面倒なクエストを受ける必要があるという事くらいだ。
なんか飛空船が壊れてるとかで部品集めとかさせられた気がする。ただの一
魔導石は新たな雑用クエストを二個終わらせて現在八個。
手の平の上でコロコロ転がしていると、腹の底から泥のような欲望が湧いてくるのがわかった。
飛行持ち眷属を狙って試しに眷属召喚してみるべきか……いや、しかし……僕はもうアルラウネはいらないぞ? フラーだけで十分だ。そもそももう一回眷属を召喚した所で、今の僕には常時三体召喚しておけるだけのキャパシティがない。
「誰か知り合いに飛行持ちがいればいいんだけど……」
「そもそも知り合いがいないからな、主は」
サイレントの言葉に思わず笑う。全くもってその通りだ。
僕にはナナシノとシャロくらいしか知り合いがいない。まーパトリックやエレナくらいならば知り合いに入れてしまってもいいかもしれないが、彼らは飛行の眷属を持っていない。
難しい問題に目をつぶって考えていると、僕の前の席で、がたりと音がした。ゆっくりと瞼をあける。
僕の数少ない知り合いであるナナシノだ。実用と見た目を兼ね備えたかちっとした白の召喚士のローブを着ている。可愛らしく頑丈で、ポケットが複数ついていて女召喚士に人気の品だ。
ナナシノは僕の視線を気にした様子もなく、何時も持っている短い杖をテーブルに置くと、無言で椅子に座った。憮然としたような表情。
果たして僕は彼女に何かしただろうか? そんなことを考える間もなく、ナナシノが言った。
「シャロを内弟子にしたって本当ですか?」
「ん? あー、そうだね。新たな宿を探してもらってるから、拠点がナナシノと別になるな」
「まだななしぃに伝えていなかったのか、主……」
すっかり忘れていた。ナナシノには言っていなかったが、シャロに聞いたのだろうか。
金はある。ギオルギの懸賞金があれば大抵の宿には泊まれるはずだ。ナナシノと別れるのもまぁ辛いが、人生そんなもんである。だが約束は守ってもらうぞ、あれだけ期待させてくれたのだから。
どうアプローチしたものか迷っていると、ナナシノが小さく尋ねてきた。
「どうして……シャロを内弟子にしたんですか?」
「シャロが内弟子にしてほしいって言ったから、まーいっかなって」
いてもいなくてもいい。でも色々家事とかやってくれるらしいからいないよりはマシだろう。
何より、多分クエストだし、僕側に不都合がなかったから受け入れたそれだけである。
しかし、こう聞いてくるという事は、やっぱりシャロの内弟子入りはナナシノの差し金ではなかったんだな……。
友達が僕の弟子になることに対して、ナナシノも色々感じるものがあるのだろう。
しばらく黙ってナナシノの言葉を待っていると、ナナシノがおずおずと言ってくる。
「なら……わ、私も、弟子にして……くれますか?」
「んー……ダメ」
数秒で出した答えに、ナナシノが目を見開きショックを受けたような表情をする。
了承されると思っていたのだろうか、確かに僕は今まで大体のお願い事を聞いてきた気がしなくもない。
「!? え? な……え……ど、うして、ですか?」
「弟子って最初は一人までなんだよね、システム的に」
幾つか条件を満たせば複数の弟子が取れるようになるが、一番最初は弟子は一人しか取れない。条件を満たすには時間がかかるから、新たに弟子を取るにはシャロを破門する必要がある。
別にシャロを破門することに躊躇いはないが、ゲームでは一度弟子を取ったら十日は破門出来ないシステムになっていたし、これはギルドで弟子の登録をした時にも言われた事だ。それにそもそも、ナナシノならシャロを押しのけて自分が弟子になりたいなどと考えないだろう。
僕の言葉に、ナナシノがほっとしたように頬を緩めた。まさか僕がナナシノよりシャロを取るとでも思ったのだろうか。僕がナナシノを嫌って弟子にしないと言うとでも思ったのだろうか。そんなわけがない。
ナナシノを弟子にしても僕には何のメリットもないが、もしも全く同じ状況でナナシノかシャロかどっちを弟子にするか聞かれたらナナシノを選ぶだろう。状況同じだったら好みの方選ぶってそりゃ。
