第八話:深緑の森

 結局僕は合理的な理由からナナシノ達と行動を共にすることになった。


 どうやら古都から遠征するのには馬車を借りるのが一般的らしい。

 建物などは現代なのに自動車がないのは、さすがのアビコル運営もファンタジックな世界観にあまりにも合わないと思っただろうか。


 ナナシノが遠く、馬車のレンタルショップのカウンターで話している。

 それをぼーっと見ていると、シャロが尋ねてきた。


「あの……今までどうやって移動してたんですか?」


「僕には立派な足があるからね」


 そもそも、今まではそれほど遠くには行かなかった。少なくとも、歩きで何日もかかるような遠くには。

 だが、【深緑の森】は草原を超えた先にある。徒歩では時間がかかるというのも冷静に考えると道理である。


 だがしかしそうなると一つ問題が――


「僕は……馬車とか運転できないんだけど?」


 そもそも、ナナシノが借りようとしているのは馬車ではない。意味不明な四足歩行の生き物が引いているから、意味不明な四足歩行生き物車と言うべきだろう。古都に来て一月強、ゲーム内のグラフィックで見た分も合わせると面識は随分あるが、僕はまだその生き物の正式名称を知らなかった。


 見た目としては牛と蛙をミックスしたような感じである。だが、断じてウシガエルとは大きく異なることだけは言っておかねばならないだろう。あれは蛙だがこれは牛だ。もしかしたら馬かもしれないが、僕は眷属のことは知っていても普通の動物については明るくない。

 牛と馬の違いなんて味の違いくらいしかわからない。


 僕の言葉に、シャロが目を見開いて言った。


「私は、出来ます」


「そうか」


 たくましいなあ、この世界のNPCは。


「青葉ちゃんも出来ます」


「……」


 ナナシノすげえ。境遇、僕と同じはずなのに何でそんないろんなことできるようになってるんだよ。

 感心半分、呆れ半分で眺めていると、シャロがいたたまれない様子であちこちを見ていた。


 見た感じ、シャロはあまり社交的な方には見えない。見ず知らずの男と話し続けるのは難易度が高いのだろう。

 おずおずとシャロが口を開く。


「あの……」


「別に無理に話しかけなくていいよ。僕は気にしないから」


「え……!?」


 NPCに気を使わせるとか意味不明。僕も別段シャロと楽しく会話したいなんて思っていない。別に彼女が悪いわけではないが、アルラウネを見ているといらいらするのだ。完全に八つ当たりである。


 だが、シャロの方は僕の言葉に対して更に必死に話しかけようとしてくる。自己嫌悪がやばいぜ。


 悪いけど、僕……コミュ障なんだよね。


「そ、そういえば……ブロガーさんのアルラウネは……はっぱ……緑なんですね」


「そうだね。美味しそうだね」


「おいし!? た、食べちゃダメですよ!?」


 適当に受け答えしていると、交渉を終えたのかナナシノが戻ってきた。

 予約表のような物を持ってにこにこしている。


「ふふ……半額になりました」


「……ナナシノは凄いなぁ」


 僕にはとても値引きなんて真似できない。ゲームにはそんなシステムはなかったし……。

 なんか僕よりもずっと順応してるんだけど、どうなってんの……。



§


 シャロリア。

 シャロリア・ウェルド。古都生まれの古都育ち。花も恥らう十四歳。

 実家は小さな商店を営んでおり、シャロリアも本来ならそれを継ぐはずだったが、召喚士コーラーの才能を持って生まれたことにより召喚士ギルドの門を叩く。

 アルラウネという雑魚中の雑魚眷属を引いてしまったため、召喚士としてはなかなかパーティを組めなかったがナナシノとは同じ性別、年齢も近かったことから意気投合。それ以降ちょこちょこパーティを組むことになる。


 好きなものは甘いもの。苦手なものは苦いもの。最近の悩みは召喚士としての実力が伸び悩んでいること。

 召喚士歴は三年程だが、本格的に活動を開始したのは一年くらい前から。


 ナナシノが変な気の利かせ方をして御者台に座ったせいで、シャロと二人っきりになって僕は本当にどうでもいいシャロ知識を得てしまった。


 僕は面倒くせーな、話しかけるのやめてもらえないかなという空気を全面に押し出しながら、対応する。


「まぁ、アルラウネよりも獣種の方が手っ取り早く強いからね……」


「そ、そうですよね……」


 シャロがしゅんとしたようにうつむく。

 ぶっちゃけ、アルラウネの性能はパトなんとかが連れていたゴールド・リンクスとあまり変わらない。ただ、方向性が違うだけだ。

 パラメータが上がりやすい獣種と比較し、霊種はスキルが強力な傾向がある。有りていに言えば獣種は戦士系であり、霊種は魔法使い系であるとでも言おうか。

 ただ、アルラウネは進化しないと魔法を覚えないので、進化前の段階では前者の方が強いのである。


 最終的な性能は五十歩百歩だ。どちらもまったく使えない。

 つまり、雑魚が雑魚を雑魚呼ばわりしているのである。鼻で笑ってしまうぜ。


「……進化したらちょっとは強くなると思うよ? ゴボウじゃなくなるし」


「! ほ、本当ですか!? 他にアルラウネ連れてる人いなくて……」


「かなりの外れだからね……」


 この世界の召喚士の数は見たところかなり少ない。

 サービス終了直前までプレイしていたアビコルプレイヤーが全員ここにいたらアルラウネを引いた不幸な召喚士もいたはずだが、百人や二百人しかいないんじゃ、アルラウネユーザーがシャロしかいなくても不思議ではない。

 不幸・オブ・ザ・ベストである。まぁ、僕も一緒なんだけど。


 シャロは僕の言葉に怒るでもなく、きらきらと尊敬したような眼差しで見上げてきた。


「ブロガーさん、詳しいですね……」


「君はナナシノの友達だけあって、ちょっと頭おかしいね」


「!?」


 パトリシア(カエル牛の名前らしい……)が引く馬車は何もない平原ではかなりの速度が出た。なるほど、確かに徒歩では移動に苦労しただろう。今度サイレントに運転覚えさせよう。そんなことを考えながら景色を見ていると、穏やかな景色があっという間に流れ、その名の通り深緑に生い茂る森が見えてくる。


【深緑の森】


 森系フィールドで最弱の場所だ。アルラウネを引いた不幸なプレイヤーが大体初めに来る場所である。

 馬車から降り、背筋を伸ばしていると、馬車を森の入口に置いたナナシノが駆け寄ってくる。頑丈そうな長めのブーツに、背に背負われた中型のバックパックには果たして何が入っているのか。


「シャロと楽しくお話出来ましたか?」


「『召喚コール』」


 僕の目的は楽しくおしゃべりすることではない。黒い光が発生し、サイレントが膝を抱えたような状態で顕現する。


「しくしくしく……」


 サイレントと話してたほうがまだマシだ。


「まぁ、サイレントと話するよりはマシだったかな」


「主!? いいい、いきなり酷いぞ!?」


 サイレントが泣き言を言いながら僕の身体に上ってくる。僕は黙ってそれに身を任せながら、水筒からアルラウネを取り出した。

 だいぶ水分は補給できたようで、双葉が艷やかになっている。役に立つのかはわからないけど、今度は光合成をさせてやろう。


 シャロの格好もナナシノと同じく重装備だ。薄緑色の外套に白色の帽子。その下から伸びるおさげがまるで尻尾のようにぴょこぴょこと揺れていた。ベルトに下がったサバイバルナイフはもしかしたら召喚士に必須の品なのだろうか。


 シャロが僕の眷属に目を丸くして、半ば興奮気味に言う。


「ギ、ギルドでも思ったんですが……二人も、召喚しておけるんですねッ!」


「……まぁね」


 何を言っているんだこのNPCは。


 アビコルはRPGだ。ユニットを一体しか使えないRPGなんて僕の知る限り存在しない。

 眷属召喚した数ある眷属の中から、向かうフィールドによって有利な眷属を選んでパーティを作る。それがアビコルの醍醐味の一つなのだ。

 

 アビコルではパーティ編成数に――制限はない。

 ただし、召喚数によってスタミナの消耗数が変わるので一定数で留めておくのが吉である。


 スタミナは召喚士の持つパラメータの一つだ。バトルが発生する度に召喚した眷属の数に応じて消耗する。プレイヤーレベルによって上昇するが、レベルが1の状態で100もあるし、十分で1回復するので召喚している眷属が一体なら枯渇することはまずないが、枯渇にはきついペナルティがあるので何としてでも避けねばならない。


 まぁ魔導石一個使えば回復できるわけですが。


 冷たい視線を向けているのにシャロが食い下がるように言ってくる。


「凄い。眷属を二人も召喚しておける召喚士なんて――見たことがありません」


 そう言えば、ギオルギもゲールを一体ずつでしか出してこなかったな……。


 シャロの言葉に、ふと僕がここに来て戦った一番強い名有りNPCのことを思い出す。

 二体同時に出されていてもレベル・ブーストを使ったので勝てていただろうが、一体ずつ倒すよりも苦労していただろう。


 ふとそんな考えが浮かんだが、既に終わったクエストなので忘れる事にする。

 今は森だよ、森。僕はお喋りするためにここに来たわけではない。


 なぜか僕を持ち上げようとしてくるシャロの肩を軽く押し、僕はさっさと森に続く道に足を一歩踏み入れた。


 アビコルではフィールドによって出現する魔物の傾向が違う。

 魔物の種類もまた眷属同様七種類にわけられるが、森林系フィールドで出現するのは獣種と霊種である。フィールドによっては竜種が出たりすることもあるが、難易度の低い【深緑の森】では出現しない。


 木属性の素材を落とすのは主に霊種の魔物である。といっても、全域に混在して生息するので先に進み続けるしかない。

 フィールドは奥の方が強い魔物が出現する傾向がある。今回はそれほど奥まで行くつもりはなかった。


 鬱蒼と茂る森林を見て、ナナシノがごくりと息を呑む。


「ブロガーさん、何のクエストを受けたんですか?」


「タイガーラビットの牙を二十本」


 名前の通り虎とうさぎをミックスしたような魔物だ。アビコル運営の手抜きが知れる存在である。序盤の魔物であればあるほどシンプルなデザインをしているのだ。

 タイガーラビットの口内には牙がずらりと並んでいるが、取得するのは一際巨大な犬歯である。ゴンズさんには腕を噛みちぎられないように注意するように言われた。

 噛みちぎられるわけがない。戦うのは僕じゃないし、そもそも僕は召喚士コーラーなのだ。HPバーもないんだぜ。


「そんなに出現率は低くないからすぐに終わるかな」


 サイレントが獣の形状に変化し、僕の前をくんくん嗅ぎ回っている。


「ナナシノ達はどうするの?」


 僕の言葉に、ナナシノとシャロが顔を見合わせる。ナナシノもシャロも森に来るのは初めてなのだろう。

 鬱蒼と茂る樹木は湿原とは異なり視界が確保されない。森を歩く者としての準備は彼女たちの方がずっと上だが、眷属の格は僕の方がずっと上だ。サイレントならば単騎兵もアルラウネもまとめて始末できる。


