第九話:ステージアップ
リトルトレントという動く木のような魔物を倒して手に入れた木の棒のような素材アイテム『生命の枝』をアルラウネに手渡す。
アルラウネは二本の根っこでそれを掴むとゆっくりとそれを抱きしめた。
「!?」
ナナシノとシャロが真剣に見るその前で、みずみずしかった木の枝が一気にその潤いを失い、カピカピになる。 そして、そのまま一気に朽ち果てると、塵となって崩れ去った。まるで喜ぶかのように僕のアルラウネが両手を上げる。
僕はそれを見て正直な感想を言った。
「えげつない食い方するな……」
「ですね……」
ゲームでは合成ボタンを押すだけだったが、現実ではそうはいかないらしい。ボタンないし。
だが、確かに効果はあったようで、アルラウネの頭の上に表示された数字――レベルが五つほど上昇する。どういう理屈かわからないが、多分『生命の枝』の魔力を吸い取ったのだろう。
生命の枝の木属性値は確か3である。アルラウネは木属性値を300まで上げれば進化するので、後九十九個食べさせればいいはずだ。もし違っても進化するまで食べさせればいいだけの話である。
シャロが目を丸くして、感嘆したように深く呼吸をする。
「凄い……眷属って、アイテム食べられるんですね……」
「シャロは無知だなあ」
ゲームをやったことのないナナシノはともかく、この世界の召喚士として生きてきたシャロがその程度の事も知らないとは。
まぁ確かに『生命の枝』はどこからどう見ても食べ物には見えないんだけど、進化した眷属をつれている召喚士がいる以上、勉強不足にしか見えない。
僕の言葉にシャロがしゅんとしたように視線を落とす。まるで反射のようにナナシノが僕を睨んだ。
「ブロガーさん、言い方!」
「シャロって頭弱いね」
「!? もー!」
どうだっていいのだ。僕はシャロの事なんてどうだっていいのだ。無視しても良かったのに会話してあげたのは完全に好意である。ナナシノは一体何が不満なのか。
やはりこの年頃の女の子が考える事はわからないな。
だらだらそんなことを考えながら、もーもー言ってるナナシノを眺めていると、俯いていたシャロが呟いた。
僕からはその表情は見えないが、涙ぐんでいる気配がする。
「いいんです……本当の、ことですから」
「シャロ……」
どうでもいいが、僕は涙で同情を得ようとする人間が大嫌いだ。好意を当然と考える人間と同じくらいに嫌いだ。
それを冷徹と呼ぶのならば僕は冷徹な人間でいい。
ギオルギは割りと頭いっちゃってた系NPCだったが、そっちの方がマシなくらいだ。だがエレナ、てめーはダメだ。僕はてめーを一生許さん。
拾ったドロップアイテムを次から次へと流れ作業のようにアルラウネに食べさせていく。
そんな間もシャロの話は続く。
「ブロガーさんみたいに、強くないし、青葉ちゃんみたいに色んな人に話しかけたりもできないし、パーティにも入れてもらえないし。召喚士になって、三年も経つのに、まだランクも鉄で――」
「へー、そうなんだ。大変だね」
「うぅ……お母さんも、お父さんも、召喚士をやめて戻ってきたらって……」
「へー、戻ったらいいんじゃない? アルラウネじゃ厳しいって」
甘えてんじゃねえ、リセマラしろ、リセマラ。皆リセマラしてんだよ。あるいは重課金しろや。
「……うぅ……」
適当に相槌を打っていると、何故かシャロが黙り込んでしまった。小さな嗚咽が聞こえる。
ナナシノが慌てたように僕の肩を揺すった。
「ブ、ブロガーさん!?」
「僕は自分でできることをやらずにただ享受されるのを待つだけの人間がエレナの次の次くらいに嫌いなんだ」
まぁ、NPCにこんなこと言ったって無駄だろうけどね。
大体、日本ならばともかく、ドラゴンとか幻獣とか悪の帝国とか封印されし邪神とかポコポコ出て来るこの世界でその弱さはないって。見てて笑えてくるぜ。