じっと見ていると、ナナシノが声を潜め、ちょっとだけ申し訳なさそうに言った。
「ブロガーさん…………一応言っておきますが、シャロに手を出しちゃ……ダメですよ?」
「ナナシノは僕を何だと思ってるんだ」
予想外の言葉に、思わずナナシノの顔を凝視してしまう。ナナシノは僕の視線から逃げるように瞳を伏せた。
面白くもない冗談だ! 風評被害だ! 僕は女ならば誰でもいいって程飢えてない。
「す、すいません……でも、その……私にも……あの……、色々言ってますし……」
「まぁ、自業自得だな」
僕はかねてから準備していた防音性の瓶を取り出し、サイレントの瓶詰めを作った。
コルクの蓋をとんとん叩きながら言う。
「確かにシャロはNPCだし、ちょろそうでなんか言ったらなんでもやってくれそうだけど、流石に子供に手を出したりはしないよ」
確かにシャロも決して容姿が悪いわけではない。顔立ちは地味だがゲームキャラだけあって整っているし、小動物のような挙動に和む人もいるだろう。僕は苛ついたけど、性癖によってはどストライクな連中もいるはずだ。
だが、断固、僕は違う。僕は強い自分を持った者を屈服させることに強い性的興奮を覚えるのだ。シャロではただの弱い者いじめになってしまうし、さすがに一回り近くも年下はねえ。
「ほ、本当に大丈夫ですよね!?」
「大丈夫大丈夫。まー心配ならシャロに注意でもしといたら?」
「……わかりました」
ナナシノの白い首元が小さく動く。周囲を見渡し、誰もこちらの話を聞いていない事を今更確認して、僕のほんの少しだけ頭を下げた。
「すいません、そうですよね。私……ブロガーさんを信じます……」
「あー、でもナナシノはちゃんと自分が言ったこと、忘れないでね」
シャロの事はどうでもいいが、ナナシノには言葉の責任は取ってもらわねばならない。
僕の言葉に一瞬ナナシノはきょとんとしたが、すぐに言われた事を理解したのか、食って掛かってきた。耳の先まで真っ赤にして身を乗り出してくる。
「そ、そういう事言うから不安になるんですよ!?」
「予約だから、予約。誰かに言い寄られても、靡いちゃ駄目だよ」
ナナシノは人当たりもいいし交友関係も広い。この世界はゲームなので大体のキャラが美男美女異形で成り立っている。ちゃんと釘を差しておかないと心配だ。
僕は横から獲物を掻っ攫われるのが一番嫌いなのだ。僕の視線に、ナナシノがぶんぶん頭を振る。
「よやッ――!? だ、大丈夫ですよ! 靡いたり……しませんから、ご心配なく……」
「進化前のアイリスの単騎兵は弱いからなぁ。またギオルギみたいなのが寄ってきたら心配だ。リセマラすればいいのに」
まークエストでプレイヤーがどうこうなるかどうかは不明だが、そういう機会は少ない方がいい。
何よりも問題なのはナナシノの眷属が弱すぎる事だ。ナナシノでは、受けるクエストの難易度を考慮して自己防衛したりするのは難しいだろうし、せめてもう少し強い眷属を持っていたら安心できる。
ナナシノが頬を染めたまま困ったように眉を寄せる。
「それは……ごめんなさい」
「とりあえずさっさとアイリスの単騎兵を進化させなよ。アイテム、あげたじゃん?」
「あッ――」
大兄貴からドロップした『アイリスの信心』。せっかく進化させるためにあげたのに、今だ進化していないのはどういうことなのか。
僕の言葉に、ナナシノは慌てたように首元に手をやった。白い首筋を横断していた鎖がしゅるりと動き、服の中、胸元からメダルが現れる。
じっとナナシノの胸を見ていると、その視線に気づいているのかいないのか、ナナシノがメダルを手の平においておずおずと聞いてきた。
「あの……ずっと聞こうと思ってたんですが……これって、食べられませんよね?」
なるほど……どう使えばいいのか迷っていたのか。
確かに、金属製のメダルはどう見ても食べ物には見えない。
アルラウネの時は根っこを当てた瞬間、木の枝から生気が失われ塵に変わっていたが、メダルでは出来そうもない。
でも僕はそんなこと知らない。僕がわかるのは、ゲームと同じならそれを食べさせれば進化するんじゃないって事だけだ。
