第六話:アルラウネ
「うおおおおおおおおおおおおおお、何で僕は引いてしまったんだあああああああああああああ!!!」
後悔先に立たずとはよくぞ言ったものだ。ナナシノにあんなこといったのに引いてしまうなんて。
手元に残った五個の魔導石が僕のミスを示している。
「誘惑に強いゲーマーなんていないんだよ、ばーか! ばーか!」
「落ち着け、主。こいつ、なかなか楽しい奴だぞ!」
興奮した僕に、サイレントが慰めているのか馬鹿にしているのかわからない言葉をかけた。
アルラウネ。植物の精霊である。手足のように伸びた根っこにゴボウのような胴は、頑張ればそう見えなくもない程度に人間の身体を模し、頭には艷やかな双葉の葉っぱがついている。大きさは僕の手の平の上に乗るくらい。
一見するとただのゴボウの亜種であった。
よく他のゲームではアルラウネは少女の形をした植物の精霊として出てくるが、アビコルでは進化しないと女の子の形にはならない。
そして、同時に、最初期から召喚対象になっていた眷属であり、故にとても人気がない眷属であった。弱っちぃのにレア度7であり、一番最初に出る可能性がある事が人気のなさに拍車を掛けていた。
こいつが出たらプレイヤーは悲鳴を上げるのである。そう、僕のように。
「くそがああああああああ、何でてめえがレア度7なんだよ、もっと下だろおおおおおおおおおおおおお! ラインナップから外せえええええええええええええええええええええええ!!!」
まぁ今回は普通に引いて出したのでレア度7とか関係ないけど。
リアルアルラウネは僕の言葉を聞いているのかいないのか、果たして意識があるのかないのか、ふらふらと机の上に突っ立っている。突っ立っているだけで倒れそうで、とても頼りない。
根っこのような手足で一体どんな魔物が倒せるのだろうか。さすがにスライムには負けないはずだが話にならない。
僕はサイレントとは別の役割を担う眷属を求めていたのだ。ごぼうだか人参だかわからない植物精霊なんて求めてない。
これじゃあのアルラウネ連れてたNPCを笑えないじゃないか。
「クーリングオフしてえ」
「我に黙って
「……まぁサイレントよりうるさくないだけマシか……」
こいつは最近、僕の懐の深さを探っているところがある。反射的に『
「ど、どういう意味だ。ねぇ、主? あるじぃ!?」
まとわりついてくるサイレントをグーで殴り、ガラスのコップに水を入れて机に置く。
アルラウネは緩慢な動作でコップに近づくと、その中にちゃぽんと根っこを入れた。
立ち直ったサイレントが意外そうな口調で言う。
「……主、意外と優しいな」
「……僕がやりたいのはガーデニングじゃないんだ」
だが、まだ二体目の眷属なのだ。数は力である、むやみやたらと
さて、どうするべきか。今のこいつを戦闘に出すのはかなり危険だ。
いらないからといって戦闘中にロストしてしまっては大損である。
アビコルでは眷属を『
戦闘中に『解放』は出来ない。最低限死なない程度の力は必要だ。
「しょうがない……レベル上げでもするか」
アルラウネでも進化させれば少しはマシになる。それに、アルラウネは弱いだけあって、レベルアップも進化も簡単だ。
サイレントもあまりいい見た目の眷属ではないが、なんだかわからないゴボウみたいな生き物連れていたらどう見られるかわかったものではない。僕だったら鼻で笑う。
「なんか主、我の時よりもやる気になってないか?」
「やりたい事とやらなければならない事は違う」
これはやらなければならない事だ。断じてやりたい事ではないが、やらなければ何も始まらない。
その時、サイレントがふと思い出したように言う。
「だが主、レベル上げするにしても……明日はななしぃ用事あるって言ってたが?」
「ああ……そうだったね。……それは好都合だ」
よかった。あれだけ色々言って、こんなの見られたらナナシノに何を言われるか……
いつもは昼近くまで寝ているが、明日は朝一でフィールドに素材を取りに行こう。そしてもう少しまともな姿に進化させよう。NPCの子はなんか進化前のやつ連れてたけど、僕にはプライドというものがあるのだ。
僕はコップの中に入ってまるでお風呂のように半身を水に浸しているアルラウネを見て、心に誓った。
§
ゴンズさんは僕の頭の髪に絡みつくアルラウネを見た瞬間に、表情を歪めた。
続いて、後輩に頭を譲り、肩に乗ったサイレントに視線を向ける。
そして、愕然とした様子で言葉を出した。
「ブロガー……お前――」
そんなにおかしいか……!? 僕がアルラウネを連れていたらそんなにおかしいかああああああああああ!?