僕の言葉に、シャロが声を殺して泣いている。ナナシノが僕の肩を抱くようにして後ろを振り向かせる。
「ブロガーさんがそういう人だという事はわかっていました」
「まーもう付き合いも一月だし」
ナナシノが真剣な表情で僕を見下ろす。その眼はその学生の少女がするような眼ではない。
少なくとも一月前までは、できなかっただろう。ギオルギにさらわれ、眷属と共に魔物と戦い、自分よりも弱い少女と友達になった。それが彼女を強くしているのだ。
「それを承知で……お願いします。シャロを、弟子に取ってくれませんか?」
「僕はナナシノがそういう人間だという事を知っていたよ」
「え……」
甘い。甘いぜ、ナナシノアオバ。
ナナシノが僕の事を知っているように、僕だってナナシノの事を知っているのだ。そして、それを承知の上でシャロに興味がない。
「それを承知の上で言うけどさー、ナナシノが師匠になればいいじゃん?」
「え? ……え???」
師弟システムはクソである。発生する特殊なクエストも面倒なクエストだし報酬も時間効率で考えて話にならない。
正確に言うのならば、師匠側にメリットがないのだ。上級者が初心者を救済する、ただそれだけのシステム。
運営側は恐らく初心者を優遇するための一環でそのシステムを作ったのだと思うが、それはあまりにも善意に頼りすぎていた。それで得られるのは自己満足しかない。
それでも奇特な連中はいるもので、何人もの弟子を取ってせこせこ教育している廃プレイヤーもいたが、それは彼らがやりたかったからやったことであって、僕は全く興味をそそられない。
人にやらせるんじゃねえ、自分でやれ。
善意を強制するとはナナシノも随分といいご身分になったもんだ。
「アイリスの単騎兵もあまり強くないけど、アルラウネよりはマシだしさー、ナナシノでも十分シャロのサポートできるんじゃないの?」
「それは……でも、私も……あまり知識とか、ありませんし……」
ナナシノが戸惑ったように言う。もしかしてナナシノは知識があったらシャロの師匠をやるのだろうか? やるのだろうなぁ。
僕はげんなりした。これだから善人は嫌いである。何を考えているのかさっぱりわからない。
「そ、それに、ブロガーさんの方がいろいろ知っていて――」
「話にならないな……僕も忙しいんだ」
と、ちょうどそこで僕のアルラウネの手が止まった。ぶるぶると震え始める。
その貧相な身体が輝き、薄緑の光を放ち始める。突然の変化に、ナナシノも消沈していたシャロもアルラウネの方に注目する。
初めての
ひょろひょろだった手足の根っこより太く、しっかりしたものに変わる。ゴボウのような胴体が大きく伸び、その形がただの野菜から人型を模した者に変わった。双葉も成長している。
ただの模様のようだった顔にしっかりと輪郭ができ、人に似た姿に変わる。頭の双葉から伸びた蔓がその身体を覆うように巻き付く。
進化前アルラウネは知らない人が見たらただの野菜だったが、進化1アルラウネを見れば誰でも眷属だとわかるだろう。
そのまま、アルラウネが立ち上がった。先程までのアルラウネは人参程の大きさはあったが、進化したアルラウネは大ぶりの大根くらいの大きさはあるだろう。
シャロが唇を戦慄かせて言葉を吐き出す。
「これが……
「やっぱり一回目の進化じゃなんか足りないなぁ」
進化したアルラウネがぱちりと目を見開く。そして、きょろきょろと周りを観察し、最後に僕を見上げた。
見た目は木彫りの女の子の人形だ。レア度が低いだけあって地味な見た目をしている。
雑魚中の雑魚、アルラウネの進化形態。エルダー・アルラウネである。エルダー・アルラウネは僕に向かってちょこんとお辞儀をした。
ナナシノがその様子に頬をひくつかせ、身を震わせている。