「いや、与えれば食べるんじゃない?」
「……え?」
ナナシノが目を瞬かせ、足元のアイリスの単騎兵を見た。
§
銀の装甲はより厚く。その頭身は五十センチ程から一メートル程に伸び、その変化は一目瞭然だ。腰に帯びた剣も体長の拡大に比例して大きくなっており、何より一番大きな変化はその背にアイリスの紋章が刻まれた盾が背負われている事だろう。
フルフェイスの兜からは相変わらずその表情は見えないが、その忠誠が変わらず主であるナナシノに捧げられている事だけはわかる。
どこか可愛らしかった眷属の大きな変化に、ナナシノが呆然と呟く。
「これが――アイちゃんの進化系?」
「『アイリスの騎士兵』だね」
レア度8。アイリスの騎士兵。
盾を持っていなかった進化前とは異なり、進化後のアイリスの騎士兵は防御系のスキルを取得できる。パラメータの伸びは攻撃力と命中を除いてそれほど大きくないが、使い勝手は増したはずだ。まぁ、まだ物足りないが、進化もさせていない状態よりはマシと言える。
「ほ、本当に進化した……」
「だから言ったじゃん。まずはやってみないと」
「す、すいません……」
ナナシノが身を縮めるように謝罪してくる。
進化は簡単だった。
ナナシノの部屋にいったん戻り、アイリスの信心を受け取ったアイリスの単騎兵はそれをまるで当然のように天に掲げ、次の瞬間、証が強い虹色の光を発した。
念のために場所を変えてよかった。酒場だったら目立っていただろう。
光が消えた時、残ったのはアイリスの騎士兵だけだった。明らかに食べてはいなかったが、まぁそもそも食べさせるという単語自体プレイヤーが勝手に言っていただけなので、そういうこともあるだろう。
足元に跪く騎士兵は、直立した状態の単騎兵と同じくらいの大きい。
眷属の進化に、ナナシノはどう感情を表現していいのかわからなかったのだろう、騎士兵と僕を交互に見て、結局言い訳みたいな事を言う。
「でも、こんな条件……普通、見つかるわけないですよね。食べ物なら食べさせたりする事、あるかもしれませんけど――」
「この世界の常識がわからないからなんとも言えないけど……」
確かに一理あるかもしれない。
アイテムがドロップした相手が『アイリスの重槍兵』を眷属にしていた大兄貴だったし、もしかしたらどこか探せば必要なアイテムのヒントくらいはあるのかもしれないが、運営からのヒントがあったゲーム時代とは比べ物にならないくらいの試行錯誤が必要だろう。
サイレントの瓶詰めのコルク蓋をばんばん叩く。大金を叩いて購入した瓶だけあって、中のサイレントの言葉は全く聞こえない。
サイレントのように会話が出来る眷属ならば条件を聞き出すことも可能かもしれないが、会話出来ない単騎兵やアルラウネだとかなり難しい。
そもそもそれも、眷属が自分の進化条件を理解しているって前提なんだけど。
でもまぁそんな事どうでもいいことだ。
ナナシノの背を押し、かしこまるアイリスの騎士兵の方を指し示すと、ナナシノが慌てて表情を柔らかな笑みに変えた。
じっとアイリスの騎士兵を見下ろすと、かしこまる眷属に、握手を求めるかのように手を差し出す。
「アイちゃん、これからもよろしくね」
「……」
アイリスの騎士兵がこくりと頷くと、まるで口づけの代わりであるかのようにその手の甲にヘルムの頭をつけた。
ナナシノと騎士兵の様子は距離を置いて見ると、まるで姫と騎士のようだ。大きくなった騎士兵は実際の能力以上の頼もしさを感じさせた。
笑顔になるのを我慢しているかのようなむずむずした表情をするナナシノに続ける。
「次の進化も似たような条件だから、頑張りなよ。アイリスの信心なら十個も集めれば進化するんじゃないかな」
「……え? 十……個……?」
まだまだ序の口だ。ナナシノは恐るべきアビコル育成道の入り口に立ってすらいない。
§
「そういえば、ブロガーさん。シャロはどうしたんですか?」
「……酒場で待ち合わせしてたんだ。忘れてた」
おのれエレナめ。
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