おかしいよな? 僕だって好きで連れてるわけじゃねーよッ!!
いや、わかっていた。ギルドに入った瞬間に視線を独り占めしている事はわかっていた。
僕だって見る。頭にアルラウネ乗っけてる召喚士を見かけたら僕だって見るよ!? だって馬鹿じゃん? でも歩くの遅いし、肩に乗せると落ちそうになるのだ。仕方ないじゃないかあああああああああ。
どうやら召喚士には勤勉な人間が多いのか、朝早く来たのにもう何人もギルドにいたのだ。
「二体目の眷属を……召喚したのか」
「あ、はい」
クソがッ。殺してやる。殺してやるからなッ!
何故出たのがアルラウネなのだ……もっとレア度が低くてもいい、アルラウネが出たという事実がもう嫌だ。
昨日から変なテンションでイライラしっぱなしの僕のゴンズさんが言った。
「二体の眷属の召喚を維持できるのか……いつから召喚している?」
「え……昨日の夜からだけど」
特に何もなければ召喚しっぱなしだ。少しでも好感度をあげてパラメーターをアップさせる。
召喚可能枠いっぱいに眷属を召喚しておくのは召喚士の基本である。
「半日前……か。となると、二体目をずっと召喚しておけるのか。……本当に才能があるんだな」
「いいからクエストを頂けませんかねえ」
意味のわからない褒められ方にイライラする。イライラしている時に変な事を言われると更にイライラしてくる。悪循環だ。
才能があったらアルラウネなんて引かねーよ。
ゴンズさんが腑に落ちない表情で納品クエストをくれる。
雑魚中の雑魚、アルラウネの進化条件は簡単だ。森系のフィールドで腐るほどドロップする木の属性値を持つアイテムを累積属性値が一定以上の値になるまで食べさせる事。
最大までレベルを上げた状態で条件を満たすことで進化するが、アルラウネは雑魚なので適当に食べさせればレベルマックスになって条件も満たせて勝手に進化してくれる。
今回のターゲットは【深緑の森】にした。森系フィールドでは最も易しいフィールドである。
最奥から更に広大な【彷徨いの森】に繋がるが、奥までは行かない。クリアまで何日時間がかかるかわからないからだ。
フィールドもダンジョン同様、クリアすると魔導石がもらえるが、元々、フィールドは範囲が広くダンジョンよりも攻略に時間がかかる傾向がある。
現実だと浅いダンジョンでも最奥に行くまで何時間もかかったし、フィールドはその何倍もかかると思っていいだろう。
【深緑の森】で出る素材アイテムの納品クエストを受け、人が集まる前にさっさとギルドから出ようと出口に向かいかけたその時、ふと後ろの方でゴンズさんが聞きたくなかった単語を言った。
「おお、青葉ちゃん。今日は珍しく一人でクエストか?」
なん……だと。見つからないようにわざわざ朝早くにギルドに来たのに。
今日は厄日かよ。
思わず立ち止まった僕の耳に二人の会話が入ってくる。
「あ、いや。今日は……久しぶりにシャロちゃんと一緒にクエストを受けようって約束してて――」
「ああ、そうだったのか。最近はブロガーと一緒にクエストやっていたようだったから、他の
アルラウネが髪の毛を引っ張って痛い。幸い、受付から離れた所だったのでまだ見つかっていないようだ。
足早に出ようとしたその時、ゴンズさんが余計な事を言う。
「だが、そうなると今度はブロガーが心配だな。奴め、召喚士の才能はあるがそれ以外からっきしのようだし」
「まぁ……きっと大丈夫ですよ。私がいなかった頃も一人でクエストやっていたようですし、意外とちゃんとして――」
「うーむ。そうはいってもだなぁ……今日受けていった森はブロガーも初めてのようだったし……どう見ても森を歩く格好じゃないし……」
「……へ?」
個人情報を暴露するのはやめていただきたい。なんだい? ゴンズさんにとってナナシノは僕の保護者かい?
