第十二話:ロスト

 袋から石を取り出し一個一個数える。何度も数える。が、たった六個しかない。

 たった六個とか昔の僕ならば怖くて追加課金するレベルの石である。


「あー、石が足りない……石が欲しいよう……」


「主は相変わらずだなぁ、フラーも呆れ顔だぞ、ほら」


 サイレントがアルラウネの手を引っ張り、こちらを向かせた。

 フラー。僕のアルラウネの名前らしい。僕はゲーム時代は面倒だったので名付けなどはしなかったが、サイレントが名付けたがったので任せたらそうなった。

 フラーはふらふらしながら別に呆れているでもない顔をこちらに向ける。


「アルラウネは喋らなくて静かでいいなぁ……」


「もっと進化ステージアップさせたら、喋ると思うぞ?」


「面倒だからなぁ……」


 何日か森に篭って時間をかければ進化させられると思うが、アルラウネはちょっとやそっと進化させたくらいじゃ強くならないのである。所詮はずれだ。

 アルラウネは魔術師系のユニットだ。攻撃には使えないが、足止めの魔法とちょっとした回復魔法が使える。僕はアルラウネの役割を後方支援と考えていた。前に出すつもりはないし、進化させた時点で魔法は使える。レベルを上げれば威力はあがるが、そこまでは必要ないのである。


