第三話:弟子

「内弟子にして欲しい?」


「は、はい」


 内弟子にしてほしい。唐突にお願いをしてきたシャロに聞き返すと、シャロはおずおずと頷く。

 クロロンが戻って数日が過ぎた。騒がしかった召喚士ギルドも一応の安定を見せ、僕もそろそろクエストでも再開しようと思った矢先である。


 僕の様子を窺うようにじっと見上げるシャロ。その様子から何らかの譲歩を求めているように見える。


 内弟子、内弟子、か。ゲームではそんな制度なかったぞ?


「んー……よくわからないんだけど、内弟子ってただの弟子と何が違うの?」


「え……っと……」


 シャロがそっと目を逸らす。頭の上のサイレントが僕の額をぺちぺち叩いて言った。


「主、内弟子というのは、同じ家に住まわせて色々教える弟子のことだぞ」


「同じ家も何も、ここ、部屋一個しかないんだけど」


 それなりの広さはあるが、二人部屋ではない。私物があまりないのでスペースは余っているが、仕切りのようなものもないし、完全に単身者向けの宿だ。子供とはいえ、二人で暮らすには難があるのではないだろうか。倫理とかそれ以前に物理的に。


 真っ当な疑問を抱く僕に対し、シャロが毅然とした態度で見上げてくる。


「部屋の片隅にでもいただければ……そ、それに、私……馬車、運転できます」


「サイレントも出来るよ」


「あるじ!? で、できないぞ!?」


 できるようになれ。


 シャロの表情が一瞬歪み、しかしすぐに売り込みをかける。


「お掃除とか……料理とかも、得意です」


「いや、宿でやってくれるし。サイレントなんて全身モップみたいな感じだし」


「……探索時の、荷物持ちとか……」


「それはサイレントの役割だ」


「あるじは、われを、なんだと、おもっているのだ!? ねぇ、ねぇ、ねぇ!」


 頭の上からサイレントを引剥し、机の上に置いておいたこの間購入したガラス瓶にぎゅうぎゅう詰め込む。サイレントの瓶詰めが出来上がったところで、しっかりコルクの蓋を閉じた。

 シャロはその様子におろおろしていたが、すぐに我を取り戻す。


「その……お手伝いを、一人、雇ったと思っていただければ……」


 お手伝いならメイドガチャが来た時に眷属召喚で手に入れる予定なのでいらないんだが。


「ふーん……」


 必死に訴えかけるシャロ。その表情はとても冗談で言っているようには見えない。

 何の理由もなく手伝いしようとなんて思わないだろう。弟子にしてもらった恩を返すにしても、もっと他に方法があるはずだ。


 となると、ナナシノの差し向けか? リセマラ監視用に内弟子を一人つける思惑だろうか。

 まったく。信用されていないな……どうにもならなくなるまでリセマラは保留にしておくと言ったのに。


「ナナシノになんか言われたの?」


「!?」


 シャロがきょとんとする。どうやら図星だろうか。

 顔色を観察していると、シャロは頬を強張らせ、彼女にしてはやや大きな声で答えた。鳶色の目がきっと僕を睨みつける。


「青葉ちゃんは……関係ありませんッ! 私の……意志です」


「ふーん。まぁどっちでもいいや。別に構わないよ」


「……え!?」


 僕にナナシノやシャロの思惑なんてどうでもいい。僕に迷惑がかからないのならば。

 そして、ゲームであるこの世界での面倒事の多くはクエストである。僕は勤勉な召喚士なので、クリア出来そうなクエストを無碍にしたりはしないのだ。クエストウィンドウが出ないのでクエストかどうかすごい見分けづらいが、魔導石手に入るかもしれない以上放っておく手はない。


 シャロが一瞬表情を失う。

 ナナシノもそうだが、彼女たちは僕に何かを頼む時に断られる前提でいるようだ。

 そんな印象を与えるような事、やった覚えないのだが。


「い……いいん、ですか?」


「僕の近くにいても何の勉強にもならないと思うけどね。好きにしたら」


 シャロがいたって僕は何も気にしない。まるで空気のように振る舞える自信がある。

 そもそも、NPCの一体や二体なんだというのだろうか。


「まー、僕が嫌になったら叩き出すけどね」


「は、はい! それで、構いません!」


 シャロが元気のいい声で答える。もうちょっと華やかなキャラだったらもっと良かったのだが、シャロは地味めである。顔はそこそこ整っているが胸も小さいし、そもそも彼女の年齢では食指も動かない。

 フラーがシャロの足元のクロロンに相対し、首を傾げている。クロロンもフラーにその根っこのような腕をそろそろと伸ばしている。アルラウネの気持ちなんてわからないが、仲が良さそうだ。


 僕はフラーなんてどうでもいいが、フラーも仲間がいないよりはいたほうがいいだろう。


 しかし、奇特なNPCもいたものである。もしかしたら何かのクエストだろうか……強力な召喚士であるプレイヤーに憧れを持ったNPC。いかにもありそうな設定である。

 まぁ、アビコルで強力なプレイヤーの条件は人柄や才能ではなく課金額とリア運なので、僕なら憧れを持ったりはしないが、それも人それぞれだ。


 僕は欠伸をしながら、さっさと懐から分厚い封筒を取り出し、シャロに放った。シャロが小さな手であたふたしながらそれをキャッチする。

 クエストだかなんだか知らないが、使われたいと言うのならばこき使ってやろう。


「じゃあそれで適当に新しい部屋借りといて。二部屋つきのやつね」


「……へ?」


 部屋の片隅にでも置いておいてくれと言われてじゃあ好きにしてねというわけにもいくまい。何よりこの部屋は二人で使うには狭すぎる。

 シャロが恐る恐る封筒を開き、それが札束である事に気づいて小さな奇声をあげる。まだ帯で閉じられたそれはギオルギ討伐の報酬で貰ったものである。


 僕は贅沢はしない。食事もしない。趣味もない。宿泊料くらいしか使わないので全然減らない。衣料品だって初日に買った質素なものを使い続けている。

 元の世界でも質素な生活をしていた。全ては課金するために。


「ぶ、ブロガーさん、これ――」


「所詮はゲーム内マネーだ。日本円と比べたら価値なんてない」


 まてよ、日本円……日本円、か。もしかしたら日本円を見つける事ができれば課金も可能なのではないだろうか?

 どうせダメ元なのだ。一つの目標としてもいいだろう。日本円がこの世界にあるかどうかはわからないが、僕が【始まりの遺跡】で気がついた時、服装は元のままだった。

 僕と同じような境遇で財布を持ったまま迷い込んだ者がいてもおかしくはない。


 考えていると、シャロが震える手つきで封筒を裏返していた。


「こんな大金……い、いくらあるんですか?」


「んー、いくらだっけ? サイレント、覚えてる?」


 瓶の中でぐにゃぐにゃ動きながらサイレントが答える。


「主は金銭感覚が破綻してるなあ」


「金銭感覚が破綻してなかったらクレカ限度額行くまでソシャゲに課金したりしないわ」


「何を言っているのかわからないが、開き直っているところが質悪いぞ」


 今度は音の漏れない瓶を買ってくることにしよう。


「まぁ、金額は自分で数えてよ。とりあえずそれ預けとくからうまいことやっといて。まずは新しい部屋かな」


 どうやら覚えていないらしいサイレントから目を離し、シャロに頼む。

 シャロは僕よりもしっかりしていそうだし、任せておけば問題ないだろう。もしも問題があったとしても、別にゲーム内マネーなんて惜しくないし、サイレントを使ってしっかり仕置きするだけだ。


「あまりいい部屋じゃなくてもいいから、二部屋ある部屋ね。シングル二つでもいいけど」


 付け加えてしっかりと指示を出すと、シャロがいつもより高い声で答えた。


「は、はい。わかりました。お任せくださいッ!」


 とたとたという表現がしっくりくるような足取りでシャロが出て行く。

 瓶の中からサイレントが聞いてきた。


「主、本当にいいのか?」


「おいおい、サイレント。自慢じゃないが僕はコミュ障だ。誰か側にいた所で何か変わると思うのか?」


「シャロが可哀想だな」


 そんなの知らんよ。僕が頼んだわけでもないし。



§



 ゴンズさんが僕の姿を見て一瞬顔を顰めかけ、すぐに目を丸くした。

 目をこすり、不躾に僕の姿を足元から頭の先まで見る。


「ブロガー、どうしたんだその格好。似合っているじゃないか」


「最近、弟子を取ってね」


 僕の姿はこの間までとは変わっていた。シャロに説得されてローブを買い替えたのだ。


 灰色のどこか野暮ったい印象のあるローブから黒の下地の高級感あるローブへ。シャロ曰く、召喚士はギルドランクによって格好を変えるべきらしい。そのままでもいいと言ったのだが、格好で見くびられると押し通されてしまった。

 僕が新たにシャロに誂えてもらったローブは銀ランクの召喚士が着るものらしく、以前着ていた新米召喚士でも手が出る代物とは異なり十倍以上の値段がするが着心地も相応にいい。まぁ僕は着心地なんて気にしないのだが。

 ローブ自体は僕の金だが、襟元についた金のカフスボタンはシャロからのプレゼントだ。きっとクエスト報酬だろう。


 僕の言葉に、ゴンズさんが納得したように頷く。師弟システムは正式にギルドに存在するシステムである。シャロを僕の弟子として登録したのもゴンズさんだ。

 まじまじともう一度僕の姿を見て、小さく嘆息する。


「ああ、そうだったな。だがそうしているとまるで……立派な召喚士コーラーみたいだ」


 まぁ、もう何言われてもいいけどね。格好なんてどうでもいい。跳ね除けるのも面倒だし手間もなさそうだったので受け入れただけだ。

 僕はさっさと要件を言うことにした。


「で、なんかいい雑用クエスト入ってない?」


「格好が変わっても言うことは同じなんだな」


 そりゃそうだ。人間、そう簡単に変わるわけがないだろう。

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