大体、それ以外からっきしって、謂れのない風評である。なんかもう色々と恥ずかしい。
「あまり心配かけちゃダメだぞ、主」
「君らさ、僕の事を本当に何だと思ってるの?」
サイレントの指摘に返した次の瞬間、ゴンズさんの大声が響き渡った。
「おーい待て待て、ブロガー。青葉ちゃんが来たぞ」
「だ、だからなんなんだああああああああああッ!」
早歩きでギルドから出ようとしたが、結局、駆け寄ってきたナナシノにあっさりと捕まるのだった。
§
「先に言っておくけど、僕の足が遅いわけじゃない。頭の上のこいつが落ちるから走れなかったんだ」
「何の言い訳ですか……」
僕は開き直る事にした。そもそも、こちらに落ち度はない。
僕がいつ何回召喚しようがそれは僕の勝手だし、どんな格好でクエストに行こうがそれも僕の勝手だ。
ナナシノに内緒で進化させようとしたのは僕の薄っぺらいプライドの問題でしかない。
「いつもよりずっと早く起きたのに何でナナシノがいるんだ」
僕の至極当然の疑問にナナシノは目をそらして言いづらそうに言った。
「えっと……いや、いつもはブロガーさんが起きるの遅いので。普通はこの時間です」
「……」
道理で朝早く来たのに人がいっぱいいると思った。下手したらいつもより多いと思っていたのだ。まだ朝八時なのに。
肩の上に座ったサイレントが楽しそうに言う。
「主はダメ人間だなぁ」
「『
サイレントが悲鳴をあげて消える。いつものやり取りにナナシノはもう平然としていたが、その後ろのNPCが驚いたような目で見てくる。
その肩には僕の頭の上に乗ってるのと同じのが乗っていた。タイミング考えろやッ!
僕のアルラウネの双葉は緑だが、そのNPCのアルラウネのものは赤みがかっている。これは進化しているからではない。アルラウネは無駄にカラーが三種類あるのだ。
色で性能が変わったりはしないので、もっぱらコレクター魂を刺激する工夫である。何としてでも金を引っ張ろうという運営の涙ぐましい努力が感じられるが、誰も集めようとか思わないし、他のを目当てに課金して召喚しまくってると嫌でも勝手に集まるので無意味であった。
NPCが僕の頭の上の物を見て尋ねてくる。以前出会った時は連れていなかったものだ、ましてや自分と同じ眷属。気になるだろう。
僕は改めて自分の不運を呪った。
「その眷属……」
「そうだね。君と同じアルラウネだね。で……だから何?」
「ひッ!?」
つい語気が強くなってしまった。NPCが怯えたように身を震わせる。
ナナシノが素早く間に入ってくる。
「ブロガーさん、シャロを怖がらせないでください!」
まー今のは大人気なかったな。
そして、シャロ。そうだ、シャロだ。シャロなんとかって名前だった、なんかしゃろろーんとした名前だとは覚えてたんだ。あー、すっきりした。
NPCを注視すると頭の上にシャロと出てきた。あれー? これってそういうシステムだっけ? まーいっか。
軽く挨拶してさっさと出る事にしよう。
「じゃーそういう事で、急いでるからまた今度ね」
「ちょ……待ってくださいッ!」
「うるさいッ! 僕はとっととこいつを
追いすがるナナシノを一喝する。
最近一緒にいるからといって、邪魔されるのが僕は一番嫌いなのだ。
「え……
今までナナシノの後ろに隠れていたシャロが顔を出す。見れば見るほど地味な子だ。緑がかった黒髪に、結われたおさげがその印象に拍車を掛けている。
おさげっ子のアルラウネを注視すると、頭の上にレベル30と出てきた。
