第十六話:メリットと行動理論

 シャロがまるで縋るような震えた声を出す。


「召喚確率が……上がる……」


 光のオーブ。ロストした眷族が残す特殊アイテム。

 運用による救済措置かあるいは嫌がらせか。プレイヤーの間ではどっちかというと後者じゃないと言われていた。頼りにするには頼りなさ過ぎるゴミシステムである。誤って眷族をロストさせてしまって、藁にもすがる思いでオーブを使って召喚を試み、結局駄目だったというのはよく聞く話だ。


「く……くろろんが……戻るんですか?」


 だが、一つの希望にはなるだろう。それを使って駄目だったのならばそういう運命だったと、シャロも諦められるはずだ。

 僕は笑顔で答えた。


「ああ、そうだね。まぁ、レベルは下がって進化前になると思うけど……」


 というか、死んだのだから多分新たに召喚できたとしても違う個体だろうけど、どのみちアルラウネに個体差なんて色の違いくらいしかないしそもそもあいつ言葉を話さないし、見分けなんてつかないだろう。

 僕は一応念のため付け加えた。


「おまけに色も変わってるかもしれないけど――」


 そこまで変わるともはや別物である。

 僕の適当な言葉に、シャロが今にも泣きそうな表情で叫ぶ。


「い……いい……ですっ。それで、クロロンが……戻るのならッ!」


 そこまで一匹の、おまけに雑魚の眷族に執着するとは……NPCだったとしても理解に苦しむ。

 若干呆れながら一人で盛り上がるシャロを見ていると、ナナシノが恐る恐る聞いてきた。


「あの……ブロガーさん? 本当に、クロロンが戻るんですか?」


 多分戻らない。だから僕は明言を避けて、話を逸らした。


「どっちみち光のオーブがないと……ちゃんと持ってる?」


「あ……」


 シャロの表情が絶望に染まる。コロコロ変化するので見ていて飽きない。

 そりゃ逃げてきた――街に戻るまで眷族がロストした事実すら知らなかったのだから、持っていないだろう。今まで何体か眷族をロストさせてきたが、光のオーブは死骸の跡に残るのだ。


 今にも死にそうな表情をするシャロと、どうしていいのかわからずわたわたしているナナシノ。

 僕は面倒くさくなり、さっさと結論を言った。別に引っ張るような内容でもない。


「三日だ」


「……え……」


 ベッドにどすんと座り、足を組む。サイレントがすかさず膝の上に乗ってくる。

 サイレントの顔をむにむに伸ばしながら続けた。


「光のオーブが消失するまでの期限、だよ。それまでに森を……眷族を失った場所を探せば見つかるはずだ」


 アビコルでは、眷族をロストしつつも戦闘に勝利した場合、光のオーブはちゃんと入手できる。が、全滅した場合、光のオーブはそのままその場所に残り、召喚士は街に戻されるシステムになっていた。

 期限は三日間。この世界がゲームと同じ仕様だとするのならば、その期間内にそこにたどり着ければ光のオーブを回収できるはずだ。

 ナナシノが復唱する。


「三日以内に……森に……」


 まぁ普通に考えると、召喚した眷族が全滅するような場所に三日以内に戻るのは難しい。だが、今は序盤も序盤、最序盤だし、森は簡単なフィールドだ。取りに行くのは難しくない。

 固まるシャロとは逆に、ナナシノが真剣な表情で指を折った。


「ロストしたのが昨日……ということは、猶予は後、二日……」


「一秒でも越えたらなくなるから急いだほうがいいんじゃないかなぁ……まぁ、あくまでゲームだった頃の話だけど」


 夜になると魔物の強さは増すし、視界も悪くなる。もっともそのあたりは現実の冒険で経験を積んだナナシノやシャロの方がよくわかっているだろう。

 僕の言葉の意図を悟ったのか、ナナシノが窓から外を見る。時刻は既に夕方近い。馬車を使っても森までは三時間、森の中に入ってから何時間か歩いたので、オーブを探す時間も考えると余り猶予はない。