「か……可愛い……」
「水筒に入らなくなってしまった……ゲームじゃ使ってなかったからなぁ……」
まさか、こんなに大きくなるとは思っていなかった。僕が腕を延ばすと、エルダーがしがみついてくる。エルダーの身体は冷たく湿った、雨露に濡れた草の感触がした。
「とうとう我に後輩が出来たか……」
「まぁ、進化一回くらいじゃ大して強くないから戦うのはサイレントだけどね……」
そもそもアルラウネがサイレントよりも強くなることなんてあるのだろうか? さすがの僕もそこまで使ったことがないからわからない。
どうやら体重も増えているようだ。腕を持ち上げると少しだけ重い。ニキロから三キロといったところだろうか。
「いいなぁ……」
ナナシノが唇に人差し指を当て、羨ましそうに呟く。なら単騎兵と交換しろこら。
トレード機能なんてないけどね。
シャロは呆然と僕のアルラウネと自分の進化前アルラウネに交互に視線を投げかけていた。自分の三年があっさりと超えられたのがショックなのだろう。
アビコルは酷い課金ゲーなので数年無課金を貫いたプレイヤーが、プレイ開始一週間の重課金者に負けることがざらにある。
そもそも、アビコルに無課金プレイヤーなんて殆どいなかったのだが。
「あ……え……う……」
「さて、やることもやったし帰るか……」
既にタイガーラビットの牙も必要個数手に入れてるし、魔導石は最後の一体の体内に埋まっていた。アルラウネも進化したし、もうこんな森の中にいる理由がない。
雑魚相手に全体攻撃持ちのサイレントは相性が良すぎるのだ。魔物がたくさん来ても短時間で倒せるので素材なんてぽろぽろ落ちる。
ナナシノがはっとしたように顔をあげる。
「え……ま、まだシャロのアルラウネが……」
「残ってる素材でも食わせてみたら? 僕はもういらないし」
【深緑の森】は【彷徨いの森】ほどではないが、エンカウント率が高く魔物も数体単位で出てくる事が多かった。適当に倒してきたので、シャロが素材を拾ってきた袋はまだ膨らんでいる。
アルラウネは雑魚なので進化させるのは簡単だが、さすがに二回目の進化は手間がかかる。アルラウネに手をかけすぎるなんて本末転倒だ。とりあえず一回進化しておけばいいだろ。
僕の言葉に、シャロが上目遣いでこちらを窺うように見る。戸惑いと畏れが混じった表情だ。
「え……いいんですか?」
「いいよ。僕のはもう進化したしね」
ドロップなんていらねーし。煮るなり焼くなり好きにすれば。
持ち帰らなければならないのはタイガーラビットの牙だけだ。金はあるので余った素材を持って帰って売るつもりもない。僕はなるべく楽をしたいのだ。
「ブロガーさんってそういうところ優しいですよね」
ナナシノが少しだけ呆れたようにため息をつく。
優しいとかではない。どうでもいい物をどうでもいいといっているのだ。だから別にシャロが目の前で素材を燃やし始めても僕は何も言わない。いらないからである。そのあたりを履き違えられても困る。
慣れぬ手つきで自分のアルラウネに素材を食べさせ始めるシャロを眺め、僕はサイレントをクッション代わりに横になった。
いきなりのしかかられたサイレントが手足をばたつかせて抗議してくる。
「ちょ……主は我を何だと思っているんだ!」
クッションだ。サイレントは眷属としては二流だがクッションとしては一流だった。
何が楽しいのか、僕のアルラウネがその光景をぱっちりした目で見ている。
「っていうかさー……バグだよね。アイテムをわざわざ手で持っていくなんて」
「ん……? どうやって持っていったら主は満足なんだ?」
「アイテム欄に決まってるだろ!」
でも冷静に考えると、描写されなかっただけでゲームの中のプレイヤーはアイテムを手でもって歩いていたのかもしれない?