数字の隣には星マークがついている。眷属によってレベル上限は違うが、レア度が低ければ低い程、上限も低い傾向がある。星マークはレベルマックスの印だ。
普通に育ててたらアルラウネはレベルマックスと同時に進化条件を満たして進化するので、レベルマックス進化前アルラウネをつれている彼女は相当な変わり者NPCである。もしかしたらゴボウみたいな見た目が好きなのかもしれない。僕は嫌いだ。食べるのは構わないけどね。
こういうことははっきり言ってやったほうがいい。人差し指をつきつけ、突き放すように言う。
「僕は、君と違って、弱いアルラウネを連れていくつもりはないの! アルラウネは進化したって弱いけど、でも少しでも強い方がいいだろ。僕は君みたいにゴボウみたいなの連れる趣味はないんだよ!」
「あうッ――」
シャロがロリキャラっぽい声を出して一歩引く。ギルドの入り口で騒いでいたせいか、ギルド内にいた他のNPC達がこちらを見てヒソヒソと陰口を叩いている。
言いたいことがあるなら、正面から言えや。
「ちょっと! ブロガーさん、そんな言い方ないでしょ!」
そう。このナナシノみたいに。
友達が貶されたと思ったのか、ナナシノが険しい目つきで言う。だが、僕はシャロを貶してなんかいない。そこまで興味を持っていない。ただ、ゴミだと思っていたNPCと同じ眷属を引いてしまったのが嫌なだけだ。
ナナシノがちょっと外した感じのフォローをしてくる。
「大体、可愛いじゃないですか! アルラウネ! 私、ゴボウ好きですよ!」
誰がゴボウの好き嫌いを語っとるか。
僕も嫌いじゃないよ、ゴボウはね。でもアルラウネでサラダとかきんぴらごぼうとか作らない限りはアルラウネがゴボウに似てるのはメリットにならない。
「じゃーアイリスの単騎兵と交換してよ。僕そっちの方がいいから」
僕の要請にナナシノが目を見開き、小さくひゃっくりをした。
「え……それはちょっと……」
「ほら見ろ、自分だって嫌なんじゃないか。大体僕はごぼう好きを否定してるわけじゃない。ただ僕は、さっさと進化させるって言ってるんだよ! シャロなんとかが進化前のアルラウネを好きで連れてるのに文句なんて言ってないよ。いいんじゃない、嗜好なんてそれぞれなんだし」
別にナナシノの友達がゴボウ大好き人間でも何ら関係ない。何故ならばシャロは僕とはあまりにも関わりのない人間だからだ。
弟子入りがどうたら言ってきたがそれは断ったし、そもそもいくら僕が超人召喚士だったとしてもアルラウネ強くするのは無理だって!
モグラを育てたら虎に勝てますかとかそういうレベルである。何もかもが違うのだ。話にならん。強くなりたいならリセマラしろッ!
ナナシノがむっとしたように黙る。反論したいが言葉が出ないのだろう。
まぁ、確かに僕も少し大人気なかったかもしれない。
アルラウネを引いたせいで少しナーバスになってしまったようだ。
僕は呼吸を整えて、ナナシノの後ろから顔だけ出しているシャロNPCに謝罪した。
「悪かったね。まぁ、進化させるさせないは人それぞれだから――」
進化は大体の場合、デメリットなく純粋に強化されるので特別な縛りプレイでもしていない限り眷属は可能になり次第進化させるのが普通だったが、それもまあ世の中いろんな人がいるという事だ。いろんなNPCがいるということだ。いいじゃないかそれで。うんうん、おーるおっけー。ノープロブレム。ラブアンドピース。
話を終わらせにかかる僕に、シャロが言った。
「……
好きで連れてたんじゃないのかよ……。
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