 森の魔物はそれほど強くないが、数が多い。そもそも、ナナシノ達は、六人パーティで挑戦してほぼ全滅したのだ、その危険性は良くわかっているだろう。

 だが、ナナシノは躊躇いなくシャロを見た。力強い意志の篭った目が今にも崩れてしまいそうな少女を映している。


「シャロ……行こう」


「青葉ちゃん……いい……の?」


 絶対にそういい出すと思ったけど、ナナシノはどうやら身の程を知らないようだ。というか、自らの身を顧みないというべきか。僕からすれば散々ひどい目にあってきているのにまだそんな選択を取るナナシノの気持ちが全くわからない。


 ナナシノが答える前に僕は口を挟んだ。


「ナナシノさぁ、万全ならともかく、今の単騎兵はHPも三分の一くらいでパラメータにペナルティもかかってるし、いくら森が簡単なフィールドだったとしてもけっこう危ういと思うよ? あそこ魔物の数も多いしさ」


 HP回復薬もあるが希少である。何故ならば店売りしていないからだ。

 クエスト報酬やモンスタードロップ、あるいは素材の合成で作ることはできるが、基本回復薬は回復力が低めな事が多く、眷族の種類によって回復薬の種類も変える必要があるなど幾つか面倒な制約があった。

 だから、基本プレイヤーは時間の経過か回復スキルでの回復をメインとしていた。


「そもそも、アイリスの単騎兵って単体攻撃だし、数で来られたらまずいんじゃないかな」


 森には獣種は霊種の魔物が多い。素早い魔物や魔術を使ってくる魔物だっている。

 まぁ、といっても準備を怠らなければアイリスの単騎兵でも十分攻略は出来るんだろうけど、僕がナナシノだったら行かない。


 ナナシノがぎゅっと服の裾を握り、下を向く。


「い……いけますよ。大体……私が行かなければクロロンが……」


 押し殺すようなナナシノの声。

 どうやら僕の言いたいことが伝わっていないようだ。

 死にそうな表情のシャロと消沈しているナナシノを交互に確認し、僕は笑顔で親指を立てた。


「そのクエスト、僕が助けてあげよう」


「……え?」


「……へ?」


「???? どうしたんだあるじ、ねつでもあるのか?」


 散々な反応である。

 ナナシノが尻尾を踏んづけられた猫みたいな目をする。シャロが目をこすって僕を凝視し、サイレントが馬鹿にしたような声をあげた。


 黙っていると、ぺたぺたサイレントが僕の腕を触ってくる。

 クエストを受けるといっただけなのに……このザマだ。


「あるじ? シャロのことを助けても、主にメリットはないんだぞ? わかっているのか?」


「『送還デポート』」


「ああああああぁぁひさしぶりいいいいいぃぃぃぃ――」


 邪魔者が消失する。

 最近送還していないので調子に乗っていたのだろう。定期的に送還した方がいいのだろうか?


