第十一話:効率と不安
【深緑の森】の入り口。馬車を側につなぎとめ、そこに広がった光景を見た先輩召喚士、今回青葉が同行をお願いしたパトリックが目を見開いた。
「なんだ……こりゃ?」
「……ブロガーさんが通った後です……」
【深緑の森】は古都から西に馬車で三時間程行った辺りに存在する広い森だ。
古都近辺では最も広い森林であり、その奥地には一度足を踏み入れたら二度と帰れない更に深い森があるとされている。
内部には貴重な薬草など豊富な資源を擁するが、生息する魔物の数も相応に多く、護衛をつれていかなければ危険でとても立ち入ることのできないフィールドとして知られていた。
古都から少し距離があることもあり、整備された道なども存在せず、中に入る者は枝葉や草など障害物を払いながら進まねばならない。
だが、今、森には獣道と呼ぶには大きすぎる道が刻まれていた。
昨日、ブロガーと共に青葉とシャロが通った跡だ。
サイレントは前にあるものを草も木も石も、そして魔物すら構わず何もかもを薙ぎ払い道を刻みながら進んでいった。ブロガーが文句を言ったため、地面も平らになっていて、とても歩きやすい。
青葉の言葉に、パトリックが頬を掻いて吐息をもらす。
「こりゃ予想よりも楽にいけそうだな……」
「凄いわね……どうやったのか全然想像出来ないわ」
リーダーの言葉に、仲間の女召喚士、グルナラも目を見開き、呟いた。
パトリックのパーティは古都の召喚士ギルドのメンバーの中では中堅であり、眷族の能力もそれなりに高い。
が、どこまでも続く森を道を作りながら進んでいくなどという真似はとても出来ない。いや、時間をかければできなくはないだろうが、やろうとは思わない。眷族の体力も無限ではないのだから。
パトリックが顎に手を当て、感心したように呻く。
「大型の眷族ならばともかく、あんなちっこい眷族でどうやったのか……さすがギオルギを倒した男ってことか」
「サイレントさんの身体は……伸びるので」
「只者じゃないな……外から来たのか? それにしては名前に聞き覚えもないが……」
実力ある召喚士というのは自然と噂になるものだ。特に剣士ギルドや魔導師ギルドと異なり、召喚士ギルドはメンバーが少ない。例え飛行船に乗って外から来た召喚士だったとしても、実力者ならば名前くらい知れ渡っているものだ。
パトリックの視線に、青葉は口を噤む。ゲームの中に入ったなどという与太話、言うわけにはいかない。
青葉の表情に、パトリックは追求を諦めたように肩を竦めた。
「まぁ、楽なことに越したことはないな。森のドロップはなかなか供給がないし、ラッキーだったと考えよう」
「そうね」
パトリックの言葉に、グルナラが『召喚』しながら頷いた。
その足元に赤色の光と共に青毛の猿が現れる。手足の長い猿はそのまま道の端に生えていた木をするすると登り、ききーと小さく鳴いた。
青葉がよく行動を共にするパーティ、金猫の調べは安定したパーティだ。索敵、攻撃、回復、補助と、四人のパーティメンバーがそれぞれ役割を担っている。クエストの達成率も高く、ギルドの評価も高い。
それぞれ、馬車に乗っている間はスペースの節約のために『
§
異界から召喚した眷族は種類によって力に差はあれど、例外なく非情に強大な力を誇っている。人数自体が余りいない
だが、召喚士にも弱点がある。それが、本体の弱さだった。
元々、魔導師は剣士と比べて貧弱な傾向があるが、魔術で自身を強化できる一般的な魔導師と比べて、召喚しか出来ない召喚士はただただ弱い。
故に、召喚士はパーティを組む。他の召喚士たちとパーティを組み、ダンジョンやフィールドに挑む前に入念な準備を行い、自衛の術を習得する。それをせずに済むのは強力な眷族を引き当てたものや、複数の眷族を同時に召喚しておける選ばれた召喚士だけだ。
だから、青葉はここ一月あまり、クエストをこなしながら装備を揃えることに注力した。
青葉自身はゲームについては有名なRPGをちょこっとプレイした程度の経験しかないが、そのゲームでも装備を揃える事は重要だったし、実際にクエストをこなしてみて必要だと思ったものだったからだ。