額にシワをよせて考える僕にサイレントが下敷きにされながら不思議そうに問いかけてくる。
「……どうした、主?」
「いや、それはないな……」
アイテムは特に制限なく持ててたし、量的にありえん。やっぱりアイテム欄だ。
何でこの世界は中途半端に現実を踏襲しているのだ。間違いなくクソゲーである。サイレントがイベント以外で会話しているところといい、中途半端なリアリティ、本当にやめてほしい。
「あの……」
そんなことを考えていると、シャロがおずおずとこちらに手を伸ばしかけてきた。そちらを見ると、怯えたように手を引っ込める。
ナナシノが後の言葉を引き取り、
「ブロガーさん、シャロのアルラウネが進化しないんですけど……」
「そんなの知らないよ」
「……」
だいぶ萎んだ革袋に視線を向ける。木属性のアイテムはあげ終えたのだろう。シャロのアルラウネは相変わらずゴボウみたいな手足をふらふらさせている。
僕とシャロの眷属は同じ種類である。カラーは違うが、進化条件は同じはずだ。膝の上に登り始めたアルラウネをだっこして、むっとするナナシノにすかさず続ける。
「数が足りないんじゃないかなあ……」
「数……ですか……」
「結構残ってたし、もうちょっとじゃないかなー、多分」
ゲームだと食わせた数はちゃんと表示されていたが、現実だとウィンドウが出ないせいで後どれくらい食べさせれば進化するかわからない。
僕の言葉に、シャロが涙ぐむ。ナナシノがとても言いづらそうに言ってくる。
「あの……ブロガーさん、足りない分は――」
「…………」
そんなことは知ったことではない。
そりゃ、シャロは憐れだ。雑魚NPC召喚士の中でも特別に憐れだし、アルラウネを引いた不幸な者同士のシンパシーがないでもない。
だが、僕はNPCに興味なんて欠片もないし、そもそも自分で何もせずに施しを受けようという根性が気に食わない。
ナナシノの友達だということを考慮しても、全く話にならん。
僕の下でサイレントがぐもぐも動く。
「主、どうする?」
「……」
だが、だ。僕は考える。
アビコルでは複数プレイヤーでパーティを組んでフィールドやダンジョンを探索するマルチ要素がある。まぁ今の状況に即しているのだが、アビコルのマルチ要素には――途中脱退などというものは存在しない。
今は現実だから出来るかもしれないが、境界が不明である状況でなるべくシステム外のことはやりたくない。バグるかもしれないし。
僕が行かなくてもきっとナナシノは構わずにアイテムを集めようとするだろう。となると、僕が途中で脱退してしまうことになる。
僕はそこまで一秒で考え、ため息をついた。
……仕方がない。あと少しで進化できるだろうし、余り余計なことをするべきではない。
「しょうがない、行こうか……」
僕の言葉に、ナナシノが喜びの表情――にならずに、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした。
「え!? い、いいんですか?」
「そのさ、ダメ元で提案するのやめようか?」
「主は優しいなぁ」
サイレントが僕の下から這いずり出て、感慨深そうに言った。
§
「きょ、今日は、本当にありがとうございました」
シャロがまるで命の恩人にするかのように深々とお辞儀をする。その足元にはあの後もう少し素材アイテムを食べさせた結果、無事に進化したアルラウネがシャロの足に抱きついていた。
街に戻る頃には外は真っ暗になっていた。一日中森を歩き回ったのに、シャロの表情に疲労は見えない。
僕の方はくたくただったので適当にひらひらと手の平を振ってやった。
「まーよかったねー。頑張ってねー」
森では結局何事も起こらなかった。何よりの話である。
フィールドには稀に、本来敵わないくらいに強力な力を持つレアモンスターが出現することがある。深緑の森でも当然出現する可能性はあったが、今回はその気配もなかった。
現実の森の広さは僕の想像以上だったし、ゲームで滅多にレアモンスターが現れなかったの当然と言えば当然だろう。
そりゃあんな広かったら出会わんて。
「ブロガーさんのこと、ちょっと見直しました」
ナナシノがこれまた辛辣なことを言う。元々どんな評価だったんだよ……ナナシノの評価なんてどうだっていいけど。
「次の進化も木属性のアイテムを食べさせる事だったから、気が向いたらまたやってみたらいいんじゃないかなあ」
「はい……やってみます!」
まぁ、アルラウネを育てるよりはもっと召喚したほうが余程いいんだが、それは言わなくても構わないだろう。別に彼女に義理があるわけでもない。
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