 何を考えているのかわからないフラーの顔を眺め、ため息をつく。


「あー、早く次の召喚してー。石貯めるの面倒くさい」


「……ななしぃはいつも頑張ってるってのに、主は怠け者だなぁ」


 怠け者ではない。ゲームプレイ時代は僕はいつ見ても前回ログイン0分前の男としてもっぱらの評判だったのだ。

 だが、ゲーマーというのは得てして体力面については弱いものなのである。他の人が運動してる間にゲームやってるんだから当然だ。

 あー、ぽちぽちやって石貯めたい。


「それにしても、ななしぃ遅いなぁ。嫌な予感がしないか?」


 窓の外は既に真っ暗になっていた。空には暗雲が立ち込め、しとしとと小雨が降っている。

 雨が降り出したのは一時間程前だが、どんどん雨足が強くなっているようだ。もしかしたら今晩は嵐かもしれない。

 僕はそれを考慮の上で言った。


「いや、全然?」


 っていうか、嫌な予感ってなんだよ。雨降ってる度に嫌な予感してたら梅雨はどうなるんだ。

 確かにナナシノは隣の部屋に宿泊しているし、頻繁に顔を出してくるが、顔を見せる義務があるわけではない。


「主は冷たい人間だなぁ」


「あー、召喚したい……がちゃがちゃがちゃがちゃ……」


「すればいいではないか」


 何も知らない眷族さんは簡単に言ってくれますねぇ……所詮ガチャのキャラにプレイヤーの気持ちはわからない。

 眷族召喚にはセオリーがあるのだ。次に召喚出来るのは当分先だろう。

 魔導石をしまい、外をちらりと見る。雲が厚いせいで七つ浮かんでるはずの月もまったく見えない。


「獣種フェスはまだかなぁ……それまでに石貯めないと」


「何だそれ?」


「獣種の召喚確率がアップするイベントだよ。まぁ、気休め程度だけどね」


 アビコルではガチャ関係のイベントが頻繁に繰り広げられていた。獣種の召喚確率が上昇する獣種フェスもその一つだ。


 ゲーム内ではイベントウィンドウで告知されていたが、フェスの時はその色の月が強く輝いていた。

 現実ではイベントウィンドウは開けないが、月の光を見ればフェスが来ているかどうかはわかるだろう。

 あるいは、【始まりの遺跡】に行ってもフェスが開催しているか知ることは可能なはずだ。ゲーム時代はその色の柱が強調されているグラフィックに変化していた。


 僕の言葉に、サイレントはしばらく黙っていたが、ぽんと手を打つ。


「ああ……赤獣界の力が強くなる日のことか」


「知らないけど、多分それかな」


「赤獣界とこの世界が近づいた時、ゲートが開きやすくなるのだ。獣種が召喚される確率も高いだろう」


「知らないけど、多分それかな」


 偉そうに胸を張ってサイレントがどうでもいいことを言う。僕にとって重要なのは召喚確率があがるってことだけだ。

 ゲームでは運営の開催するイベントだったが、この世界ではそれっぽい理屈がある。ただ、それだけのことだろう。


 そっけない対応をしていると、サイレントがベッドから飛び降り、足元にまとわりついてくる。


「主、かまってー、ねぇ、かまってぇ。我に冷たすぎるぞ?」


「よし、サッカーやろうぜ。お前ボールな」


「へぷっ!」


 蹴り飛ばすと、サイレントは床でバウンドして、壁にあたって宙を舞い、ベッドの上に落ちて止まった。倒れ伏すサイレントの頭をフラーが小さな手で撫でる。


「うぅ……何であるじ、わたしに冷たいのぉ……」


「僕だって心が痛む。蹴った方だって痛いんだ」


「主さぁ、わたしが馬鹿だと思って適当なこと言ってないか?」


 全体的にサイレントは邪魔なのだ。

 滅多に『送還デポート』しない自分自身を褒めてやりたいくらいである。おまけに餌まであげてるのだから、僕はサイレントの飼い主としてかなり上等だろう。

 っていうか、よく弾むサイレントが全て悪い。


 その時、窓ガラスががたがたとなった。雷光が瞬き、続いて甲高い雷鳴が響き渡る。


 立ち上がり、窓の側によってそこから路面を見下ろす。いつの間にか小雨は凄まじい土砂降りに変わっていた。


「酷い天気だなぁ……エレナのせいか?」


 あいつの眷族、フィールドエフェクトを『雨』にする特性持ってるんだよね。地獄に落ちろ。


「ななしぃが心配だな」


「なら迎えに行ってきたら?」


「主も行くなら行くが?」


「何で僕が行かないといけないんだよ、ふざけるな」


 僕が雨の日に外出するなんて、カードが限度額に達して電子マネー買いに行く時くらいだ。

 ビショビショになりながら走っていく人々を眺めていると、雷雨どころか、霧のようなものまで出てきた。これは本格的にまずいかもしれない。


「これじゃ明日も外に出れないかなー、くそっ、ぽちぽちで石集めさせろッ!」


「あ、主、ななしぃが帰ってきたぞ」


 サイレントが、みよーんと腕を伸ばして真下を指差した。

 降り注ぐ雨の中、ふらふらと近づいてくる影は確かに昼間出ていったナナシノの格好に似ている。


「ははは、びしょ濡れで帰ってきちゃって……笑う」


「主は最低だな……」


 水も滴るなんとやら、ってか。やはり外に出なくて正解だったようだ。

 濡れナナシノは宿の下までくると、雨が降っているにもかかわらず上を見上げた。その表情が露わになる。

 疲れ果てたような、蒼白の表情にぞくりと冷たい何かが背中を通り過ぎる。


 よく見てみると、いつも外に出しているアイリスの単騎兵の姿が見えない。

 ふらふらしながらナナシノが宿の入り口に消える。


「ふむふむなるほど……ロストかな?」


「可哀想だなぁ、主」


 サイレントが他人事みたいに言う。まぁ他人事なんだけど、人懐こいような振りして所詮は畜生ということだろう。

 窓から離れ、大きく背筋を伸ばす。


「まぁ、突発的なロストなんてアビコルの風物詩みたいなもんだし。アイリスの単騎兵を失ったならリセマラかなぁ」


「……一応言っとくが、ななしぃに嫌われたくなかったらそれ、言っちゃ駄目だぞ? あるじ」


 サイレントがぴょんと窓の冊子から飛び降りながら言った。

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