湿原を歩くなら防水のブーツは不可欠だし、肌を守ったり雨天時の対策をするには生地の厚い外套が必要だ。倒した後に魔物から納品物を剥ぎ取るためにも道具は必要だし、それを持ち運ぶための容器だっている。人間一人では持ち運べるものも限られるから、準備は厳選してやらねばならない。
ギルドや先輩の召喚士に聞きながら揃えて今では困ることもなくなったが、以前は本当に大変だったのだ。
だから、青葉にとっていつも何の準備もせずに軽装であちこち出歩くブロガーは心配の種だった。
青葉が見る限り、ブロガーはこの上なく優秀な召喚士だ。進化条件を知っていたり魔導石を幾つも手に入れたり、ちょっと見ない間に二体目の眷族を召喚していたり、驚くことばかりだ。
だが、召喚士としての技能以外については危なっかしいことこの上ない。
それと比べて、この古都で何年も召喚士として生きているパトリック達の動きは洗練されていた。
グルナラの眷族、長い手足を持ち樹木と樹木の間を自在に移動出来る青い猿、『長腕長脚のジャンピング・エイプス』が機動力を生かし先行し、敵を発見したらそれに上空から襲いかかり撹乱・足止めをする。
強襲に魔物が戸惑っているところでリーダーでありアタッカーを担う、パトリック・ディエロの眷族、ゴールド・リンクスがその鋭い爪で下方から襲いかかり、隙を見てもう一人のパーティメンバー、ウバルドの眷族、攻撃魔法を使える赤い帽子をかぶった二足歩行の犬、『真紅の杖のウィーザードッグ』が風の魔法を叩き込む。
そこに前衛である青葉のアイちゃんとシャロのクロロンがいれば大抵の魔物には負けない。また、ダメージを負えば回復担当のイレーナの眷族が傷を癒やしてくれる。
パーティとして六人という人数は多かったが、同時にそれだけ安定感があった。
それぞれに眷族がいるので移動中も十二人の目があることになる。これだけの目が周囲に向いていれば奇襲も受けない。
【深緑の森】の魔物の強さは湿原と同程度かちょっと上くらいだ。
ブロガーと共に森に入った時、青葉は何もやることがなかったが、アイリスの単騎兵は十分、森の魔物を打ち倒すだけの力を持っていた。
現れたリトルトレントをその剣で真っ二つにするアイちゃんを見ながら、青葉はどこか訝しげな表情で首を傾げる。
身体は小さいながらも強固な鎧に身を包み、素早い身のこなしで魔物を翻弄するアイリスの単騎兵の力は青葉の素人目から見てもなかなかのものだ。
「……やっぱり、アイちゃんも強い……よね?」
「騎士系の眷族がいるとやはり違うなぁ……」
森に入った直後は警戒していたパトリックの表情も今では弛緩していた。
パーティのメンバーの数が多ければ多い程、分前が減るが、安定感と効率が増す。現れた魔物も鎧袖一触に倒され、その攻撃が召喚士本体にまで飛んでくる危険もない。
だが同時に、それでもその効率は――ブロガーと共に森に入った時と比べてずっと劣る。
サイレントは進行速度を落とすことなく魔物を狩りながら進んでいったし、戦闘風景を見る間すらほとんどなかった。青葉とシャロが見たのは流れ作業のように飛んでくる魔物の死骸だけだ。
リトルトレントの死骸に生えた一本の白っぽい枝を切り落とし、ウバルドが真剣な声で言う。
「毒を持つフロント・パイソン――蛇の魔物が出るはずだ。あれは人を狙ってくる。注意は怠るなよ」
「毒……」
その言葉に、青葉はドロップを剥ぎ取っていた手を止めて考えた。
果たしてその魔物が出たとして、ブロガーは傷を負うだろうか。困るようなことはあるだろうか。
サイレントはまるで掘削機のように何もかもを削りながら前に進んでいたが、一度たりともブロガーへの注意を怠っている様子はなかった。
青葉の見る限り、サイレントはとても優秀だ。命令されなくても、眷族としてやるべきことを知っていて、そしてやっている。ブロガーが何の準備もせずに大きなダメージも負わずにクエストをこなせてきたのはその力によるところが大きい。
できることはやっているつもりだが、青葉には果たして自分がその青年の役に立っているのか、全くわからなかった。