 大体、サイレントはシャロを助けてもメリットがないとか言ったが……メリットはある。というか、言われんでもメリットなけりゃやらんわ。僕はゲーマーだぞ。 


 シャロが頻りに瞬きして、庇護欲を煽る弱々しい表情を向けてくる。


「え……ほ、本当に、い、いいん、ですか?」


「たまには……人助けくらいするさ」 


 そもそも、クエストなんてほとんど人助けみたいなものだ。ゲームでそこに文句を言っても始まらない。

 まだ唖然としたまま固まるナナシノと、シャロに向けて続ける。


「とりあえず、今日はゆっくり休んで体調を整えて明日朝早くに出発しよう。昨日進んだ道を辿ればどこかに光のオーブは落ちてるはずだ。あれは……目立つしね」


 何しろ光っているから、ギオルギを倒した時も昼間だったが、それでもよく目立った。森の中はやや薄暗いからはっきりわかるはずだ。

 光のオーブ探しなんて、落ちるのかどうかわからないドロップを求めるよりも余程、簡単なクエストだ。


「まぁ、当然だけど……シャロにも来てもらうよ。光のオーブは眷族をロストした召喚士コーラーがいなければ見つからないから……」


「は、はい! もちろんですッ!」


 シャロが感極まったように立ち上がり、大きな声で返事をした。涙の跡はまだ残っているが、希望が見えたおかげか、声に震えはない。

 まぁ、シャロのすべきことは僕の足を引っ張らずに、ただついてくることだけだ。この様子ならば問題ないだろう。


「で、ナナシノはどうする? 別についてこなくてもいいけど」


「え……わ、私、ですか?」


 困惑したように、ナナシノは僕の顔をじろじろ不躾に見上げた。




§




「ブロガーさん……どういうことですか?」


 シャロと別れ、部屋に戻るなり、ナナシノが食って掛かってきた。

 先程までの困惑は時間経過で消え去り、変わりに不審そうな表情が整った容貌に張り付いている。


「まぁ、落ち着きなよ。ナナシノは物事を難しく考え過ぎだ。僕もナナシノと同様に――やりたいことをやっているだけだよ」


 基準が違うだけだ。ナナシノは友達を助けたい。僕はゲームを進めたい。今回はたまたま互いに幸せになれる道が存在していた。

 フラーを抱き上げ、机の上に乗せる。ずっと我関せずだったアルラウネはまるで僕の働きを褒めるように腕を撫でると、机の上においた水の張った浴槽の中にちゃぽんと身を浸した。


 状況は簡単だ。クエストが発注された。だから僕が受けた。

 シャロのオーブ入手はきっとギオルギ達の件と同様、ストーリークエストだろう。

 でなければ、僕が進化条件を教え、一緒に森で素材を集めたシャロが翌日レアモンスターと出会い眷族をロストするような事が発生しようか。


 僕は人助けなど欠片も興味はないが、召喚士コーラーだし効率厨なので報酬が良さげなクエストがあれば迷わず受けるのだ。


 僕の言葉に、ナナシノが言いづらそうに瞳を伏せてぽつりぽつりと言う。


「だって……ブロガーさん。私、ブロガーさんの事、邪魔って――」


「いや、別に気にしてないし。多少邪険にされたところで、それは人助けしない理由にはならないんだよ」


 思ってもいない事をぺらぺらと答える。

 気にしてないのはどうでもいいからだ。僕と余りにも精神性が違うナナシノの言葉は僕には響かない。共感出来ないのだから、何を言われたところで痛みを感じない。


 居心地悪そうに手をもじもじさせるナナシノに続ける。


「大体、ナナシノさぁ。このクエスト、何事もなく終わると思う?」


「……え? どういう……ことですか?」


 わかっていない。ナナシノは全く分かっていない。このクエスト、一見するとただNPCを連れて、特定の場所まで進み、光のオーブを手に入れるだけのようなクエストに見える。

 だが、実態は違う。アビコル運営は真面目なので、王道を外したりしない。そして彼らは、油断しているプレイヤーを地獄に叩き落とすのが大好きなのだ。


 腕を伸ばし、ナナシノの顎に指で触れる。目を見開くナナシノに、自信を持って断言した。


「出るぜ。絶対に出る」


「え……それは――」


「エルダー・トレントだよ。この流れで出ないわけがない」


「ッ!?」


 ナナシノが絶句する。まさか彼女は、このクエストが雑魚どもを蹴散らし森の中を進み、光のオーブを拾ってくるだけのクエストだと思っていたのだろうか?