 もちろん、僕は外道ではないのでそんな無駄なことしないけど……


 ナナシノが僕を見上げ、きっぱりとした口調で言う。


「ブロガーさん、私達は木精の欠片の納品クエストを受けました」


「……何で君ら、木属性のアイテム食べさせる予定なのに木属性のアイテムの納品クエスト受けたの?」


「……すみません」


 まぁいいけどね。


 僕は自分のプレイヤーレベルがわからない。ゲームでは上の方に表示されていたのだが、ウィンドウを開けないせいだ。

 鏡を覗いたが、頭の上には何も出てこなかった。だが、初期値だったとしてもスタミナ100もあれば十分にクリアできる。


 アイリスの単騎兵が剣を抜く。シャロのアルラウネもまた戦闘に参加するつもりなのか、シャロの前でふらふらとしている。


 アビコルでは他プレイヤーとパーティを組むと経験値が等量で分配される。シャロの扱いがどのように判断されるのかは知らないが、三分の一だと思った方がいいだろう。


 まぁ、誤差である。アビコルではプレイヤーレベルなんてただの目安にすぎない。レベルなんて魔導石を砕きながらクエストをこなしていけば勝手に上がるのだ。

 ドロップも分配しなければならないだろうが、それも誤差だ。どうせこんな所でレアなアイテムは出ないし、ゲーム内マネーも別にいらん。


 僕は御者を二人雇ったつもりで行動する事にした。


 道に積もった枝葉を踏み砕きながら前へ進む。ついてこようとするナナシノとシャロに一応言っておいた。


「あ、別についてこなくてもいいけど、一人は生き延びてね。二人とも死んだら馬車を操作する人間がいなくなるから」


§


「あー……歩くの……だる……」


 森の中は涼しく風も適度に吹いていた。茂った葉が陽光を防ぎ、木漏れ日がきらきらと輝いている。

 だが、それでも歩くと疲れる。あまり立ち入る者がいないのか、足場は悪く、どこからともなく聞こえる獣の鳴き声が疲労に拍車を掛ける。


 サイレントが道を塞ぐ木樹や藪をなぎ払い、時に現れる魔物を一刀両断しながら進んでいく。僕が通る時には道は少しはマシになっていた。

 ナナシノは藪を払い足場を確保するためにナタなどの道具を持ってきたようだが、彼女達は一体眷属を何だと思っているのか。力の使い所を間違えていると思う。


「リアルの身体が疲れるなんてとんだクソゲーだ」


「ブロガーさん!? 少しは歩こうとしてください!」


 どうやら体力はナナシノとシャロの方が多いらしい。成人男性なのに情けない限りだがこれが若さという者なのだろう。

 ナナシノがタックルでもするかのように背中を押してくれる。僕はそれにより掛かるように前に進んでいった。


 次は絶対に騎乗できる眷属をゲットしよう。僕はそう誓った。

 現代っ子にリアル冒険はきついぜ。


 進行方向を何もかも薙ぎ払って前へ進むサイレント。その光景にシャロが目をぱちぱちして呟いていた。


「さ、サイレントさん、凄いです……私達のやることが……」


「ドロップでも拾ったら?」


 サイレントは薙ぎ払うと同時に魔物を解体している。僕がそう指示を出したのだ。僕は自分の手を汚したくないのである。

 だが、渡すところまではいっていないので、解体したドロップは地面に無造作に転がっていた。ドロップといっても、獣種の素材は基本的に血まみれである。道は赤黒い血で染まっている。

 僕はもう面倒だし手は汚れるし、それを拾う気にもなれない。ゲームではクリックで拾えたのに。


 僕は自動的にドロップを拾ってくれる眷属をゲットしよう。僕はそう誓った。

 現代っ子にリアル冒険はきついぜええええええええええええ。


 僕の指示に、ナナシノがぬーぬーと背中を押しながら叫ぶ。


「ブロガーさん!? ドロップくらい拾ってください!」


「だってさー、君ら何もやってないじゃん」


 サイレントがまるで今までの鬱憤を晴らすかのように戦っているので、アイリスの単騎兵とアルラウネはとぼとぼついていっているだけだ。

 だがまぁ、もしも仮にその二体がサイレントよりも先にいっていたとしても、サイレントの攻撃速度の方が早かっただろう。敏捷値とはそういうものだ。


 ナナシノが絶句する気配がした。

 僕はやることはやっている。僕はサイレントの召喚士コーラーなのだ、サイレントの功績は全部僕の物だ。

 僕の言葉に、今までもちょこちょこドロップを拾っていたシャロが元気よく声をあげる。 


「わ、私拾います」


「よきにはからえ」


「くっ……なんで偉そうな……」


 女の子二人に傅かれるとかハーレムかよ。僕は下らない事を考え、大きくあくびをした。



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