「青葉ちゃん」
「あッ……」
シャロにつっつかれ、慌てて止めていた手を動かす。
果たして自分は何ができているのか。
今溜まっている魔導石――六つのことを考え、手を動かし続ける。
青葉はアイリスの単騎兵に満足している。可愛いし強いし青葉の事を守ってくれる。
だが、もう一人眷族を呼び出すのも悪くない案のように思えた。ブロガーだって呼び出していたし、二人目の眷族がいればできることだって増えるはずだ。
二人目の眷族を常時召喚しておける召喚士はほんの一握りだと言われているが、青葉だってその可能性はある。
出会った魔導石の数が召喚士の才能を示しているのだというのならば、青葉だって短期間に六個も見つけることができているのだから。
ブロガーは十回連続で引くと一回おまけに引けると言っていたが、魔導石を五十個貯めるなど当分は無理だろう。
今度もう一回召喚をしてみよう。そう心に決め、青葉は今のクエストに集中することにした。
§ § §
深い深い森の中。ぽっかりと開けた空間があった。
木樹が乱雑に立ち並ぶ森林の奥深くにあって、その大きくドーナツ状に空いた空間には植物も生えていなければ、そこに近づく物もいない。
その中央に生えていたのは一本の木だった。ただし、枯れかけた木だ。
乾ききった樹肌はひび割れ、今にも剥がれ落ちる寸前に見える。天に伸びた無数の枝には葉の一枚もついていない。陽光が満遍なく降り注ぐ空間に生える枯れかけた木は、もしも見るものがいれば底知れぬ気味の悪さを感じていただろう。
魔力を蓄えた木は時に化生に変ずる。深緑の森に数多生息するトレントと呼ばれる魔物はそうやって生まれたものだ。
一般のトレントは本能に従い外敵を襲い、他の魔物や森の資源を目当てに入ってきた人間達に退治されるが、中には長い年月をかけ膨大な魔力を蓄えた木が魔物と化すこともある。
それは、森に少数存在する上位のトレントの一種だった。膨大な魔力を蓄えたその種は魔の技を自由自在に操り、人に引けを取らない叡智を得る。枯れたように見えるのはただの擬態であり、もはや強大な力を得たその種に襲いかかるものはいない。
森はその種にとって縄張りだ。森で発生した騒動の全てをその種は理解している。
トレント種の上位。深緑の森に生息する支配者。エルダー・トレント。
その枝の一本が風もないのにぴくりと動く。
外部からの侵入者の存在を、その種は理解していた。人間だ。最近多いな、と、ゆっくりと思考を始める。
縄張りを犯し、森を削るように進んできた存在を、その種は察知していた。それをただ黙って見過ごしたのは、その存在が自分にとって――天敵となりうる存在だったからだ。
戦えば負ける。負けなかったとしても、多大なダメージを受ける。暗く深き魂は自らとは根本的に異なる種だったが、力量くらいは理解できた。
エルダー・トレントに同族意識はない、もしも大きなダメージを受ければ他のエルダー・トレントが自らの縄張りを奪いに来るだろう。
エルダー・トレントは一般のトレントとは違う。エルダー・トレントは強き者とは戦わない。運悪く偶然遭遇してしまったりしない限りは、自ら襲う事はない。場合によっては接近を察知して逃げることすら有り得る。
外敵から長きに渡り生き延び力を蓄えることができたのには理由があるのだ。
だが、今回の敵は違う。数は沢山いるが、そのどれもが自分よりも遥かに劣る人間だ。
いつも縄張りに立ち入るもの全てに襲い掛かっているわけではないが、自分の命を脅かす存在の出現はエルダー・トレントの防衛本能を刺激していた。
前回とは異なり森を荒らすような動きは見せていないが、そんなものは関係ない。中には自分の近縁種も存在するようだが、それもまた関係ない。エルダー・トレントにあるのはいかに外敵を撃退し、より力を蓄えるか。それだけだ。
大地にしっかり張っていた根がミシミシと音を立てて持ち上がる。地面がひび割れる。まるで脚のように根っこを地面の上に叩きつけると、その巨体がゆっくりと動き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます