第七話:進化の条件

「まず進化ウィンドウを出します」


「進化ウィンドウ? ってなんですか?」


 シャロNPCの説明により、僕は驚愕の真実を知った。


 この世界の召喚士は眷属を進化させている者がほとんどいないようだ。


 気にしていなかったが、確かに見たところどの召喚士も進化前の眷属を連れている。そして、その殆どがレベルマックスだ。

 僕がこの世界にきて進化した眷属を見たのはたった一度、ギオルギの白銀ゲールだけである。興味がなかったせいで全然気づかなかった。


 でも『深青の挑戦』でエレナが出してくる眷属、進化マックスレベルマックスで出てくるはずなんだけどその辺どういう理屈になってんの?

 あいつだけ特別扱いかよ。


「でも……一流の召喚士コーラーと呼ばれる人は……皆、進化ステージアップした眷属、つれています」


「へー、そうなんだ」


「うまく育てると進化するって言われてます。実際に進化させた人に育て方を聞いて真似をすると進化したりするらしくて……」


「へー」


 この世界の召喚士事情なんて知ったことではなかったが、なんとなくその話は納得できた。


 アビコルではメニューに進化という項目があり、そこからユニットの進化条件を見ることができる。

 が、実はゲームでも、サービス開始から一年くらいは進化ウィンドウというものが存在せず、進化条件が一切不明だった時期があったのだ。

 運営チームから多少のヒントは出ていたが、プレイヤー皆で躍起になって条件を探したものである。二度と戻りたくない時代だが、今思い返すとあれはあれで楽しかった気もする。


 アビコルの眷属の進化条件はその大部分が特定のアイテムを眷属に与えて進化値を上げることである。

 奉納とか合成とか言い方は色々あるが、プレイヤーは『食べさせる』という言葉を使うことが多かった。アイリスの単騎兵ならばアイリスの名を持つアイテムを、アルラウネならば木属性を持つアイテムを、それぞれ隠しパラメータである進化値がマックスになるまで食べさせる。


 複雑な条件ではないので、意図せず偶然条件を満たすこともあるはずだ。しかし同時にそれは――進化までに非常に時間がかかる事を意味している。

 なんだ皆好きで雑魚召喚士やってるわけじゃなかったのか。好きでやってるんだと思ってたぜ、HAHAHA。


 NPCが雑魚でも何ら構わないがな。


 僕はシャロから事情を聞き終え、大きく頷いた。


「へー、なるほど。じゃー頑張ってね」


「え!?」


 あっけにとられるシャロとナナシノを置いてさっさとギルドから出る。


 無駄な時間を使ってしまった。

 まぁ面白い話ではあったが、僕には関係ない。


 確かにこの世界ではウィンドウは開けない。というか、メニューが出ない。

 召喚も送還もゲームならボタン一つでやっていたことがボタンで出来ない。進化ウィンドウも出せない。攻略サイトも確認できない。現実だからしょうがないね。


 だが、しかし、だ。


 僕は大体の眷属の進化条件を覚えている。そもそも、眷属の種類によってある程度は予測がつくし、特殊な進化条件を求められる眷属については印象が強いので深く記憶に残っている。

 アイリスの単騎兵なんかはその筆頭だ。僕は当時、人生のすべてをアビコルにつぎ込んでいた。面倒であればあるほどやった時の記憶が深く残っているのである。


 今思い返すと頭おかしいくらいに熱中していたが、人生何が役に立つかわからないものだ。


 歩いていると、後ろから慌てたようにナナシノとシャロがついてくる。


「ちょっと……待ってください。ブロガーさんッ!」


「まだ何かあるの?」


「何かって……」


 早足で僕に並び、ナナシノが頬を引きつらせて唇を噛んだ。


 朝早いのに古都は盛況だった。天気もいいし、大通り沿いの店も一通り開いていて、朝からファンタジックな格好をした大勢の人間が行き来している。

 古都は大きな街だ。山と森、砂漠と河に囲まれた陸の孤島だが、それ故に一都市ですべてが賄えるようになっている。古都はその名の通り世界で最も古くからある都市の一つらしいが、恐らく発展した理由の一つは外部からの侵略者が長らくいなかったためなのだろう。

 中には召喚士らしき姿もちらほらいる。進化前の憐れな眷属を連れた召喚士が、笑顔で歩いている。


 ナナシノが僕の顔を覗き込むようにしておずおずと口を開いた。理知的な目が僕をじっと見定めるかのように見上げている。


「その……シャロに、アルラウネの進化方法、教えてくれませんか?」


「木属性の素材アイテムを食べさせる事だよ。確か300だったかなぁ。もうレベル最大みたいだし、食べさせ続ければ勝手に進化すると思うけど」


 条件を満たした瞬間に進化するはずだ。アビコルでは条件を満たして進化しないという選択肢はない。たとえ嫌でも強制的に進化してしまう。

 アルラウネの条件は緩い。何しろ、木の属性値を持つ素材アイテムならなんでもいいのだ。これはアビコルに存在する眷属の中でも最も簡単な条件の一つである。


 ナナシノは一瞬の躊躇いもなく返した僕の言葉に目を見開いた。


 彼女は僕を不親切だと思っているのだろうか。

 それは違う。僕は不親切ではない。ただ、親切な人間ではないだけで。


「多分、君がいつも受けるクエストって湿原のクエストなんじゃないの?」


 この辺りでは湿原が一番近いフィールドで、そして一番簡単だ。

 アルラウネなんて雑魚眷属で無謀にも討伐・納品クエストをこなそうとするのならばそこを選ぶだろう。


 僕の問いに、シャロが驚いたように小さく頷く。


「はい。そこで……水泉花の採取とか、大蛙の討伐とかやってます」


「湿原じゃ木属性のアイテムは殆ど落ちないからね。それに食べさせなくちゃならないし」


 そもそも、納品クエストならば取得した物を眷属に食べさせたりしないだろう。

 アビコルでは眷属にアイテムを食べさせる事で眷属のレベルを上げる事ができるが、レベルマックスならば食べさせる必要もないので尚更進化する機会も遠のくはずだ。


「木属性って……」


「森だよ。木属性のアイテムを拾うなら森だ。まぁ他のフィールドでも落ちたりするけど、森が一番落ちやすい。草系アイテムとか、木系のアイテムとかさ。この近くで一番難易度が低い森は【深緑の森】だ。だから僕はこれから【深緑の森】へ行く。他にわからないことは?」


「あ、ありがとうございます。わからないこと、ないです」


「そう、それならよかった。頑張ってねー」


 シャロが僕の前に出て、深々とお辞儀をする。僕は足を止めずにその横を通り抜けた。

 すかさずナナシノが素早いステップで僕の前に回り込んでくる。僕は仕方なく歩みを止めた。


 割と可愛い女の子二人にまとわりつかれるなんて色男は辛いぜ。


 僕はアルラウネがかぴかぴになったら嫌なので頭の上からそっとアルラウネを取り上げ、腰にくくりつけた半透明な水筒のキャップを開けて、その中にぽちゃんと落とした。

 アルラウネは水の中に浮かび、両手を上げて揺らしている。おー、喜んでる喜んでる。


「まだ何かあるの?」


 教えてほしいというから教えた。他にわからない事はないと言っている。これ以上ナナシノは何を求めるのか。

 僕の質問に、ナナシノがちょっと気圧されたように身体を震わせる。


「いえ、その……ありがとうございます。教えてくれて」


「まぁ大した情報じゃないし。ナナシノにあげた属性相性表の方がずっと重要な情報だよ」


 あれは書き込む作業だけでもだいぶ手間がかかっている。是非とも大切にして欲しいものだ。

 アルラウネの進化条件がなんとやらである。多分、ギルドで屯している連中の大半の眷属は似たような条件で進化できるはずだ。皆似たようなレア度だったし。


「でも……貴重な情報だったんじゃ……」


 自分で教えてほしいと言ったくせに、ナナシノは随分とおかしな事を気にしているようだ。

 シャロがその言葉にこくこくと必死に頷いている。


 確かに、話を聞く限りではこの世界の召喚士にとっては重要な情報だろう。


 だが僕にとってその情報は大した情報ではない。プレイヤーなら誰もが知っているような基本情報である。

 もったいぶるような情報じゃないし、金を取るような情報でもない。だから、教えたのだ。教える理由はなかったが教えない理由もなかった。

 そもそも金などいらん。僕が欲しいのは魔導石だけだ。


「まぁ、同じアルラウネ使いのよしみだと思えばいいんじゃないか。ずっと初期のアルラウネ使うのも大変だろうし」


 NPCとはいえ、アルラウネって。アルラウネって。可哀想過ぎるだろ。エレナはシャロの爪の垢を煎じて飲め。


 と、その時、一つだけ言わねばならない事があったのに気づいた。


「あ、でも他の召喚士には言っちゃダメだよ。面倒なのは嫌いなんだ」


 NPCの好感などいらない。僕がやりたいのは召喚だけなのだ。

 教えるのは簡単だが数が集まるとさすがに面倒くさい。今シャロに教えてやったのはそっちの方が面倒がなさそうだったからだ。大体僕の判断基準はそこに帰結する。まぁナナシノの友達だっていうのも一つの理由ではあるが……。


 もしも大量の召喚士が皆、競って情報を求めに来るような事になれば僕はその眷属を片っ端からロストさせねばならないだろう。そして、そんなことをすれば多分この街にいられなくなってしまう。


 シャロは僕の言葉に、真剣な表情で大声で答える。


「は、はい。絶対言いません!」


「よろしい」


 僕はあまり期待せずに頷いた。ナナシノの友達だけあって純粋そうなNPCだ。ころっと騙されて話してしまいそうな臭いがぷんぷんしている。

 まぁぶっちゃけ、ナナシノの方がけっこうぽろっと漏らしそうだから今更だけど。漏れたら漏れたで逃げればいいだけだ。


「じゃあこの辺で。ナナシノはまた夜にね」


 前に立ちはだかりじっと僕を見ているナナシノを避ける。

 さっさと森に行ってやることやって帰ろう。久しぶりに早起きしたせいか眠気が凄い。


 大欠伸して門に向かって歩き始めたところで、またナナシノが水を差してきた。


「ブロガーさん!」


 何なんだよ、うっさいな。僕は忙しいんだよ。雑魚な眷属引いたせいで忙しいんだよ!


「もし良かったら……一緒に森に行きませんか?」


「良くないから行かない」


 即答する。

 一緒に行く理由がない。一緒に行かない理由はある。

 深緑の森は湿原より強い魔物が出るのだ。サイレントならば問題ないが、ナナシノとシャロが来ると二人の眷属を守らなければならなくなる。つまりは、足手まといなのだ。足手まとい。


 アルラウネは僕の眷属なので死なないように注意するが、何故僕がナナシノやシャロの眷属まで注意しなくてはならないのか。


「そんなこと言わずに!」


 と、ナナシノはあろうことか僕の背中に抱きついてきた。厚いローブ越しに柔らかいものが当たる。暑く頑丈な布越しでも不思議と体温が伝わってくる。


「色仕掛けできたか……クソッ、中途半端なことせず、やるなら家でやれ!」


「色じか――えッ!? ちが、違いますよ!?」


 慌てたようなナナシノの声と共に背中の感触が消える。

 違わない。何も違わないよ。抱きついておっぱい押し付けてくるのが色仕掛けじゃなくて何仕掛けなんだよ。言ってみろや。


「胸押し付けるだけで全部なんとかなると思うなよ。そりゃ大抵の事はなんとかなるかもしれないけど、僕は――中途半端な事が一番嫌いなんだ」


「ち、違うって、言ってるでしょう! もう!」


 顔を耳まで真っ赤にして断言するナナシノ。

 演技で耳まで真っ赤にできるとは思えないけど、本当に天然でやってるのだろうか。もしそれなら、ちょっと自覚して直したほうがいいと思う。


「だ、大体、ブロガーさん、どうやって森まで行くつもりですか?」


「もちろん、歩いてだけど」


 騎乗用の眷属も持ってないし。

 僕の答えを聞き、ナナシノが胸の前で腕を組み、ため息をつく。


「……一応聞きますが、何時間かかるか知ってます?」


「…………間に三マスあったはずだから四タップだ。運が悪ければ道中で三回エンカウントする」


「……もー!」


 ナナシノが牛の真似をした。

 移動か……完全に盲点だったぜ。現実はいつだって不便な事ばかりだ。


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