 いや、きっとナナシノは――特に何も考えずにクエストを受けるといったのだろう。


 だが、それは余りにも安直な答えだ。そして、そんなド素人にアビコル運営は優しくない。


 レアモンスターは討伐クエストでは出現率が上がったりはしないが、逆にこういったそれっぽい気配のあるクエストではほぼ確定で出現してくる。俗に言う、『お約束』という奴だ。

 そして、まさかアイテムを拾うだけのクエでレアモンスターなんて出るわけないだろうと考える素人プレイヤーを絶望のどん底に叩き落とす。その様子を見て僕達、廃人プレイヤーは笑うのだ。


 そして、同時に僕達はそういうチャンスを見逃さない。

 これは面倒なフィールド周回をせずに簡単にレアアイテムを手に入れるチャンスだぜ。もしも手に入らなかったとしてもそれはそれでしょうがない事、挑まない理由がない。


「言っとくけど、今の傷ついた単騎兵で次にエルダー・トレントの攻撃を食らったら間違いなくロストするよ。だから、ナナシノは来なくても構わない」


 弱っちぃ眷族でレアモンスター討伐はリスクが高い。ナナシノのためを思って放った言葉に、しかしナナシノは顔を上げて、先程シャロの部屋で返した言葉と同じ言葉を返した。


「い、行きますよ。いえ……連れて行って、ください。私は……シャロの友達です」


 本音を言わせてもらうと、ナナシノは不要である。ナナシノなんていなくてもクエストは問題なくクリア出来るだろう。まぁ、こちらの眷族が一体増えるという意味ではターゲットが増えているのでサイレントが攻撃を受ける確率は多少下がるかもしれないが、それだけだ。


 だが、注意点は出した。美しい友情に水を差す必要もあるまい、後は自己責任である。

 こう見えても、僕は空気が読める男なのだ。


「いいよ」


「ありがとう……ございます。ブロガーさん」


 むしろ、僕はメリットありきで行動している。無償で行動を起こそうとしているナナシノをどうして止めたりするだろうか。理解は出来ないが認めるくらいはしてあげられる。

 沈痛な表情で頭を下げるナナシノに追撃する。


「大体、ナナシノもサイレントもだけど、僕の事を誤解してるよね。僕だって誰かのために何かをすることくらいある」


 まぁ、誰かのためって大体自分のためになるわけだが……。

 ここらで一度僕に対する意識を直しておこう。僕の言葉に、ナナシノは腕を膝の上に置き、身を縮めるようにする。


「いや……でも――……すいません」


 その様子にちょっと面白くなり、指折り数えて続ける。


「ギオルギの時も助けに行ったし、進化条件も教えてあげたし、素材も取りに行ってあげたし……まさか僕、生粋の良プレイヤーかよ。まぁ、ナナシノにも色々世話になってるから特に文句を言うつもりはないんだけど、貸しが溜まっている気もするなぁ……どう思う?」


 こうして思い返してみると、全部自分のために動いているだけなのに結果だけ見ると色々助けているものだ。

 文句を言うつもりはないと言いながらもしっかり文句を言ってやる。


 つむじと艷やかな黒髪。僕の文句に真面目なナナシノはうつむいたまま、耳を真っ赤にして何度も何度も繰り返した。

 

「うぅ……すいません。すいません。私に、出来ることがあれば……なんでもしますから……」


 乞い願うかのようなナナシノの声。厚いローブに包まれていても分かるなだらかな胸元がその呼吸に従い静かに鼓動している。うつむいているので顔は見えないが、豊かな黒髪の隙間から見える白い肌はコントラストのせいかとても艶めかしい。


 またそういう事を言う。なんだ、こいつ誘ってんのか? プレイヤーの癖にNPC並に意味深な事言いやがって。

 僕は深く深呼吸をして、小さくなっているナナシノに言った。


「よし。じゃあ服を脱いでベッドに行け。ことあるごとに中途半端に期待させるような事をしやがって。とても健全なこのアビス・コーリングの世界で、どのくらいエロが解禁されているのか確かめてあげるよ」

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